子供がわりだった愛犬の死 老いに気がつかない振りをしていたのか 身がよじれるような苦しみもきっと幸せに変換できる

不妊治療が功を奏せず、ひどく落ち込んでいたとき、夫が前から欲しがっていたウェルシュコーギーを迎えようと言ってくれました。


ブリーダーさんの元へ通うこと半年。


やんちゃなルーを一目見てこの子と決めました。


散歩が嫌い、家族以外にはシャイ、食いしん坊、可愛くて可愛くて、私には我が子でした。


夫婦喧嘩をすると必ずルーが割って入り、夫に向かって唸りママを庇ってくれました。


夢の中で、ルーが車に轢かれ後脚を失ったとき、ママの足をルーにくっつけてあげるから大丈夫、と本気で思い泣きました。


子供を産めなかった引け目を忘れるほど愛して共に暮らし、ときに一家3人それぞれ怪我や病と闘い、瞬く間に15年が経ちました。


もともとルーは運動が嫌いだったこともあり、その衰えや老化に、私は気づきませんでした。

見ないふりをしていたのでしょう。


だって耐えられなかったから。

他人には犬でも、ママには我が子なのです。

子供が親より先に死んでしまうなんて、あってはならない、そんな無茶苦茶なことを信じていました。

理屈では犬の寿命をわかっていたし、自分たち夫婦がルーより先に死んでしまうほうが不幸なのだとも。


大嫌いな梅雨の直前、ルーは旅立ちました。


およそ一年かけて、少しずつ弱り悪くなって、ママに心の準備をさせてくれました。


死の半年前からは、あんなに好きだったママのポトフもワンコ用ケーキも残すようになりました。


ぽっちゃり愛らしい体を抱くと、残酷に骨を触れました。


そして嫌がっていたオムツを受け入れてくれました。


私の悲壮な顔を見たくなかったのかな。

最期まで無理をさせてしまいました。


最後のときが近づいたころ、気が狂いそうでした。


ママの心臓も腎臓も肺も全部あげるから死なないで、置いていかないで、一緒に連れて行ってと、無理な願いを言いました。


ルーは心臓と呼吸が弱っていく中、私の呼びかけに視線で応えてくれました。

酷いママです。

苦しむ我が子に最期まで無理をさせました。


私の方が、身がよじれる辛さでした。


我が子が死と直面しているのに、何故あんなくだらない職場へ行かねばならないのだ?
何故職場の連中はこんなにも重大で貴重な時間だと理解しないのだ?
何故夫は飯を食えるのだ?眠れるのだ?
ルーの死の1週間前から、私は理不尽この上ない怒りを周りにぶちまけていました。


自宅での注射や投薬など、時間も手間もお金も考えずできうる限りの手を尽くしました。


それはとても恵まれていたのに、当時は気づけませんでした。


そしてルーは私の異常な注ぎ込みを拒否しました。


あのやんちゃ坊主が、とても静かに、顔を背けたり甘噛みしとりして、私が施す薬剤を受け入れませんでした。


薬を飲み込まず、注射は逆流し、流動食を吐き出しました。


最後の夜、目が見えなくなっていても、トイレに行こうして転ぶ姿は痛ましく、それ以上に愛しく思いました。


うなされるような息遣いのなか、呼びかけるとわずかに声を出し、目を開けました。


徐々に呼吸の間隔が開き、最後の最後に激しく痙攣して、それきりでした。


劇的なことは何もなく、ルーはただ死にました。


私はぼんやり見ていました。

朝が来て夫が私たちを見つけたとき、ルーはぞっとするほど硬く冷たくなっていました。


どうして涙が出ないのか、自分に腹が立ち、恥じました。


後は機械的に、動物病院へルーを運び綺麗にしてもらい、動物葬儀の業者を呼びました。


死後12時間で、我が家からルーは消えました。

おもちゃ、毛布、ケージ、リード、フード、もう使い道のないものがたくさんあって、やっと泣けました。


今思えば、私は生きがいを失う自分が可愛そうだったのです。

我が子なんて口先だけで、何者でもなくなってしまうのが怖かったのです。


なにもかもひっくるめて泣きました。

一晩中夫に八つ当たりして、翌日は出勤しました。


ルーが恥ずかしいと思うようなママであってはならない、その意地はルーのためか自分のためか、今もわかりません。


同じ悲しみに苦しんでいられる方、泣きたいだけ泣いてください。

残酷ですが、ペットの死後1週間しか、泣くのは許されません。

他人には単なる犬猫なのです。

思い切り泣いたら、たくさんの幸せな時間を思い出して、話してください。

それが何よりの供養だとお寺で聞きました。


私たち夫婦の心からルーが消えることはありません。

あの子が好きな薩摩芋は一緒に食べていますし、旅先へも連れて行きます。

奇妙なことがあると、ルーの自己主張だと笑っています。


死は受け入れて乗り越えるしかないです。

簡単ではなく苦痛に満ちたときを味わいますが、必ず幸せに変換できます。


死別の悲しみより、出会えた喜びの方が大きいのです。


焦って別の子で穴埋めだけはしないでください。


いつも心は一緒、慰めとは思いますが、ご自身の最期まで一緒にいてください。

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