犬猫などペットの葬儀 95人の体験談

目次

一粒の涙が、愛犬サムの遺骨に落ちる、感謝の葬儀

現在40代主婦です。

死後10年が経ち、今、心から思えること、それは私達家族が、サム(犬の名前)という雑種犬に出会えたこと。

親戚の叔母から「1匹、可愛いオス犬を飼ってくれないかしら?」私達は、生後3ヶ月の子犬を我が家で飼うことにしました。

サムはこの家族を楽しませてくれる存在でした。

そんな家族の一員のサムが、16年で人生の幕を閉じたのです。

早朝、穏やかな顔つきで亡くなってしまい、悲しみに暮れながら、なくなく葬儀屋へ連絡をしました。

サムの遺体を焼く前に、葬儀屋の方が動物用のお経でしょうか?般若心経のようなものを唱え、私達は泣きながら手を合わせ、サムに本当のサヨナラを告げました。

遺体を焼いた後、家族で一つずつお骨を拾い、1人ずつ感謝の言葉を述べました。

一番悲しんでいたのは母でした。

ご飯や散歩の世話、病気の介護まで、ほとんど母に任せっきりになっていたことは後悔しています。

サムは、私のことを兄弟と思ってくれていて、いつも学校から帰るとしっぽを振りながら近寄ってきてくれました。

いつもいつも励ましてくれる存在でした。

ある日、学校で嫌なことがあり、泣きながら家路に着くと、サムが近づいてきてクンクンと一緒に泣きます。

私の心の異変に気付いてくれて、泣き止むまでそっと寄り添ってくれたことは、今でも忘れません。

本当に感謝の思いでいっぱいです。

夏に大きな台風が来た時、サムはブルブル震えていました。

家の中で一緒に過ごし、私や姉にピタっとくっついて離れませんでした。

台風の中心に入ったことに気づかず、もう通過したのだろうと思い、サムを散歩に連れて行きました。

ですが、サムがソワソワして変です。

「どうしたの?」とサムに話しかけた瞬間、サムは一目散に走り出し、私は綱に引っ張られながら家路に着きました。

その瞬間、家の瓦がバーンっと目の前に落ちて来て、強い風が吹き出したのです。

サムは耳が良く、吹き返しの風が聞こえたのでしょう。

焦った表情で私の顔を見て危険なことを知らせてくれました。

本当に賢い犬でした。

死んでまもない頃は、ペットロスで何もする気が起きませんでした。

「サム、サム、もう会うないんだよね。

まだここにいるような気がする」と毎日のように母と話しながら、心を癒していました。

49日の夜中、サムは母の枕元に現れたそうです。

元気な姿でお座りをしていて、母が「サム?サムだね。

」と言葉をかけるとスッと消えたらしいです。

父は、信じませんでしたが、私は確信しました。

サムが、私達にちゃんとお礼を言って天国に行ったことを。

私達が家族のように可愛がったことが、動物にもちゃんと伝わるのだと言うことがわかり、一緒に過ごせて良かったと心から思っています。

38歳女性 愛猫を海辺の近くの霊園で埋葬してもらい、心が救われた

専業主婦で子育て中のはらぺこあおむしと申します。

愛猫との出会いは、実は、旦那さんが独身時代から飼っていたのです。

みーちゃんという名前です。

みーちゃんと初めて出会ったのは、旦那さんと結婚する前、というか正式におつきあいする前のことでした。

ちょっとした理由で彼の家に遊びにいくことになり、そこにみーちゃんがちょこんといたのです。

私自身、動物が好きで小さい頃から飼いたかったのですが、アレルギーがあったので親に反対されていました。

なので、動物を飼っている人が羨ましかったのです。

みーちゃんにあった瞬間、キュンとしてしまってさっそくなでなでさせてもらったのを覚えています。

それから1年近く交際して、結婚して、みーちゃんと2年ほど一緒に暮らしました。

私に赤ちゃんが生まれて数か月、みーちゃんがだんだんと弱っていくのがわかりました。

出会った時からおばあちゃん猫だったのですが、すごく元気で年齢を感じさせないほどだったのに、ある日突然、あまり動きかなくなり、食欲もなくなってしまいました。

それから数日、水もほとんど飲まなくなってしまいました。

どんどん痩せ細ってしまうみーちゃん。

それでも、赤ちゃんがお昼寝するとすっとその横にやってきて、まるで赤ちゃんを守るかのように横でねんねしてくれました。

ご飯も食べられないので、骨の形がわかるほどガリガリに痩せてしまっているのですが、それでも私の赤ちゃんによりそってくれることに、せつなくなりました。

旦那さんが、ペット病院に連れていって、血液検査しましたが、老衰ということで、できることは何もなく、ポカリをスポイトであたえるようにアドバイスされました。

その翌日、みーちゃんは静かに息をひきとりました。

その時はもうワンワン泣いてしまいました。

旦那さんと私と赤ちゃんも連れて、市内にあるペットを火葬してくれる火葬場に連れていきました。

後日、海辺の近くのペット霊園にお願いして、みーちゃんの骨を埋葬してもらいました。

本当は、もっと家の近くのペット霊園だったら、ちょくちょく会いにいけたなあと思います。

私たちがお願いしたところは、かなり遠く離れているので、あまり会いにいけていないことだけが、今も心残りです。

それでも、天国でのびのびと他のおともだちと遊んでいるだろうみーちゃんを想像すると、心が救われます。

60歳男性 大型犬を公営の斎場で火葬。あれで良かったと思ってます

静岡県の地方都市に夫婦二人で住んでいます。

子供のころから犬が大好きでしたが、アパート住まいだったため飼うことができませんでした。

社会人になり、結婚し、いよいよ自分の家を建てることができ、完成とほぼ同時に飼い始めました。

今から30年ほど前のことです。

飼うのは超大型犬、色は黒にしたいという希望があったため、ニューファンドランドに絞って、何軒かのペットショップやブリーダーを当たって、ようやく手に入れることができました。

1年を過ぎると体重55kgほどの立派な体格になり、それはそれは自慢の犬でした。

当時はまだまだ、大抵の犬は外で飼われており、わが家でも当然のように外飼いでした。

リビングの軒先に大きな小屋を作ったのですが、これが失敗? 小屋に入りたがらないのです。

たぶん臭いの関係なんだと思いますが、そのまま軒先で生活するようになってしまいました。

当然雨が降れば濡れてしまいました。

でも、当時の私はそれをあまり深く考えなかった。

大雨の日にずぶ濡れでたたずんでいた光景は今も私の心を締め付けます。

彼がそれを望んでいるはずがありません。

どうして何とかしてやらなかったのか。

毎朝、散歩には連れて行ってたし、それなりにかわいがってたつもりですが、美容室に連れていくこともほとんどせず、雨に濡れたままにしておくと、毛玉ができたし、頻繁に皮膚炎にもなっていました。

