愛猫の腎不全での旅立ち。人生ではじめの絶望。涙がとまず制御できない感情。10年後の今は楽しい思い出に…。

10年前に、8年間家族として生活を共にしてきた愛猫(クロ)が腎不全で旅立ちました。病気が発覚してわずか3カ月後の出来事です。

治療をすればあと数年は大丈夫と信じていたので、私にとっては想定外のお別れとなりました。

人生でいろんな失敗や人との別れを経験してきましたが、クロとの別れでは、初めて絶望という感情を経験しました。

亡くなった時もショックは大きかったですが、1番堪えたのが火葬をして遺骨となり、姿形が目の前から消えてしまったことでした。

数日前には生きていたのに、今ではもう二度と会えない、現生にはクロがいないというのは、とても残酷な現実でした。

もしクロが亡くなったら、きっと私はボロボロになるなと思っていましたが、最初の数日~1週間は悲しくても、思っていたほどボロボロにはなりませんでした。

私って意外と強いんだと勘違いしたほどです。でもそれは後からジワジワやってきました。

ある日突然クロがいない現実を突きつけられて、絶望という感情があふれ出し涙が止まらなくなるのです。いい大人なのに情けないくらいの泣き方でした。

仕事で家から離れている時や、家族と過ごしている時は(悲しくなるだけなのでクロの話題は避けていたので)意外と普通に過ごせていたのですが、お風呂やトイレやベッドの中など一人の空間にいる時は、突然悲しみの感情が襲ってきて制御できないほどでした。

普通でいられる時と、そうではない時の感情の波が激しすぎて、このままだと壊れるんじゃないかと思ったほどです。

でも、そのたびに私が自分に言い聞かせてきたのは「この感情は仕方ない」ということでした。

だって愛猫が亡くなったのだから、ボロボロになるのは普通なのです。逆に泣かない方がおかしいのです。

だからこの状況は仕方ないことなんだと言い聞かせて、泣きたい時は抑えることなく泣き続けて、感情を吐き出しました。

最初の2年は本当に大変でしたが、3年5年と月日が経っていくうちに、感情の波の感覚も長くなり、だいぶ落ち着いてきましたのを覚えています。

そして今年で10年です。もう10年されど10年です。思い出すと未だ泣いてしまう時もあるけど、あの時の絶望という感情はもうありません。また会いたいなとか楽しかったな大好きだったよという、ただ愛しい気持ちの感情だけです。

ここまでになれるまで相当時間はかかるけど、いつかはそういう気持ちになれます。

だから今ペットロスで苦しんでいる人も、いつまでのその感情に襲われるわけではないことを信じて欲しいです。