愛犬の死でわかったのは、いつまでも心の中にいるということをみんなで共有できることが大切ということ

私の飼っていたのは茶色の柴犬でした。

飼い始めたころはまだ3歳でよく覚えていませんが、兄が飼いたいといい、いつの間にか兄がしていた散歩を小学生の高学年になった頃、私が一人でするようになっていました。



本当は犬に人間と同じものを食べさせるのは良くないんだなと、幼心ではわかっていましたが散歩に行くとコンビニにつないでお小遣いで唐揚げを買い一緒に食べていました。


おいしそうに食べるのでなおさら毎回のように行き、食べさせていました。



普段は外で飼っていましたが、冬や雨に日は家の玄関に入れて横で布団を敷き一緒に寝ていました。


それくらい大好きでした。



犬がだんだん弱り始めてきたのは私が中学2年生の時のことで、一気に弱ってしまいました。


一度は回復したもののまた歩けなくなってしまい家の中で飼っていました。



ある日テスト期間だった私は、部活もなく早く帰ってきていつも通り丸まっている姿をを確認するとそのまま2階へ上がっていきました。

しばらくして母が帰ってきて、死んでいると知らされました。


この時私がなくなる前最後の人だったんだと思い、なんで撫でて一言声をかけてあげられなかったんだと今でも後悔しています。



最後ひとりで逝かせてしまったんだなと、どんな気持ちだったのかなどはわかりませんがさみしい気持ちでだったかもしれないと思うととても苦しくなります。

今でも思い出すと涙が止まらなくなります。



それでも今、亡くなってから8年たっても命日は忘れず家族みんなで思い出話をしています。


いつまでたっても我が家の三男坊だったことは変わりません。



亡くなったときは本当に悲しいですが、ペットは私たち人間よりも寿命が短いのがほとんどです。


思い出がたくさんある分立ち直るのに時間はかかりますが、いつかいい思い出になり、何年経っても話に出てきてみんなの心の中にいるペット達はきっと、また幸せに生まれ変わってこれるのではないかと思います。

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