当時、大型犬の寿命は10年だといわれており、彼は12歳まで生きたのですが、晩年になって体力がなくなり、皮膚の状態が悪くなってしまっていたんですね。

私はそれさえもきちんと受け止めてやらなかった。

最期はかわいそうな状態でした。

文章にするのはやめておきます。

亡骸は公営の斎場に連れて行きました。

今はペット専用の霊園がたくさん設置され、人間のような葬儀をするところもありますが、必要以上に手をかけることはしたくありません。

葬式?はあれで良かったと思っています。

今でも、法事などでその斎場を訪れる際は、必ずペットの慰霊碑に

30歳女性 愛犬 近所のお寺で葬儀 少し報われた

近々14歳になる予定の大型犬を飼っていました。

長年一緒に生活をしてきたうえ、室内犬だったので、毎日家にいるのが当たり前になっていました。

大型犬は優しく飼い主の気持ちにいつも寄り添ってくれます。

かなり食いしん坊だったので、人間並みの食欲で、いつも家族と仲良く食事をしていました。

そんな愛犬が散歩中に足を痛めました。

幸い怪我はたいしたことありませんでしたが、ひねってしまったのか、そこからあまりジャンプができなくなってしまいました。

少しずつ散歩を嫌がるようになり、家の階段も上手く上がらなくなってしまいました。

そして、日頃の姿勢のせいなのか、子宮脱になってしまいました。

血が止まらなくなってしまい、病院で緊急手術をしてもらい、一時的には治ったように思われました。

しかし、数ヶ月後また再発してしまいました。

今度するなら、子宮の完全摘出手術しかないと言われました。

しかし老犬のため、長い手術に耐えられる体力がないかもしれないとも言われました。

もしかしたら助かるかもしれないし、このまま苦しむ姿を見るのはとても辛かったので、手術することを選びました。

数日後、無事手術は成功し、命も助かりました。

出血もなくなりましたが、全体的に体力が弱り、食事の量も半分に減っていきました。

食べても吐いてしまったり、時折苦しそうな声を出すので、もしかしたらどこか痛みがあったのかもしれません。

毎日元気に飛び回っていた愛犬が、こんなことになるとは思いませんでした。

それから数ヶ月後、ついに家族が見守る中旅立ってしまいました。

最後に大好きだったおやつを食べて、眠るようにして亡くなったのです。

まだ暖かい体を触ると、またすぐに起き上がるような気がしてなりませんでした。

夏場だったので、家族と協力して泣きながら近所のスーパーへ氷を買いに行きました。

葬儀会社に連絡しましたが、大型犬だと箱が用意できないと言われ、かわいそうですが簡易的なダンボールになってしまいました。

朝まで氷とタオルを入れて、近所のお寺で葬儀をしてもらいました。

今まで一緒にいたのに、すごく辛くて、心にぽっかりと大きな穴が空いたようでした。

今でも時折思い出して、泣いてしまいます。

40代女性 葬儀屋さんで葬式をしてもらって安心できました

私は北海道の田舎に住んでいるものです。

家族になった犬との出会いは普通にペットショップでした。

初めはホワイトテリアが可愛いなと思ってペットショップにお願いしていたのですが、行ってみて最初に渡されたのがヨークシャーテリアでした。

その小ささに驚きましたがなんとも言えない可愛さにその子を家族として迎えることになりました。

その子はちょっと体が弱く最初から手のかかる子でした。

そのせいかその子を一人で置いておくのが心配でなかなか遠出をすることもなくなりました。

最初こそ弱かったのですが、やんちゃで人懐こく普通の犬と同じく元気な子でした。

少し甘えん坊でしたが。

そしてその子中心の生活が続いていきましたが、一緒にいることがとも楽しくあっという間に10数年が経ってしまいました。

晩年のほうは病院通いが多くなり心配事も大きくなりましたが、この子のために一緒に頑張ろうと思っていて、それも幸せに感じていました。

とても食べるのが好きな子なのに最後の方はあまり食欲もなくなり、かわいそうでした。

こんなに早く具合が悪くなるなら、好きなものを食べさせてあげたかったと今でも後悔だらけです。

亡くなった後は、なるべく近い葬儀屋さんを探して葬儀をあげました。

葬式の日まで少し時間があって、心置きなくお別れが出来るのかなと思っていたのですが、いざその時になると涙が止まらなくまりました。

でも葬儀屋さんは整理がつくまで待ってくれて感謝しています。

いいお別れが出来たと思います。

今でもよくお墓にお参りに行くのですが、とてもきれいな庭園になっていてとても気持ちのいいところです。

うちは田舎なので、周りの人たちは家の周りに埋めてお墓を作ることが多いのですが、最初からその選択肢はありませんでした。

今でもあの時にちゃんと葬儀屋さんに連れて行って、最後までちゃんと見送れたことが良かったと思います。

皆さんも後悔することは多いと思いますが、みんな幸せだったと思いますし、そう思いたいです。

37歳女性猫移動式の車で近所でお葬式、悪くはなかったです

はじめまして。

4月の頭に長年可愛がっていた、猫を亡くしました。

享年20歳でした。

今までも、猫は飼っていたので、はじめてではありません。

それでも、私自身で選んだ子です。

涙か止まりませんでした。

昨年の5月頃に発作を起こしてから、だんだんと悪くなってきていました。

目が見えなくなり、高血圧のためか、夜泣くようになったり、介護をしていました。

唯一楽だったのは、自分で必ずトイレに行ってくれたことです。

はみ出て周りに失敗することはありましたが、おおむね自分でしていました。

今年の3月くらいから、食べるご飯の量が減り、もうそろそろかと思ってはいました。

見た目は本当に毛づやもよく、ヨボヨボでも骨はしっかりとしていて、まだ元気に過ごしてくれるかなと期待示したが、最後の日はやって来るのです。

葬式はなくなった翌日探しました。

ネットでできるだけすぐ対応してくれるところを探しました。

見つけたところは車に焼却炉を積んで来るとのことてした。

どこで焼くのだろうかと思案していました。

到着は30分も早く、最後にゆっくり一緒にいようと思っていた時間をなくしました。

少し不快に思いつつも、来ていただいたので、そのまま準備へはいりました。

玄関先で、遺体を箱へ入れて、車にのせます。

担当の方は、思い出話や様子を聞いてくださり、優しい印象の方でした。

ただ、私はもう話を始めたら、号泣してしまいそうで、話をすることはできませんでした。

どこで焼くのか伺ったところ、近くの学校と公園の間でやるとの返事でした。

丁度桜が咲き乱れ、お花見してお昼を食べている工場現場の方など近くにいましたが、少し離れてここでやると言うので、お願いしました。

 焼いている間は、桜を見ながら待ちました。

45分位でした。

あければ、あるのは骨です。

あの毛づやはもうありません。

しっぽの先の毛だけでもとって置けばよかったと思いました。

しっかりとした体を支えていた骨はしっかりとしていて、もっと気をつけてあげれば、もう少し長生きしたのだろうかと考えたりしました。

20年も一緒に過ごした子はこの子が初めてです。

思い出せば、涙しかありません。

悲しいけど、私の家族として幸せだったことを祈るばかりです。

長い間、ありがとう。

26歳男性、お寺で愛猫を葬式し、ほんの少し気持ちに区切りがついた

26歳、IT会社に勤めている男性です。

動物が好きで、実家では今現在もキジトラの猫を2匹飼っています。

この猫たちの前に飼っていた白キジのお話です。

名前はきらと名づけられました。

ある日、私が仕事から帰ってくると白キジの子猫が家の居間にいました。

母と姉が道路の真ん中で震えていたのを保護してきたという経緯らしいです。

かなり怖い思いを経験したようで、鳴きすぎたせいで声が出ない状態でした。

相変わらず震えてもいました。

春先4月の出来事でした。

ですが順調に育っていき、声もきちんと取戻し、我が家に馴染んでいきました。

オスなのに声の高い美男子の可愛い猫でした。

布団に入ってきて、一緒に寝るのが好きな子でした。

大きな悪さもせず、優秀な子でもありました。

家猫として育てていました。

季節は流れて、翌年の2月になりました。

私は知り合いのところへ行くため夜行バスに乗る日。

いつもの様に可愛がり、珍しく私の膝の上に乗って鳴いていたのを覚えています。

いつもはあまり触らせてくれないのに妙に触らせてくれるきらくんでした。

バスの搭乗時刻のため、私は家を出て無事にバスに乗り発車しました。

そこから2時間後にサービスエリアに休憩で止まった時のことです。

ラインを開くと、母が玄関のドアを開けた瞬間猫が飛び出してしまい、家の前で車に轢かれ死んでしまった旨が姉より届いていました。

急いでバスの運転手さんに説明し、そこで下してもらい、友人に迎えを頼みました。

帰ると変わり果てた愛猫の姿がありました。

もう見ていられませんでした。

だって先ほど、ほんの数時間前まではあんなに膝の上でゴロゴロ喉を鳴らしていたんですよ。

信じられませんでした。

葬儀は翌日にお寺でしていただきました。

ペットの供養もしてくださるお寺でした。

心情としましては、もう何も考えられないくらい悲しくて、何故か悔しくて。

自分がその日バスに乗らなければ、何か違ったのではないか。

私の後を追って外に飛び出してしまったのではないか。

このような気持ちから後悔の念が押し寄せていたんだと思います。

我が家に来なかったらもっと生きられたかな、幸せになれたのかなと。

悔やんでも悔やみきれませんでした。

そしてきらくんが大好きだったおやつやタオル、おもちゃを入れて火葬していただきました。

住職さんがすべて丁寧に滞りなく行ってくれました。

愛猫だったはずの昇っていく煙を見て、悲しいけれどほんの少しだけ気が楽になりました。

骨を持ち帰らせていただいて、仏壇に置いています。

数年経ち、ようやっと写真を直視出来るようになりました。

あの時きちんと葬儀を行っていなければ、気持ちの整理がつかなかったと今では思います。

見ている方にアドバイスになるとは思いませんが、葬儀は悲しくてもしてあげてください。

ちゃんと空に昇っていけるように。

いつか自分も同じ場所に昇っていく時が来ます。

その時に再会出来るように。

思いを込めて、執り行ってあげてください。

後から考えるとひとつの区切りにもなります。

同じ悲しみを経験されてしまった方に私の思いが届いてくれることを祈ります。

31歳 女 ペットを亡くした悲しみの果てにたどりついた葬儀社とは?

■私の自己紹介につきまして私は、迷い猫を飼っていた30代前半の専業主婦ですが、つい直近の話で地元のペット霊園に依頼するような形で、最愛のぺットを葬儀して頂いたお話しをさせて頂こうと思います。

■私と広島ペット霊園との出会いについて私は、最愛の迷い猫であるペットと出会ってからの日々は非常に幸せでした。

ですが、どんどん老齢化していく猫に対してなすすべもなく、ついに逝ってしまった時に私は、深い悲しみに襲われるような形となりました。

しかし、悲しんでいても始まらないないので、私は、すぐに、ペットの葬式を上げたいと思っていた所、地元広島での広島ペット霊園でのコラムを読ませて頂き、それに引き込まれるような形で、広島ペット霊園で愛猫の葬儀をして頂きたいと決心しました。

■私が行動した経緯や時期につきまして私が広島ペット霊園を選定した経緯としましては、広島ペット霊園では、お客様とのお約束と言う中でペットとの非常に重要な事を代弁してくれています。

お客様とのお約束の中で私が共感しましたのは、下記の内容でありました。

私たちは亡くなられたペット達を、「皆様のご家族」だと思って仕事をさせて頂きます。

私たちは人間の魂もペットの魂も、「魂にはかわりはない」と考えています。

私たちは「人間の供養と同じ」ように、ペットの供養を考えています。

私たちは皆様の不安を取り除くため、いかなるご質問にも「キチンとお答え」します。

私たちは「頼んで良かった」と言って頂くことを心の支えに頑張っていきます。

私たちは「すべてのペットにご供養を!」を世に広める事が使命だと考えています。

私たちは「皆様の気持ち」が軽くなるような対応を目指しています。

ペットと共に共存共栄する形でのスタイルに非常にほれ込むような形で、私が広島ペット霊園を選定させて頂いた理由となります。

■広島ペット霊園を選定した心情とは?広島ペット霊園では、ペットを非常に丁重に扱って頂き、人間と同じように考えてくれていると言うのが魅了的なポイントですが、その根幹の部分としまして、やはり料金がリーズナブルであると言うことも言えます。

合同火葬から個別火葬まで選択できる形になりますので、自分の予算に見合った形で火葬内容を選択することができます。

ですので非常に安い!と思ったのがその時の心情です。

■後悔していること私が広島ペット霊園を利用させて頂き、後悔していることについては、予算を選んでしまって安く済ませようと思い、合同火葬にしてしまったことです。

もっとペットに寄り添うような形で個別火葬を選択すべきでした。

■見ている人についてアドバイス中国地区にお住まいの方は、非常にペットに寄り添ってくれる広島ペット霊園をお勧めします。

非常に丁重に家族同様に扱ってくれますので、私は、広島ペット霊園を強く推奨いたします。

57歳 女 ペットを大切に思う人へ ペット霊堂 ホッとしました

私は、猫を飼い始めて14年の主婦です。

2019年4月、猫のお葬式をあげました。

その猫は「健康」な暮らしを送って欲しいと思い、「健康」の「康」からとって、「コウ」ちゃんといいます。

コウちゃんとの出会いは、去年の夏、私が、最重度障害の長男と公園を散歩をしていて、ベンチで休憩を取っていたところ、べンチの下にコウちゃんがいました。

背中の体毛が抜け落ちていて、蟻まみれになっていました。

持っていたおやつをあげたところ、食べます。

我が家にはもう二匹の猫が飼われていたので、配偶者にコウちゃんを連れて行って、なんと言われるかとても心配でしたが、コウちゃんの今後もとても心配でしたので、思い切って連れて帰ることにしました。

案の定、配偶者からは、「捨てて来い。

」と言われましたが、コウちゃんに引っ越した長女の部屋にいてもらうことができました。

私に時間があった2日後に動物病院に連れて行きました。

コウちゃんは猫エイズと猫白血病のダブルキャリアでした。

とても暗い気持ちになりましたが、とにかく、この冬は越せてあげられるようにと飼い始めました。

動物病院は治療費がかかります。

インターフェロン、抗生物質、皮下輸液と毎週のように私には高額な治療費が必要です。

その治療費のために、バイト先をより時給をいただける会社に転職しようとしたり、新しく働き口を見つけ、ダブルワークをしました。

ですが、私は、転職活動やダブルワークに時間をとられ、コウちゃんの体調がとても悪化していたことに気がつきませんでした。

本当に酷い飼い主です。

今年の1月、2月と動物病院に通うことをせず、2ヶ月で1キログラム体重が減っていました。

その後、体調は加速度的に悪化をたどり、インターフェロン、抗生物質、皮下輸液、ステロイドなど、毎日から5日おきに動物病院に通いました。

その間、食欲が落ち、それには強制給餌、目が見えていない様子には目薬、体が不自由になって座ることもできなくなって、水分もシリンジで与えていました。

MRIをとっていないので確かにはわかりませんが、脳腫瘍の疑いということでした。

末期には私がバイトをしている間に癲癇発作を起こし、吐血していました。

その時は、コウちゃんが心配なので、いつもよりは早く帰宅しましたので、なんとか一命をとりとめました。

しかし、癲癇発作はその後も容赦なくコウちゃんを襲いました。

その時は、動物病院で皮下輸液をしていただき、癲癇発作の内服薬と輸液を処方していただき、体温が落ちているので暖めてあげるようにご指導を受け、帰宅後、もうお昼だからと強制給餌をしている時でした。

コウちゃんはいつもよりもスムーズに給餌を受け入れてくれるな、また、給餌をされながら、何かお母さんのおっぱいを飲んでいるかのような甘えた声を出しているな、と思い、私はほっこりしていました。

給餌が終わり、最後、お水を飲ませたところで、いきなり、お水を大きな口をあけて吐き出し、そのままコウちゃんから力が抜けていきました。

すぐに、動物病院に連れて行きましたが、死亡宣告をうけました。

ペットの火葬は、前回と同じところに連絡を取りました。

私は、コウちゃんの体を冷やすのが嫌で、なるべく早く火葬をしていただきたかったので、無理を言って、翌日に火葬をしていただけました。

立会い葬といって、個別に読経をしていただけて、収骨も個別にできるコースを選びました。

バイトと収骨の時間が重なってしまったので、収骨は4日後に伸ばしていただけました。

立会い葬は3万5千円でしたが、2回目ということで、3万円でよいということで3万円を支払いました。

最重度障害の長男の面倒をみながら、1日4回、1回1時間の強制給餌や皮下輸液は大変な日々でしたが、そこで大変と思ってしまう人格であるところが、神様がコウちゃんを連れて行ってしまった所以かもしれないと、コウちゃんに申し訳なさがつきることはありません。

力不足で救いようの無い飼い主です。

48歳女 愛犬を移動火葬車でお葬式をして心が温かくなった

現在、40代のシングル女性です。

一昨年の12月に愛犬を亡くしました。

マルチーズとチワワのミックス犬で、とても賢くて愛らしい性格をしていました。

名前をハッピーといいます。

ハッピーとは、12年前にペットショップで出会いました。

私は、その頃、離婚をして1人暮らしを始めたばかりだったので、ハッピーを新しい家族として迎えることになりました。

ハッピーは、私の寂しい生活に一点の光を灯す存在で有り続けました。

喜びも悲しみも、ともに迎えたパートナーでした。

ペットという言葉ではくくれません。

そんな生活に暗雲がたちこめてきたのは、私の乳がんが判明してからです。

私は、絶望の淵に立たされましたが、ハッピーの存在があったので、前向きに治療をする決心をすることができました。

けれども、私ががんを宣告されて間もなく、ハッピーは原因不明の病気で亡くなってしまいました。

動物病院に駆け込みましたが、突然の事で、私はハッピーの死を受け入れることができませんでした。

けれども、亡くなってしまった今、何らかの弔いをしなければいけません。

私は、ネットでペットのお葬式をしてくれるところを探しました。

弔いをするにあたり、自分でお骨拾いのできるところが良かったので、移動火葬車を選ぶことにしました。

墓地では寂しい思いをさせるのではと思い、自宅でお骨を祀ることにもしました。

ネットで調べただけの業者さんでしたが、とても親切に応対してくださいました。

電話をすると、好きだったものや、手紙を用意してくださいと言われ、気が動転している私でしたが、それらを準備することができました。

お花も用意しましたが、手紙は悲し過ぎて、用意できませんでした。

頼んでいた時間きっちりに、火葬車は到着しましたが、お別れの時間は、長く取っていただきました。

葬儀をしてくださった方は、小さなお数珠をハッピーの足につけてくださり、鶴の折り紙とともに火葬してもらうことができました。

火葬したあと、お骨拾いもしましたが、こころゆくまでお弔いをすることができました。

私の場合は、ネットでたまたま調べた業者さんでしたが、とても良い業者さんで、心があたたかくなりました。

思い出すたびに、涙にくれる日々ですが、良いお葬式をしてあげることができました。

とても感謝しています。

35歳女性 ペット専門お葬式場で気持ちの整理を

私は30代の主婦で子供が2人いますが、一人目の出産直前に10年連れ添った愛犬を亡くしました。

愛犬は高速道路でよたよた歩き危ないところを知り合いに保護され、犬は絶対に飼わない!といっていた両親にも関わらず大きく反対にも合わずに買うことになりました。

見た目はシーズーのようでしたが、実際はどうなのか、そして何歳なのか、どこから来たのか、全くわかりませんでしたが。

犬なのに散歩が嫌いでドックフードはお腹がすいても食べないのに、おやつは袋を引きちぎってまで食べるような面白い子でした。

でもそれがたたったのか、肥満になり心臓に負担をかけていたようです。

ずっと元気だったのにいきなり体調が悪くなりあっという間に天国へ行ってしまいました。

産まれてくる我が子と触れ合わせる気満々だった私は現実をなかなか受け入れることができませんでした。

一度寝て起きた後、実はまた生きてるかも、と愛犬の体を触ったけれどもちろん冷たくて動きません。

けれども私をたくさん笑顔にしてくれた愛犬を最期もきちんと見送ってあげなければ、とお葬式をきちんとあげることにしました。

インターネットで調べて良さそうところを予約。

亡くなった次の日の昼にはペット専門の火葬場へ連れていきました。

人間と同じようにお経もあげてもらい、棺代わりにした段ボールに愛犬に似合うお花を飾ってあげました。

火葬自体はさみしくないように他のわんちゃんと一緒にしてもらいました。

お墓もひとりのお墓だと寂しいかな、と思い共同墓地に。

今でもたまにお墓参りに行っています。

犬の火葬は市で請け負ってくれることもありますが、それだと愛犬に会いたいときどうしたらいいかわかりません。

でもきちんとお葬式をあげてもらい、さらに共同ですが墓地に入れてもらったことで、愛犬に会いたいときに会いに行ける、一方的かもしれないけれどお話ができること、とてもよかったなと思っています。

