ペットを溺愛 40人の飼い主の体験談

目次

49歳女 一緒にいてくれたネコに感謝してます

今は天国に居るネコを溺愛していました。

はじめて念願のネコを飼うことができてネコべったり。

家にいる時間が格段に増えて家にいるときは常にネコのことを気にしていたんです。

私には一人娘が居るのですが、ネコは娘が生まれる1年半前に我が家に迎え入れた子で、娘からすれば生まれたときから一緒に居るから居て当たり前の存在でした。

私にとっても居て当たり前のネコ。

ネコというよりも自分たちを同じ生き物だと思いながら溺愛していました。

娘が赤ん坊の頃いたずらすることなく姉のようにさりげなく寄り添ってくれました。

娘が乱暴に接しても反撃することなく我慢してくれて本当に性格のいい子でした。

16年間本当に良い時間を過ごすことが出来て振り返ると私と娘の話題はいつもネコのことでした。

カリカリ御飯をどのメーカーにするかとか、いつお風呂に入れるかとか、寝姿やすり寄って甘える仕草のこととか話題が尽きなかったのです。

ネコが幼い頃はやんちゃで手を焼いたけどそれも良い思い出に変わっています。

ペットのネコという概念がなく、私にしてみれば自分の子供長女という感覚でしたし、娘にしてみたらネコはお姉ちゃんという感覚。

「常に同等」という気持ちで接して3人で仲良く生きてきました。

溺愛して私たち以外にはいい顔をしなかったところも可愛かった。

ちょっと人見知りなところもネコらしくて大好きでした。

しつこくしすぎて嫌がられたり隣の部屋に逃げ込まれたこともあったけど、少したつといつの間にか側に居てそれがたらなく可愛かったです。

ネコのブラッシングに使うブラシはイノシシの毛や豚の毛で出来たものしか使いませんでした。

自然の毛を使ってあるブラシだと静電気が起りにくく毛につやが出ます。

自分たち人間が使うヘアブラシよりずっと高級なブラシを使っていたことからも溺愛ぶりが分かるでしょう。

たくさん愛情を与えたし、こちらもたくさんの愛情をネコから頂いたと感謝しています。

24歳男、愛犬を溺愛しすぎて借金した

私は、24歳男性現在妻と2歳の子供と3人で暮らしています。

私は6歳から18歳までの12年間柴犬を飼っていました。

名前はポチと言います。

小さい頃に僕がつけたので単純な名前です。

ポチを飼うようになったきかっけは、小学校の校庭に捨て犬として捨てられていたのを見つけたからです。

まだ小さい子犬で、優しい人よろしくお願いします、と置手紙がありました。

私は凄く欲しかったので、親に頼みましたが断られました。

ですが、すごくしつこくお願いをしてどうにかこうにか承諾を得た記憶があります。

ポチはまだ小さかったのでドッグフードなどは口にせず牛乳を与えていました。

常に一緒でした。

外に遊びに行くときも一緒、ご飯食べる時間も一緒、犬小屋で寝たこともあります。

(笑)そんな生活をずっとしていました。

私はポチを本当に溺愛していたので、カメラで撮影しアルバムを作るのが日課でした。

アルバムを見ては、可愛いやろっと友達に自慢していました。

私が仕事を始めたぐらいの年齢の時でもまだアルバムを作っていました。

ですが、社会人になり夕方の散歩が日課でしたがそれができる回数が少なくなっていきました。

ごめんなごめんなと言い聞かしていました。

ですが、ポチの寝顔とかの写真もいっぱい取りアルバムが20冊以上になっていました。

高画質のカメラにこだわり、何回値段の高いカメラに買い替えたか分かりません。

今はポチはいませんが、それでもアルバムは見ます。

たくさんのアルバムがあるので全部見るのに時間もかかるしいつでもアルバムを見るとその当時の出来事が蘇ってきます。

ですので死んでから1回も忘れた事はありません。

今だから、言えますが高性能のカメラを買うために借金したこともあります。

ですが、こうやってアルバムをたくさんして来たおかげで今でもポチの話題で語り合い、笑い合うことができているので本当によかったと思います。

でも借金までするのはダメだったなと今ではそこだけ反省しています。

19歳男 メダカを溺愛しすぎて一緒に寝てしまった件について

こんにちは。

メダカを買っている大学一年生です。

僕が買っているメダカは在来種の日本メダカです。

絶滅危惧種なんですか姉が行っている研究の関係でもう処分予定の日本メダカを最近飼うようになりました。

絶滅危惧種ということもあってか、なぜかとても愛着を抱いてしまい夜は金魚と一緒に寝ていました。

ここで溺愛するあまり起こした悲劇を2つほど紹介します。

1つ目は洪水事件。

魚なので飼っている水槽は少しくさいです。

先ほど一緒に寝ていたと書きましたね。

起きるときに体が当たって家の中にメダカ水がぶちまけられ家の中がメダカのにおいでいっぱいになりました。

不運は続くもので、ぶちまけたその日にちょうど来来客、そしてデートを予定していました。

メダカのにおいが充満している家にお客様をもてなすわけにもいかない。

またメダカのにおいの中で恋人と過ごすわけにもいかないので、結局泣く泣くどちらの予定もキャンセルになりました。

デートは外ですればよかったんじゃ、今考えるとそう思います。

二つ目の悲劇はメダカ失踪事件です。

ある日水槽を見るとメダカが一匹いなくなっていました。

次の日見るともう一匹メダカがいなくなっていました。

暗視カメラをつけて水槽を一日中監視したところ、猫がメダカを食っていました。

猫なので注意しても絶対食べるのをやめないだろうと思ったので仕方なく放っておきましたがあることが起きてから食べなくなりました。

洪水事件の後水槽を玄関に置いたころからです。

よく考えてみると水槽と寝るまでは猫と一緒に寝てたことを思い出しました。

つまり猫は自分の居場所をメダカの水槽に取られたと思ったのでしょう。

嫉妬ですね。

かわいいですね。

猫はめだかを食っちまえば水槽がなくなり、自分の居場所が戻ってくると考えたんでしょうか・・・。

結局その通りになったんですが( ´∀` )。

ただ単に飽きただけかもしれませんがね。

これを読んでいる方へのアドバイスとしては、ペットを複数飼っている場合は片方が嫉妬しないように気を付けることですね。

47歳女性パートにも出られず専業主婦です

愛犬を我が家に迎えたのは、子供が小学校に入学した年でした。

みんなからお世話をして貰える一人っ子の我が子に、お世話をしてあげる存在。

自分の事よりも考えないといけない存在を知ってもらい学んでもらえたらという思いもあって迎えました。

勿論、家族全員のたっての希望でもありました。

お友達のところに居るワンコとはとは違い、自分の弟分として自然と色々と学んでいたと思います。

初めてワンコを迎えた我が家ですが、幸い非常に大人しく賢いワンコでしたので助かりました。

悪戯もなくおトイレの失敗はありません。

ありませんと言うか、家の中では全くしない子でした。

必ずお散歩で済ませる子です。

夜遅くなんかですとお庭で済ませる事もありますが。

お留守番もですが、苦労は数回。

留守中に自分のベッドを噛み千切りバラバラにしたくらいです。

家族のモノ。

家の家具、小物、壁・・これらに関しては特に教える事はありませんでしたが、留守中に触る事はありませんでした。

そんな賢い子。

1人での留守番も大人しくこなしています。

が、逆にあまりに聞き分けが良いので長時間お留守番をさせるのが心苦しくて・・。

健気にいつまでも待っている愛犬。

子供が大きくなり専業主婦から少しパートでも・・と思っても家を空ける事ができません。

静かに待っている愛犬を思うととても留守に出来ないのです。

そんなこんなで愛犬も14歳。

変わらず大人しい愛犬。

老犬の域に達し長時間の留守番、今度は老犬だという理由が加わりました。

特に身体も悪く無い愛犬ですがそろそろ寿命も見えて来ているお年頃。

留守中に何かあったら・・。

愛犬を溺愛するばかり自分の行動に制限が付いてしまいました。

しかしながらこれらは仕方が無いことだと理解して過ごしています。

命を預かった以上当然だと考えます。

私の一生からすれば愛犬の一生はなんと短い事でしょうか。

最期まで傍で見守ってやりたい気持ちで一杯です。

愛犬を迎えた事でパートさえ出来ず専業主婦を続けている自分に後悔はありません。

これからワンコ等、新しい家族を迎えようとされている方。

彼らが自分の人生の予定を狂わせるかもしれません。

そういう事も念頭に置いて、対処できるかたがお迎えください。

彼らも生きています。

心があります。

そしてとても愛情深く愛おしい存在です。

39歳女 愛犬のために勤務体系を変えてしまった

30代の主婦です。

中学生と小学生の子供がおり、子供たちのお世話から手が離れてきて寂しい気持ちになっている私を見て主人が犬を飼ってきてくれました。

犬種はチワワです。

我が家に初めてやってきたのは3ヶ月の時でした。

手に乗ってしまいそうな小さな体で、ご飯やトイレも成犬より色々配慮してサポートしなければいけない状況に、私は愛おしくて仕方なくなりました。

我が家の愛犬はとても小心者で寂しがり屋な性格だったので、家族が学校や仕事に出かけてしまうとストレスで足を噛んだりという分離不安の症状がありました。

「自分がいなければ生きていけないのではないか。

」ととても心配になり、仕事の昼休みには必ず帰ってきて様子をみるようになりました。

私の昼休憩は1時間でした。

仕事場と自宅の往復と愛犬の世話で、私自身元気なが昼ご飯を食べる時間はほとんどありません。

それでも、元気な愛犬の様子が見られることが嬉しくて、全く苦になりませんでした。

愛犬が愛おしすぎてもっと犬のことを知りたい、体調不良の時に対応できるようになりたいという気持ちから動物看護士の資格を取得し、現在は動物病院の看護職に転職して働いています。

もっと働きたいという気持ちはありますが、愛犬は長い留守番が出来ないため半日のパートでの勤務にしています。

愛犬のために気をつけていることはペットロスちゃんねるなども参考になります。

私自身は愛犬が穏やかに過ごせ、一緒の時間を過ごせているので満足をしています。

しかし、分離不安が現れた時に上手に留守番ができるようにしつけていたら良かったのではないかという気持ちもあります。

半日の留守番でも愛犬は不安に思っているかもしれないという思いがあるからです。

また、子供の学校行事などでどうしても長く家を空けなくてはいけない時に、愛犬が体調を崩してしまうこともあるからです。

本当に愛犬が安心して毎日を過ごすことができるのは、長く留守番をしていても家族は帰って来るという確信を持って留守番ができることかもしれません。

これから犬を飼い、その子が我が家のように気の弱い心配性な子だった場合、ずっとそばにいるだけでなく専門家に相談してお留守番が上手にしてあげるのも良い方法だよと伝えたいなと思います。

我が家の愛犬はもうお留守番が上手くはなりそうにありませんが、そばにぴったりくっつき安心して横で眠る愛犬の姿に我が家は我が家なりのやり方で、穏やかに温かい時間を過ごしていきたいなと思っています。

31歳 男 あの独特の匂いがたまらなく好きだった

どうも、昨年まで横浜の実家で柴犬を飼っていたユウリというものです。

僕がまだ高校生だった頃、鹿児島にある祖父の家で飼っていたマメ芝(当時3歳)を横浜の実家で飼うことになり、飛行機ではるばると運ばれやってきました。

学校から家に戻ると、玄関の前で元気にお出迎えをしてくれたので顔を近づけたのですが、あまりの悪臭に思わずのけ反ってしまいました(笑)

