なにものかに襲われていなくなった十姉妹。食欲も減り、遊びも楽しくなくなった。25年経っても飼いたいと思えない。

 今からもう25年程前の話になります。私が小学生の時、十姉妹を6羽飼っていました。
 
 それは、休日に父親と姉と私と三人でペットショップに行ったときに、姉が十姉妹をみて、父親に飼いたいねだり、根負けした父親が飼ってくれたものでした。オスとメスのつがいの十姉妹。オスの方は、雪のような白いまだら模様で、吹雪となづけました。メスは、真っ白で、朗らかな感じだったのでのどかと名付けました。
 
 それが、我が家で飼育した初めてのペットでした。父親に買ってとねだった姉は、最初の2~3か月、吹雪とのどかの世話を頑張ってしていましたが、鳥の世話というのは、特に鳥かごについた糞の掃除が結構手間がかかるのと、飽きやすい性格だったこともあり、やがて、世話をほとんどしなくなり、結果、弟の私が世話をすることになりました。
 
 当時の私はそれほどペットを飼いたいという願望はありませんでしたが、世話をしていくにつれて、段々愛着が湧いてきました。庭で採ったはこべらをあげると、鳥は空腹が満たされることがないのか一杯になと思うくらいパクパクと食べる様子に癒されていました。

 やがて、のどかが卵を産みひな2羽が生まれました。ひなが生まれ、吹雪やのどかも子育てをするようになると、その様子を見たり、ひなが成長していく姿を見て、さらに、癒されていました。飼い始めて2年もしたころには、生まれたひながすべて育ったわけではありませんが、我が家の十姉妹は6羽の家族になり、たいそうにぎやかにしておりました。

 しかし、悲劇というのは、突然やってくるものです。学校から帰った私が見たものは、無残にも倒れて開いた鳥かごと、散らかった羽毛と血だらけになって動かなくなった吹雪と1羽の子供の死骸でした。蛇が食べたのか、野良猫がやったのかはわかりません。私は戸締りをせずに家を空けた母親を責めましたが、亡くなったものが帰ってくるはずもなく、ただ、そこにある吹雪と1羽の子を庭先に穴を掘って葬ることしかできませんでした。

 いつもそばにいたものがなくなるというのは、それが動物であっても悲しいものです。2年以上続けてきた餌やりと鳥かごの掃除という毎日の癒しの日課が、その日を境に突然なくなって、徐々に自分の心の中に喪失感が実感として湧き上がってきました。それから、半月ほど、吹雪、のどか、その子たちへの申し訳なさからか、食欲も減り、友達と遊んでいても楽しめなかった自分がいたのを覚えています。

 ただ当時、思春期を迎えつつあった私は、直に、好きな女の子のことやクラブ活動等に関心を奪われ、その悲しみを長く引きずるありませんでしたが、その経験からか、それ以来、私はペットを飼っていません。飼うことに強い抵抗があるわけでもなく、唯々、飼いたい気が起こらないのです。今、体験談を書いて昔の話を思い出しましたが、改めて思うのは、あの日、死骸のなかったのどかと残り3羽の子が、その時、無事に逃げていてくれればということです。