愛犬を亡くすことは本当に辛いことです。

ですがお葬式をきちんとあげることで気持ちの整理ができるのも事実。

お金はかかりますが、一緒に過ごした大切な時間をしっかりと思い出にするために、お葬式をあげておくことはとても良いことだと思います。

24歳女性 文鳥を県内のペットセレモニーで気分は落ち着きました

はじめまして。

私は一人暮らしをしていて、寂しさを紛らわす為に文鳥を5年前から飼っていたのですが、去年亡くなってしまい、その際ペットのお葬式をする機会がありました。

一人暮らしを始める時に、飼いやすいペットはどんなものがあるか調べていた所、文鳥は手軽だという意見を耳にしたので、近所のペットショップで数千円で購入しました。

真っ白い毛の色が綺麗で、触る度毛並みがふわふわしていて、感触に癒やされていました。

名前は体の色から、「シロ」と名付けました。

シロと触れ合う時間は、仕事から疲れて帰って来た時等至福のひとときでした。

寝ている時に鳴き声で起こされないかな、と飼う前は不安だったのですが、うちのシロは夜にちゃんと寝てくれるので、そんな心配は要らなかったです。

飼い始めて4年半程経った時、いつも帰宅後私の気配を感じてピーピー鳴いて迎えてくれたシロが、余り元気が無いようで、鳴かなくなってしまいました。

栄養が足りないのかな?と、カルシウム多めの餌を与えたりして様子を見ていたのですが、回復する気配は無いようで、数日すると以前にもましてぐったりするシロの姿がありました。

これはまずい、と動物病院に連れて行ったのですが、先生は保湿が足りないから部屋の湿度を高めれば良くなるよと言われたので、加湿器をゲージ付近に置いて湿度の調節をするなど心掛けてみましたが、体調が思うように良くならない日々は続きました。

そして数日後。

もう動く事のないシロの姿がありました。

それからは、今まで毎日お迎えしてくれたシロはもういない…私の心は穴が空き、不安定で虚しい日々を過ごす事となりました。

寂しがり屋の私に4年半一緒に居てくれたシロの事を考えると、お葬式をあげようと思いました。

寂しさはあるけれど自分はこれで自分の虚しい気持ちと決別しようと言う気持ちもありました。

県内のペットセレモニーで、文鳥も対応してくれる所を探し、火葬・海洋散骨してくれる業者を見つけ、葬儀してもらいました。

私の、シロに対する体調管理が足りなかった事が悔やまれました。

もっと早く湿度等、文鳥に適した環境を調べたりしてよく考えて整えるべきだったのに。

私は飼い主として、本当に駄目だった。

寿命を縮ませてしまったのは私だと、亡くなってからしばらくは後悔しました。

他の飼い主だったらもう少しは長く生きられただろう、と残念に思う事もありました。

でもずっとしょんぼりしたまま生きるわけにもいかないと、シロと過ごした楽しかった日々も思い出す事にしました。

生きている間、写真を取っていたのを溜めていたので、その整理をし、スクラップブックを買ってきてカラフルに色をつけ手作りのアルバムを作りました。

創作の時間は楽しいものでした。

今まで過ごしてきたシロとの時間を思い出しながら一冊作り上げました。

見ている方にアドバイスがあるとしたら、大切なペットを急に失い、寂しい気持ちはなかなか癒えないけれども、楽しかった日々に目を向け回想する事もできるんだ、という事でしょうか。

もういない事には変わりないけど、一緒にいて良かったと、今でも心から思える。

こんなに悲しい思いをするならもう飼わないと仰られる方もおられるでしょう。

飼って良かったと心から思える日が来れば良い、と思います。

35歳、女、ペットをペット霊園へ埋葬、死を受け入れることができた

35歳、二児の母です。

私が高校2年生の時に、シーズーを飼いました。

今は亡き祖母と一緒にペットショップに行き、たまたまそこにいた生後2か月にもならないシーズをみて私も祖母も一目ぼれしてしまい、そのままその子を飼うことにしました。

それからその子がなくなるまでの12年間家族の一員として過ごし、その子が来てから家でも皆会話が増えて家の中を明るくしてくれました。

ずっと病気などもなく元気に過ごしていましたが、なくなる年前くらいからお腹に熱をかかえ、歩くのもつらそうな感じになってしまいました。

ほぼ一日家の中で過ごすような生活が続きましたが、ちょうどその1年は私も育休をとっていたので、実家に良くいって一緒にすごしました。

さいごの1年を長く一緒に過ごせたことは私にとってもとても幸せでした。

息を引き取る直前まで一緒に過ごしていたのですが、ちょうど私が帰宅したときに亡くなってしまいました。

実家のすぐ近くに住んでいたので、旦那が帰宅するのを待ち子供を預けてすぐに実家に戻り、亡骸と対面しました。

最後はとてもつらそうだったので、これでもう楽になれるよと安堵の気持ちもありました。

でもそれまで毎日家を明るくしてくれていた子がいなくなった時の喪失感は半端ないものがありました。

これがペットロスか・・・と実感しました。

それは私だけじゃなく、常にそばでお世話をしていた私の母が一番感じていたと思います。

家族同然に過ごしていたので、ペット霊園でお葬式をするというのは家族全員、同じ気持ちでいました。

我が家の近くには大きなペット霊園があることを家族中知っていましたし、親せきの買っていた犬もそこでお葬式をしたという前例もありましたので、家族全員は犬のお葬式することは当たり前のことと思っていました。

すぐにその斎場に連絡をとり、火葬し埋葬しました。

今でも時折お墓に行きお線香をあげに行きます。

家族同然でしたので、今でもその気持ちは変わっていません。

26歳 男 近くの霊園所で 悲しいが前を向こうと思えた

私は地方に在住している26歳の男です。

小さい頃の自分は、特にペットを飼いたいなど思うことはなかったですが小学校1年生の頃に生まれたてのワンちゃんを親が友達から譲って頂き家に連れてきたのが始まりです。

ミニチュアダックスフンドの女の子です。

黒い体にクリーム色のタン。

当時の心境としてはとても新鮮で、これからワンちゃんの飼い主になるのかとドキドキわくわくしていました。

とってもかわいくてとっても小さいワンちゃん。

散歩にたくさん行って、同じミニチュアダックスフンドを飼っているおじさんと仲良くなり、広い公園に連れて行ってもらったりたくさん遊びました。

それから自分がどんどん年齢を重ねていくたびに散歩に行ったりすることはなくなっていきました。

成人して就職して家を出て行って。

会うことがほとんどなくなっていったある日、親から一本の連絡がありました。

老衰してしまったと。

たとえ離れて触れ合うことはなくても実家で元気に過ごしているのが当たり前だったので非常に驚いたのと、ものすごく悲しかったです。

もっと何かできることはなかったかなと。

自分から会いに行かなかったことにより最終的にこんな連絡一本もらった形が最後になってしまうなんて思ってもいませんでした。

仕事の休みを取り、近くの霊園所で火葬して頂きました。

その時が本当に最後の別れになりましたが亡くなったワンちゃんを目の前にしてこらえきれず涙を流してしまいました。

散歩にたくさん行った記憶、たっくさん遊んだ記憶、足元で丸くなって寝ていた記憶など一気に色んな記憶、思い出があふれ出しました。

しっかり最後までお世話をしてあげることができなかった自分の情けなさ、思いやりのなさに腹が立ちました。

ごめんねとたくさん言いました。

ワンちゃんにたくさんの事を教えて頂きました。

もう恩を返すことができないのが非常に悔しく申し訳ないです。

恩を返せているわけではないですが、その一件があってから自分なりに考えて、他人にも動物にももっと優しく親切にできるように心がけています。

ただ悲しむだけでなくできるだけ前を向いてその経験を他の可能性の糧にできるように。

42歳女 愛犬をペットショップ紹介の霊園でお葬式他

初めまして。

私は17年飼っていた愛犬マルチーズのらんちゃんを5年前に亡くしました。

らんちゃんと出会ったのは、当時働いていた美容院のお客様のおうちで子犬が産まれたのでもらって欲しいと言われたのです。

私は、命があるものだし、飼ったらお世話など大変だし最初はお断りしていました。

ですがお客様がある日、1匹だけ写っていた子犬の写真を持ってきました。

その子犬はとても小さく成長も遅いのでその子だけ貰い先も決まっていないとのこと。

何故かこれも縁なのかと思い飼うことを決めてしまいました。

飼い始めたころは小さくて、色々と心配もあったのですが、その小さな体で元気に17年も頑張ってくれました。

その17年はいつも家族の側で元気に私たちを明るくしてくれて、家族全員可愛くて可愛くて仕方なく、かなりの溺愛ぶりでした。

そんならんちゃんが亡くなるなんて、全く考えることも無かったので、亡くなった時は相当辛かったです。

今でも辛すぎて、直前直後の記憶は曖昧な感じです。

亡くなった次の日に、お世話になったペットショップや病院などにご挨拶に伺ったのですが、ペットショップの奥さんにペット霊園を紹介して頂きました。

霊園に連絡までして頂きました。

生前から本当にお世話になっていて、最後まで良くして頂き本当に有り難かったです。

それからお別れはとても辛かったのですが、紹介して頂いた霊園に連れて行きました。

これでお別れと思うと涙が止まりませんでした。

そこの霊園の方はとても親切で、最後まで丁寧に一緒にお見送りをして頂きました。

お棺もお花いっぱいに、らんちゃんらしいお顔も可愛くて本当に良くして頂きました。

有り難かったです。

とても良いお葬式になりました。

その後もそちらで49日法要もして頂きました。

5年経った今も、らんちゃんのことを忘れることはありません。

私は生涯でもうペットを飼うことはないと思います。

いっぱい思い出も貰って、らんちゃんがうちに来てくれたことは本当に幸せなことでしたが、失くす辛さもしってしまいました。

ただ最後まできちんとお見送りできたことは本当に良かったと思っています。

27歳男 愛猫をお寺で葬式してもらい、気持ちに区切りがつきました

私は、今の妻がまだ彼女だったとき、結婚を前提に同棲をするという形で一緒に住み始めました。

二人で住める物件を探したのですが、なかなか条件が良いところがなかったのを覚えています。

理由は、彼女の飼っていた猫。

どうしてもペット可の物件は家賃が高く、少しうとましくさえ思っていました。

なんとか物件を見つけ、私と彼女と猫の3人(2人と1匹)で暮らし始めましたが、エサ代やトイレ代もかかるし、ソファで爪はとぐし、怒りを覚えたこともありました。

しかし、いつも可愛い姿で我々の癒しとなってくれた猫は、だんだんと家族の一員となっていきました。

妻と籍を入れ、子供が生まれてからも、我が家の長女として愛猫は振る舞っていました。

しかし、出会って三年ほど経った頃、ある日急にうちの猫は動かなくなってしまいました。

そのとき、うとましく思っていた気持ちや、怒りを覚えていたことなどさえ、かけがえのない大切な思い出だったのだと気づき、妻と二人で一晩中泣き明かしました。

その後、合同の葬式に出してやることにしました。

次々と他の方のペットの名が読み上げられるなか、うちの猫の名が聞こえたときにはまた泣いてしまいました。

はじめは、葬式に出すと悲しみが強くなるのでやめようかとも話していました。

ただ、葬式を終えて妻と二人で話し合ったのは「これで区切りがつけられて良かった。

いつまでも悲しんでいるのは、うちのコも望んでいない」ということ。

そこで、はじめてペットの葬式を行うことの意味がわかった気がしました。

どうしても悲しみのなかで、「お別れ」を決定づけるイベントを行うのはためらわれます。

お金もかかります。

しかし、私は葬式を行って良かったと考えています。

なぜなら、私たち夫婦はあの日を区切りとして、あのコとの思い出をちゃんと「良いもの」として捉えられるようになったからです。

ためらって行動できないでいると、きっと後悔してしまうと思います。

動物好きなあなたのもとに、次の幸せなコがやってこられるように、お葬式という形で区切りをつけてあげてはいかがでしょうか?