この子は昔から水が苦手で、お風呂に入れるのも一苦労。

シャワーをかけると悲鳴を上げながら暴れるため、体を洗ってあげる際には足などを引っかかれ、傷だらけによくなっていたのは今となっては良い思い出です。

雨の日なんかも、地面が濡れていると、前足でチョンチョンと濡れている位置を確認するといった仕草もよくしていて、これがまた可愛らしかったのはよく覚えています。

シャワー嫌いなため、1ヵ月に1回しか体を洗っていなかったせいか、獣くさい独特な匂いをしていましたが、その匂いもだんだんと好きになっていて、頭蓋骨の割れている部分に鼻を押し付けて直にこの子の匂いを嗅ぎながら頭や体をよくなでるのが僕はとても好きでした。

湿気の多い梅雨の季節なんかはなかなか香ばしい匂いを発しており、友達とよく通っていた駅前のとんこつラーメンのような匂いを体にまとっており、「コイツがあのラーメン屋のダシになってるんじゃない?」と友達も冗談半分でそう言っていました。

僕が実家を離れ一人暮らしを始めると、あの子と会う機会はほとんどなくなってしましましたが、仕事なので嫌なことがあったり気を紛らわせたい時、あの子が尻尾を追いかけながらクルクルと回っている愛らしい姿を想像すると、微笑ましい気持ちになり、嫌なことも忘れることができました。

僕が一人暮らしを始めてから5年ほど経った頃、母親からあの子が病気になってもう長くないかもしれないという連絡があり、久々に実家に戻り会うことになりました。

年齢も15歳と高齢になっていて、足腰も弱っており、自分で用を足すこともできなくなっていたため、オムツ姿で人間が座るように壁にもたれかかっていました。

僕は顔を近づけ、この子の頭に鼻を近づけてながら頭をそっと撫でました。

「オムツ姿もまた可愛いな」と思いながら、白内障で目も見えなくなっていたために視点が定まっていない愛犬を眺めていました。

あの子が旅立ってから1年ほどたった今でも、あの子の匂いや息遣い、つぶらな瞳は僕の脳裏に鮮明に焼きついています。

19歳 男 やっぱり大好き

私は2年前に動物病院で働いている叔父から仔猫を譲り受けないか?と聞かれました。

前々からなにかペットを飼いたい!と思っていた私は快く引き受け、仔猫を飼うことになりました。

ペットショップなどで販売されている血統書つきの高額な猫とは違い、もちろん雑種です。

最低限のワクチンなどは投与されていましたが、保護されてから間もなかった為、鳴き声はか弱くかなり痩せていました。

しかし、そんな仔猫を不憫に思った私は大事に大事に育てていきました。

その上で今では真っ白で綺麗な美猫に育ちました。

ただ、大事に育てすぎたためとんでもないわがままに育ってしまいました。

いつでも、遊んで!とアピールしてきたその仔猫は時々、私の腕を噛んでアピールしてくることがありました。

当時はまだ噛む力も弱く、さほど痛くもなかったので叱ることもなく、仕方なく遊んであげていました。

それが今では…なにか要求があると飼い主の腕に噛み付くようになってしまいました。

お腹がすいた、遊んで、構ってどんなことでも私に噛み付いて要求してきます。

仔猫のころから甘やかし倒してきたので、その猫は怒られる、ということに慣れていませんでした。

なので私が大きな声を出して叱っても知らんぷり。

あまり褒められたことではありませんが、頭を軽く叩いたりすると今度は逆ギレして私の腕に本気噛みしてくるのです。

猫に「ご主人様」という言葉を教えたい…。

なので、これから猫を飼おうと思っている方にアドバイスです。

どんなに猫が可愛くても、ダメなことはダメ、としっかり躾をすることが大切です。

じゃないとわがままな猫に成長してしまいます。

甘やかすことは自分を苦しめることに繋がります。

そのことに十分注意してくださいね。

しかし、どんなにわがままで噛みつかれても、愛情をもって育ててきた猫はどうしようもなく可愛いです。

さっきと言っていることが逆にも聞こえますが、命を扱う以上、愛情をたっぷり注いで育ててあげてくださいね。

50歳女性溺愛しすぎて愛犬が肥満に 

50代の主婦ですが、子供が独立したのを機に念願の犬を華族として迎えいれました。

生後3ヶ月で、ペットショップでフレブルを見つけてこの子しかいないと思い購入しました。

実際に家で一緒に生活してみると、あまりにも可愛くってつい甘やかしてしまい犬を怒ることが出来ませんでした。

悪戯をしてもその悪戯をしている姿も可愛く、愛犬はどんどんやんちゃになって行きました。

しかし、甘え上手でもあり甘えて来るので可愛くって仕方がなくいろいろなおもちゃを買ってあげたりしてついつい溺愛してしまっています。

おもちゃも、可愛いおもちゃがあると愛犬に飼ってあげたくなりどんどん増えてしまいました。

おやつも、可愛くってしかたがなくついおやつを買ってしまい与えていました。

そのせいか愛犬の体重が、どんどん増えて行きました。

愛犬は、フレブルのせいか力が強く散歩に連れて行くといつも走り出してこっちが逆に引っ張られている感じで散歩も大変でした。

しかも走った後に、体力がないのですぐにバテてしまい帰り道には犬が座り込んでしまいます。

そんな姿さえ可愛く、いつも帰り道は犬を抱っこして帰っていました。

そんな散歩を続けていたせいか、前半は走って後半は抱っこというスタイルの散歩になってしまいました。

子犬の時には、まだ体重が軽かったので良かったですが成犬になり体重が13キロにもなってしまい、抱っこして歩くのも一苦労という状態になって行きました。

こんなことなら、子犬の頃から歩いて帰らせる習慣をつけておくべきだったと今更ながら後悔しています。

しかも、おやつの与えすぎもあり動物病院で肥満だと先生から注意されるようになりました。

今は可愛いからこそ、長生きさせるためにダイエットをさせています。

今からペットを飼う人は、きっとペットを飼い始めると可愛くって仕方がなく甘やかしてしまうと思いますが、あまりにも溺愛し過ぎてしまうと困ったことが起きてしまうので、しっかりとしつけもして下さい。

52歳男 高校生の時に愛犬を可愛がりすぎ、祖父が怒り心頭

父が長男だったので、祖父母と共に暮らしていました。

祖母は動物が苦手な人でした。

祖父は犬や猫を飼ってはいましたが、昔ながらの人だったので、番犬を飼っているという感じの人でした。

父母と私、弟を含めて、動物は好きな方でした。

祖父が飼っていた犬が老犬となり、亡くなってからは犬や猫は飼っていませんでした。

私が高校生の時に、自分で犬を飼いたいと思い、父母にお願いし、知り合いから、子犬を分けてもらいました。

知り合いから無料で分けてもらったので、勿論、雑種の雄(全体が茶色)です。

子犬の頃、毛がふさふさで、散歩に連れて行くと、犬を散歩されている方に、「ポメラリアンですか」と何度か、尋ねられたことがありました。

人懐っこい性格だったので、近所の人からも可愛いねと言われていました。

周りから可愛いわねと言われ、親子で初めて自分たちが可愛がっている犬という実感がありました。

祖父が頑固な性格だったこともあり、家には犬を祖父が飼っていた手前、遠慮していたところもあったと今更ながら、思います。

そういった状況もあって、お手、フセ、お座り等を自分たちで教え込んでいました。

犬の方も、段々と学習していくので、飼っている人間からすると、可愛く感じます。

祖父母はその頃、年を取っていたので、ほぼ、家の中の生活でした。

近所を歩く程度ぐらいの外出でした。

夜ご飯の後に、親子で犬と遊んでいると、調子に乗って、ついつい、声が大きくなっていました。

こちらは楽しくやっているつもりだったのですが、祖父にはそれが気に入らなかった様で、「畜生の犬をそんなに溺愛するな!」と怒りだし、大声を上げてしまいました。

後から考えると、祖父自信が寂しかったのではないかと思いました。

今と異なり、祖父の考え方は、「犬は畜生であり番犬」という古い考え方で、家族と同様のペットという感覚ではなかったためでしょう。

庭に祖父を椅子に座らせて、その犬の鎖を外して、庭に放していました。

当然の事ながら、犬が外に出ない様に、また、誰かが来て吠えないかの監視の為、私は庭にはいました。

犬は人懐こい性格だったので、祖父に近づいて行くと、祖父は犬の頭をなでてやっていました。

犬も気持ち良さそうにしていました。

その時に私は「やっぱり、畜生だと言っていたけど、犬はすきだったのね」と思いました。

42歳女 犬の体調不良が心配で心配で夜間救急外来を利用

6歳になるメスの柴犬シバコ(仮名)を飼っている40代の主婦です。

我が家には子供がいないため、私たち夫婦と、私の両親の4人にとってはシバコは子供、孫と同じような存在になっています。

今年のゴールデンウィーク開けの5月の日曜日、いつも元気なシバコが晩御飯を食べたがりません。

食事の前に行ったお散歩でも、おトイレが上手くいかず、若干水っぽい感じになっていました。

お腹でも壊したかな?
とそのときは心配しませんでしたが、ご飯大好きシバコが食べたがらないことには流石に不安になりました。

このまま翌朝も食欲が戻らなかったらかかりつけの獣医さんに連れて行こうと思っていた矢先、今度は嘔吐してしまいました!!

これはただ事ではないと、かかりつけの獣医さんに電話するも診療時間外のアナウンスが電話口からは流れるだけ。

しかし!
獣医さんの案内は冷たいだけではありません!
動物救急外来の番号を案内してくれているではありませんか!!

早速その番号にかけるも・・・繋がらず。

シバコ!しっかりして!!
と焦る気持ちを抑えてネット検索すると自宅から車で15分程度で行かれるところであることが分かりました。

救急外来へと暗い夜道を夫の運転する車は安全運転法定速度内で猛ダッシュしました。

病院につくと動物看護士さんが最初の問診をしてくれました…が!!
元来、愛想のいいシバコは、尻尾フリフリ。

「下痢と嘔吐の症状があって云々」
と神妙な顔をして診察の申し込みをしてから連れて行ったので、看護師さんは苦笑い。

「元気だね…」

優しい獣医さんに「急性胃腸炎ですね。

吐き止めと下痢止めの注射をしておきますね」
と言われ、バックヤードに準備のため入った獣医さんを名残惜しそうに見送るシバコ。

「これから痛いお注射なのよ」と言っても知らん顔。

獣医さんが戻ってくると尻尾をガン振りで大歓迎。

「注射してもらうのに喜ぶなんて、あんたくらいなもんだよ」
と私が言うと獣医さんも苦笑い。

2本の注射をプチプチっと打たれるも、ご機嫌なままのシバコ。

シバコ、君には痛点はないのか!!

