ヘルニアを発症し診察台でなくなった愛犬。しつけをもっとしておけば防げたのではないかと後悔。

私の家にペットの犬、ミニチュアダックスフンドがきたのは、私が20歳のときでした。

私の家族は父、母、兄、私の4人です。私が20歳の時、母がガンで亡くなりました。

その時のショックとそれからの生活の過酷さは今でも忘れません。

男ばかりの家で家事ができる者はいませんでした。家の中はめちゃくちゃでした。

そんな生活のこともあり、祖母が家に定期的に手伝いによく来てくれるようになりました。

祖母も高齢でしたし、家も近所というわけではありませんでした。

父、兄共に仕事、私は大学生で家には祖母だけの時間が多くなり、父がそんな祖母のボケ防止として、犬を飼うことにしました。

初めて家にきた犬の名前は桃太朗。
生まれてまだ間もないミニチュアダックスフンドでした。

両手に収まるとても小さな子犬で、ゲート内でプルプルと震えていたのを今でもよく覚えています。

そんな桃太朗もすくすくと大きくなりましたが、男家族プラス祖母ということもあり、しつけは全くできていませんでした。

家のいたるところで、オシッコやウンチ、壁紙を破る、物を壊す等とても手のやく子でした。その分、世話をした時間も多かったと思います。

そんな桃太朗でしたが、ある時、大好きな散歩を嫌がる時がありました。いつもであれば、猛ダッシュで走っていくのに…

原因はヘルニアでした。ミニチュアダックスフンドはよくなる病気ということでしたが、何気なく持ち上げたり、段差を登らせたりしていることも原因ということでした。

手術をして一時治りましたが、また、再発。どんどん元気が無くなっていきました。

元気が無くなっていく桃太朗をみて、とてもつらい日々でした。

最後は診察台の上で静かに力尽きました。

桃太朗は母が亡くなってからきて、すぐにきましたし、母の生まれかわりみたいなものでした。

桃太朗がいなくなって、家の中はとても綺麗で、掃除も楽になりました。しかし、その分寂しさは倍増です。

しつけをもっとしっかりしてれば、ヘルニアにはなっていなかったのか等後悔することもあります。

今でも元気な桃太朗の姿が頭の中から消えません。