61歳 男 愛犬との別れを克服する手段は仕事に打ち込むこと
20年ほど前、私の趣味は山歩きでした。
山歩きと言っても大げさなものではありません。
山の麓まで車で行き、緩い勾配の山道を1時間ほどかけてゆっくり登り、休憩をして体操や腕立て伏せ、ダッシュをした後、ゆっくり下りてくる軽い身体ほぐしです。
その犬との出会いは山歩きの最中に起こりました。
5月晴れの連休の日、私は自然の癒しを求め、鹿児島の山に入りました。
車を登山道入り口に停め、1時間ほど登り、空き地で柔軟体操をした後、下り始めた私の後を子犬が追いかけてきたのです。
ころころと太った子犬は全体が黒く、眉毛と四肢のくるぶしが茶色でした。
長い耳は後にはピンと立つのですが、その時はぺったりと前に垂れていました。
子犬は生後ひと月ほどです。
私の脚にまとわりつくように追いかけてきます。
私は無視して歩いていました。
しかし子犬は諦めず、追いかけてきます。
ふもとまで数十メートルの所で私は足を止め、背中を撫でてやりました。
子犬は私の手を舐めてきました。
そのしぐさは「あなた様に一生忠誠を誓います」とでも言っているかの様でした。
私は決心しました。
この犬を飼おうと。
犬を車に乗せ、スーパーで鶏の唐揚げを買い、山道の中腹にある空き地まで行きました。
空き地から奥へ100メートルほど路地を歩いたやぶの中に段ボール箱で犬の家を作り、首に細縄をつなぎ、縄の端を樹の幹にくくりつけました。
私の前にお座りをした子犬の前に購入した鶏の唐揚げを置き、踵を返しました。
翌日、見に行くと子犬は小便をちびりながら大喜びしてくれました。
山通いがしばらく続き、いたたまれなくなった私はアパートの中で飼い始めました。
犬飼育の書籍を読み、太郎と名前を付け、吠えないようにしつけました。
部屋は鉄筋コンクリート造りビルの5階にありましたが、ペットを飼うことは許されません。
散歩に連れ出すときは緊張しました。
子犬との共同生活が5カ月ほど続き、悲喜こもごもがありました。
6か月目に大家にばれ、手放さざるを得なくなりました。
離れた所に住む親族に相談し犬を譲渡することに決めました。
太郎を連れて行き、断腸の思いで戻ってきました。
一カ月ほど苦しみました。
たかが獣との別れがあれほど苦しいとは。
これが世間で話題の「ペットロス症候群」かと思い知らされました。
ペットロスの解消法はひたすら仕事に打ち込むことでした。