この注射のおかげでその後容体は安定して、翌日にはかかりつけの獣医さんに連れて行き、結局全治2週間でした。

救急外来など人間でも使ったことがない我が家ですが、シバコの為ならと家族総出で大慌てで担ぎ込んでしまいました。

ペット保険に入っていたので50%の負担で済むと思っていたのですが、実は支払ってもらえる上限が決まっている保険で、結局かなり高額な医療費となってしまった日曜の夜でした。

人間の保険なら高額医療費の還付まであるのに…

しかし!ペット保険びっくりは翌日も続きました。

同じ日に2回は保険が使えないとのことで、夜に救急外来に行ったため、翌日の獣医さんの診察料は保険が使えない可能性がありました。

結果的には、日付が変わる前に診察、支払いをしていたので、使えたのですが、人間ならば「今日はお医者さんデーだ!」と言って、内科と歯医者と整形外科なんてハシゴする人もいるのにと、思わぬ所で人間の医療保険と民間のペット保険の違いを知ることとなりました。

ペット保険の保険証には犬の顔写真まで載っていて人間の保険証よりも高級そうですが、やはり人間の保険の方が手厚いのだと再確認しました。

ペットと言えども家族!
大切な存在ですから、具合が悪ければ救急外来も使いますし、獣医さんにも連れていきます。

でも、見た目が立派な保険証でも、どんな保険内容なのか、しっかりと把握しておかないと予想以上の出費となって驚くこともあります。

シバコが元気が無かったときは生きた心地がせず、夜中に赤ちゃんの具合が悪くなったママさんはもっと不安なんだろうなと思いました。

シバコが我が家に来てくれたおかげで、子供のいない私たち夫婦も、若干ではありますが、親の気持ちを知ることができました。

42歳女 猫を愛しすぎて前世で恋人だったと信じる

ネコちゃん大好き人間です。

はじめてネコを飼ったのは、妹が一目ぼれをして買ってきた、メインクーンの男の子です。

残念ながら、その子は3歳のときに病気で亡くなってしまいました。

その後は、近所の野良ネコやキャッテリーから譲り受けた成ネコを年に1匹のペースで家族とし迎えて、現在は6匹のネコちゃんと暮らしています。

溺愛エピソードは、6匹のなかの5匹目のネコ(マンチカン、5歳の男の子)にかかわります。

その子はキャッテリーで種オスとして飼育されていたのですが、メスネコと交尾にいたらず、良いお友達になってしまうという、おかま疑惑のあるネコちゃんでした。

繁殖に使えないということで、ずっと狭いゲージで過ごすだけの毎日だったようです。

ある日、ちょっとしたきっかけでそのキャッテリーを見学して、あまりのかわいさに一目ぼれ。

繁殖にはまったく使えないので、里親として譲ってもらうことができました。

我が家に迎えてからは、部屋中走り回り、誰よりも食いしん坊で、すっかりわんぱくになりました。

その姿が、何をしていてもかわいいのです。

トイレの姿も、毛玉を吐いていても、いとおしくてたまりません。

あまりのかわいさに、これは前世で親子か恋人だったのでは、と信じて疑わないようになりました。

そのことを家族や知人に話したのですが、「何を言っているの?」という反応でした。

妹には「Yahoo知恵袋で『姉が奇妙なことを言っている』と相談してもいいか?」と言われてしまいました(冗談か本気かわからないですが)。

6匹のネコたちを区別するつもりはありませんが、ほかの子たちとは違った感覚があるのは事実です(やっぱり前世が関係?)。

その子が我が家の家族になったときの年齢が、すでに4歳。

マンチカンは遺伝的にあまり長生きできない種なのだそうです。

あと10年間、一緒にいられるかどうかわからないと考えると、もっと早く出会っていればと、ちょっと悔しい気持ちや悲しい気持ちになります。

とにかく今は、毎日の1分、1時間を大切にしていきたいと思っています。

毎日、大好きなカリカリをあげて、なでなでしてあげて、健康には細心の注意を払って、幸せな生活を一日でも長く過ごしてもらおうと考えています。

ちょっと遅かったけど、出会えてよかった!うちに来てくれてありがとう!という気持ちでいっぱいです(まるで恋人のようですね)。

34歳 女性 愛犬が可愛すぎてメロメロです

私は34歳、主婦です。

最近、犬を飼いました。

レッドのトイプードルのオスです。

本当は、犬派ではなく猫派だったんです。

実は、子供の頃、捨て猫を拾って帰ってから、妹が野良猫を保護しました。

可愛くて可愛くて、家族皆でかわいがり、そのうち母が仕事場の駐車場に住み着いた野良猫を保護してきて、数年かけてですが、合計3匹になりました。

十数年かけて全匹見送り、どっちもかわいいけど、犬か猫どちらか選ばなくてはならないなら猫!と思っていました。

自由で、猫のかまっていいときにはかわいがり、しつけはトイレくらい。

旅行にも2日くらいなら置いていけるし……飼うなら猫かな!と思っていたのですが、なんと結婚した旦那と生まれた子供が猫アレルギー。

自分できちんと世話するなら、犬ならいいよ。

と言われて、色々調べました。

子供はハウスダストのアレルギーもあるので、毛があんまり抜けない種類の犬がいい。

できれば私が病院につれていけるように、猫位の大きさの種類の犬がいい。

あんまり長時間のお散歩が必要な種類の犬は、私の体力がもたなさそう。

などなど、たくさん調べて調べました。

図書館でドッサリ本を借りました。

でも、買い物でショッピングセンターに行って、ペットショップを通りすがったときに、運命がありました。

運命なんておおげさな、と思うでしょう。

でも、運命なんです。

たまたま、子供がかわいいーといい、たまたま、ペットショップの店員さんの手が空いていて、たまたま、うちの子に『だっこしてみますか?』の声がかかったんです。

子供は他にもたくさんいたにも関わらず、です。

だっこしてみたら、可愛くて可愛くて可愛くて。

そもそもオスかメスかとか確認していませんでした。

店員さんも私の好感触さからか、パテラなので膝がちょっとゆるいがどうとか、涙やけがどうとか、睾丸がおりてないとか……たくさん話をしてきました。

色々正直にいえばデメリットはたくさんありました。

同じ金額だせば、もっと病気のない犬も買えたかもしれないです。

事実、うちの犬より小さくて、膝がガッシリしている条件の良い犬が今、私が買ったペットショップに売っています(笑)
でも、『損した!』とか一切思ってないんです。

あーそうなのーでもうちの子が一番ですーどこかいいとこに飼ってもらえるといいね、って自然と思えました。

しかも、犬かわいいねー位だったのに、顔つきやなんかでうちの犬が見分けられるようになりました。

毎日メロメロでかわいいです!

27歳、男性、愛犬コロ

私は、フリーランスをやっている長崎県在住の者です。

私は、小学生の頃、知り合いの家で産まれた子犬をもらったことがあります。

名前はコロと名づけられ、家族全員に愛されながら暮らしていました。

私は、コロといつも一緒にいたので、コロとの思い出は沢山あります。

運動会に向けて一緒に小学校のグラウンドを走ったり、散歩中に首輪が外れて逃げ回り、遂にコロの姿を見失い、もう二度とコロが帰ってくることはないのかと絶望しながら帰宅すると、家の犬小屋でコロが水を飲んでいたり、夕方17時になるチャイムが鳴るたびに遠吠えをしていたり、思い出を数えればキリがありません。

その中でも、忘れられない思い出がありました。

それは、コロが車に跳ねられたことです。

当時小学4年生の私は、夏休み期間中、近所のゲートボール場で行われているラジオ体操に毎朝行っていました。

コロが跳ねられた日も、いつも通りラジオ体操に行っていました。

しかし、ラジオ体操から帰宅途中に道路脇で横たわっている動物を発見しました。

近づいて確認すると、なんとそれはコロだったのです。

普段はリードで繋いでいるのに、なぜこんなとろこで横たわっているのか。

状況が全く把握できないまま、ぐったりしているコロを家まで抱えて帰りました。

幸い、特に大きな外傷は確認できませんでしたが、口からの微量の出血、歩く際はふらふらとしていました。

その日コロは、1食も口にせず、車庫の中で横たわったままでした。

もう、このまま死んでしまうのではないかと、不安を抱きながら就寝し、次の日餌を与えに向かうと、コロはまだ横たわったまま。

諦め半分でラーメンの汁を与えてみました。

するとコロは、一口、また一口と汁を舐めました。

私は、嬉しくなり、その後も献身的にコロの様子を見ていたのですが、2週間が経つとコロは走れるほどまで回復しました。

 それから、コロは私が社会人になるまで生き続けたのですが、私はコロとの出会いについて全く後悔していません。

ペットも大切な家族であり、良い思い出も沢山作れました。

これをご覧になっている方も、ぜひペットを飼ってみてはいかかでしょうか。

31歳男 猫のための節約生活

埼玉の片隅で猫を飼っています。

近所の人から「子猫が生まれたから飼ってくれる人を探している」と言われ、初めは一緒に探していたのですが、そのうちに愛着が沸いてしまい自ら飼うことになりました。

当時の我が家には、すでに猫1匹と犬がいたため大変かなと思いましたが、自由な飼い方ができる環境というのが大きかったです。

我が家の周りには車が通るような道路はなく、庭が広くて雑木林もあったので、猫に関しては家の外へ自由に出す飼い方を長年してきました。

メスだったので貰い受けてすぐに避妊手術をし、首輪の裏に電話番号を書いて、我が家で飼う準備が整いました。

これが十数年前の話。

すっかり老猫となった現在も変わらず元気に過ごしています。

見た目は元気ですが、内臓の老化が心配で、少しでもいい餌を食べさせたいと思いあちこちを探しました。

前の猫が腎臓病になったこともあり腎臓に良い餌を探しましたが、近所のスーパーには置いておらず、Amazonに頼ることに。

すぐに見つかりましたが、とにかく高い!
普段の餌の5倍近い値段が普通で、「お、これは安い」と思った商品もよく見たら数日でなくなりそうなほど量が少なかったりして、結局4000円近くする餌を買いました。

正直私の経済力からすると痛い金額なので、その日から猫のための節約生活を意識するようになりました。

特に頑張ったのは食費で、安い食パンやカップ麺に頼ることで月5000円以上の削減に成功。

私がカスカスの食パンをかじっている横で4000円の餌をポリポリ食べる猫。

しかも高級だけあって味が良いのか、食べっぷりも今までとは全然違います。

当初は1袋で3週間はもつかなと思っていたら、2週間も経たずスッカラカン。

餌の量を抑えようとすると夜中にニャーニャー鳴かれるので、求められるまま与え続けています。

一度与え始めたらやめるわけにもいかないので、たとえ私の方が不健康になろうとも意地でも買い続けてやろうと思っています。

50歳女性がペットと共に寝て起きる暮らしをしていた事実

私は50代で、事務職をしています。

私がかっているのはワンちゃんです。

そのワンちゃんは、小さいので部屋のなかでかっています。

私が小さい時には、大きなワンちゃんをかっていたので部屋の中でかうことができなかったのです。

そのため、部屋の中でかうことができる小さいワンちゃんをいつかは飼いたいと思っていました。

そんな時、ペットショップで一目惚れをした、小さいワンちゃんを買うことにしました。

小さくて、目がクリクリしていて、とても愛らしいのです。

そのことから、ずっと一緒にいたいと思うようになったのです。

子育ても終了して、これからは自分の人生を思いっきり楽しく時期です。

そして以前からの念願だったワンちゃんを部屋の中でかうことができて本当に幸せを感じることができました。

溺愛をしていた一つに、自分のベッドで一緒に寝るようにしていたことがあります。

通常は、ケージの中でワンちゃんを寝かせることが多いのです。

しかし冬だったのでその中は寒いと思って、私のベッドで一緒に寝ることにしました。

一緒に寝ることにより、自分としても寂しくないし、ワンちゃんも暖かいのでいいですね。

一緒に寝て、一緒に起きる生活をしています。

そしてご飯については、できるだけ無添加でワンちゃんにいいものを与えることにしています。

主人は、自分たちが食べるものよりもずっと高いものを食べていると皮肉を言うことがありますが、そんなことは気にしません。

少しでもワンちゃんが健康でいることができるように、無添加でグルテンフリーの食事を与えることにしています。

今は元気でいるワンちゃんですが、ワンちゃんの寿命が短いのでいつかは私よりも早くになくなってしまうことでしょう。

そのことを思うと、思うだけで泣いてしまうことがあります。

人間よりも素直だし、見た目も可愛いし、言う事ないのです。

もうこれからは、ワンちゃんがいない生活は考えないと思っているので、もう一匹飼いたいと思っています。

41歳男、いつのまにか溺愛していました!