42歳、男性、愛犬にお葬式をあげました ペットの葬儀屋さんにより

私は今、現在42歳の会社員なのですが以前に犬を飼ったことがありました。

最初に飼い始めた頃は当たり前なのですが、いつか死ぬことなんて考えたことがありませんでした。

ですので、毎日毎日楽しく過ごし毎日を共に愛犬と過ごしていました。

私は車を乗っていましたので、当時はその車に乗せてよく一緒にドライブなども楽しんだものです。

特に私の愛犬は海が好きなのかいつも海へ連れていくと喜んでいつまでも浜辺を走り回っていました。

その為、私も風邪などをつられてよく走ってしまい疲れたものです。

元々は近所で犬を飼われている人がおられて、その犬が子供をたくさん産んだと言うことがあり、私はその中の1匹を譲り受けたのでした。

ですので、親であるお母さん犬もよく知っており愛着があるのです。

時折、私が近くの公園で散歩していても、そのお母さん犬ともばったり会ったりなどしてお互いの様子を伺ったものです。

また、勿論お母さん犬と私の子供である犬ともコミュニケーションがとれて、それはそれで本当に良かったと思っています。

残念ながら、そのお母さん犬は私がその子供の犬を譲り受けてから病気のために、僅か3カ月ほどで亡くなってしまったのです。

そのお母さん犬に関してはお葬式とまではしなかったので、私はお線香だけをそのお家へあげに行きました。

そして、私はそれからしばらく時が過ぎて私の愛犬もそのお母さん犬のように大夫年を取ってしまいました。

当たり前なのですが、生きものの命は儚いもので、あんなに元気だった私の愛犬もさすがに年には勝てないもので、年々元気が無くなって行きました。

そして、ついには病気になり全く動くことすら出来なくなったのです。

私も毎日看病していたのですが、やはり言葉が通じないため余計に辛かったのです。

そして、遂に愛犬が亡くなり私は愛犬の為のお葬式をあげてあげようと思いあげたのです。

物凄く辛かったのですが、私なりの最後の愛情と思いお葬式をあげて本当に良かったと思っています。

41歳 女 愛ネコをペット霊園で葬式 ここにくればいつでも会える

静岡県に住んでる40代の主婦です。

昔からペットを飼っています。

特にネコが大好きでツンデレなところがたまりません。

今は四年前、雨の日に道の真ん中でうずくまって衰退していた子猫を子供が見つけて連れてきた子を保護し、病院に連れて行き元気になってそのままうちの子になったグレーの子が一匹いますが、その子の前にもホームセンターの里親募集で目が合い飼うことになった真っ黒でシッポがとっても短いオスの子猫を飼うことになりました。

この子は不思議と癒すオーラが出てる感じがあり、私はいつも心の拠り所でした。

何かあるとその子に顔をくっつけて『助けて~』とよく泣きました。

黒猫ちゃんはそんな時、じっとして私が泣き止むのを待っていてくれた子でした。

私には恋人のような存在でした。

そんな最愛の黒猫ちゃんを去年の9月に亡くしました。

ある日の夕方、いきなり廊下で倒れていました。

5分前はいつもと変わらない感じだったのに、私はびっくりしてその子の名前を何度も読んだと思います。

でも、苦しそうでその後は動物病院に駆け込みました。

診断は腎不全でした。

レントゲンを取ると身体の中が真っ白で先生がこの状態になるには前から苦しそうにしてたはずと言いましたが、わたしはそれに気づいてやることができませんでした。

そして、後ろ足に血が通えなくなり動かなくなっていました。

その日はそのまま病院に入院しましたが、先生がいつ息を引き取ってもおかしくないので心の準備はしといて下さいと言いました。

そして、酸素呼吸や、点滴をしたりして2日は生きることができましたが3日目に天国に行ってしまいました。

ずっと苦しそうな姿は今でも忘れられません。

ずっとわたしを守って来てくれたのに最後は助けることが出来なかったことが申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

せめて、お骨をウチに置いておきたいと家族に話しましたが、それではこの子があなたが心配で天国に行けないよと反対されたのでお墓に埋葬させてもらいました、お坊さんにお経を読んでもらい最後に花でいっぱいにしてあげました。

生まれ変わったらもう一度私の元に現れてね、そして家族にまたなろうと手紙を書いて一緒に棺桶に入れました。

この子に貰った大切な日々は私の宝物です。

せめてお葬式だけでも最後はしっかりやってあげられた事は今でもよかったと思っています。

35歳 女性 愛犬 近くの葬儀社でお葬式をしてもらい、心が救われた

これは、動物が苦手だった私が人生で初めて飼った犬のお話です。

家族で一軒家に引っ越した時、家の番犬として知り合いからもらってくることになりました。

「今日、子犬を連れてくるね。

」と母に言われ、楽しみに帰宅すると、そこには中型犬くらいの大きさの犬がいました。

家に来た犬は大型犬だったのです。

「大きい・・・。

これで子犬・・・。

」動物が苦手で、小型犬にも追いかけられるほどだった私は、どう接したらいいか分からず、戸惑いました。

その子犬も3ヶ月くらいだったので、母犬が恋しくてクンクン鳴いているのを見て、お世話してあげないといけないと思いました。

毎日一緒に生活していくにつれ、恐怖心もなくなり、私の一番の友達になりました。

それから、人生の半分以上をともに過ごした頃「ちょっと後ろ足が上がりにくくなってきたな。

年とってきたな。

」と思うようにまりました。

気づけば、平均寿命よりかなり長い期間たっていることに気がつきました。

イボや腫瘍ができたり、ごはん食べなくなってきたり、痩せてきたりしていました。

必死に食べられそうなものを探し、猫の餌などもあげてみました。

犬によって好みは違うと思いますが、好きなものをあげるのは、年をとってきた犬には大切な事だと思います。

食べることは生きることです。

そして、そのときは突然やってきました。

家族が仕事に行っている間に亡くなっていました。

出かける前も朝ごはんをしっかり食べて元気にしていたのに。

いつもの場所で眠るように亡くなっていました。

あまりに突然の事で、かなり驚きました。

人生で一番泣きました。

まだまだ、一緒にいられると思っていたのに、寝たきりになっても介護するつもりだったのに。

きっと、私たち家族を気遣っていたのでしょう。

介護が必要になる前に旅立ってしまいました。

大型犬にしては長寿の16歳でした。

一番の後悔は、最期に一緒にいてあげられなかったことです。

「ありがとう。

」と伝えたかった。

亡くなってしまったことは、簡単には受け入れられませんでしたが、すぐに火葬場や葬儀社を探さなければなりません。

インターネットで調べたところ、近くの公営の火葬場は合同火葬のため、お骨は帰ってこないとのこと。

やっぱり家族の一員なので、合同火葬はやめ、個別火葬をしてくれるところを探しました。

翌日そこで葬儀をすることになりました。

棺には、好きだったごはんやおやつ、着ていた服、折り鶴にメッセージを書いて入れました。

最期のお別れをする時、葬儀社の方が、「綺麗な顔してますね。

」「この子は、この家でとても幸せに暮らしていたんですね。

」と言ってもらいすごく心が救われ、葬儀をしてよかったと思いました。

今でもその子が近くにいると思って生活しています。

ペットを飼われる方に伝えたいことは、生き物には寿命があります。

生きる権利もあります。

最期まで面倒をみる覚悟も必要です。

そして、毎日一緒にいられることに感謝して、ペットに伝えることも大切だと思います。

後悔しないためには、できることは全てしてあげることです。

1日でも長くペットと幸せに暮らせることを願っています。

50歳女、愛犬へ、地元のペット葬儀社で親身にしてもらい気が楽に

現在は子育てがひと段落した主婦です。

結婚前から実家で犬を飼っていましたが、もともと飼っていた犬が生んだ子犬を人にあげずに1匹だけ残して育てていました。

オスで家の庭を自由に走り回っては訪問者に吠えて家を守っているつもりのようでしたが、ひとたび散歩に連れ出すとおとなしく、私が用事をしている間は外でおとなしく待っていて知らない人にも黙って撫でてもらっていました。

私が結婚して実家を出ると、たまに帰省した時にものすごく喜んで大興奮して吠えまくっていました。

そして反対に私が実家を後にしようと車に荷物を積み込み始めると、いじけて名前を呼んでもこちらにも来ないなど、犬なりに気持ちを表してくれていました。

そんな実家の犬も7歳を過ぎてちょっとおじさんになったかなと思っていたのですが、後で考えると中年太りというにはお腹が大きくなりすぎていたようでした。

散歩と途中ですぐに疲れた様子で帰りたがるのも、年のせいでそんなものかと思っていました。

ある朝実家の親から電話があり、早朝に見た時にはうっすらと目を開けていたのに、しばらくしてみるともう亡くなっていたというのです。

あまりに急なことだったのですが、とにかく実家へ帰ることにしました。

その時に親から気持ちが落ち着いていないので、車の運転は市内で電車で来るようにと言われました。

それからペット葬儀の会社へ連絡をしたそうですが、せっかく遠方から娘さんが戻ってくるなら葬式と火葬は時間をずらせるので待ちましょうと言ってもらえたそうです。

私が実家に着くまでは保冷剤をたくさん入れた箱に寝かせられていましたが、普通に眠っているような顔でした。

午後からペット葬儀社の方が車で来られ、専用の棺に入れて運ばれ、私たちは知り合いの運転で一緒に会場へ向かいました。

小さな会場でしたが、周辺がのどかで動物とのお別れには良い場所でした。

スタッフの方が親切に声をかけてくれ、お別れをすることができました。

火葬が終わるまでは周囲を散策するなどして気を紛らせました。

その後小さな骨壺をもらって家に帰り、実家の庭の一角にお墓を作って周りを花壇にしています。

犬の体調の変化に気づけなかったことを親は後悔していますが、一緒に暮らした生活は楽しいものでした。

28歳男、猫の葬儀を移動葬儀業者にお願いし、とても助かりました!

猫の移動葬儀会社さんに葬儀をお願いした時の体験を書かせて頂きます。

以前、オスの猫を飼っていました。

出会いのきっかけはfacebookの里親募集です。

獣医師の知り合いがおり、その獣医師が務める動物病院のタイムラインで、その猫の里親募集を見てお迎えすることにしました。

投稿では貧血、脱水、猫エイズ陽性とのことだったため、きちんと飼えば問題なく回復すると思い引き取ることにしました。

飼い始めてすぐにふらついて動かなくなってしまい、動物病院で診察したところ糖尿病、肝臓の数値が異常値とのことでかなり体調が悪いことが判明しました。

その後、インスリン投与や肝臓の薬を毎日飲ませるなど治療を続け、一年半ほど一緒に生活をしていました。

その後、問題なく生活していたのですが、ある時、急にご飯を食べなくなってしまいました。

それから一週間ほど経ったくらいに仕事から帰宅すると倒れて亡くなっていました。

亡くなっているところを見た時は悲しみというより動揺と混乱でどうすればよいか分からず、とりあえず保冷剤で冷やすくらいしかできなかったのですが、徐々に落ち着いてきた頃、葬儀について考え始めました。

急な出来事だったため、悲しみと翌日の仕事を休めるかなど、不安で分からないことだらけだったのですが、インターネットで調べたところ24時間対応のペット葬儀業者があるという記載を見つけました。

