共食いの末に亡くなった鯉たち。今も残る後悔と疑問と想い。

小学校の頃、自宅で鯉を7匹飼っていました。

最初はお祭りで金魚すくいと同じような出店で鯉のつかみ取りで3匹飼い始めました。
大きいオスが2匹、メスが一匹。1年後、メスが4匹の子どもを産みました。

鯉は本来水槽で飼うべきではないのですが我が家には庭があまりおおきくなかったため、水槽で飼っていました。あまりに大きくなりすぎて大きな水槽が2つ必要になってしまいました。

それから3年の間、毎日エサやりをし、1週間ごとに水槽の清掃をしていました。
鯉は池や川で生きていることからあまりきれいな水ではなくても生きていけるイメージがありますが実は綺麗好きで、我が家ではカルキ抜きをした水道水にろ過した雨水を混ぜたものを水槽に入れていました。
藻草なども入れ、食べ残ししたエサはこまめにすくい取るなどの工夫していました。

我が家の鯉たちが一番好きだったエサは青魚を焼いたものです。
小骨を丁寧にすり潰したものをあげていました。今思えば、これが良くなかったのだと思います。

最初の三匹を飼い始めて4年がたった、年末。
当時の鉄道で半日かかる親戚の家にお正月を過ごしに家を空けることになりました。
7匹の鯉は連れていけないので、年末年始の3日間分のエサを水槽に入れていえをでました。
今までも2日ぐらいは家を空けたことがあり、その間に鯉たちはエサを分け合っていたので大丈夫だと思っていました。

そして、年が明けて帰宅したその日家で見たのは2つあるうちの水槽の最初につかみ取った大きいオスの一匹がいる水槽。
同じ水槽にあと、2匹いたはずなのに浮いていたのは鯉の骨でした。
1匹だけいた鯉もところどころ鱗がはがれていたりと怪我をしていました。
お腹が空いた鯉たちは共食いしはじめたのでしょう。弱肉強食の世界で体格の大きな鯉が生き残ったというわけです。生き残った1匹も怪我が原因でそのあとすぐに死んでしまいました。
もう片方の水槽では比較的体格が小さな鯉たちだったため、4匹いても共食いすることなくエサで3日間乗り切ってくれました。

鯉たちにひもじい思いをさせて申し訳なく思うと同時に4年も一緒に育ってきた仲間を食べるなんてと驚きを隠せませんでした。

もちろん鯉にも様々な葛藤があったと思います。
それでもお互いをつつきあい、殺さなければ殺されるという恐怖があったのでしょう。
そんな動物、自然界での弱肉強食の摂理を目の当たりにし当時小学生だった私はショックと後悔をしばらく引きずりました。

もう少し、多くエサをあげていれば… もう1日早く家に帰っていれば…
そんな思いがありました。

それから20年。
私は鯉が死んでしまって以来ペットを飼っていません。
もちろんペット同士の共食いなんてそうそうないことだとはわかっていますが、
それでも当時小学生だった私は自分の責任感のなさ、危機管理能力のなさに絶望しました。
そんな私がまたペットを飼ってもいいのか悩んでいます。
私の不注意で大切なペットが苦しむのはもう嫌です。

もし、あの時共食いされたした鯉たちと話すことができたなら。
鯉たちは何をいうのでしょうか。

エサを十分においていかなかった私を責めるのでしょうか。
それとも私を慰めてくれるのでしょうか。