私は飼っていた愛犬を14歳で亡くしました。出会いはペットショップです。とても頼りなく、儚げな容姿に一目惚れし、本当は違う犬種を飼いたいと思っていたのですが購入したのは真っ白なスピッツでした。そんな出会いの儚げな様子とは一変、連れて帰ってすぐに大暴れ、何でも噛む、なんでも食べるというおてんば娘。真っ白でコロコロした毛玉のような容姿に、家族みんなが癒されました。しかし犬と言うのはあっという間に歳を取ります。13歳くらいから「痴ほう症」の症状や「関節炎」など、本当に人間と同じなんだな…と思えるような症状がバタバタと現れだしました。ですが、不思議なことに犬の介護の世話はちっとも辛くなかったです。おしっこやうんちも間に合わずに最終的には紙おむつをはかせました。白内障で真っ白になった目は誰も映さなくなったのかいろんなところにぶつかります。痴ほうの症状でおなじところをくるくる回ったり、反対にじっと立ち止まったままになったりもしていました。そんな姿も愛おしく感じていました。最期は本当にあっけなかったです。なんだか今日は具合が悪そうだからと、病院に預けた数時間後に「息を引き取りました」と連絡がありました。あの具合が悪そうに見えたその時が、犬が私に向かって最期を伝えていたのかもしれない…そう思うと、あの時病院に行かなければよかったのではないか、と今でも自問自答しています。よくテレビなどでは家族に見守られながら…とか、飼い主の腕の中で…など犬との最後の時間を迎えられたエピソードなとがありますよね。でも私にはそれがないのです。返ってきたときはもう亡骸だったのです。泣いても泣いても、涙が枯れることはありませんでした。普通にしていても、じわりじわりと涙が絶えず出て困りました。焼かれて骨になっても、何か区切りがつかなくて、延々と何かがくすぶり続けて涙が絶えず出てきました。これがペットロスなどというものなのかな…などとぼんやりと思っていました。犬が歩くと聞こえる、爪を鳴らす「チャッチャッチャッ」という音を、寝る時にゴトンと体を横たえる音を、いびきの音を無意識に探す生活が続きました。ペットロスを解消した方法は、結局また犬を飼う事でした。捨てることかできない犬のたくさんの形見に囲まれて、どうすればいいのか途方に暮れていたころ、姉にスピッツがペットショップにいるよ、と教えてもらいました。スピッツ自体ペットショップにいることが珍しいので驚きましたが、購入することは考えませんでした。まるであの子の代わりにしようとしているようで、同じ犬種など考えてはいなかったのです。ですが、飼ってしまった。それは、見に行った時には大きくなりすぎたのか(それでも4か月ほど)、衝撃の1万円だったからです。もしかして売れなかったら殺処分されてしまうかもしれない。そう思ったら連れて帰るしかなかったのです。現在9歳になるこの子は、亡くなったあの子の代わりにしてしまうかも…なんていうのは連れて帰ってすぐにふっとびました。何もかもが正反対だったからです。性別も別なら性格も正反対でした。亡くなったあの子に出来なかったことはすべてやろうと思いました。現在特に病気もなく、とても元気で、あの時連れて帰って本当に良かったです。死に際というのは選べません。あの時病院に行かなかったとしても「病院に行っていたらもしかして…」と逆のことを思っていたとおもうのです。ですからできるだけやれることをちゃんとやろう、というのが後悔しない犬の飼い方だと思います。今この子は散歩は一日2、3回。雨の日も風の日も、雪、台風の時でさえ、お散歩大好きな愛犬のために欠かしません。食事も朝は手作り食、キロ1000円前後の安全に作られたフード。亡くしたあの子に出来なかったことはできるだけやるようにしています。できることは全部、後悔しないように、現在を生きています。とはいえ、ロスになるくらい愛せたのだとしたら、それはいいことなのかもしれませんけどね。きっと虹の橋で待っていてくれているはずですから。
44歳 女性 再び犬を飼うことでペットロスを解消できた