トラックに焼却炉を積んでおり、深夜でも自宅近くまでかけつけてくれるとのことで、電話をかけたところ1時間ほどで自宅近くまで来てくれました。

その後、トータル2時間ほどで葬儀、焼却が済み、きちんとした骨壷に骨を入れて自宅に持ち帰ることができました。

亡くなった当日の夜に葬儀を終わらせることができたからこそ、翌日には悲しい気持ちを引きずらずに仕事に向かうことができた気がします。

まだ愛犬、愛猫と一緒に暮らしている方には、亡くなった時に後悔しないよう、事前に葬儀のことも考えておくことをお勧め致します。

また、愛する家族を最期まで最良の方法で治療してあげられるよう、ペット保険に加入するなど、経済的な備えをすることも大切だと思いました。

24歳男、愛犬を県内で葬式してもらい気分が晴れた

私は和歌山県に住む20代の男性です。

今は既婚者として妻子3人で暮らしています。

さかのぼること約10年以上前の話です。

当時学生だった僕は母親に柴犬を飼いたいとすごくねだって柴犬を飼いだしました。

というのも、友達が何匹も犬を飼っていてその友達の母親に1匹ひきってくれないかと頼まれたのがきっかけです。

私は、遊びに行くと凄くその犬を可愛がっていたのでその母親に頼まれた時は非常に欲しくなりました。

そして、自分の母親に何時間も頼み込んでやっと承諾してくれたのを覚えています。

名前をレンと付けて、餌をやったり散歩さしたり風呂を入れたりボール遊びをしたり結構自分で面倒見ていた方だと思います。

飼いだして、2年ぐらいたった日の事です。

飼いだした初めよりはレンにかまっていませんでしたが、わりかし面倒を見ていました。

夕方7時前に、いつものように散歩さしていると友達に会いました。

サッカーをしていたので私も参加しました。

レンを電柱にくくりつけて。

夢中になっていると普通に真っ暗になり、帰ろうと思ってレンを見るといません。

焦って友達と探しましたが見つかりませんでした。

翌日、友達の親から車にはねられて死んだという報告がありました。

めちゃくちゃショックで1晩泣きました。

そして私の母親が葬式をしようと言ってくれました。

飼うときに、凄く反対していた母親ですが2年面倒見ていた僕を可哀想に思ったのかもしれません。

そして葬式を行いました。

きれいな状態では無かったですが、幸いにも原型がなくなる、というまでも行きませんでした。

いつも一緒だったのでその時は泣きたくて仕方ありませんでしたがこらえて、後で泣きました。

あの時、サッカーする前にちゃんと見ていれば、ちゃんと電柱にくくっとけばとそんな後悔をよく、していました。

最後に、これを見てくれた人はペットと言うのは何をするかわからないのでしっかりと面倒見ることが大切だと思います。

責任を持ってしっかり見る。

簡単な言葉ですが、最も重要だと思います。

25歳女 愛猫をペット火葬場でお葬式して号泣

我が家には昔から猫がいました。

田舎で捨て猫が多く、姉がよく猫を拾ってくるのです。

私は猫がいるのが当たり前の環境で育ってきました。

たくさんの捨て猫を拾っては看病してきたので、自然と別れも多くなり、残念ながら死んでしまった猫は、田舎特有の広い庭に穴を掘って埋めてやっていました。

しかし、同時に飼っていた大型犬が死んだ時にはさすがに穴を掘るのもしんどく、それがきっかけで動物の火葬場があることを知りました。

葬式を行なったのは三毛のメス猫で、まだたった4歳でした。

昨日まで、元気に庭の木に登っていたのに。

仕事中に家族からのメールで、出かける際に自動車で轢いてしまったらしい、気づかず出かけて帰ってきたらもう冷たくなっていたと。

まさに、血の気が失せるとはことのことでした。

そのあとは仕事にも身が入らず、急いで帰宅し、庭に横たわったままの猫を見つけて号泣しました。

轢かれる瞬間は怖かったろう、痛かったろうと思うといたたまれず、ずっとそのことを考えていました。

しかし夏場だったので置いておくこともできず、すぐに火葬場に電話をかけましたが、やはり泣いてしまいうまく話すことができません。

火葬場の担当者は、淡々とした受け答えでしたが、逆にそれがありがたいように感じました。

翌日、仕事は半休を取って、葬儀を行いました。

もちろん人間のような華やかな葬儀ではなく、簡単な手続きをしたのち火葬場に横たえて最後のお別れ、という簡素なものでしたが、小さな花を手向けてくださり、わたしの心はそれだけで少し救われるようでした。

火葬が終わり、骨になってしまった愛猫を見て、小さいな、と思いました。

尻尾から順番に骨壷に収めていき、最後に喉仏を入れましたが、骨が本当に小さかったので、拾いきれないものを残して帰るのが忍びなく、出来るだけ全ての骨を拾いたいと思い、ずいぶん長いこと骨上げをしていました。

このことがあってから、やはり猫の外飼いは絶対にやめるべきだと痛感しました。

まさか家族の車で猫が轢かれてしまうなんて、思っても見なかったのですが、そういう可能性もあることが分かり、それ以来、猫は完全室内飼いにしております。

それがせめて、亡くなった猫に対する懺悔になると思います。

骨壷はお寺に収めることはせず、ずっと自宅に置いています。

猫に限らず、愛したペットが死んでしまうことはとても可哀想で悲しいことですが、生きている者に何かできるとしたら、それは生きている者に対してのみです。

私は、亡くなった猫の骨壷の前にお供え物をいつも置いていますが、死んだ後は食べられないもんな…と、むなしくなることがよくあります。

ですが、今回の出来事で、我が家の猫を完全室内飼いにするという決心ができました。

教訓と呼ぶにはあまりに身勝手ですが、死んでしまったペットとの思い出や嬉しかったこと、学んだことを、ほかの生きている動物たちに還元してやることが大切だと思います。

鳥文左衛門との出会い

こんにちは。

28歳社会人の中野亮と申します。

1年前になりますがマンションの目の前に落ちていて蛇に睨まれているスズメの赤ちゃんを見つけました。

そしてそのスズメをよくみてみると足の部分の生え際がおかしくおそらく奇形のスズメだったのかなぁと思います。

可哀想だなぁと思って手に取ってしまったのですが、あまりに元気がありませんでしたので、飼うつもりはなかったのですがペットショップに行って餌といろんなグッズを買って、鳥を飼っている友達に鳥の赤ちゃんの飼育法を教えてもらいました、しばらくして元気になったのはいいのですが、すごくピーピー私に向かって鳴くもので、案の定飼うしか無くなってしまいました。

放置もできなかったのですが、野鳥ということもあり、今思うと飼うことが正解だったのかどうかも考えさせられるところです。

しかしながら3日目になりスズメの赤ちゃんはなぜか元気がない状態になっていました。

いつも通り餌等もあげていたのですが、なぜか元気がなくなり4日目にはとうとう死んでしまいました。

ペットすら飼ったことがなかったこともあり始めてのペットが死んでしまい私は相当ショックを受けて、葬式まではいかないかもしれませんが神社の近くにその鳥を私が作った家ごと埋めてあげましてお墓も作りました。

鳥文左衛門と名前までつけて可愛がっていたので、そのあとは鳥を飼うことができなくなりました。

道端に飛んでいるスズメたちをみるたびに、あいつが生きていれば今頃こうやって空を飛ぶことができていただろうなと、毎日思ってしまいます。

しかしながら、私が飼わなければそのまま私のマンションの前で死んでいたのは間違いないですし、それを放っては置けなかったですし、複雑な気持ちですが野鳥を飼ってはいけないとわかってはいても飼ってあげて良かったのかなと思っています。

それによって初めて飼ってあげたペットに愛情を注ぐことができたことで命の大切さやありがたみを知ることができました。

28歳女、愛犬のために近所でペット葬式を利用 優しい対応に感謝

28歳の会社員の女です。

実家で15年一緒にいたペットのダックスフンドが亡くなりました。

その時にペット葬式を利用したことがあります。

長生きしていた犬なのでもうそろそろ亡くなるだろうなということは分かっていましたが事前の準備などはまったくしていませんでした。

なので、亡くなってすぐでも比較的落ち着いていましたので、近隣にあるペット葬式をしてくれる会社についてネットで調べました。

少し田舎のほうにある実家でしたが、幸運にも2,3社くらいを見つけることができました。

比較する方法がイマイチわかりませんでしたので、値段とホームページの雰囲気を見て1社に絞り電話をしました。

そのときは夜の8時ごろでした。

電話口に出てくれた方は優しい口調の女性の方でした。

ペット葬式をしてほしいことを言うと、ペットの名前と種類、おおよその体重を尋ねられました。

そして、直接その会社が車で迎えに行くこともできることなどを説明されましたが、近場でしたので自分たちで行くことになりました。

翌日の10時からということですぐに予約を取ることが出来ました。

実際に行ってみると、人間の葬式会場のような感じではなく、工場の事務所のような建物でした。

見た目では葬式会場には見えませんでしたが、受付に行くといろんな種類の骨壷やペットのお墓の見本などいろんな供養のアイテムが並んでいました。

私たちが到着してすぐに優しそうな男性が案内してくれた部屋は小さな祭壇がありました。

祭壇の前に1mくらいの高さの鉄のカウンターが置いてあり、そこにペットを寝かせました。

すると、その男性が花と水を持ってきてくださり、口元をぬらしてあげて声もかけてあげてほしいと言ってくださいました。

一通り花を飾ってあげると、一緒に手を合わせてくれて祭壇に向かって言葉をかけていました。

そのあとも、ペットの思い出なども聞いてくれてとても嬉しかったです。

そのあと、火葬場に案内してもらい、最後の言葉をかけました。

30分ほどで火葬が終わるのでその間に支払いや手続きをしたり、骨壷を選んだりしておりました。

その後、骨を骨壷に入れさせてくださいました。

最後に、別の部屋の仏壇のようなところでテープではありますが供養のお経を唱えてくれました。

全体的に人間のお葬式に近いようなスタイルをとってくれましたし、優しく対応してくれたので、きっと天国のペットも安心してくれたと思います。

31歳男 愛猫をペット霊園で葬式してもらい、気持ちが落ちついた

東京郊外出身の俳優です。

「先生」との出会いは小学校2年生の時でした。

兄の同級生の家で子猫が生まれたと聞き、二人で見に行ったのを覚えています。

アメリカンショートヘアとチンチラの雑種で、トラ猫なのに毛足の長い猫と、短い猫が数匹。

その中でも毛足が短く、一番やんちゃで活発だったのが「先生」でした。

家に帰り、早速両親に飼いたいと駄々をこねましたが、すでに我が家に一匹猫を飼っていたこともあり母に反対されてしまいました。

しかし、数日後その反対したはずの母がまた同級生の母友達に連れられ、一目惚れで連れて帰ってきてしまったのでした。

「先生」の名前の由来は、御飯時にテーブルの上に乗ったおかずを終始諦めずにいる根性が座ったその姿勢を、僕ら兄弟に見習わせようということから「にゃんこ先生」の「先生」が残った形です。

我が家に人の出入りが多かったせいか、先生は自分も人間かのように、お客様が来ても全く警戒心ない不思議な猫でした。

ある年のこと、父が体調を崩し心臓病を患いました。

闘病生活に入った父の面倒を見る母の心はどんどん疲れていきましたが、そんな時に彼女の心の癒しとなったのは先生の存在でした。

しかしその時ですでに先生は15歳、すでに猫としては随分な年寄り猫になっていたのです。

そして父が亡くなった直後、自分の仕事を終えたかのように先生は順番に体調を崩し、あとを追うように天国へ旅立ちました。

そしてその瞬間、これは今でも本当に信じられない光景なんですが、家の前に二本の虹がかかったんです。

家族で泣きながらその虹を見、その夜に先生の葬儀を行いました。

ペットの火葬場で行われたお葬式は、なんだか少し無駄にムーディな音楽などが流れ過剰な演出がありつつも、しっかりお骨の説明などもしていただき、ちゃんと供養することができました。

火葬している間待合室で待っていると「ペットが渡ってくる二本の虹のお話」という絵本がそこにありました。

つい先刻その光景をリアルに見たあとだったので驚いたのですが、先にその虹の橋を渡り買われていたペットは飼い主の魂をそこで待っているという内容だったと思います。

家族でその話を見て、先生はきっと虹の向こうで待っていてくれてるんだねと話してまた泣いたのでした。

その1週間後、僕の娘は産まれて来ました。

2本の虹は、飼い主を待つための虹ではなくて、新しい命をバトンタッチでこちらに送るための虹だったようです。

10歳オス 飼い犬に対し 京都で悲しく、寂しい

じゅんきちと言います。

私が体験した、ペットの葬式の話です。

亡くなったのは、今の奥さんが実家で飼っていた犬です。

小型室内犬で、甘やかされて育ったのか性格はワガママ。

気に入らないとよく吠えるし、私が家に行くようになってからは、新参者がきゃがったとばかりに、最初は打ち解けることもなく、たまにマッサージを要求するようなやつでした。

