登校拒否にならずにすんだのは愛犬と担任の先生の気づかい。20年経っても忘れることができない。

中学生の時、14年間一緒に暮らしていた愛犬が老衰によって長くないと言われました。当時、私はクラスメイトとうまくいかずに学校へ行きたくないと思っていたのですが、愛犬がいるお陰で頑張ろうという気持ちになり、何とか通っていたのですが、愛犬がもう余命幾ばくもないという時、学校へいくことがバカらしくなり、何も食べずにどんどんと元気がなくなっていく姿を近くで何もできずに見ていることしかできず、苦しそうな愛犬の背中をさすってあげていました。

学校へ行かずに愛犬のそばに4日ほどいると、とうとう息を引き取ってしまいました。辛いときいつもそばにいてくれた愛犬がいなくなったという喪失感で自分は生きている意味がなくなったと感じました。

これまで、嫌なことがあったとしても、いつも慰めてくれた愛犬がいたから頑張れたのに、もう自分のことを慰めてくれる愛犬はいません。学校へ行くことも出来ず、家にいても愛犬のことを考えて泣いてばかりで、夢にまで愛犬が出てくる始末です。二週間ほど学校へ行かないと、学校の先生が訪問するようになったりと、慌ただしくなっていきました。愛犬が亡くなったことでやる気を失ったということを、誰にも受け入れてもらえないと思っていたのですが、担任の先生にそのことを話すと、元気になるまで休んでもいいと言われました。しかし、一人でいると寂しいだろうからと、毎日学校のあとに家に来てくれました。おかけで、何とか登校拒否にはならずに済みました。

愛犬が亡くなったことはあれから20年以上経っても忘れることはできません。しかし、そばにいることは理解しています。今でも夢で会っては泣いてしまうこともありますが、愛犬と過ごした日々は忘れることはできない一時だったと思っています。