愛犬の病死。安楽死を選択しなかった事に後悔。しかし時が癒してくれた。

7年前に飼っていたハナというダックスフンドの雑種を亡くしました。元々は、弟が神社の下で拾ってきた犬です。弟は可愛がっていましたが、結婚したため実家を離れなくてはならず、引き継いで私が面倒を見ることになりました。

私は面倒なので動物を飼うことが好きではありませんでしたが、残されたハナが少し不憫でしぶしぶ私の犬にしました。
毎日の餌やりや散歩は正直面倒でしたが、だんだんハナもわかってきたのか私を見ると嬉しそうに尻尾を振るようになりました。そんなハナが可愛くなってきて、毎日の散歩も嫌ではなくなってきました。

元々大人しい性格の犬だったので、穏やかな時間が一緒に持てる癒しの犬となっていました。

しかし、数年経った頃から散歩の様子がおかしくなり、病院に行ったところ心臓が悪いと言われました。
呼吸も苦しそうで、見ていて辛かったのですが、ある日獣医さんから安楽死も選択の一つと選択を迫られました。

薬もだましだまし餌に混ぜて飲ませたり、毎日さすったり、暖めてみたりできる事は一生懸命やっていましたから、安楽死は選べず、ハナを最後まで頑張らせてしまいました。
毎朝仕事に行くのが怖くて、仕事が終わると急いで帰りました。そしていよいよ亡くなる前日、家に帰ると、ハナが私のパジャマに包まれていました。ハナの様子の変化を見て、私がもう間に合わないと思ったようで、私の匂いの付いたものと咄嗟に考えたらしいです。本来動物が苦手で触ることすらできない母がパジャマでくるんでいたのを考えたら、本当に最後なんだと泣けてきました。
幸い次の日は日曜日だったので、一日中ハナの側にいれました。そして私に看取られて逝く事が出来ました。
母は、日曜日まで貴方を待って頑張ったんだよと言いました。

しばらくは、ハナのいつも居た場所を見るたびに悲しかったですが、時間とともに苦しさも和らいでいきました。
時ぐすりって本当だと思います。無理に忘れようとしても無駄です。逆に辛い。毎日の自分の生活を淡々とこなしていく内に少しずつ、和らぎます。悲しい時はそれで良いと思います。
必ず思い出しても、辛くなくなる時という日が必ずきます。
人間の仕組みはうまく出来ていると本当にその時思いました。
だから、今苦しい人もきっと大丈夫です。時間が、思い出に変えてくれます。