やがて、結婚して奥さんが、家を出てからは主に、義理のお母さんと過ごしていたのですが、そのお母さんが病気になってしまったのです。

病名はがん。

しかもかなり進行してからだったので、すぐに入院することになり、犬は家にぼっちで待っている状況が何日も続きました。

入退院を繰り返していたので、家に人がいるときはいいのですが、そうでないときはぼっち。

さみしかttだろうなと、今にして思えば、自宅に連れてきてあげてもよかったなと少し、後悔しています。

程なくして、お母さんは亡くなってしまったのですが、本当に日を待たずにして、犬も息を引き取ってしまいました。

その時の奥さんの落ち込みようといったら、ひどいものでしたし、様々な後悔があったと思います。

もう少し、構ってあげられたら、長生きできたかもしれないという後悔。

同時に家族を失った悲しみは計り知れません。

せめてもということで、地元で有名なペット葬儀場に行き、埋葬をしてもらいました。

小さいものでしたがお葬式を行ってもらい、供養もさせてもらいまいた。

奥さん側の家族からすれば、長い時間を過ごし、産まれたての時代から、かわいがっていたので、家族同様につらかったと思います。

ペットといえど、時間を過ごせば家族になります。

やはり感情もあるのだとこの件で思いました。

心が弱れば、体調も悪くなる。

人間と同じです。

悲しみ、寂しさもあるけれど、家でお利口に待っていたのだと思うとやり切れない思いが、たまにこみあがってきます。

この先、自分自身が犬を飼うことになるかはわかりませんが、この時の思いを大事にしたいと思います。

20代女 愛犬がいるすべての人へ 地元の葬儀場 現実を受け止めれた

現在、実家から離れて住んでいる20代の女です。

私の世界一かわいい愛犬はミニチュアダックスフンド。

享年12歳でこの世を去りました。

出会ったのは私が小学校2年生の秋です。

地元のブリーダーから譲り受けました。

10匹ほどの生まれたてのダックスがいたのですが、ブラックタンの子ばかりだったのですが、うちの子だけ色がクリーム色で情けない顔をしていました。

家に帰ってから、遊ぶ気満々の私でしたが当時8歳。

少し怖くて遊べるようになるまで時間がかかりました。

私が反抗期で、母親としょっちゅう殴り合いの喧嘩をしていたころ、普段とても温厚な子でしたが、その時だけはいつも吠えて飛びついてきて止めてくれました。

そんな勇敢でちょっぴり情けない顔をしているあの子に異変があったのは、11歳の秋でした。

たまたま帰省していた私は、いつものように愛犬と遊んでいました。

しかし、その日はなかなかうんちが出ないようで、いつもの情けない顔がとても悲しそうでした。

「うんちでなくてもいいんだよ」あまりに悲しそうな顔をしていたのでそう声をかけました。

便秘だろうと家族全員が思っていました。

次の日、一人暮らしをしていた家へ帰りました。

実家からはバスで4時間ほどの距離です。

母から突然電話がかかってきました。

母は泣いていました。

「あの子に腫瘍がある。

手術しないと悪性かわからないけど、悪性だったらもう長くない。

」私も涙が止まりませんでした。

しかし、腫瘍がかなり大きく、悪性だとしたらもっと症状が出ているのではないか、という考えもあり、最悪の事態はあまり想像していませんでした。

いや、11年間一緒に成長してきたあの子がいなくなるなんて想像できなかったのだと思います。

後日、手術の日になり母からの連絡を待っていました。

1時間程度と言われていたはずの手術でしたが、母から連絡がきたのは5時間ほどたってからでした。

結果は骨肉腫。

腫瘍はかなり大きく取り切れなかった、そして肺にも転移していた、と告げられました。

お医者様ははっきりとは言いませんが、もってあと1,2か月という事でした。

そこから一度か二度だけ帰省できました。

ずっと一緒にいました。

最後に帰省した時、いつもはあまりデレデレしてこないあの子が、ずっと私の後ろをついてきました。

最後だと気づいていたのかもしれません。

そして、その年の冬、虹の橋を渡っていきました。

私は急変を聞いて急いで帰ろうとしたものの、間に合いませんでした。

帰ってからはまず、お世話になった主治医へ報告とお礼を伝え、葬儀の流れ、安置の方法を聞きました。

小型犬だったので、小さい段ボールに氷をつめて、その上にいつも使っていた毛布を敷いて寝かせました。

葬儀を行う場所も主治医の先生に聞いて、そこで行いました。

我が家の場合は、母がショックで何もできない状況だったので私が悲しんでいる暇がなく、自宅に帰ってから涙が止まらなくなりました。

ペットロスは大きな問題です。

そのためにも、葬儀をきちんと行ってあげることが、愛犬のためにも、自分のためにもなると思います。

そして何より、私たちより圧倒的に寿命の短いわんちゃん達に後悔がないよう、全力でともに生きることが大切だと思います。

28歳 柴犬 北陸ペット葬儀社 寂しさと温かな気分

私は、しま子と申します。

15年間可愛がっていた柴犬が虹の橋に渡ったのがかれこれ10年前になります。

老衰によるもので、だんだんと弱っていっているようには見えましたが、眠りについた頭を撫でたのが最後のふれあいでした。

ずっと一緒に過ごしてきた日々に感謝を込めて、家族と一緒にペット葬儀を行うことを決めました。

当時、私の住んでいる地域にはペット葬儀を取り扱っている施設が1箇所しかありませんでしたので、特に施設で迷うことはありませんでした。

ペット葬儀でまず悩んだことは、個別の墓地にするか、合同墓地にするかです。

家族で話し合った結果、1匹で虹の橋を渡って天国に行くよりも、他の仲間と一緒に行った方が迷わずに楽しく虹の橋を渡っていけるのではないかという結論に至りました。

合同墓地に埋葬する場合は、他のペット葬儀を行うペットと一緒に火葬してもらうことになるので、骨や遺灰は残りません。

家族で話し合った結果とはいえ、当時少し後悔を感じたのは、火葬してもらったあとはそのまま合同墓地に埋葬されるので、会うことができなかったことです。

気持ちでは、合同墓地の中にいる自分のペットに向かって祈っているつもりでも、なんとなく感じる寂しさは紛らわすことはできませんでした。

もし、火葬をしてもしばらく一緒に過ごしたいというお気持ちがある方は、合同ではなく個別に火葬をしてもらって遺骨や遺灰を持ち帰られた方がいいのかもしれません。

お葬式をするペットにとって何が一番いいのかはわかりませんが、残された家族の心の整理もとても重要だと思います。

私が、ペット葬儀の最中でとても心に残っている体験は、ご焼香のときです。

多くのペットの名前が呼ばれていて、犬だけではなく、ハムスターやリスという小動物のペットの名前も呼ばれていました。

大小関わらず、飼い主とそれぞれの人生を歩んで愛されたペットたちが今ここで一緒に最後の時を過ごしているんだと思うと、心が少し暖かくなりました。

50歳、女性、近くのペット用葬儀場でお葬式をしました

初めまして、主人と子供2人、義母の5人家族に今回亡くなった猫が居ました。

13年の生涯です。

猫との出逢いですが、主人の仕事場に来たお客様から、車の運転をしている間にずっと猫の声が聞こえるので、探してほしいと言われ、探したところ、タイヤが付いている付近に小さい子猫が居たとの事で、走っている間もそこにいたと思うとびっくりしたと言っていました。

その人は飼えなかったので、自分が仕事場で飼うことにしてあずかったのが始まりです。

その頃はまだ義母とは同居しておらず、マンション暮らしだったため、うちでは飼えなかったので、仕事場がメインでしたが、結局、それからしばらくしてマンションで内緒で飼うことに。

その時はまだ小学生だった子供と遊ぶのが好きだった猫。

順調に病気もせずに暮らしていました。

その後子供が高校生になる頃に義母と同居することになり、主人の実家に引越ししました。

マンションから一軒家になり、広くなったから嬉しかったみたいです。

2階にいく階段を嬉しそうにドタバタ登り降りする姿を思いだします。

義母が窓を開けっ放しにするので、脱走も何回かしました。

戻るまでいつも1時間くらい。

心配しましたね。

最初病気をしたのは10歳の時に。

勤労感謝の日です。

下痢のうんちを珍しくトイレの外で漏らしてしまって、あれっと思ったら痙攣が止まらなくなりました。

びっくりして病院に行くと祭日のためやっていなかったので、市外の病院に高速道路をつかって車で行きました。

血糖値が下がっているとのことで、点滴をしたら痙攣は治りましたが精密検査をしたら、細胞腫が内臓にできているとわかりました。

手術をして細胞検査をしたら、脂肪細胞腫とわかりました。

寿命は短いと言われました。

脾臓を全摘出した方がいいということでもう一回お腹を切りました。

かわいそうでした。

でも猫は頑張りました。

先生が、もしものために胃チューブをつけてくれて、食事が取れなかった時にも助かりました。

胃チューブを外して1年後に、いつも勢いよくのぼっていた2階への階段が登れなくなって来ました。

最初は年とったからだと思いましたが、その後、急に吐きが止まらなくなって、脱水症状になってしまったので、近くの病院にいきました。

心臓の状態が非常に悪い。

階段が登れなくなったのは心臓が弱ってきて、血流が足先に行きずらくなったためだと知りました。

1週間もたない、寿命ですねと言われました。

もう手術など延命治療はかわいそうなので、軽減する点滴と、心臓の薬での処置にしました。

それで1ヶ月生きました。

最後は朝、主人が病院に点滴をしてもらうために行く時に膝の上で亡くなりました。

猫はとにかく主人が好きでいつもそばにいたので、主人のいるところで見とれたらいいなと思っていたので、それだけはホントに良かったと思いました。

亡くなるまで徐々に弱って行く中での世話も充分にやり切りました。

主人が病院に聞いて、ペットの葬式場を紹介してもらいました。

義母が庭には埋めないでほしい、市役所で焼いてもらったら、などと言っていましたが、やはり子供のように接してきたので、お金をかけてでもちゃんとしてあげたいと思っていました。

以前から葬式場にしようと決めていました。

人間の葬式の様に、葬儀場の人が最初に丁寧に説明してくださって、ちゃんと焼いて骨つぼに入れていただきました。

骨つぼには、のど仏だけが入っています。

その他の骨は葬儀場からお寺に行き供養してもらう形になりました。

後悔は、猫の身体の異常のサインを読み取れず、いつも症状が現れてから病院に行っていた事です。

早く読み取れていたら助かったかなとも思っています。

ただ、葬儀をしたことで最後もしっかりとけじめがつきました。

亡くなって2年ですが、まだ昨日の事の様です。

40代女性飼っていたペットが亡くなり葬儀屋さんに葬儀依頼しました

40代既婚女性主婦をしております。

独身の時、コッカースパニエルという珍しい中型犬をペットショップで出会ってあらあまりの可愛さこ子供みたいに大事に飼っていましたが8年ほど前に老衰で亡くなってしまいました。

子供が生まれたり、子供が犬猫アレルギーをもっていることから皮膚が弱く、はじめは部屋で飼っていましたが、それからペットだけの部屋を一部屋作り、ベランダと自由に行き来できるようしてましたが、寂しかったと思います。

かわいそうなことをしてしまいました。

 年を取ったこともあり亡くなる前はあまり元気もなく仕事から戻ると亡くなっていました。

 それからペット葬儀屋さん連絡しようと思い、すぐに連絡しました。

  そのペットの葬儀屋さんは地元の会社で、母の知り合いの方が経営しているということもありまして、亡くなったことを連絡するとすぐに来ていただくことができ、親切に葬儀場まで案内していただきました。

きれいに整えられた台の上にねかせていただきお経をあげていただいて主人とわたしはふたりでいままでの癒しを与えてくれたことに感謝して、お別れをすることとなりました。

ペットが亡くなるという経験ははじめてでしたがお葬式をちゃんとしてお経を丁寧にあげていただきお焼香を済ませ、それからその会社のペットの火葬場へ行くこととなりました。

 葬儀場へ行く前にペットの写真を一枚用意してくださいと言われていて準備していきました。

 火葬場までは、その会社の車で移動し、そこでまたお別れをし、火葬。

一時間ほどしたあとにまた来てくださいと言われいったん帰宅して、また火葬場へ戻り夫と二人でお骨拾いをし、準備していただいてた骨壺にお骨をいれ持ち帰ってきました。

 広い納骨堂もあるペットの葬儀会社だったため、納骨堂にお預けすることもできましたが、とりあえず、今も自宅のほうにいっしょに連れて帰ってきています。

とても親切に丁寧に対応していただきすごく感謝しました。

それからはペットは飼わないようにしてます。

40代男性 ワンコとの最後のお別れ

ペットを飼っていて飼いやすい子飼いにくい子っていると思いますが 家にいたワンコは結構飼いにくい子でした犬種はシェルティーのオス 物凄く甘えん坊で家族が居ないとすぐにオロオロになってしまい軽いパニックになってしまうような子でしたからとても飼いやすいとは言えませんでした。

雷の時はまだ外が真っ暗な3時ぐらいからキャンキャン鳴くので近所迷惑にもなるし そんな時は朝までずっと一緒にいました。

ワンコはワンコなりに頑張って私たち家族に対して忠実に頑張っていたんですが。

それでも 家に帰ったら全身小麦粉だらけで玄関に走ってきたりして尻尾をフリフリ私としたら仕事が終わって疲れているのに夜中から家での大掃除が始まったりで そんな時はイライラして怒ったりして それでも 今思えばワンコはいつも私の方だけを見ていました。