私は今、現在41歳になる男性会社員なのですが、以前に溺愛しすぎたペットの犬がいました。

ことの始まりは友人から犬を貰ったのでした。

正直、元々それほど犬は好きではなく興味もありませんでした。

しかし、その友人がペットを買えないマンションに住んでいた為、私が貰うことになったのです。

そして、私も貰った以上は大切にお世話しようと思い、毎日散歩やご飯をあげていました。

貰った当所はまだ子供だったのですが、気かつけばあっという間に大人へとなりました。

そして、相も変わらず毎日私と犬は仲良く暮らしていたのですが、ある時私が出張で家を空けた時が1日だけあったのです。

勿論、一緒に連れていく訳にもいかなかったのでエサだけをしっかりと置いていったのでした。

そして、出張から帰るや否や私は家へと帰ると、ドアを開けた瞬間飛び付いて来たのでした。

私も嬉しさのあまり思いっきり抱き締めてやったのです。

すると、ワンワンと泣き出し、私は散歩に連れていって欲しいのだと思ったので、早速近くの公園へと行ったのでした。

そして、しばらくして家へと戻りまたいつものように二人で過ごしたのです。

また、私はその時に改めてペットを飼っていて良かったと思いました。

何故ならば、やはり家に一人で寂しくいるよりペットが居るだけでどれだけ楽しいかと言うことを感じたのでした。

そして、それからはそんなことを思った私にはもうペットは欠かせない存在にまでなっていたのも実感したのです。

ですので、それからは毎日が更にペットとの関係を深くしていったのです。

いつもの散歩やご飯は勿論のこと、遠出も一緒に過ごすようにしたのでした。

車に乗せ何処へでも一緒に出掛けるようにしたのでした。

そして、やがて寿命により死んでしまったのでした。

私はいつのまにか溺愛しすぎていた為、しばらく何も手につきませんでした。

ただただ毎日が悲しくてたまりませんでした。

死んで初めて溺愛していたことを悟ったような気がしました。

49歳女 新婚の夫よりネコに夢中

40代専業主婦です。

3年前までネコと幸せな生活を続けていました。

私は子供の頃からネコが大好きでよく野良猫に御飯を与えたり、見かける度になでたりだっこしたりとにかくネコの可愛さにめろめろだったんです。

完全なネコ派でいつかネコを飼いたいと思っていました。

ネコを飼いたかったのですが私以外は皆犬派だったためにその望みは叶わず大人になったら絶対にネコを飼うんだと心に決めていたんです。

そして結婚してすぐ念願のネコとの生活が始まりました。

新婚で夫の世話も自分の仕事もあり日々忙しかったのですが、その忙しさを忘れさせてくれる存在が我が家の一員となったネコだったんですね。

知人から譲ってもらったそのネコは真っ白で私の片手に乗るくらい小さくて。

そんな小さなネコを触ったことがなかったから本当に育てられるのか心配になったほど。

ですが、予想に反するようにその子はすくすくと育ってくれました。

この子が我が家に来た瞬間から私の溺愛は始まりました。

あまりの可愛さに時間を忘れてふれあい気づけばネコばかり見ていて。

やんちゃで家の中を走り回ってカーテンによじ登ったり、ソファーや壁紙をひっかいたり好き放題でしたが全てが愛おしくそんなことどうでもよくなっちゃいました。

ネコが伸びをしているところや御飯を食べているところなど可愛いポイントがあります。

寝姿も言葉に出来ないくらい可愛い。

丸くなって寝ているところ、ぴーんと伸びて気持ちよさそうに寝ているところ。

完全にリラックスしているときにしか見せない体勢で寝ていると家族だと認めてもらえたような気がして嬉しくなったものでした。

あまりにも溺愛して夫への対応が素っ気なかったことは反省しました。

新婚なのになんか新婚らしくなくて私の気持ちはネコに向いてばかりで夫はさぞ寂しかったと思います。

当時はネコを通して夫とコミュニケーションすることが多かったですよ。

ネコは16年の生涯でしたがいまでも家族です。

45歳愛犬を溺愛しすぎて自分の私生活がやばい

こんにちは、子供の頃からずっと動物と暮らしてきました。

最初のペットは団地住まいの為インコでした。

それから一軒家に移り、代々柴犬を飼っています。

初代は時代もあった為、庭につないで飼っていましたが
現在3代目になる柴犬は家の中で飼っています。

どの子達も全力で愛してきましたが、溺愛しすぎているのはこの3代目の柴犬です。

この柴犬ムーちゃんには一目で心を奪われ、子犬のころから溺愛しています。

それはもう周囲が引くくらいに。

溺愛エピソードその1

自分のスキンケアにかけるお金を削り、ムーちゃんのケア用品にまわす。

「柴犬のくせにそんな手入れはいらないだろう!」と昔人間の親戚に笑われましたが
シャンプーはオーガニック、ブラシは肌にやさしいもの、ドライヤーもムーちゃん専用。

歯ブラシ、歯磨き粉は私の使っているものの数倍はしますが愛のため迷わず購入。

自分の髪はボサボサでも、ムーちゃんのお手入れは欠かしません。

毎日艶出しスプレーとブラッシング、歯磨きでお口のケアをしています。

もちろん赤ちゃん言葉で褒めに褒めながら!誰かに見られたら恥ずかしくて死ねるぐらにはやばいです。

溺愛エピソードその2

寝具は毎日ふかふか清潔に!
ムーちゃんのベッド、クッション、タオルケット等は毎日天日干しでふかふか。

こまめな洗濯もかかしません。

自分の布団は湿っていても、ムーちゃんの気持ちよく眠る寝顔の為に天日干し。

周囲にはあきれられていますが、ムーちゃんの為ならなんてことはありません。

溺愛エピソードその3

できるだけ外出は最低限に!
直帰は基本、旅行はムーちゃんが来てから行っていません。

躾に失敗したといえばそうかもしれませんが、私が出かける時の鳴き声を聞くと胸が痛くて。

買い物も極力ネット通販、スーパーは競歩で無駄な動きを一切見せずに素早く買い物を済ませます。

お留守番のご褒美は必ず買って帰り思いっきり留守番できた事を褒めます。

そして空いた時間はできるだけムーちゃんの散歩をのんびりとします。

自分で書いていてとても自分が心配になってきたのでこのへんにしておきます。

良識のある愛犬家の方は真似をしないでくださいね。

30歳猫好き主婦、みんなに猫屋敷といわれ

はじめまして。

4匹の猫たちに囲まれながら在宅勤務をするという最高な職場環境ではたらく30歳の主婦でございます。

私が4匹もの猫たちを養おうと思った経緯をお話しします。

まずは、結婚する前の8年前某ボランティア団体に掲載されていたスコティッシュフォールドの猫ちゃんがいました。

私はその写真をみて心奪われました。

もう大人猫でしたが、そんなの関係ありませんでした。

小さいころから猫と暮らすのが夢で、絵をかいたり猫グッズを集めていました。

そんなときに出会ったのがスコティッシュフォールドのまろでした。

早速会いにいきました。

オスなので彼が連れてこられました。

い草のいい香りをした茶色の彼はまさに私の理想の猫でした。

ボランティアの方にもこの子は初めて猫を飼う人でも大丈夫だよ。

と言ってもらいそのまま連れて帰りました。

初日から一緒に寝て、ゲージに入れてもいいと言われましたが、わたしはほぼ人間と同じように過ごさせました。

彼はとてもやさしくなつっこく最高でした。

たくさんおやつも買って服も買い、6年の時がながれました。

結婚してこどもが生まれても彼は変わりなく優しかったです。

そんなあるとき、旦那の会社で子猫3匹が生まれてお母さん猫が死んでしまったと聞いたのです。

最初は迷いましたが、可愛そうなのでうちにつれてきてと言いました。

3引き里親を探すつもりで毎日排泄、ミルクのお世話をしていました。

2匹は里親がきまり、1匹がのこりました。

もう可愛くて手放したくなかったので結局買うことにしました。

そして1年後今度はまた会社で5匹子猫が生まれて、お母さんが1週間帰ってこないといわれました。

このままだと死んでしまうので、つれてきました。

さすがに5匹の世話は大変だったのですが、その中に真っ黒の子猫がいました。

私も旦那も子供も黒猫が気に入ってしまい、そのまま飼うことにしました。

そしてその1か月後また会社で1匹だけ子猫がけがをしているといわれました。

もう買うのは無理だよといいながら連れてくると、見たこともない珍しい毛色の可愛くてうつくしい子猫でした。

また心奪われてしまい、4匹も増えてしまったとゆうのです。

2匹目を飼うハードルは高かったのですが、それ以降はハードルが低くなり、4匹も増えました。

トイレ掃除は大変ですが、可愛くて幸せです。

24歳男 愛犬を溺愛しすぎた結果我侭姫へと成長した

私が初めて犬を飼い、溺愛してしまった失敗談を紹介しますね。

当時私は24歳で実家暮らしをしてました。

私も社会人となって数年経過してましたし、母がペットを飼いたいと言い出したんです。

まあ私の世話をしなくなった分、母も生活に余裕が生まれたんでしょう。

ペット自体は私も賛成ですし、相談した結果犬を飼うことに。

そして飼う事になったのが茶色のポメラレニアン(雌)で、名前はチャコです。

初めて犬を飼った、しかも可愛いポメです。

私はすぐにハマり、溺愛しました。

ただこれが良くなかった。

例えばチャコが近く来ると撫でたりブラッシングをしてあげたりと、最初は私からしてあげてました。

でもそのうちチャコからオネダリするようになったんです。

その様子が可愛く、チャコがオネダリするとしてあげてたんですよね。

でもこれに慣れてくると、チャコの様子が変わっていきました。

チャコがブラッシングして~とオネダリし、そして私がすぐにそれに応じないとチャコが怒ってくるんです。

犬って上下関係があるっていいますよね。

チャコを溺愛するあまり、何でも言うことをきく私をチャは下位だと意識するようになってたんです。

もちろんブラッシングだけではありません。

散歩に行きたい!となると、チャコは絶対行こうとします。

私がすぐに言うことを聞けば問題ないのですが、少しでも渋ると怒ってくるんです。

外は雨天だったり、仕事で私はヘトヘトになっていたり、これから出掛ける用事があるから散歩に連れていく時間がない・・といった感じで、チャコから散歩を要求されても毎回連れていけるわけではありません。

私なりに優しく断るんですが、チャコはギャンギャンギャン!と吠え出します。

連れて行け!連れて行け!連れて行け!って感じで。

連れて行ける時なら連れていってはあげるんですけど、無理な時はやっぱり無理。

ということで連れて行かないと、リビングに粗相をして嫌がらせ等をするんです。

何でもチャコの言う事を聞き、お姫様のように溺愛した結果我侭姫へと成長してしまったんですよね。

それでもチャコが可愛いので、下僕扱いされながらもチャコを愛し続けました。

37歳女猫のために生きているようなものでした

37歳女性です。

小さい頃から、家族が動物が大好きで、家に動物を飼ってはいましたが、私自身はそこまで好きではありませんでした。

だから、羨ましがってくれても、私は何がそんなにいいのか、喋りもしない動物がなんでそんなに可愛いのかという気持ちでいたので、犬を飼っていても、餌やりもしていませんでしたし、散歩にも行っていませんでした。

