ネコがなくなってペットロスになった体験談

ぜんぜん安楽死じゃなかった私の愛猫 見取り看護を選択しなかったことへの後悔

もう20年以上前の話になります。

一緒に同棲していた彼はの仕事は不規則で夜勤が週に2回もありました。

だから日中に仕事をしていた私との生活はかなりすれ違いが多く、少し淋しく感じていました。

そんなある日、彼と散歩していた際にペットショップの前を通りかかりました。

そこには小さくてふわふわした白い毛のペルシャ猫の子猫がショーケースの中をよちよちと歩いていました。

その子猫を見ていたら、彼が自分の不在中に淋しくないようにとその子猫を突然その場で買ってプレゼントしてくれました。

それまで一度も猫を飼ったことがなかったのですが、すぐに猫の飼い方の本を買い勉強して、子猫を育てていきました。

私はその猫にリリーという名前をつけました。

ちょっと弱弱しい華奢なオス猫のリリーでしたが、いつの間にかすくすくと大きくなり、1年もすると立派で美しい毛並みの白いペルシャ猫へと成長しました。

リリーが1歳半になった時のことです。

突然トイレに行ってもなぜか尿がうまく出せないようで何度もトイレの周りをうろうろしたり、粗相をするようになりました。

何かおかしいと思い、すぐに私は獣医さんのところに連れて行きました。

獣医さんはリリーが尿路結石であるという診断を下しました。

幸い、手術で石を取ってもらうことができました。

手術後、1-2日後にはリリーは元気を取り戻し、以前のようにたくさん餌を食べて遊ぶようになりました。

病気が治って良かったと安心していたのですが、手術から1週間後、突然またリリーの様子がおかしくなり、ぐったりして元気がありません。

トイレは普通にできているのですが、まったく餌を食べず、目を閉じて暗い所に何時間も小さく固まっていました。

不安になった私は、再び獣医さんのところへリリーを連れて行きました。

そこで言われた病名は、伝染性腹膜炎でした。

実は、尿路結石で獣医さんのところに連れて行った時、私の前の人が獣医さんと話しているのが聞こえ、その方の猫が伝染性腹膜炎という病気であると知りました。

なんだか大変そうな病気でお気の毒だなと思っていたのですが、まさか自分の猫が同じ病気になるとは思っても見ませんでした。

獣医さんは毎回診察台を消毒液で拭いているようでしたが、今思えばその時に病院で感染したとしか思えません。

なぜなら、私はリリー1匹しか飼っていませんでしたし、室内飼いなので外で感染することは有り得ないからです。

私はこの病院を選んだことをひどく後悔しました。

その後、リリーは日に日に衰弱していき、何をあげても食べなくなってしまいました。

そして完全に元気がなく、ぐったりしていました。

どうしたらいいかと獣医さんに相談しました。

しかし、この病気は治らない病気で死を待つだけとなり、猫はずっと死ぬまで毎日苦しみ続けるので、安楽死も一つの選択であるとアドバイスされました。

すぐに決断できなかったのですが、苦しんでいる様子のリリーを毎日見ていて、死を待つだけのために苦しみ続けるのなら、安楽死の方がリリーにとってもいいという気持ちになってしまい、最終的に安楽死を選びました。

獣医さんの話では、注射で苦しまないから大丈夫との話で安らかに天国に行って欲しいと願っていたのですが、安楽死処置後にリリーを引き取りに行ったら、それはもう今まで見たこともないようなとても苦しそうな形相の死に顔でした。

その顔を見て、私は涙が止まりませんでした。

この獣医さんを否定するつもりはないですが、この病院を選んだこと、安楽死は苦しまないという言葉を信じて安楽死を選択してしまったこと、見取り看護という選択を考えなかったことなど、不運と自分の愚かさを悔やみました。

20年以上経つのに、リリーの壮絶な死に顔はずっと忘れられませんし、今でも思い出すと涙が溢れてきます。

安楽死は安易に選択すべきではありません。

また、私は獣医さんに対してこのことでクレームなどは一切出していませんが、動物病院の選択はとても大事であるとつくづく思い知らされました。

知り合いから評判を聞くなど情報収集をして良い病院を探すことは、こうした私とリリーのような不幸を避けることにもなるだろうと信じています。

リリーが亡くなってから10年ほど猫を飼うことができませんでしたが、寒い冬の夜空で途方に暮れていた子猫を拾ってから、再び猫を飼うようになりました。

幸い、その猫はほとんど大きな病気をしたことがなく、10歳を過ぎても元気です。

今はその猫にリリーの分まで愛情を注ぎ、大事にしています。