私が一緒にいれば私のコマンド待ちで待機していました。

それでも電気のコードはかじるわ やってほしくないことは大概やる子でしたので そんな子でしたから家の中では段々と手がかかって嫌われていきました。

ですが最後に亡くなった時は家の中は完全にお葬式状態で毎日が暗い日々でした。

無くなった時も 初めての経験でしたので まずは保健所に電話して家に埋めるか行政に頼む場合はゴミ扱いになるとゆうことも初めて知りました。

ですので訳も分からぬままペット葬儀社に連絡して来ていただき火葬して頂きました。

後日 ペット葬儀社でお骨になったワンコと最後のお別れをした時 家族みんなが涙が止まらず子供たちも泣き止まず私も涙が止まりませんでした。

その時初めて私たち家族はこの子との関係の深さを知りました。

私たちはあの子にとって決して良い家族ではなかったと思います可愛くて仕方がないとゆう感じではなかったです。

それでも家族の一員として最後までありがとうラッキー。

天国でどうしているかな? 私たちの家族でいてくれたこと そして 君は君なりに私たちの役に立ちたくて空回りしながら頑張っていてくれたこと 今ならわかります。

35歳男性、自宅葬儀、安心感のある葬儀屋さんで満足でした

私は兼業主婦の雷人と申します。

2016年の1月に愛猫「王子」君を亡くし、ペット葬儀を行いました。

王子君との出会いは突然でした。

2008年に妻と結婚し、翌年出勤中の私に妻から突然電話が掛かって来たのです。

「保護された野良猫が居るのだけれど、貰い手が居なくて可哀想。

飼ってもいい?」正直悩みましたが妻の猫好きは知っていましたし、大家さんにも相談してペット不可の戸建て賃貸だったのですが飼ってもいいと許可までもらっていたので飼うことに決めました。

「王子」君と命名したのは妻で、自分の王子様ということでした。

仕事から帰ると、生後2ヶ月程の愛くるしい子猫が我が家の一員になっていました。

雑種で、グレーの毛並み、片手に乗るほど小さい子猫に一瞬で心を奪われたことを今でもよく覚えています。

猫というのは気まぐれで自分が好きな時にしか寄って来ないイメージでしたが、王子君は甘えん坊でいつも傍に来るし、常に体の一部を私に預けているような可愛い猫でした。

月日は流れ、忘れもしない2016年の年明け。

私は高熱を出してしまい、3日間寝込んでしまいました。

妻は百貨店勤務で初売りで大忙しのため家事育児は私が這うように子供達と王子君の食事の用意をしていたのです。

自分が苦しくて王子君の様子の変化に気付くことが出来なかったのですが、今思えばこの時膀胱炎になってしまっていたのです。

そして私の熱が下がり、王子君の顔がいつもと違うと気付いた時には腎不全になってしまっていたのです。

それから数日近所の動物病院へ通い、排尿と抗生物質の注射を打って貰いましたが、入院になったその日心臓が止まった連絡が入ったのです。

王子君の遺体を引き取り、哀しみで押し潰されそうになりましたが、遺体の腐敗が進む前に王子君を天国に送り届けなければと至急ペット葬儀屋を探したのです。

見つけた葬儀屋さんはとても落ち着いた雰囲気の優しい感じのする方でした。

流れはペットを家まで迎えに来てくれて、移動式の火葬車で近隣の迷惑にならないような河原まで行き、火葬を行い骨壷に納めてペット用の仏壇をセットしてくれるといった感じでした。

私が熱を出さなければ、帰宅後疲れてすぐに布団に入る妻に一言王子君の様子を見るようにお願い出来ていれば、もしかして今も元気にいてくれたかもしれないと考えると当時のことが悔やまれてなりません。

意外とペット用の葬儀屋さんが多いことに驚きました。

中には悪質な業者もいると口コミもありましたので、火葬を行なう場所まで同行でき、流れ一連を見せてくれる業者さんを選ぶと安心かもしれません。

この記事を読む方がペット葬儀屋さんを探すのが遠い未来であることを祈ります。

私と暮らした家族のウサギ

わたしは今は一人で暮らしてますが、この文章に関わるペットとの出会いは、一番下の娘がまだ高校性の時にチンチラを飼っており、とても懐いていたのですが、ちょうど引越しが重なり、体調を崩しているのがわかりながらなかなか病院に連れていくことができず、ある程度引越しの荷物が落ち着いたところで様子をうかがうと、ぐったりしていたため急いで病院に連れて行きましたが、かなりの衰弱のため命を落としてしまいました。

そのチンチラは4年ほどの家族でしたが、娘と泣きながら動物霊園に行ったことを覚えています。

今回はそのあとに、もうペットは飼わないと決めていながらも、娘とペットショップに行き、その時に出会ったロップイヤーにウサギの赤ちゃんでした。

掌に入るほどの大きさでとても人懐っこく、じっとみていると、ほぼ衝動買いのような状態でうちにやってきた家族でした。

初めてのウサギに戸惑いながらも前回のチンチラの二の前は踏まないように、体調管理には常に気を使い育てていきました。

とても賢い子で取れも覚え、おもちゃも持ってきてくれるような可愛い男の子でした。

それから月日はどんどん過ぎていき、10年が過ぎ娘にも子供ができ、わたしとウサギとのふたり暮らしが続いていました。

ウサギも10歳になり、人間でいうと90歳ということでしたが、それまでにも特に大きな病気もせず元気に育ってくれていました。

ただだっこが嫌いなため爪切りができずに定期的に病院には行っていました。

それがかえってよかったのか病院の先生も体のことをよく知ってくれており、相談しやすかったです。

9歳くらいから高齢なため寝ていることが多く、排せつもあちこちにするので、大きめのケージにして自由に歩き回れるよう段差に階段もつけ骨折にもきをつけていました。

10歳になったころ消化不良から食欲がなく排便が無くなったので病院に連れていき、消化薬と点滴を受けて帰ってきました。

少し脱水があったのでもし連れてこれるなら3日ほど続けてきてといわれましたが、立つのもやっとだったのでそのまま延命することをやめ、ベッドの横で添い寝しそのまま息を引き取りました。

危篤状態が続いていたので葬儀屋さんに連絡を前もってしていたので、もしかしたら聞こえていたのかもと思うとかわいそうなことをしたと思います。

その日夜勤があったので、娘が止まることになっていましたが、娘が帰った10分ほどの間に 私の手の中で逝ってくれたので、寂しいですが最期は隣にいてあげられたことはとてもよかったと思います。

ペットはしゃべれないので人間が常に様子を観察してあげないと、わざと元気なふりをして体調を隠します。

しっかり見てあげてほしいと思います。

30歳女 一緒に育った愛犬を近所のペット霊園で火葬 心が救われた

私が住んでいたところは農家が多い田舎で大きな家が多いところでしたので、犬や猫、馬や牛など飼っている方もいたほどでした。

兄弟たちにひっついて近所を練り歩き、そういった動物を触らせてもらうのがとても好きでした。

「犬が飼いたい」と思い始めたのは幼稚園だとか、本当に小さい時からだったと思います。

かなり駄々をこねていた私に対し、両親は責任が取りきれないだろうといろんな手をつかい、私に犬をあきらめさせようとしましたが、もちろん諦めることはありませんでした。

そして、10歳の時、いきなり私のミントはやってきました。

知り合いのおじさんがバイクの荷台に捨てられていた子犬を乗せて、うちに連れてきたのです。

いきなりの訪問に父は相当参ったことでしょうが、なんとか、説得をし、中型の雑種のメス、ミントは私たちの妹になりました。

室内犬にすることは叶いませんでしたが、番犬として、しっかり家を守り、私たちの良き、理解者となり、一緒に成長をしたミント。

よその人が来ると、吠える癖にその人が近づくと、必死で物陰に隠れる臆病な犬でした。

毎日散歩は1時間、最終的には私が一番犬を欲した、ということで私の担当になりましたが、運動好きな犬でしたので、雨の日もしっかり1時間散歩に行きました。

また近所にほぼ放し飼いになっている大きな雑種の犬がよく訪ねに来るようになりました。

気がついたら、なんと、妊娠していました。

父はとても怒り、その家に怒鳴り込みに行きましたが、私はまだ14歳ほどでしたので、かわいい子犬が増える、どこにもやるものか、と本当に嬉しかったものです。

結局生まれた4匹はもらわれていきましたが、どこかにミントの子供、子孫がいる、と考えるだけで救われるような思いがします。

私もいつのまにか社会人となり、ミントも15歳と犬の寿命と言われている歳になっていました。

ある日に姉が、「ミントの歩き方がおかしい」と言いました。

確かに尻尾はたて、ひょこひょこと足をひきづるような歩き方になっていました。

すぐに動物病院に連れて行くと、膣に膿がたまる病気だと言われました。

「若い犬だったら手術で膣を取り出せば治りますが、高齢犬では手術はできません。

治ることもないでしょう」と言われました。

いつのまに、こんなに歳を取っていたのでしょう、少し前までは散歩でも縄をひっぱって、鳥を見れば、追いかけようとして、ボールを追いかけていたあの元気なミントがいつの間にかこんなにおばあちゃん犬になっていたのだと感じました。

それから毎日獣医さんに通い、食塩水を注射し、膿を排出するような処置をしてもらい、3ヶ月たったあと、一度回復したと思われたミントは、私たちが眠っている間に発作に襲われ、朝無くなっていました。

その日は家族みんなたくさん泣きました。

夕方になり、やっと気持ちが落ち着いた時に姉が「お葬式をしよう」とネットで近所のペット葬儀のサイトを見せてくれました。

すぐに連絡をし、翌日に予約をいれ、段ボールに好きだったおもちゃなどを入れて、連れて行きました。

会場は本当に小さな教会のようなところで祭壇にミントを寝かせ、施設の方が今までの思い出など、とても心温まるセレモニーをしてくださいました。

その時に「最後まで諦めずに少しでも長く生きるチャンスをくれてありがとう」と施設の方に言われ、号泣しました。

そしてとても心が救われました。

辛い思いをさせながら、延命をするのが良いことなのかわからなかったからです。

セレモニーの後、火葬をしてもらい、骨の入った壺を受け取り、自宅に一緒に帰りました。

今ではいつもミントが昼寝をしていた木陰で今も私たち家族を守ってくれています。

35歳男性、ペット霊園にて最後のお別れ

現在フリーランスとして活動している35歳男性です。

無くなったのはヨークシャーテリアで18歳でした。

実家で飼っており、よく散歩にも連れていき、私が帰ってくると喜んでいつもタックルをしてきました。

暴れまわると手がつけられなくなりそれがまた可愛いんですよね。

そもそもの出会いは家に帰るといきなり彼はいました。

(名前はこてつくんです。

)母に話を聞くといきなり父がなんの相談もなく買ってきたそうです。

父はあまりしゃべる性格ではなく、買ってきた真相は未だによくわかりません。

(ただ欲しかっただけだと思います。

)昔からなぜか私にとてもなついていました。

一番印象に残っているのは、私の家のベランダから花火が見えるのですが、いつも花火大会の日はこてつくんも一緒味見ていました。

そのときかなり小刻みにブルブル震えるのです。

怖いんでしょうね。

抱っこしても常にブルブル。

これがまた可愛かったです。

夏の風物詩みたいになっていました。

死んでしまったのは本当に急でした。

3日くらいご飯を食べなくて、心配になって病院に連れて行くと心臓の血管が肥大していて今にも危ないということ。

長くないと言われてくすりをもらました。

でもとりあえず早く気づいて連れてきて良かったと言われました。

大丈夫かなと思い薬を飲ませてその当日は寝ましたが、次の日も元気はなく、いよいよ動かなくなって静かに目を閉じました。

苦しむ様子はなく寝るように死んでいきました。

とても悲しかったです。

私は愛媛県に住んでいるのですが、近くにペット霊園があるという情報を聞いて、両親と一緒に供養をしに行きました。

どんなところなんだろうと思っていましたが、意外と大きく本当に人間と同じように墓があり、花とかも綺麗に手入れされていました。

人間と同じように納骨をして骨は持って帰りました。

お経もしっかり読んでもらいました。

ちゃんと供養できたかな?しっかり天国に行ってくれることを祈っています。

こてつくん一生忘れないよ!