人それぞれ、好きなもの、嫌いなものがあり、私はきっと動物があまり好きではないのだなと思って、大人になりました。

大人になって、1匹の猫を拾いました。

本当に、明日にで死んでしまいそうなくらい痩せていて、目のあたりも膿んでいるような感じでした。

何となく、可哀想になり、家に持って帰ることになりました。

幸い、その時期は、猫も犬もいない時期でしたので、家族は喜んでくれましたし、私が猫を保護してきたので、驚いていました。

餌を与えて、病院に連れていき、飼うことになりました。

初めて、ペットに名前をつけることにもなりました。

愛着なのでしょうか、めちゃくちゃ可愛い。

少しでも不安になると、動物病院に連れていくので、お給料でも猫の医療費にかかる割合が増えていきました。

家族は昔の人なので、反対されましたが、猫のために動物の保険にも入りました。

それまで、飲み歩いていることが多かったのですが、仕事を終えると、すぐに帰宅して、猫の世話。

勿論、職場でも観られるように、部屋にペット用カメラをつけることになりました。

時間があれば、すぐにネットに接続して、猫の様子を見る。

すぐに家に帰る、休日も勿論、猫と一緒。

出かけると言えば、猫の用品を買うくらいでした。

それくらい猫を溺愛する日々を送っていました。

目に入れても可愛いという言葉がありますが、本当にそれくらいの可愛さでした。

しかし、7年目で亡くなってしまいました。

その時のペットロスと言ったら、もう立ち直れないのではないかというくらいでした。

火葬して、墓地を購入して埋葬しました。

すごく可愛い猫でしたし、自分も動物が好きなんだなというのは分かりましたけど、あのペットロスをもう一度味わうのかと考えると、もうペットを飼うことは出来ないなと思います。

36歳 ペット溺愛の友達が危ない

大阪府在住36歳主婦、二児の母です。

友達の話になってしまいますが、ペットを出来合いしすぎておかしいですw確かにとても可愛いです。

こげ茶色のポメラニアンで、テディベアみたいに愛くるしいので、可愛がるのはとてもわかります。

自分も犬を飼っていた時期があるのでわかるのですが。

ただ、犬は犬らしく・・・といいますかw限度というものがあると思うのです。

その友達だけではなく、家族で溺愛しているので、家の中が犬用になっていますwまず、トイレのしつけはしません!!怒るのがかわいそうだからだそうですwなので、家のいたるところおしっこのシミだらけで、最近では決まったところにするそうなのですが、キッチンの壁だそうで、その壁が尿素で腐ってきていますw分譲のマンションに住んでいるのですが、そのうちリフォームをするそうですw犬のおしっこで腐った壁を!リフォーム!www笑うしかありませんでした。

こうなってくると、やはり犬は勘違いをするのか、自分が犬ということも忘れてくるのでしょうねwww人を噛みますw飼い主を噛みますw人におしっこをかけますw友達も、実際に顔を噛まれて、縫うほどの怪我を3回ほどしていますwww懲りずに、可愛いから近づく自分が悪いといっていますが・・・違いますよねwww友達の前で犬と言うと怒り、ちゃんと名前を呼んで欲しいと泣かれます・・・あれ?私の方が何かおかしいのかな?と思うほどに、彼女や、彼女の家族にとっては当たり前の事のようです。

始めは、私も色々言っていましたが、今となってはそんな彼女を愛しくも感じたりします。

ペットは勿論家族です。

命のある大事な存在だと思います。

疲れた心を癒してくれたり、一人のときに傍に寄り添ってくれたりもします。

が、それも全て、飼い主への忠誠心だと思うのですw顔を噛まれる彼女は、犬の方から寄ってくることは無いそうです。

それでも、可愛いというので、よほどのMではないかと思いますw

53歳 女性 楽しかった愛犬2匹の思い出たち

私はチワワを2匹と一緒に住んでいました。

自宅で仕事をしているので、常に一緒にいるという感じです。

一匹目の男の子のチワワのお嫁さんとしてブラックタンの女の子のチワワを迎えました。

すると男の子のチワワが心臓病が発覚して病院通いが始まり、お嫁さんチワワと別の場所になりました。

はしゃいではいけないと病院で言われ、あと少しの命だと宣告されました。

一生懸命看病して病院へ連れて行き、点滴や酸素室に入ったりする日が続き、遂に天国へ行きました。

6歳という若さでした。

しばらくは悲しい日も続きましたが、お嫁さんとしてきた女の子のチワワも小さいので、世話を焼いている間に寂しさと悲しさは紛れました。

ただ、もっとこうすればよかったなど後悔の念が残るばかりです。

そして、数年女の子チワワと過ごすことになるのですが、いたずらっ子で電気のコードなどを噛みちぎったり、粗相をしたりと忙しくも楽しい毎日でした。

いつも同じ布団で寝て、朝は目覚しが鳴ると起こしてくれたりしていました。

毎年、動物病院で精密検査をして安心していたのですが、何となく様子がおかしいと思い病院で検査をすると子宮の病気が発覚して手術。

無事に生還して、1年ほど元気に過ごしていましたが、また様子がおかしいので検査をしても、どこも悪くないと言われ、絶対におかしいと思った私は違う病院へ連れて行き、エコーや検査をしてもらいました。

結果は小腸腺癌で余命が3ヶ月という宣告。

あれだけ元気で毎年欠かさずに検査を受けていたのに、病気になるなんて信じられませんでした。

少しでも長生きしてほしい、食べる事が大好きだったから、命がある限り食べさせてあげたいという一心から、手術に踏み切りました。

どれだけお金がかかってもいい。

助かるならという思いでいっぱいでした。

いつも一緒にいて、夏はクーラーを一日つけて過ごしやすいようにして、冬場はホカホカカーペットを置いてあげていました。

周りからは過保護過ぎると言われていましたが、私にとっては自分の子供みたいに溺愛していました。

手術が終わり、自宅に帰ってきて24時間体制で看病して、少し食べれるようになって、元気ではしゃいでいました。

その姿を見た私は、安心したのか、つい眠ってしまいました。

それから、調子が良くなったり、悪くなったりを繰り返し、一ヶ月が経った頃に、もう食べる気力もなく弱っていくばかりでした。

天国に行く前日に少し元気になって、水も自力で飲みに行ったので安心したのもつかの間でした。

翌日のお昼前に、何度が痙攣を起こした後、静かに息を引き取りました。

ずっとお風呂に入ってなかったので、まだ身体が柔らかいうちに洗ってあげて、乾かして、その日はずっと一日側にいて、夜は一緒に寝ました。

翌日、ペットの葬儀場で最後のお別れをして、棺の中に大好きな食べ物を入れてあげました。

その日は、すごく良く晴れていた。

骨を拾って自宅に持って帰った時には涙が止まりませんでした。

今は遺骨ペンダントの中に心臓病で天国に行った子とお嫁さんになる予定だったから一緒に入れています。

いつも3人で一緒にいてるような感じで安心できる。

どれだけ月日が経っても、あの時、もっとこうすればよかったという後悔は残りますが、一緒に過ごした日々は私にとっては宝物です。

28歳女 愛犬を溺愛しすぎてストーリーに

私は動物が好きで、特に犬が大好きです。

子供の頃に犬を飼いたいと親にお願いしても、なかなか了承してもらえなかったので、友達の犬を可愛がったり、友達が犬を拾った場所に犬がいないかひたすら探したりしていました。

そんな私が通っていた学校に偶然、迷い込んできた犬がおり、その犬を飼うことになりました。

念願だった犬に大興奮で、散歩のときに誰がリードを持つか、兄弟と争った記憶もあります。

成犬時代は元気いっぱいで遊ぶ姿が可愛かったのですが、老犬になると行動がゆっくりになり、何をしても怒らなくなったのでまたそれがたまらなく可愛くて、尻尾を触ったりおやつを変なところに置いたりと意地悪をしながらじゃれていました。

老犬になってからは耳が遠くなったので、私が近くに行っても起きなくなりました。

寝ている隙にヒゲを触ったり、鼻の近くにおやつを置いたりして遊んでいました。

めんどくさいなぁと言わんばかりの犬の表情が面白かったです。

どんどん溺愛するようになると、犬に告白をするようになりました。

くつろいでいる近くに行き、耳元で「なんでそんなに可愛いの?好き」などブツブツと繰り返したり、面と向かって「好きです!付き合ってください!」と人間に言うように告白したりしていました。

もちろん、犬にとっては言葉が分からないので、何を言っているのか分からないのですが、その分からないという状況も含めて楽しんでいました。

このことを友人に話すと気持ち悪いと言われました。

確かに、人間にこういったことをすると気持ち悪いと思います。

好き過ぎてまるで犬のストーカーのような飼い主になってしまいました。

ただ、老犬になってから溺愛の熱が増したので、亡くなったときのペットロスがひどかったです。

家族が亡くなったくらいに匹敵するほどの悲しみでした。

大好きな犬が亡くなったので当然のことです。

成犬のときは家を出ていて犬との思い出や写真があまりないので、もっと早くから溺愛していればよかったと思います。

24歳 男 うちの愛犬は散歩すると必ず土を食う

はじめまして、syaikopasと申します。

これは私の愛犬と散歩していたときの話です。

私の愛犬はミニチュアダックスフンドのオス、12歳です。

我が家に来てから12年たちます。

そんな我が家の愛犬が半年前から散歩中に突然やりだした行動があります。

 
なんと散歩中に土を食べ始めたのです。

昔から散歩をするときはやたら土を掘っていたり、土の上でごろごろする、草のところへ行って草だらけになって帰ってきたりと自然が大好きワンコだと思っていました。

自分の家の周りは住宅街なので土のところは公園ぐらいしかありません。

突然土を食べ始めたワンコを見て私はとても驚きました。

すぐにワンコの口を土から離そうとしましたが、何を気に入ったのかわかりませんが全然離してくれませんでした。

まるで餌を見つけたかのように獣になっていました。

その後無理やり土から離し土を見ましたが、本当にただの土でした。

その日夕ご飯前の散歩だったので、とてもお腹がすいていて何か口にくわえたかったのかと思いました。

そしてその日はそのままうちへ帰りました。

次の日に夕ご飯が終わった後に散歩に行くと、また土を食べ始めました。

私はびっくりしてワンコを土から離しました。

ですが前の散歩の時よりも、頑なに離そうとしませんでした。

しかも公園から出たがらずめちゃくちゃ怒っていました。

今まで散歩をして怒ったことがないワンコだったのでとても驚きました。

散歩中に他のワンコにかまれても怒らなかった温厚なワンコです。

その日は1時間も公園から出たがらなく困ったので抱っこして帰りました。

散歩が終わった日に原因をネットで調べました。

すると原因はいくつかあるそうです。

1.栄養が不足している
2.ストレスや薬を飲んでいる
などがあるそうです。

自分は栄養が不足している原因がすぐに思いつきました。

土を食うようになる少し前にドックフードを変えてシニア用にしていました。

恐らくドックフードを変えたことが原因で栄養素が不足し、土を食べ始めたのではないのだろうかと。

なので栄養価の高いドックフードにしてみました。

すると散歩中に土を食べなくなりました。

解決です。

土を食べるのは犬が以上を伝えるメッセージなのでみなさまも気をつけてください。

読みづらい駄作で申し訳ございません。

ご愛読ありがとうございました。

小学生女子が犬を溺愛しすぎて遭難しかけたはなし

私の小さい頃、田舎にある実家で大きなハスキー犬を飼っていました。

とても大きくて人懐こくて、優しい目をした大好きな犬でした。

生まれて間もない頃、犬は事故に遭って後ろ足を一本切断してしまったけれど、時間が経過すると普通に走れるようになったし、日常生活に支障はなく、楽しく過ごしていました。

