犬がなくなってペットロスになった体験談

愛犬の死 獣医選びの後悔 謝罪したい気持ちと感謝の気持ち 大好きだよってなぜてあげたい

犬の「 げん」がうちにやってきたのは、私が高校生の頃でした。

弟が『子犬の ロクがやってきた』という童話を読んで、親に「犬が飼いたい」とせがんだのがきっかけです。

と言っても、「だめだめ、犬なんて飼えないよ」と父も母も言っていたのですが。

ある日、父が「ペットショップに行って眺めていたら、こっちを向いてすごく愛嬌を振りまいていたから」と突然、子犬を買ってきました。

やせっぽっちで見た目が良いとはいいづらい子犬。

「たぶん、売れ残ってたんだろうなあ。

安かったし」と父は言いましたが、私も弟も大喜びでした。

「げん」はどんどん大きくなりました。

シェパードのような体型なのに、日本犬のようにふさふさした巻き尻尾でした。

散歩をしていると「お、立派な犬だねえ」と声をかけられて、誇らしい気持ちでした。

大きいけれど気が優しい「げん」が大好きでした。

「げん」の具合が悪くなった時、私はもう社会人でした。

家族の中で、私だけが車の免許を持っていましたが、小さい頃から車に乗るように慣らしていなかったこともあり、近くの動物病院へは母が歩いて連れて行きました。

手術をしたものの、うまくいかず、結局その後、私が職場に行っている間に死んでしまいました。

母が「あそこはヤブ医者だった。

手術室が汚かった」「手術したけど、きっと失敗したんだと思う」と言っていたのを覚えています。

今でも、時々「げん」のことを思い出しますが(あの時、どうしてもっと良い医者を探さなかったんだろう)(車に乗りたがらなくて暴れても、タオルかなにかで巻いて乗せればよかった)(もう大人だったのに、なぜ父や母に遠慮して「げん」にしてやりたいことを言い出せなかったんだろう)(歩いて行くなんてきつかったろう)(私には「げん」を可愛がっていたなんて言う資格がない)と思います。

なぜ、自分ができる精一杯のことをやらなかったのだろうと後悔でいっぱいです。

たくさんの楽しい思い出があるのに「げん」のことを思うとまず一番に思い出すのは、この最後の時のことです。

「げん」に会えたらなんて言おう? 「あの時はごめんね」とまずは謝りたいです。

子供の頃を一緒に過ごしてくれてありがとうねとも言いたいです。

父の気まぐれで家に来た「げん」のおかげで本当にたくさんの楽しい思い出ができました。

ずっと大好きだったよと言って撫でてあげたいです。