犬がなくなってペットロスになった体験談

母に大反対された2代目の愛犬 病院の寸前から鼓動のない暖かいカラダを抱きかかえはこぶ母の後ろ姿に瞼があつくなった

昨年の夏、我が家で家族の一員として14年一緒に連れ添った愛犬のゴールデンレトリバーのパルが亡くなりました。

パルは我が家にとっての2代目のゴールデンレトリバーでした。

パルの前のゴールデンレトリバーは10歳ときに原因不明の発作で突然亡くなりました。

そのときの母親のショックは非常に大きく、毎晩泣いて涙が止まらない日々が続きました。

我々家族はそんな母の様子をみて話し合い、次のゴールデンレトリバーの仔犬を家族として迎え入れることにしました。

当初母は、パルを飼うことに大反対しました。

死んだばかりの前の子が怒る、と言って、いらない、いらない、とくり返しました。

我々家族は迷いましたが、毎晩泣く母に荒治療としてパルを連れてきたのでした。

そうしてパルを迎え入れたものですから母のパルへの愛は前に死んだ子の分の気持ちも含めさらに強いものとなりました。

ときには、甘やかしすぎで我々が叱るシーンもあるくらいパルを溺愛していました。

食べ物や運動などの健康に気を使い、少しでもおかしいことがあると病院に連れて行きました。

犬たちと触れ合わせるために頻繁にドッグランに行き、近所の犬と散歩をしました。

パルのおかげで母はとても明るく健康になりました。

パルは元気で愛想のいい子でした。

母が相当甘やかしていましたから、いたずらもたくさんしました。

そのたびにパルはみんなに叱られ、母の後ろに隠れました。

母がパルをかばって、また次回は同じように叱られるということをコントみたいなことを繰り返していました。

そんな日々を繰り返し、パルも母も一緒に年を取っていきました。

気づけばパルは14歳、母は70歳になりました。

母の口癖はいつのまにか、「パルちゃんがママの最期のワンちゃんだもんね」という言葉になっていました。

確かに年齢的に、もう一度元気な仔犬のゴールデンレトリバーを飼うことは体力的にも難しいのは我々も感じていました。

ある日、パルが高齢になり、少しずつ歩けなくなってきた頃、私は「パルがもし死んじゃったら、小型犬でも飼えば?」と言いました。

パルには生きていてほしいけれど、その後のことも少しは母の頭の片隅に考えていてほしかったからです。

しかし、母は「そういうのは考えたくない」と言って寝転んでいるパルを撫でるだけでした。

15年前に前の子が死んだ日を思い出して、私はそれ以上何も言わずに話を終えました。

パルが亡くなったのは冬の晴れた日の夕方でした。

「パルが家で立てなくなった」と母から電話がありました。

「病院に連れていってほしいの」。

私は仕事を少し早く切り上げ、母の家に車で向かいました。

途中「パルが歩いて行けるって言ってるから病院に一緒に行くわ、直接病院に来て」と電話がありました。

病院は100m程度の距離にあったので、ひとまずほっとして私は病院に向かいました。

しかし、病院に着いてもパルはいませんでした。

私が母の携帯に電話すると、「途中でやっぱりしゃがみこんじゃって」ということだったので、私は迎えに行きました。

途中の道の脇で尻尾を振るパルと母がいました。

「パルが歩けるっていうから、ここまで来たけど動けなくなって」
母が笑いながら言いました。

パルは嬉しそうに尻尾を振って笑っていました。

「抱えてあげて」
母がいい、パルの頭を撫でました。

パルは嬉しそうに目を細めました。

「急いでいかなきゃ」といって母は歩き出しました。

私はパルを抱えようとしましたが、うまく抱えることができませんでした。

パルがふにゃふにゃで、抱えられないのです。

そのとき、私はパルが亡くなったことを知りました。

私は何か母に言おうとしましたが、母は病院に行かなきゃと急いで歩いていました。

私はなんとかパルを抱きかかえ、母の後ろを追いかけました。

パルの体はまだ温かかったですが、もう鼓動が感じられませんでした。

急いで歩こうとしている母の後ろ姿をみながら、私は瞼が熱くなりました。

なんて言っていいのか私は分かりませんでした。

病院に着くと母がドアを開けて、早く早くと手招きしていました。

私は何も言えず、そのまま病院に連れていき、お医者さんにパルを渡しました。

母はずっともう亡くなっているパルに「大丈夫よ」「ほら、お医者さんよ」と声をかけていました。

お医者さんもある程度状況を察し、ひとまず、奥に連れていきます、とパルを連れて行きました。

母と二人で待っている間に、私は「パル、死んだかも」と母に告げました。

母は「うん」とつぶやきました。

きっと母はパルが亡くなるのを知っていて、覚悟していたんだな、と私はおもいました。

パルがそうして亡くなった後、母は我々がおもっていたほど落ち込みませんでした。

本当は心の中では落ち込んでいるのでしょうが、母なりに長い時間をかけて準備をしていたんだとおもいます。

だから、パルが亡くなった時も、その後もそれまでと変わらない生活を送りました。

パルがいなくなって、運動不足になるのを心配していましたが、定期的に散歩に行き、昔のパルの友達の犬たちと触れ合っているようです。

母はパルを本当の最期のワンちゃんとして、思い出のなかで今も一緒にいるんだな、とおもいます。