私はその犬といつも一緒にいました。

私が小学生から高校生の間の時期を一緒に過ごしたのですが、学校から帰宅後は外で飼っている犬とずっとじゃれあって遊びました。

共働きの両親に代わってお散歩に行くのももちろん私。

かなり大きいシベリアンハスキーなので運動量もすさまじく、引っ張るパワーもとても強い物でした。

散歩中、大きな口から大きな舌がだらりと出て、ハッハッと嬉しそうにしているのを見ると、可愛くてたまらない気持ちになりました。

私の住んでいたのは北国の豪雪地帯だったのですが、ある時、大雪で前も見えない日に犬が散歩に行きたがりました。

私が小学校高学年の頃です。

私は平均より体が小さいタイプだったのですが、普段から散歩に行っていた私ので、その日も散歩に出かけました。

外は大雪で1m前も確認できないほどの吹雪です。

今ならば、小学生が大雪で外に出るのは危ないと当たり前にわかるのですが、当時の私には危機感がありませんでした。

両親も勤務中でした。

そして散歩に行った私は、とりあえず犬に引っ張られて進んだものの、すぐに進む方角がわからなくなり立ち往生してしまいました。

まつ毛も鼻水も凍り、手足の感覚が無くなってきました。

そのまましばらくの間(実際は数分だったのかもしれませんが)立ち止まり、このままここで死んでしまうのかなと思い始めました。

犬は雪でじゃれて遊んでいました。

運よく近所の人が通りがかり家まで送ってくれましたが、それからは親に話してから散歩に行くようにしました。

犬との雪道散歩は私にとってとても大切な楽しい思い出です。

ですが、いくら大型犬で普通よりたくさん運動が必要だとしても、いくら可愛い犬が散歩をおねだりしたとしても、外の状況を見て散歩の可否を決めた方がいいと思いました。

当たり前の話なんですが、教訓です。

かわいそうなカブトムシの幼虫

私は虫が触れません。

ここ5年くらいはゴキブリを殺すのも妻に任せっきりで、私自身はトイレに逃げ込んでいます。

そんな私ですが、幼少期(小学校2年生くらいまで)は虫が大好きで、クラスでは「昆虫王子・インセクター羽蛾」と呼ばれていました。

そんな私が溺愛していたのが、カブトムシの幼虫です。

私は当時、静岡県の片田舎、伊豆の片田舎、旧天城湯ケ島町の片田舎に住んでおり、家の裏の山の杉の根元を掘れば、カブトムシの幼虫がいくらでも出てきました。

コクワガタやノコギリクワガタの幼虫もたくさん取れたのですが、やはり、子供です。

一番サイズが巨大なカブトムシの幼虫が好きでした。

カブトムシの幼虫を捕まえたら、カンカン箱にそのままぶち込んで、家に帰って腐葉土をしいたプラスチックのケースに入れ換えていました。

40cm四方程度のケースには、常に30匹程度のカブトムシの幼虫がいたので、カブトムシの幼虫にとっては、人口過密地域、首都東京のような環境だったと思います。

私はそんなカブトムシの幼虫の気持ちなど分かるはずも無く、「友達がたくさんいていいなー」「僕は学校に一人も友達がいないのに、カブトムシの幼虫は羨ましい」と思っていました。

ただ、私は当時知らなかったのですが、カブトムシの幼虫はサナギになり、カブトムシになるのです。

当たり前のことですが、当時の私は知らなかったのです。

なぜなら、私の飼っていたカブトムシの幼虫はいっぴきも、誰一人としてサナギにはならなかったからです。

たいていの幼虫は茶色く変色して死亡。

いくつかの幼虫は黒く変色して死亡。

数匹の幼虫は、何かに噛み付かれて死んでいました。

私は知らなかったのです。

カブトムシの幼虫を溺愛していた当時の私は知らなかったのです。

「カブトムシの幼虫は人間が触り過ぎたら死んでしまう」ことを。

そのことを知って以来、私は虫が触れなくなりました。

虫が嫌いだからではなく、殺してしまうのが怖いからです。

41歳女性 ペットがかわいすぎて人付き合いを疎かにしてしまいました

東海地方在住の40代前半の女性です。

子供のころ、両親に連れて行ってもらった動物園で見たプレーリードッグの愛らしい姿に魅了されてしまいました。

その熱は全く止まず、今から20年ほど前に家にプレーリードッグを迎えました。

ずっと大好きだったプレーリードッグ。

姿も仕草もかわいく、本当に嬉しかったのは当然のこと。

プレを迎えた頃は私も会社員だったので、少しでも一緒に遊ぼうとほぼ真っ直ぐに会社から家に帰って、プレがウトウトするまでのほんの1時間ぐらい砂遊びやブラッシングなどをして過ごしていました。

その頃は、会社勤めをしながら違う資格取得に向けた勉強をしていたので、土日の日中は専門スクール通い。

帰ってからはプレと遊ぶという毎日。

それは今でも後悔していないのですが、1つ違う意味での後悔があります。

それは、プレと遊ぶために、特に男性からの遊びのお誘いを全て断っていたんです。

「ごめんね、勉強とプレで時間がないから」と。

もちろん、本当に興味がなく断り文句として使った人も中にはいますが、プレに寂しい思いをさせるのも……と思い、「また時間が合えば」と断った人もいます。

今となっては、その年代でしか経験のできないことってやっぱりあると思います。

ペットは大事です。

家族ですから。

それでも、人を見る目を養うという意味でも、もう少し賢い立ち回り方をすれば良かったな、と思っています。

というのも、父が厳しく嫁に行くまでは一人暮らしは厳禁。

会社までも車で30分。

庭付き一戸建て。

プレが遊ぶにはもってこいの環境があったということもあります。

わんちゃんと違って、遊びに連れて行くことは出来ませんが、なにかしらの方法があったのでは?と。

現実として、私の母は専業主婦で基本的には家にいたので、日中はよく母とプレが遊んでいたんですよ……。

10年以上前に虹の橋を渡ったプレにたくさんの愛情(少し後悔はありますが)を渡せたとは思いますが、ちょっと毎日一緒に遊ぶ!ということに張り切り過ぎて、自分のプライベートを犠牲にし過ぎていたかな、と今となっては思います。

プレは草食動物で夜になったら寝ちゃいますから。

たまには、寝顔を見ながら撫でるだけの日があっても良かったと思います。

いくら好きでも、あまりプライベートを犠牲にしない方が良いです。

お世話を任せられる人がいるのであれば、たまには任せてしまっても良いかと。

人との付き合いはずっとしていかなければいけないので、都度、社会勉強はしておいた方が良いと私は思います。

だって、プライベートを犠牲にし過ぎた結果。

久しぶりに付き合った相手の態度の微妙さに気付けず、モラルハラスメントに遭った私ですから。

プライベートで色々な人ともっと積極的にかかわっていれば、あの微妙な雰囲気、きっと勘づけたはずです。

人付き合いだけは疎かにしない方が良いです。

本当に。

54歳女性 猫は最後まで飼いましょう

54歳女性です。

現在猫二匹と私と生活しています。

猫を飼いだしたのは去年の7月からです。

某お店の前で座り込んでいました。

人の近くにはいるのですが、撫でようとすると猫パンチがとんできました。

うーうーうなって、人間に慣れていないのかと思いました。

お店の人も、誰か連れて帰ってくれないかと飼い主を探していました。

綺麗な猫で、他のお客さんがアメリカンショートヘアーではないか、買えば50万円する猫かもと言い出しました。

50万円?私は一人暮らし、飼えない事も無いなあと連れて帰ることにしました。

猫パンチする猫なので、捕まえようとすると大暴れ、店員さんが袋を貸してくれ、お客さんと三人で大暴れの猫を袋に入れて連れて帰りました。

家に着いて袋をそっと開けると、きょろきょろ部屋を見渡していました。

牛乳とシーチキンを上げると私の手からも食べて、食べ終わった後にはチューをしてくれました。

猫も安心したのか、すっかり落ち着いていました。

後日病院に連れいて行ったら、雑種と言われた事は残念でしたが、初めて猫を飼う事に、毎日がドキドキして新鮮でした。

動物ってこんなにも自分を癒してくれることに感謝もしました。

今年になって知り合いの飼い猫が妊娠しているかもしれない、と困っていました。

仔猫から育ててみたいと思っていた私は、全部私がもらうからと言っていました。

今年の6月、仔猫が4匹生まれたとの連絡を受けました。

知り合いは、80歳の母の友人で、仔猫の話を聞いて激怒していました。

友人とも私とも縁をきると言い出しました。

母は猫が嫌いで、最初の猫を飼う時も反対していました。

しかし、私以上に猫を可愛がっていたので、大丈夫だろうと思っていました。

ところが、大反対で。

1匹なら許すというのです。

50歳過ぎて、猫を飼うのに別にくらしている母の許可がいるというのは悲しい事ですが、いつもお世話になっているので、仔猫は1匹で我慢し、後の仔猫ちゃんは引き取り先を見つけてあげました。

仔猫を引き取ってから、先住猫が焼餅焼いて、1か月ほど機嫌が悪かったです。

先住猫が家出しないかと心配しすぎて、2件3台を巻き込む交通事故を起こしました。

怪我人がなくて良かったです。

今では外猫の先住猫が帰ってきたら、仲良く仔猫とじゃれあっています。

母も猫のおもちゃを買ってきたり、可愛がってくれています。

猫達も今や立派な家族です。

子育てにあまり苦労しなかったので、猫達との生活が、新鮮で楽しい今日この頃です。

51歳 女 育て方を間違えました

我が家には愛犬が3匹います。

13歳、7歳、3歳のミニチュアダックスフントとチワックスです。

それぞれみ~んな可愛いのですが、特に長女である13歳のダックスの女の子は溺愛しすぎて、育ててしまったようです。

我が家に来た時は、まだ3か月のそれはそれは可愛い子犬でした。

何をしていても愛らしいしぐさ、夢中でぬいぐるみと格闘している姿に本当に癒されました。

体重はまだ2キロもなく、食の細い子でした。

当時ドライフードをあげていたのですが、食べるよりも遊ぶ方が楽しかったようで、食事中にも私に遊びの催促をしてくるほどでした。

ご飯食べてからねと言ったところで通じることもなく、一緒になって遊んでしまいました。

お腹がすけば食べるだろうと、ドックフードを置いたままにすることも多かったのです。

それでもドックフードを残すことが多く、心配でついつい色々な物をトッピングとして、与えてしまいました。

ドライフードに鳥のささ身を茹でて混ぜてみたり、犬用のふりかけを混ぜてみたり。

すると、やはり食いつきが全く違い、とてもよく食べるようになりました。

こんなに喜んで食べてくれるなら。

と私も一生懸命あれやこれやと好きそうな物を探しては、せっせとトッピングを作って与えました。

なぜか大好物のはずなのに、ちょっとでも食いつきが悪いと、また別の食材を探しました。

この繰り返しが、ず~っと続いていまして。

可愛くて、可愛くて、食べないと心配で。

そうこうしているうちに、人間の食事よりも、この子の食事の方が優先となってゆきました。

結果、我が家の長女わんこは、未だにちょっとでも気に入らないと何も口にしない犬へと育ってしまいました。

気に入らないとふっと匂いをかいだだけで、どこかへ隠れてしまいます。

お腹が空くと、ワンワンを吠えまくり、別の物を要求してきます。

今では我慢比べのようです。

ほかの子はまだこの子よりはましですが、当然ドライフードだけでは食べません。

人間の食事をと犬の食事と献立を考えるのに、毎日ため息が出てしまいます。

でもやっぱり、うちの子は可愛いです!

