ペットロスを克服した151人の体験談

27歳女ペットの死に向き合い出会いに感謝する

バロンとの出会いは私が中学生の頃でした。

夏休みも終わりの頃、宿題を終えることに必死だったた私は一日中机に向かう日が続いていました。

宿題以外にも塾や他の習い事に充てる時間が多かったため睡眠や食事も満足にとれず、その期間は常に身体が重く気分も落ち込んでいました。

そんな日々の中、ある日外に出かけていた母から私の携帯に一本の着信がありました。

当時は反抗期真っ只中だったこともあり母からの電話は無視することも多々あったのですが、そのときはなぜか素直に電話に出ている自分がいたことを覚えています。

電話に出てみると、「すごいかわいい子がいるの!今すぐ来て!」と興奮した様子の母の大きな声が耳元で鳴り響きました。

あまりの音量の大きさに思わず電話を耳から遠ざけてしまったほどです。

母の言っていることの訳がわからなかったため私は「何のこと?」と問いました。

内容は、ペットショップにとてもかわいい子猫がいる。

とのことでした。

また、販売されている猫ではなく、引き取り手を探しているような形であるということもその時に聞きました。

電話口の母に「来るよね?」と再び強く言われた私は、まだ終わっていない宿題を放り出して指定されたペットショップに行くことになりました。

数時間後、私の家では一匹の可愛い子猫が走り回っていました。

後にバロンと名付けられた子猫はどこにでもいるような見た目の持ち主で、他の人からすればお世辞にも可愛いとは言えない感じかもしれません。

ですが、出会った瞬間になぜか愛おしいという感情が私の心には溢れ返っていました。

この経験はいつまでも忘れられない私の大切な記憶です。

衝撃の出会いから十四年あまり、私達の家族はバロンと共に楽しい日々を過ごしました。

バロンが体調を崩してから息を引き取るまでの一ヶ月は私達家族にとってとても苦しく、けれど優しい時間であったように思います。

バロンは家族皆に優しく抱きしめられながら天国へと旅立ちました。

バロンの死後、心の中には大きな穴があいたようで、何をしていても虚しく感じる日々が続きました。

それは私以外の家族も同じだったようで、家の中はとても暗い雰囲気が漂っていました。

私は家にいることすら苦しくなってしまい、夜は家に帰らず朝まで外で飲み歩き、そのまま仕事場へ向かうというような生活。

この苦しさからどうやったら逃れられるのか、出口の見えない日々が続きました。

ある時、職場の同期に猫の話題を持ちかけられました。

またあの悲しみがよみがえってしまうことがおそろしく思え、できるだけ猫の話は避けたいと願い出ました。

同期は一瞬驚いた様子でしたが、すぐさま「つらかったね、気がきかなくてごめんね」と。

そして続けて「無理はしなくていいけど、よければバロンちゃんの話を聞かせてほしい」と言ってくれました。

ひと通りバロンの思い出話をした後、私はあることを思ったのです。

今までバロンについて考えることを避けてばかりいて、バロンの死に向き合おうとしてこなかった自分の今の態度は、最後の瞬間まで懸命に生きたバロンにまったく敬意を払えていないのでは、と。

生き物である以上、死を迎えることは当然のこと。

ましてや、人間よりも寿命が限られている生き物を家族として受け入れたということは、その家族の最後を見届ける責任も同時に受け入れたということ。

バロンが死んでしまった今、バロンと共に過ごした楽しい日々を思い、涙し、感謝することがバロンが生きた証であり、何よりの弔いであるのでは、と。

心の中で「ごめんね」とバロンに伝えずにはいられませんでした。

その後は家族との会話の中でバロンの話をすることも増えました。

勿論今もバロンのことを思い出すと「会いたい」という感情が込み上げてきて涙してしまうことも多くあります。

ですが、そこには虚しい気持ちは無く、ただただバロンへの感謝の気持ちが溢れるばかりです。

私達家族の一員となってくれて、ありがとう。

いつかまた、会える日まで。