40歳女性、焼却場にあるペット火葬場で供養、悲しかった

 この春、愛犬を亡くして1年になりました。1年が過ぎてもいまだに彼の姿を目で追ってしまいます。そこにはいないとわかっているのに、空っぽの犬小屋や使われなくなったリードを眺めたり、似たような犬のぬいぐるみを探してしまいます。
 愛犬は超大型犬に属するちょっと珍しい犬種でした。彼がわが家にやってきたのは10年前。当時、家族にトラブルがあり、家の中の空気はどんよりしていました。そんなある日、母がペットを飼いたいと。賛同した家族みんなで犬を飼うことを決め、近所のペットショップに行きました。犬や猫、鳥、爬虫類。お店にはさまざまな動物がいましたが、母はじっと大きな柵の中を見つめて、その場で立ち止まっていました。その柵の中には牛のような配色の犬が4匹、たわむれていました。子犬なのに小型犬の成犬ぐらいはありました。大きい体をどすどす音を立てて遊んでいるその犬たちに、母は魅了されてしまったようです。大型犬を飼うのは夢でした。正直、体力的にも金銭的にも難しいだろうと考えていたので、まさか実際に飼うことになるとは思いませんでした。
 無邪気に遊んでいたきょうだい犬の中に一匹だけいたオスを、わが家に迎え入れることになりました。当日、段ボールに入れられた彼は、大きすぎて頭が飛び出していて、来て早々、家族の笑いを誘いました。それから彼との日々が始まりました。大型犬はおだやかで優しい犬種が多いと聞きましたが、本当にそうでした。おおらかでおとなしく、賢い子でした。無駄吠えをしたり、暴れたりしたことは一度もありませんでした。わが家は田舎なので珍しい犬種の彼は目立つようで、大きい犬なので人がいない田んぼのあぜ道を散歩しているのに、近くを通りかかった犬好きの見知らぬ人が、わざわざ車を停車させてまで話しかけにきたりすることがよくありました。そんな様子を、家族みんなで笑いながら話したりしていました。彼が来て、家の中が明るくなりました。なかでも母は、彼を溺愛しました。彼も母を自分のお母さんだとでも言うように振る舞っていました。
 大型犬は寿命が短いと聞いていました。本当にそうでした。どれだけ手をかけても、命には限りがあるのだと、家族として彼を迎えて10年になる頃から、急激に弱り始めた彼を見て、実感させられました。動物病院の先生は愛犬家で、彼をとてもかわいがってくれましたが、診察台で先生にすり寄る彼の大きな身体をなでながら、しっかり覚悟をしておきなさいと言いました。暑さに弱い犬種だったため、年々高くなる夏の気温を心配してさまざまなアドバイスをくれた先生でも、もう彼を治せないんだな…と思うと絶望感が押し寄せてきました。
 ある日に明け方、キャンキャンと高い声が聞こえたので、彼のもとに行ってみると、彼は息を引き取っていました。大型犬らしく低く渋い声でいつもは鳴くのに、小型犬のような高い声でした。覚悟は決めていたけれど、家族全員、大泣きしました。今でも彼の話をするときは、涙がこぼれてしまいます。
 彼の亡骸をどうするか話し合い、自治体で運営されている廃棄物処理場の一角にあるペット火葬場に亡骸を運びました。平日の早朝にも関わらず、私たち家族のあとに、小さな箱を持った夫婦が並んでいました。火葬担当の職員は、彼の亡骸を見て不安そうな表情を浮かべ、大丈夫かな…と言いました。焼却機へと誘導され、自分たちでやってくださいと言われ、彼の亡骸を穴のような焼却スペースに入れるとき、大きな彼の身体はスペースギリギリで、あちこちに背中や手足がぶつかり、なかば押し込むような形になってしまい、それが余計、家族を悲しませました。手を合わせると、やっぱり涙があふれて止まりませんでした。
 数日後、彼を溺愛していた母は、ぽつんと言いました。彼の最期を看取れたこと、介護させてもらえたことは、幸せなのだと。その時はピンと来なかったけれど、彼と別れて1年が過ぎた今は、母の言う通りだと思います。世の中には事故や事件といった思わぬ形や望まない不幸な別れがあります。もしも、わが家のようにペットを病気で亡くしてしまって、深い悲しみに暮れている人がいるのなら、彼らと最期までともにできたことを、幸せに思える日がきっと訪れることを、心の片隅にとどめておいてほしいと思います。
 

タイトルとURLをコピーしました