溺愛しすぎて、今老々介護中

千葉県に住み、今病気で自宅療養している53歳女性です。

 ペットを溺愛しているのは今そのものですね。

私のペットはうさぎ、ネザーランドドワーフ、ピーターラビットに似た
うさぎを飼っています。

飼い始めたのは10年前、そのころは東北の田舎に住んでいて
仕事、子供の送迎とかが忙しく心の癒しが欲しくて
よく買い物へ行っていたホームセンターのペットコーナーで
うさぎをみていた、うさぎなら鳴かないし、行動範囲も狭いし散歩もいらない
でも、ホームセンターで売っているうさぎではなく
うさぎ専門店で買いたいと思うようになり
いろいろ情報を集め、自宅から車で2時間するうさぎ専門店を見つけ
うさぎに会いに行った、目に留まったうさぎは売残り的に生後半年は過ぎていたかな
でも、この子だ・・と運命ですね。

それからうさぎとの楽しい暮らしが始まりました。

よく食べ、田舎だから部屋は広いので
部屋中を走り周り、冬はこたつが好きでこたつに入りぬくぬくしていたし
夏などエアコンのないところでそれでも元気に過ごしていたころが
今でも目に浮かびます。

千葉に私的理由でうさぎと引っ越し、マンション住まいに
床は畳だったのがフローリング滑るので滑らないようにと
住まいが変わってからだろうね、うさぎも6歳を過ぎてきていろいろ
身体が変わってきたのは・・
今10歳になるうさぎ、うさぎの10歳とは長寿にもなります。

こんなにも長生きしてくれて幸せだし感謝してます。

千葉に来て、うさぎの専門医にも出会えました
鼻が悪く手術もしてもらい、高額ではあったけど
田舎ではうさぎの専門医など出会えないし、こう長生きしてくれて
いるのも環境ですね、エアコンのない生活から
夏は切ることのないエアコンうさぎだけのエアコンです・・
よく職場でうさぎが介護必要なら仕事辞めますねと言っていたが
今、うさぎは介護が必要で私は療養が必要です、
お互い老々介護になってます、でも幸せで縁があり私の
とこに来てくれたうさぎを毎日見ていられるのですから
これほど溺愛し続けているのをわかってか
うさぎは生きようと必死にがんばってます。

うさぎはかわいいけどペットにするには高度な動物です
飼ってみて初めてわかりました、でも愛おしいうさぎです。

40歳 溺愛愛猫コラム

私は40歳になる猫好きのおじさんです
3歳の頃から常に猫を飼っています。

子猫から命が尽きるまで2匹の猫を看取りました。

現在は妻と結婚した際に、友人の娘さんが保護した子猫を譲り受けて、10年になる愛猫と共に一緒に暮らしています。

この猫ちゃんは今まで暮らした猫よりというか私が出会った、人間、動物、植物
どの生き物より可愛いです。

ちなみに妻も同意見だと思います。

トイレも出来ない赤ちゃん猫の際から排尿を促したり、スポイドから哺乳瓶代わりを作り食べさせて過ごしたので格別に溺愛しています。

この猫ちゃんと出会えて幸せだと思います。

そんな私達夫婦がうちのペットを溺愛し過ぎたエピソードを紹介したいと思います。

一つ目は今の暑い季節にはありがちなんですが冷房になります。

私達夫婦は夏になれば冷房をつけっぱなしになります。

仕事が長い私達夫婦は家を空けている時間もおおいのですが猫ちゃんの為に冷房は常につけています。

おかげで部屋は常に快適温度。

冬も床暖房をつけるので常に快適温度です。

おかげで光熱費はとても高くなります。

唯、猫の健康の為や過ごしやすい為なら仕方ないと溺愛しています。

ちなみに猫が快適な部屋にいてる際私は
配達の仕事をしてるので夏は40度の気温の中常に外にいます。

これからも、猫の快適な生活の為に頑張ろうと思います。

次の溺愛エピソードは旅行になります。

去年の夏なんですが、妻と一緒に旅行しました。

久しぶりの旅行なんですが、猫の事が気になり、猫の話しばかり、だんだん早く帰りたくなるという
状況におちいりました。

次の日に予定を切り替えて早めの帰宅を選択した私達、一番最初に猫にただいまと言いに行きました。

猫は後ろ足を引きずった状態でお出迎えしてくれました。

びっくりした私達夫婦はすぐに病院に行きました。

原因は不明、次の日まで様子を見る事になりました。

次の日には普通に歩いていた猫、先生に理由を聞くと仮病の可能性があるとの事。

それ以来私達夫婦は旅行していません。

それでも私達と猫の生活は幸せです。

37歳男性 溺愛しすぎた結果‥人間関係は崩れ‥虚しい気分

初めまして都内在住の男性です、私のペットを溺愛しすぎたエピソードをお話しさせて頂きたいと思います、宜しければ最後までお付き合い下さい。

私は2003年の時にプードルをペットショップで購入しました、昔から動物が好きで一人暮らしをしたら絶対に犬を飼いたいと思っていました、その夢が叶い私は毎日幸せな日々を送る事が出来ていました。

プードルの名前はイブで性別はメスでした、私はイブが可愛すぎて明らかに甘やかして育てていました、私が仕事から自宅へ帰ると留守番していたイブはティッシュペーパーを引き抜いてグシャグシャにしていたり、エサや水が入った容器をひっくり返していたりと‥やりたい放題でした。

しかし私は一切叱る事はせずに、イブとの暮らしを送っていました、休日になると私はイブの洋服を買ってあげようとペットショップに行き数着の洋服を購入したり、イブの健康の為に無添加の犬用の食材を購入して自宅で作ったりしていました。

そして散歩も1日2回を毎日欠かさず朝晩と続けて楽しく暮らしていました、そんな生活を何年も送っていると私はある事に気付き始めました、それはイブの事が中心になり自分の事が何も出来ていないという事でした‥、私はイブの洋服やエサにお金をかけて自分の洋服やご飯には一切お金をかけずに生活していたのです。

外に外出すれば必ずペットショップに行き、自分の買い物といえばスーパーでの自分の食材やトイレットペーパー等の日用品を購入するぐらいです‥、まぁしかし私はこの生活が決して苦ではありませんでしたので続けていたのですが、ついにペットを溺愛しすぎて周囲の人間関係も崩れる事になりました‥。

私は知人や友人が多数いたのですが、ペットを飼い始めてからは知人や友人の遊びの誘いを一切断るようになっていました‥、理由はイブを1匹で部屋に留守番させておくのは可哀想だからという理由でした、そんな感じで誘いを断っていた結果‥私には遊びの誘いは一切来なくなってしまいました‥。

最後になりますが、やはりペットを溺愛しすぎるのも考えものですね‥ペットを生活の中心にして人間関係が壊れるとは私は本当に思ってもいませんでした‥、しかし責任は全て自分自身にありますから仕方ありません‥、ちなみに私が飼っていたイブは天国へ旅立ちましたが、やはり溺愛しすぎた結果‥亡くなった時のショックもかなり大きなものでした‥、私は当分今後ペットは飼うつもりはありません‥。

以上で私のペットを溺愛しすぎたエピソードのお話しをさせて頂きました、最後までお付き合い下さいましてありがとうございました、それでは。

30歳女 愛犬の全てがかわいい

私は現在30歳のシングルマザーです。

4歳の娘が一人います。

まだ私が高校生だった頃から、実家で飼い始めたフレンチブルドッグの「バロン」。

生まれて初めて犬を飼う、ということもあり、最初はどう接して良いか分かりませんでした。

筋肉質で、パワーのあるバロンが思いっ切り走ってくると、
どうしても「怖い!」と身体が逃げてしまうのです。

でも、年月を重ねるごとに、バロンが愛おしい気持ちがどんどん膨らんでいきました。

初めの頃は触るのもおそるおそるだった私も、
一人でバロンの散歩に行ったり、なでなでしながらテレビを見たり・・・。

可愛すぎて、腕枕をしてベッドで一緒に寝ることも。

飼い始めた頃の私はそんな姿を想像することも出来なかったでしょう。

もう寝る時はバロンとくっついていないと安眠出来ないくらい、癒しをもらっていました。

犬なんだけど、小さな子供のような、赤ちゃんのような、大切な存在になっていました。

バロンは独特のにおいがしました。

フレンチブルドッグ特有のものなのか、犬はみんなこんなものなのか分かりませんが、
ちょっと湿ったような、なんとも言えない匂い・・・。

決して良い香りではないのですが、それがまた癖になり、隣で寝ているとつい匂いを嗅いでしまうほど。

あと、フレンチブルドッグならではのあのタプタプ感もたまらなく気持ちよくて、
ひたすら手で摘まんで揺らしてみたり・・・。

バロンにとっては、良い迷惑だったかもしれないけれど、どうしてもタプタプせずにはいられないんです。

また、バロンはなぜか鼻の皮膚が乾燥していてカピカピしていました。

今にもポロッと取れそうなのでつい、手で触ってしまいます。

その感触すら、可愛いんです。

四年ほど前にバロンは亡くなってしまいました。

それでも、今も家はバロンの写真や花を飾ったり、
一度もバロンに会ったことない娘もバロンの絵を描いてくれたりします。

たまに昔バロンが使っていたタオル等を見つけると、つい、クンクンしてしまいます。

付いたままの毛すら、懐かしくて捨てられないくらいです。

今でもバロンへの愛が止まりません。

鋼の心を持たない人はおやつをあげるべからず

50代の男性です。

4年前に生後2ヶ月のシーズー(女の子)を飼い始めました。

飼い始めたきっかけは当時3年生の息子が2年生の時に大けがをして、その後遺症(視野欠損)のため常にイライラしていて学校の友達にも悪態をついたりすることが有ったので、気持ちが少しでも紛れればと思ったためです。

飼い始める前にゲージや水飲みボトルを買って迎え入れる日を待っていました。

その間、息子はよほど待ち遠しかったらしく、自分でゲージの中に入ったりして待っていました。

迎え入れると大事そうに2ヶ月の幼犬を抱いたり、自分で糞尿の世話をしたり、一緒になって遊んでいました。

ただ数ヶ月も過ぎると犬の世話をするのは私か妻(要は親)にだんだんと変わっていきました。

すると最初はゲージの中で過ごさせていたのが、だんだんとゲージの外で過ごすようになり、ソファには乗せないようにしていたのに或る日ソファに飛び乗ってきてからはソファの上で当たり前のように横になって寝ているようになり、寝る時は別々にしていたのがいつの間にか一緒の布団で寝ていたりと、飼い主とペットという関係から家族の一員へと変わっていきました。

特に私はシーズーが顔を舐めてくるのを嫌がらなかったので(むしろ好き)、顔を舐めると喜んでくれると思い込んだらしく飽きるまで顔を舐め続けています。

私も可愛いくてついおやつをあげていたので、もう完全に「あの人はおやつの人」と確立してしまっています。

なのでだいたい家族4人とシーズー1匹でそろって食事をしているのですが、シーズーだけ先に食べ終わってもうちょっと食べたいと来るのは必ず私の所です。

シーズーは控え目なのでまず「くれ!」と自己主張しません。

必ず視界に入るような位置に来てずっと見つめています。

「くれ!」と吠えられた方がこっちも「だめ!」と言いやすいのですが、そんな風にずっと見つめて相手が気付いてくれるのを待っているやり方なので、必ずおやつを与えてしまいます。

そんな感じでおやつを頻繁にあげ過ぎてしまったせいで、動物病院に預けるたびに体重を測られて「太り気味なので注意してください」と言われてしまいます。

妻はしっかり体重管理しないとと言うのですが、私は短い人生(犬生)なので楽しい時間をたっぷり過ごした方がいいと、こりもせず相変わらずおやつを与えてしまっています。

ペットにおねだりされてもおやつをあげない鋼の心を持っていない人は、最初からペットに食べ物をあげないで、(いれば)家族の別の人がエサ・おやつ担当にした方が良いと思います。

33歳 男 ツンデレ猫ちゃん

みなさん、こんにちわ。

33歳の男で3歳の息子のパパでもあります。

そんな私は猫を飼っていますが、相思相愛といった感じでしょうか。

これは私が思っているだけかもしれませんが。

猫の名前は「くうちゃん」です。

そもそもの出会いは、嫁さんが仕事先から帰る時に会社の脇に段ボールに入った産まれて数か月の赤ちゃん猫を発見したのが最初でした。

ほっておけない嫁さんの性格はわかっているので、私の仕事中に写真が携帯に送られてきましたが、猫より犬派だった私はだめだと伝えましたが、案の定帰ってみるとうちにいました。

