犬がなくなってペットロスになった体験談

兄の押し付けで世話をしていた子犬が突然の行方不明に ブラシに残された茶色い巻き毛に後悔と涙がこぼれる

子供の頃私は動物が好きではありませんでした。

それは記憶には無い話なのですが、物心がつく前に近所の犬に噛まれたことがあるという恐怖体験が尾を引いているのかもしれません。

そんな私は打って変わって兄は活発で生き物全体が大好きというのですから、同じ環境でも人間は持っている資質が違い過ぎるということになるのでしょう。

現在は違いますが、以前我が家は借家の一軒家に住んでいましたから、ペット禁止が罷り通る今のぎすぎすした世相とは違って大らかなように子供心にも感じていました。

我が家は豊かではなく、家の中の物があれこれと消えだすと何らかの異変が起こっていることに直結するということです。

それを敏感に感じ取った母がやんわりと兄を問い質しました。

その疑惑の目が私に向けられることが無かったのは、やはり普段からの親の視線と言えるでしょうね。

案の定兄は隠し事をしていました。

近所の同学年の友人達と犬をこっそりと隠して飼っているというのです。

兄はこのグル―プのリーダー格であり、お互いに仲が良かったので親に隠れて何かを共同でしでかすという、反抗期の共通した思いがあったのかもしれません。

私もその一団の片隅に置かせてもらうこともありましたが、就学前の数年の年齢差はとても大きく、ついて行くのに精一杯といったありさまでしたから、悪事とも義挙とも言いかねるこの秘め事に私が加担出来なかったのはある意味当然でした。

当事者達の親も加わっての相談が成された結果、我が家で子犬を引き取ることとなりました。

もう誰憚ることなく堂々と犬が飼えることがよほど嬉しかったらしく、兄は実に意気揚々としていました。

対する私は遠からず課される重い責任を押し付けられる予感で頭は一杯でした。

兄は熱しやすく冷めやすい性格でしたので、この新しい生きたおもちゃに飽きるとその後始末をやらされるであろうことは明白でしたから。

この外れて欲しい予感はすぐに現実となりました。

友達連中が犬と一緒に遊んでいる時は主人面するものの彼らが家に帰ると面倒の一切合財を私がやらされることになったのです。

嫌で仕方がありませんでしたが理不尽なげんこつを食らわされるか犬の世話かの二択ではほかの選択肢があろうはずは無いのです。

幸いその子はとても人懐っこい賢い犬でしたから、世話がおろそかになりがちでも私の後を追って歩く日常でした。

まだ私の犬嫌いは克服されていませんでしたので、特にかわいいとも思えずに遠巻きにして世話を細々と続けていたのです。

しかし来た時も突然なら姿を消したのも何の前触れもありませんでした。

その子犬は卒然と行方が分からなくなり、二度と帰って来ることは無かったのです。

この時ばかりは私も兄もその仲間達も真剣に周囲を探し回りましたが、何の手がかりも?めないまま日が過ぎて行ったのです。

それでもいつ帰って来てもいいようにとしばらくの間は餌も寝床もきれいに整えて待っていました。

あれだけブラシをするのが嫌だったのにいざ姿が消えてしまうと後悔だけが残りました。

もっと優しくしてあげるべきだったと。

ブラシに残った茶色の毛が、あの子が生きていた証だったと分かった時には涙がこぼれ落ちて来ました。

子供の間の噂話も時には真実が含まれていて、どこかの犬が車にはね殺されたという事実を知らされるころには、それがうちの子だったということは疑いようのないことだと確信しました。

そのチビと名付けられた子犬はこの世に一枚の写真を残すことなく私達の前から消え去りました。

死を確認したわけではありませんが、あらゆることから考えてももう生きてはいないことがわかるとやはり悲しくてしがたがありませんでした。

主の居なくなった粗末な箱と散歩用のひもを見つめるたびに自分の心の狭さを痛感させられましたよ。

ごめんな、チビ。

再び犬が飼えるようになったのなら、心の中のあの子によく似た子犬を選んで今度は思いっきり幸せにしてあげたい。

それが私の贖罪ですから。