26歳女 愛犬を出張葬儀サービスを利用し供養、気持ちを改めました。

私は今、実家を離れ1人で暮らしていますが、実家は犬1匹と猫5匹という、小さな猫カフェのような状態になっています。
今でこそ人間の数よりペットの数の方が多いですが、私が小さい頃は、1匹の犬しかいませんでした。ポメラニアンの雄で、名前をチャオと言います。
チャオは新聞の片隅に「里親募集!」という記事となって載っていました。たまたま新聞を見かけた祖母が押し切るような形で飼い主に連絡し、名前もそのままに我が家の家族として迎え入れました。まだ生後半年ほどだったチャオは元気いっぱいで、初めて対面した時もしっぽを振り回しながら飛びついてきたのを、今でも覚えています。
それから10年ほどしてからでしょうか。母が新たにポメラニアンを買ってきたのです。そこから祖母が猫を拾っていき、いつしか我が家にはおじいちゃん犬のチャオと、若いペットたち、という構図になっていきました。私を含め家族たちは、新しいペットに夢中になり、チャオはお散歩のときにだけ構ってあげるような扱いになってきてしまいました。だんだんと年をとり、走り回ることもなく、チャオはダイニングテーブルの横のゲージの中が定位置でした。1番家族が集う所にいながら、まるで空気のような存在になっていってしまったのです。
そんなある日、仕事が終わった私に祖母からLINEが来ました。「チャオが死んじゃった」と。私はその時、え?とまるで空気が止まってしまったような感覚でした。チャオって、何か病気だったっけ?そんな年だったっけ?今朝具合悪そうだったっけ?死んじゃったってどういうこと?と頭の中でぐるぐる考えました。頭を混乱させたまま家に帰ると、そこにはクッションの上に横たわるチャオがいました。いつもゲージの中で眠っていたチャオ。クッションの上でもまだ、今までと変わらず眠っているようでした。信じられないままそっと触れてみると、もう冷たくなり、動くことはありませんでした。「ああ、ほんとうに死んでしまったんだ」と、ようやく実感することができました。後から母も帰ってきて、供養してあげなきゃね、という話をしました。
チャオが我が家では初めてのペットだったので、供養の仕方もわからず、ネットで調べました。最も多かったのはペット霊園を利用するという方法でした。しかし、今までずっと一緒にいたチャオを一人ぼっちにさせたくないね、という思いから家族と話し合いをし、出張葬儀サービスを利用し、遺骨は自宅で保管することとしました。ペット用の火葬設備のついたトラックを用意してもらい、お唱えから火葬、納骨までを全て自宅で行いました。ただでさえ小さかったチャオは、手のひらに収まるサイズになってしまいました。その遺骨を、チャオが大好きだった祖父の仏壇の隣に添えてから、誰ともともなく「遺影を用意しないと」と言いました。家族みんな、一斉にスマホのデータフォルダを見ますが、データフォルダには新しい猫や犬の写真ばかりで、チャオの写真が1枚もありません。そこで私たちは自分たちの愛情に偏りがあったことに気づきました。いるのが当たり前すぎて、最期まで平等にチャオを愛してあげられなかったのです。ガラケーのデータフォルダをあさって、ようやく1枚だけ写真を見つけました。そこには、原っぱでこちらに向かって走ってくるチャオの姿が映されていました。その写真を見て、私は涙がこみあげてきました。一緒にいることがとても楽しかったのに。小さいころから一緒に成長してきたのに。もうこちらに向かって走ってくることは永遠にないのです。私は遺骨に手を合わせて、たくさん「ごめんね」を言いました。そして、もう二度とこんな思いはしないと誓いました。
今、実家には犬1匹と、5匹の猫がいます。そこに差はありません。たまに実家に帰ると、全員の頭を撫でて回ります。みんなと写真を撮ります。今ある日常が、当たり前ではないということを、チャオが教えてくれました。この文章を見ている、ペットを飼っている方がいたら、ぜひ、写真として、記憶だけではなく記録としてもそこにいたということを残してあげてください。どうか皆さんが、後悔することがありませんように。未だに、使い手のないゲージが片せない私と家族からの、願いです。

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