41歳女 愛猫をペット霊園で供養してもらい、前向きになれた

41歳会社員です。6~7年前の話ですが、長年家族のように暮らした猫を失いました。猫との出会いはまだ学生の頃、帰宅時に、近くの路上で瀕死の状態の子猫を見つけたことでした。犬か何かに襲われたのだと思われる咬み傷が首元にあり、必死で声を絞り出すように鳴いていました。まだ手のひらにおさまるくらい小さな猫でした。すぐに動物病院へ連れていき、なんとか一命はとりとめましたが、片目の眼球に傷があり、視力が戻るのかどうかはわからないとのことでした。それでも猫は元気にすくすくと育ち、大人になるころには産まれたばかりの私の長女と同じくらいの大きさになっていました。以降は大きな病気もせず、私の二人の子供のお兄ちゃんのように、家族同然に暮らしてきました。出会いから16年経った頃、突然食欲がなくなり、じっと寝ていることが多くなりました。心配していた矢先、普段は家からでないのですが、ドアをあけた瞬間とびだすように出て行き、縁の下に潜り込んで出てこなくなりました。「猫は死期が近づくと姿を消す」と誰かに聞いたことがあり、とても不安な気持ちになりました。大好きな鰹節やキャットフードで気を引き、4~5時間経ちようやく出てきてくれましたが、それからは日に日に弱々しく、食欲もなく、寝ているだけの状態になりました。病院へ連れて行き、診察結果は老齢による腎不全をおこしており、もう長くはないとのことでした。もう少し早く健診に連れてきてあげていたら、と後悔しました。それから数日後、母の膝の上で静かに「ニャー」と一度鳴いたあと、息をひきとりました。もう何日も鳴き声すらあげなかった最後の声に、出会った日の小さな姿がよみがえり、涙がとまりませんでした。その日は長女の誕生日の翌日でした。きっと、誕生日が悲しい思い出にならないように、そして長女を祝ってくれるために、がんばってくれたのだと思います。翌日、近くで景色の綺麗なペット霊園を探し、供養してもらったあと火葬し、納骨しました。いつでも会いに来られるように、個別の納骨も考えましたが、寂しがり屋の性格だったため合同納骨を選びました。常にお参りする人の絶えない場所なので、そちらの方がよいと家族全員の意見で決めました。家族を亡くすのと同じくらいの喪失感や悲しみですが、どのような形であっても、愛情があればきっと天国で見守ってくれるのだと感じます。供養という形で愛情を伝えられたことで、そのような前向きな考えも持てたのだと思います。

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