ペットの供養の体験談

54歳女愛猫をお寺で火葬し納骨後気持ちが落ち着いた

結婚し子供が二人生まれて借家に引越して数年経ったある日、家の前で猫の鳴き声が聞こえます。

玄関を開けるとキジトラ柄の猫がいて家に入り込んできました。

保育園児だった子供達は人懐っこいその猫をすぐに大好きになり飼い始める事になりました。

それから半年後その猫は子供を6匹産み、5匹は飼手が見つかったので残った子猫と親猫の2匹が残りました。

子猫が自力で生きていける大きさになると母猫は家出して前の家の飼い猫におさまっていました。

子猫にしろと名付けそこから14年一緒に過ごしました。

臆病で優しいしろは、子供達に何をされても怒ったことがなく噛んだり引っかく事もありませんでした。

人が好きでいつも誰かの膝に乗って気持ちよさそうに眠っているのが大好きでした。

子供達が成長し、立て続けに家を離れ一人暮らしを始めてからは私の寂しさをいつもしろが埋めてくれました。

しろも私と同じように子供たちのいない事が寂しかったのかもしれません。

私の帰りを玄関でませんでした待ち寝るのも一緒。

トイレにまで入り込んでくる事もありました。

それから一年ほど経った頃少しづつしろの様子がおかしくなりました。

老化の為歯槽膿漏でカリカリは食べられなくなり、老猫用のえさでも食べた後爪で口をひっかき血まみれになってしまったり、食べてもすぐに吐いてしまう。

吐いてしまうのでいつも空腹でエサをくれと鳴き、与えるまでずっとついてまわり噛み付く事もありました。

あんなに大人しかったしろが凶暴な姿をみせるようになり正直戸惑いました。

病院では肝臓が悪いと診断され肝臓の薬と吐き気を止めを処方され飲ませると嘘のように元気になり復活したと喜んだのもつかの間、三か月後には以前よりも悪化していました。

食欲はなくなり毎日点滴に通うようになりましたがその後元気な姿を見る事はありませんでした。

最期は見たこともない形相で暴れた後息をひきとりました。

臆病なしろは、車に乗る事も病院も苦手なのに嫌がるしろを無理やり病院に連れて行った事を後悔しました。

治療してもこんなに早く逝ってしまうことになるなら可哀そうな目に遭わせるんじゃなかった。

点滴の時も暴れる事もなく怯えて震えている姿が脳裏から離れませんでした。

夏の暑い日の夜だったので発泡スチロールに氷を敷き詰めすのこをおきその上に寝かせ枕元におきしろの手を握って寝ました。

翌朝知り合いのお寺に火葬をお願いしました。

そこは元々普通のお寺でしたが数年前からペットの火葬場を作って供養してくれるようになっていました。

火葬は人の時と同じように和尚さんのお経とともに焼香します。

そして数時間後お骨を拾いに戻り、お骨は家に持ち帰り、毎日線香をあげて過ごしました。

泣いても泣いても涙は枯れません。

しばらくはそんな苦しい日々でした。

お盆に子供達が帰省した時、家族全員でそのお寺のペット専用のお墓に納骨しました。

そしてようやく前に進めるようになりました。