犬がなくなってペットロスになった体験談

国際電話で知った愛犬の死 一時帰国し庭の片隅の愛犬の白い毛取った瞬間 涙が溢れてきて

初めてテツに会ったのは、私が高校1年生の時でした。

友人の家に遊びに行ったときに、「子犬が産まれたんだ。

1匹、もらってくれる?」と言われました。

私は家族に相談して、後日、母と一緒に友人宅を再び訪れ、もらいに行くことにしました。

茶色の子が3匹、白い子が1匹。

私たちは迷わず、白い子を抱き上げました。

名前は父が「テツだ」と言い、即決。

初めは手のひらに乗るほどの小ささで、家の中で飼っていたのですが、ある程度大きくなってからは、田舎で庭が広いため、外飼い犬となりました。

犬小屋は父の手作りです。

夏用に日の当たらない家の裏に一軒、冬用に日当たりの良い庭に一軒。

テツは庭中を自由に動ける鎖をつけてもらって、あちこち掘ったり、収穫したサツマイモを食べてしまったり、蝶々を追いかけたり、庭での生活を楽しんでいるようでした。

私は大学進学する為、実家を離れました。

その後、就職、結婚と続き、もう、実家に帰るのは月に数回となりました。

実家に帰るとテツの散歩をしたり、餌をあげたり、その時だけは私がお世話をしました。

そうして、娘が生まれ、散歩はテツと私と娘の3人で行くようになりました。

テツはまだ小さかった娘をよく追いかけたり、吠えて、父に怒られていました。

そんな元気だったテツですが、次第に足腰が弱くなってきました。

犬小屋に入る段差も、昇るのがやっとです。

ですが、獣医さんから少しでも散歩したり、動けるうちは動かすよう言われていたので、少しだけの散歩は続けていました。

娘が幼稚園生になるころには、テツはのろのろ歩きで、娘がリードを持っても大丈夫なほどでした。

この頃、家族で海外移住が決まり、私たちは海外へ。

毎週、実家の両親とインターネット通話をして、テツの様子も聞いていました。

高齢犬の為、相変わらず弱い足腰ですが、内臓等に特に病気はないとの事。

そしてある、冬の日。

国際電話でテツが亡くなったことを知りました。

17歳でした。

あまりにも遠く離れていて、最後の日に駆け付けられなかった事が悔やまれてなりません。

テツとの日々は、宝物、そのものでした。

私の青春時代の写真にも、主人と結婚してからの写真にも、娘の幼い頃の写真にも、沢山のテツが写っています。

夏が来て、私たちは日本に一時帰国しました。

テツは実家の畑の片隅にお墓を作ってもらって、そこで眠っていました。

不思議なことに、テツの上にだけ、沢山の花が咲いているのです。

野生の花ですが、とても美しかったです。

テツの毛の色のような、白い花でした。

そして、テツのいた犬小屋。

テツの白い毛が隅っこに残っていて、それを手に取った瞬間、涙が止まりませんでした。

いつもいた場所にテツがいない。

そこだけぽっかりと穴が開いて、そこだけ時間が止まったままで、不思議な気持ちでした。

その場所に立っていると、テツとの思い出が次々と蘇ってきます。

テツがそこにいるような気がして、優しい気持ちになれます。

そして今、テツ2号として、実家にはテツと同じ名前の、同じ毛色の子犬がいます。

テツの小屋に住んで、テツのお皿で餌を食べています。

子犬のテツの横に、テツが一緒にいる気がして、私はそれが嬉しいのです。

テツ、今は天国とここを行き来していると思います。

子犬テツとの新しい生活は楽しいですか。

テツ、私たちに幸せで楽しい時間をどうもありがとう。