もう捨ててきなさいなんて言葉はでませんでした。

いざ飼ってみると、まあ~かわいいんです。

何が可愛って、ツンデレなんですよね。

甘えてくる時はしつこいくらい甘えてきて、頭や体をスリスリしてきます。

もちろんニャーニャー言いながら。

そして最上級に甘える時は猫はホロホロ言うんですよね。

フクロウみたいに。

これがまた可愛くてたまらんのです。

だからと言って、なでなでしてあげるとどっかへ行ってしまったりもします。

これが難しいんです。

愛されるよりも愛したいと言った感じでしょうか。

ほぼ産まれた時からうちの中で生活していたので、外に出た事がありません。

くうちゃんはメスなので、妊娠も怖くて外には出していません。

ですが、たまに窓を開けていると隙間から出ていたりしますが、見つけるとすぐうちに戻ります。

くうちゃんとは寝る時も一緒で、最近は猫なのにリードをつけてお散歩もしています。

もちろん最初は怖がっていましたが、今は犬と同じような感覚です。

うちで育ったからでしょうか、かなりのベジタリアンでコーンが一番好きな猫ちゃんです。

今まで犬派だった私は、くうちゃんと出会って考えが変わりました。

今では完全に猫派になった私です。

皆さんも一度は騙されたと思って猫を飼ってみてはいかがですか?猫は犬ほど手がかかりませんし、トイレも最初からしっかりと出来ます、むしろ世話いらずです。

そんな猫ちゃんはあなたのパートナーになる日が来る事を私も祈っています。

猫の虜になりますよ。

25歳女 ずっと一緒だったペット

わたしの実家にはもうおじいちゃん犬のダックスフンドと若いチワワがいます。

ダックスフンドはわたしが小学生の時に姉と一緒にどうしても飼いたいと親に頼み込んでペットショップで買ってもらいました。

最初からダックスフンドを飼うことは決まっていたのですがどこのペットショップで買おうかと何軒か回った中でずっと餌のドックフードにがっついていた子が気に入り、きっと元気な子だろうとその子を飼うことに決めました。

犬が家に来てからわたしと姉は張り切って犬の餌やりやふんの始末をしました。

小さくてまだ散歩に行けなかったので、早く散歩に行きたいねぇと寝る前は姉と2人でずっと話をしていました。

散歩に行けるようになると近くの公園まで姉と犬とわたしで3人でよく散歩に出かけました。

ペットショップで見た通り、その犬は本当に食欲旺盛で、とても美味しそうに食べる姿が可愛くてついついおやつをあげすぎてしまい母親に怒られることもありました。

その後も変わらず何年も犬を大事に大事に育てていました。

わたしも大きくなり、仕事をはじめて実家を離れて暮らすことになりました。

家族と会えないのも寂しいですが、犬に会えないのも辛く、実家に住んでいる姉や母親によく犬の写真を送ってもらいました。

この頃に父親が知人から産まれたばかりの両手に乗るような小さなチワワをもらってきました。

わたしも仕事が休みの日はなるべく実家に帰るようにして犬たちと遊んでいました。

ある日母親から「くう(ダックスフンド)が痙攣して動物病院に行ってきた」と連絡がきました。

検査の結果、原因はわからないがきっと脳に腫瘍があるのだろうとのことでした。

もう歳も歳なので手術をしても体力が持つかどうかわからないので手術はせずに薬を飲んで生活をするということになりました。

痙攣を起こしたと聞いてからわたしは実家にしばらく帰ることができなくなりました。

「弱っているくうを見たくない」「もし死んでしまったら…」考えるだけで涙が出てきました。

今でも薬を飲みながら家で生活をしています。

溺愛しすぎて別れが辛いという悲しい話でした。

31歳 女性 ティーちゃん第一

こんにちは、咲愛です。

私は、ティーちゃんというあだ名の、シーズー犬を飼っていました。

私たち家族にとって、初めての犬でした。

ティーちゃんは、兄の友人が飼っていたシーズーが生んだ子犬でした。

兄は、小さい頃から犬を飼いたいと両親にお願いしていきましたが、なかなか買ってもらえず、ティーちゃんの時もきっと飼ってはもらえないだろうと思っていました。

しかし、兄が頼んで頼んで、頼みまくって、飼えるようになりました。

ティーちゃんが家に来たときは、まだ生後2か月も経っていなかったので、本当に小さくて、軽かったことを覚えています。

母だけが、犬を飼った経験があるので、エサも水もトイレも、何もかも初めは母に教えてもらいました。

うちに来て初めてお風呂に入れた時のことです。

怖かったのでしょう、お風呂から上がった後からブルブルと震えだしました。

その日、母は自分の胸にティーちゃんを入れて、温めながら寝てくれました。

もうすっかり、家族の一員となり、反対されていたことなんて思い出せないくらい、みんなで可愛がりました。

どこに行くときも連れていき、家で一人でお留守番をさせたことはありません。

ティーちゃんは、車に乗るとどこかへ連れていけると知っているので、運転手であるお父さんのことも大好きでした。

どうしても一泊など遠出をしないといけないときは、おばあちゃん家が保育所がティーちゃんの保育所となりました。

父方のおばあちゃんは、それまで犬嫌いでしたが、ティーちゃんだけは触れるようになり、お散歩にも連れて行けるようになりました。

いつもティーちゃんを迎えに行くと、おばあちゃんと仲良くテレビを見ていました。

蚊に刺されないよう、玄関にはティーちゃんの貯めに蚊取り線香をたいてもらい、おばあちゃん家の帰りはいつもティーちゃんは蚊取り線香の香りがしていました。

愛され、可愛がってもらっている香りです。

そして、ティーちゃんは、気遣いのできる子でした。

私が体調を崩して寝込んでいると、枕元でじっと私のことを心配そうに見てくれていました。

普段は自分の好きな風通しの良い所で寝ているのに、どうして体調が悪いことを感じ取れるのでしょう。

不思議でしたが、そばにいてくれると安心出来て、よく眠れました。

そうやってみんなで愛情を注いで育てたティーちゃんはある冬の日、前足を片方上げたままお座りをしていました。

「どうしたの?痛いの?」と心配して、骨折でもしたのか、何度も触って確かめてもわからず、夕方だったので、父と急いで病院に連れて行きました。

母が言うには、父も私も、すごい速さで家を出て行ったと言っていました。

そして、診察をしてもらった結果・・・
「同じ姿勢で寝ていたので、しびれたのでしょう」と。

えーーーーー!!?
ってことは、私が触りまくっていた時、きっとティーちゃんは「しびれてるの、やめてぇ」と言っていたに違いありません。

悪いことをしてしまった。

でも、どこも悪くなくてよかった、ホッとしました。

ご褒美にティーちゃんの大好きなマクドナルドのポテトを買ってあげました。

甘やかし、ティーちゃん第一の私たち家族でした。

35歳女、溺愛した猫に指を吸わせていました

現在、推定13歳の猫を2匹飼っている30代専業主婦です。

私が今飼っている猫に出会ったのは、新卒で入社した小売店での勤務が始まってまもなくの頃でした。

店舗の倉庫入口付近にダンボールに入った2匹の子猫が捨てられていたのを同僚が発見したのです。

雨の日だったこともあり、すぐに休憩室に避難させ終業後にみんなで猫をどうするか話し合いました。

すでに猫を飼っていてこれ以上増やせないという人が多く、里親はなかなか見つかりませんでした。

だからといって保健所に連れて行くのはかわいそうだと思い、結局私が2匹とも引き取ることにしました。

その後、当時まだ彼氏だった主人に1匹を譲り各々が育てることになりました。

私が飼うことになった方の猫はとても好奇心旺盛でやんちゃな性格。

高いところも躊躇なくどんどん登って行きます。

さらに誰もが認める甘えん坊。

夜寝るときは私と一緒に布団に入り、なぜか枕も人間と同じように使いこなして向かい合って寝ます。

私が仕事の日は、窓から駐車場をずっと眺めているらしく、帰宅して車から降りるとダッシュで玄関へ行き、大きな声でナオナオ呼ぶのです。

抱っこもおんぶも人間のように要求してきて、しまいには私の指を赤ちゃんのように吸いながら夢の世界へ行ってしまうのです。

やんちゃで甘えん坊というギャップのある性格がたまらなく可愛くて、つい甘やかしてしまいどんどん指吸いをさせていました。

しかし、結婚をして子どもが生まれるとその性格は心配の種になりました。

焼きもちを焼いて赤ちゃんに攻撃してしまわないかと思ったのです。

ところが、心配は無用でした。

赤ちゃんが大きくなるにつれ、一緒に遊んだり添い寝したりするようになりました。

私はますます猫が愛おしくなり、赤ちゃんが寝ている隙をみてはおもちゃで遊んだり抱っこしたりしました。

しかし、ずっとやってきた猫の指吸いだけは辞めました。

赤ちゃんの指を吸うようになってはいけないからです。

初めは指吸いをさせてくれないことに不満そうでしたが、次第に慣れて要求してこなくなりました。

猫には申し訳なかったですが、赤ちゃんと上手く共存する為に指吸いを止めさせて良かったなと思いました。

そして、私はこれまでにしてきた猫への甘やかし過ぎを反省しました。

何事もほどほどがいいですね。

32歳 女 溺愛しすぎた猫との思い出

32歳の主婦です。

私の実家には「ララ」という名前のメスの白猫がいました。

中学の頃に知り合いからもらった、捨て猫でした。

私はララが大好きでした。

朝起きれば、ララを探し、抱きしめ、
学校から帰ってきては抱きしめ、
家にいるときは常にララを求めていました。

しかし、相手は猫。

気まぐれな性格の猫ちゃんが多いと思いますが、
ララもまさに気まぐれ。

人懐っこい方ではありましたが、私があまりにもララを溺愛するものですから、
「こいつうざい!」と思うようになってきたんでしょうね。

(笑)
成長するにつれて、どんどんどんどん私を避けるようになりました・・・!

私が帰宅すれば、それまで母の横で寝ていたララも飛び起き、
いつでも逃げられるような体制でこちらを見つめ・・・
私が近づけば、時にはシャーッと威嚇し、猫パンチ。

時には食器棚など高いところに登り、逃げる。

時には部屋から逃げる。

でもでも、その様子がとにかくかわいいんですよね!
しかも憎めないのが、一日に一回は必ず捕まえさせてくれて、抱きしめさせてくれたんです。

その様子が「はいはい、しょうがねえなあ・・・」って感じなんです!
それに甘えて私は撫でまわし、抱きしめるんです!
それが調子に乗り過ぎて、長い時間やり過ぎると
「いい加減にしろよ!」って感じで噛んでくるんです!(笑)
それでも私はめげず、ストーカーを続けていました。

でもきっとララもまんざらではなかったはず・・・。

だってわざと捕まってくれたり、私が勉強などで忙しくてかまえないと
「あれ?今日は来ないの?」って感じで寄ってくるんですよ。

それがもうかわいくてかわいくて・・・
大好きでした!

そんなララとの幸せな生活も、私が結婚し家を出ると終わってしまいました・・・。

結婚できたことはうれしかったのですが、
両親との別れよりも、何よりも、ララとの生活の別れの方が辛くて・・・
家を出る日に泣いてしまいました(笑)
あまりの溺愛ぶりに若干夫はひいてましたね・・・。

でもそれくらい大好きなララ。

実は去年病気で亡くなってしまいました。

彼女との生活は私の中で大切な思い出です。

溺愛できるペットと出会えることができて幸せです。

ありがとう、ララ。