40代女性、友人夫婦の愛犬をペット葬儀場に連れて行き、役に立った

私が親しくしていた外国人のご夫婦には、ずっと可愛がって外国から連れてきた犬が居ました。

その犬はとても愛嬌が良くて可愛くて元気が良かったのですが、高齢になると体調を崩しやすくなってしまいました。

そしてその犬が動物病院に行って治療してもらう時には、私が通訳代わりに一緒に通いました。

そのご夫婦にとって、その愛犬はとても大切な存在でしたので、動物病院で治療してもらうことによって回復してくれると思っていたのですが、ある日、残念ながら天国に逝ってしまいました。

しかもその時、そのご夫婦の奥様は海外へ出張中で不在でしたので、ご主人は一人でその悲しみを抱えていました。

ですので、私はご主人のサポートをしたいと心から思いました。

そしてペット葬儀場に電話をして、その翌日に一緒に行きました。

その途中、私達は花屋さんに立ち寄りました。

なぜなら、ご主人が愛犬に花束を渡したいと希望されたからです。

そして愛犬は女の子でしたので、可愛くて綺麗な花を選んでステキな花束を2つ作ってもらいました。

そしてそのうちの1つの花束は、火葬場で愛犬の遺体の上に置いて、一緒に焼いて貰いました。

もう1つの花束は、家に帰った後に、その愛犬がいつも寝ていた部屋に飾られたそうです。

火葬が行われている間は、二人で隣の待合室に居ましたが、その間に話していたのは、その愛犬との思い出話ばかりでした。

その愛犬と初めて会った時の話から始まって、その後のたくさんの思い出話を聞きました。

それがご主人の気持ちを軽くすることになったと思いますし、天国に逝ってしまった愛犬ちゃんの供養になると思って、私は一生懸命にその話を聞きました。

時には二人で涙しました。

私も過去に愛犬を亡くしたことがあるので、ご主人の気持ちがよく分かったからです。

火葬が終わると、その愛犬の骨を入れるバックの色を選んでもらいました。

綺麗な模様の入ったピンクのバックでした。

そして葬儀が終わると、ご主人が疲れていましたので家に帰ってもらいました。

その後、私はその一日の様子を海外にいらっしゃった奥さんへ詳しく説明するメールを送りました。

そのことについて、ご夫婦はとても喜んで下さいましたし、私も二人の役に立てて良かったと思います。

15歳の雌の愛猫が亡くなりペット霊園で葬儀をした 心が晴れた

愛猫が亡くなった。

15歳だった。

1年ほど前から少し呼吸が苦しそうで食事量も減っていたので何度か病院に連れていった。

甲状腺の病気などを疑われ血液検査などを何度かおこなったが毎回問題はないという結果だった。

その日はいつもより少し元気がないかな?くらいだったが念のためいつもの病院に連れて行った。

先生に診てもらうと呼吸が荒いと言われレントゲンを撮った。

結果は肺いっぱいに水が溜まっていて生きているのが不思議なくらいなほどだということだった。

病院から戻ると猫は急に元気がなくなりほとんど動かなくなった。

私は家で仕事をしているため、翌日は一日中猫を見ていた。

妻が仕事から帰宅すると顔を起こしたが、その後すぐに動かなくなり2度ほど大きく咳き込みそのまま目を覚まさなかった。

ひとしきり泣いた後、猫の葬儀場を探した。

夜10時過ぎだった。

猫が亡くなることを考えたくなかったため事前には一切調べていなかった。

スマホで検索すると近所にペット葬儀場があったのだが翌日は休みだった。

車で一時間弱のところにもう一軒あり、翌日も空いていた。

夜11時まで電話予約可能と書いてあったので電話をした。

幸い空いていたので直ぐに予約を入れた。

アマゾンの段ボールに猫の愛用していたタオルをしいて、その中に亡き猫を入れた。

体がまだ硬直していなかったのでいつもの丸まった体勢にした。

その晩は猫と一緒に寝た。

翌日、葬儀場に向かう途中で花を買い、途中の公園で桜の花びらを拾い、猫の入った段ボールを飾った。

葬儀場につくと丁寧に出迎えられコンテナハウスのようなところに通された。

そこには人間のお葬式のミニチュアのような祭壇が備え付けてあった。

係りの人の説明を受けたあと、ラジカセから流れるお経の流れる中5分程度だったと思うが猫のことを思った。

その後火葬を行った。

この瞬間が一番悲しかった。

ふさふさの毛ももう燃えてなくなってしまう。

いなくなるということを一番実感した瞬間だった。

30分程度控室で待っていると、骨になった猫をもって係りの人がやってきた。

人間と同じように骨壺に骨を拾っていれるとのことだった。

最後に骨壺を持って帰るか墓地に納めるか聞かれ、持って帰ることにした。

とても丁寧な対応で、ちゃんと葬式をして良かったと思った。

悲しい気持ちのままで帰りたくなかったので、帰りに桜の名所に立ち寄った。

骨壺と一緒に2時間ほど歩いた。

心が晴れた気がした。

持ち帰った骨壺は手作りの張り子の猫の中に納めてある。

お守りを作り骨と毛をすこし入れた。

心の支えだ。

亡くなって一年が経った今でも家の至るところから猫の毛がでてきて嬉しい気持ちになる。

46歳女 リクガメ「もも」とお寺のペット葬でお別れをしました

私が子どもを出産後、家にいる事が多くなったので、主人がかってきてくれたリクガメ。

手のひらにちょこんとのるくらい小さくてかわいい子でした。

名前はももとつけました。

リクガメに対して2人とも知識がなく、色々と調べてお世話をしました。

リクガメはもちろん話をすることもないので、こちらからのアピールしかない日が続いたのですが、青い葉を好むので、チンゲンサイや小松菜を、毎日、名前を呼んでは、気長にあげていると、顔を引っ込めることも減り、葉を見ると、とことこ一直線にくる姿がとてもかわいかったです。

ももは、どんどん大きくなり、1年で両手で持ち上げないと落としそうなくらいでした。

2年目に入ると、家の中で飼う事が困難になりました。

そして、ベランダで飼う事にしました。

ももは、生活スペースが広くなった分、色々動き回るようになりました。

冬前になると、冬支度をしました。

赤外線のライトなども用意して温度を調整し、そろそろ冬眠をさせてみようと様子を見ながら進めていきました。

が、日が経つにつれて、甲羅の様子が微妙に変化しているように思うようになったので、食事にも気をつけていたのですが、ももは声もだしてくれないので、なかなか分かりません。

近くの動物病院でも、カメを診てくれるところはなくて、どうする事もできませんでした。

主人は、毎日お世話をしているわけではなかったので、甲羅の変化に気づかなかったので、私の不安が分からないまま、寒い冬が来て、突然、ももとの別れがきました。

朝、ももにごはんをあげようとしたのですが、ももが動かなくて。

抱っこすると、暖かみがなく、のどに赤みが見てとれたので、うっ血している事に気づきました。

こんなに、しずかに、気づいてあげれることなく亡くなってしまったももに、申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。

まだ、冬越しには無理な個体だったのか、など色々な後悔でいっぱいになりました。

やっと、子どももお世話ができるようになり、これから、どんどん大きくなる事しか考えていなかったので、本当にびっくりして悲しみがのしかかりました。

でも、お別れしないといけないので、ペット葬をしているお寺にお願いしました。

私のひとりよがりだったのかもしれないですが、ごめんなさい、という思いをカタチにする方法がペット葬でした。

お骨というのか、真っ白な甲羅らしきものを、引き取りました。

さわると粉々になりそうなくらい薄い甲羅らしきものだけが残りました。

ペット葬はしましたが、お骨は埋める事ができず、今も側においています。

時々、話しかけています。

ペット葬は、自分の育て方の未熟さを消してはくれないですが、ももと過ごした日とのお別れは、心に深く刻まれました。

16年一緒にくらした愛犬の遺骨をドッグウッドクラブにあずけた

わたしは16年一緒に暮らした犬を去年の12月に無くしました。

老犬でしたが、食欲も旺盛で、まさかこんなにも早く天国に旅立つとは思っていませんでした。

出会いは地元のペットショップで、母親が飼いたいと提案し、うちに迎え入れることになりました。

最初はペットの保険に加入していたのですが、特に持病もないと思い、保険を外して1年後、アトピーだということがわかり、めちゃめちゃ医療費のかかる犬と化していきました。

けど、体は丈夫で、いろんなトラブルがありましたが、強く強く生きていました。

そんな彼を見ていると、まさか死ぬなんて思えず、死ぬ1ヶ月前もいつもと変わらず元気でした。

ちょうどその時期に引っ越しの予定が立ち、今思うと彼に構うことが難しくなってしまっていました。

死ぬ1週間前あたりから、無駄吠えが多くなり、呼吸が浅いなと感じることが多くなりました。

今ネットで調べるとそれは死期の近い患者に訪れる症状らしく、当時の自分は気づけず、「どうしたのー?なんで吠えるの?」と疑問に思っていました。

そして死ぬ2日前から呼吸がより浅くなり、苦しいのか一晩中吠えることが多くなり、私達も何かしてあげないとと、薬局中の酸素ボンベを買いあさったり、タンの吸引機を買って試してみたりしました。

病院にも連れて行きましたが、老衰ですので、もうできることはありませんと言われてしまい、愛犬は天国に旅立ちました。

正直亡くなる前2日は、犬の苦しんでる姿を見て、楽にさせてあげたいという気持ちがかなり強かったです。

頑張って息している姿を見ていて、生きて欲しいけど、首や肩の筋肉が硬くなるほど頑張って呼吸していると、楽になって欲しいって思ってしまいます。

死を迎えた時は、私はその場にいなかったのですが、帰宅して、眠ってる姿を確認した時は、「頑張ったね。

お疲れ様。

」という言葉しか出ませんでした。

また、火葬までの3日間もとても辛かったです。

愛犬の温もりや匂いを忘れてしまうんだと思うと、今できることは何かなって考えてしまって、足型をとったり、尻尾や耳の毛を切ってとっておいたり、めいいっぱい愛犬の匂いを嗅ぎました。

正直、後悔は言ってもキリがないですが、火葬までの3日間で思い残すことのないよう色々やりきりました。

火葬場は動物病院から紹介してもらった稲田堤にあるドッグウッドクラブで行いました。

施設も綺麗で、最期を迎える場としてとてもよかったです。

自宅に遺骨を置こうかと思いましたが、ドッグウッドクラブでは遺骨を預かってくださるので、そちらにお願いしました。

そういう場があって、ちゃんと愛犬ともお別れできましたし、お墓まいりとして会いに行くこともできるので、自分が前に進む意味でも、とてもいい環境だと思います。

31歳・女性・動物病院の勧めで葬式・お別れをできてすっきり

31歳の専業主婦です。

愛犬との出会いは動物病院でした。

愛犬は保護犬で殺処分される寸前を動物病院の先生が救ってくれた命です。

父の仕事で動物病院の先生と関わりがあり飼うことに決まりました。

我が家では犬を飼ったことがなく、私がまだ独身のときのことです。

最初は警戒して懐くことがなかった愛犬ですが、時とともに家族の一員になりました。

老犬だったこともあり活発に動き回るようなことはありませんでしたが、存在自体が癒しで眠たそうな目で見つめてくる姿は今でも忘れることができません。

私は自分が精神的に不安定な時期があり愛犬に癒されることが多かったです。

老犬ということもあり動物病院に通うことも増え、亡くなる前には一度ICUにも入りました。

もう残りわずかな命を感じた瞬間でした。

動物病院にはたくさんお世話になりお薬もたくさん飲んでいた愛犬でしたが、最後は家族が外出中に自宅で亡くなりました。

誰も看取ることができなかったことを思い出すと今でも後悔する気持ちと幸せだったのかな?と疑問に思います。

保護犬だったこともありどんな人生を送ってきたのかもわからず最期は我が家で過ごすことになった愛犬のことは今でも忘れられません。

動物病院の先生は亡くなったと連絡をすると葬式をすることを勧めてきました。

私は実家暮らしから当時お付き合いしていた彼と同棲を始めていたので亡くなったという連絡を受け驚きました。

葬式をするから来れたらおいで、と言われ彼と向かいました。

亡骸は私が一緒に過ごした時よりも小さく感じ、まだ生きているような生命力もあるように思ったことを覚えています。

私は愛犬の葬式に出席できたことはよかったと思っています。

また犬の葬儀場・火葬場があることを知りませんでした。

動物病院の先生の勧めで火葬することになりましたが、家族全員が最高の別れができたと言っていました。

お金はかかります。

しかし、愛犬も家族と考えるならば最期の別れは火葬して葬式を行うことが重要だと感じます。

36歳女性、亡くなった飼い犬を自宅前で個別火葬

去年天国へ行った芝犬との出会いは、地元の警察署でした。

その日は地元のお祭りで、私は財布をすられてしまい、警察に届けを出しに行きました。

すると、駐車場の端につながれた芝犬がいました。

動き回ることもなく、じっと伏せているその子が気になったので、警察の人に聞くと、数日前に保護されたが、名乗り出る飼い主もいないので明日保健所へ連れて行くと聞きました。

これは何かの運命だと思い、私は次の日その芝犬を迎えに行きました。

これがププとの出会いです。

引き取った後すぐに動物病院に連れて行きました。

人間でいうと30代半ばで、出産の経験があることが分かったのと、フィラリアが陽性で、血管内に大量に確認できました。

あとは軽い皮膚炎でした。

きっとちゃんと飼育されてなかったんだと思います。

ププはとてもおとなしい犬でした。

でも人に対して甘えることはあまりありませんでした。

撫でてあげるとひっくり返ってお腹を見せてくれたり、餌をやるときや散歩へ行くとき以外は自分から寄ってくることもなかったです。

あと1つ気になったのは、ほとんど目を合わせてくれませんでした。

どんな飼われ方をしていたのだろうと心が苦しくなりました。

それでもそっけない態度や、たまに構って~とアピールしてくるところや、本当に本当に大好きでした。

年老いて行くに従って、皮膚炎が悪化してきました。

痒みと抜け毛、時にはただれることもありました。

色々薬は使いましたが劇的に良くなることはなく。

少しでも力になれたらと思い、これまでのドッグフードはやめて、アレルギー用ドッグフードを少しと、米、野菜、魚を中心に食事を大幅に変えました。

それからは少しずつ皮膚炎も改善して、元気に散歩もしていました。

それでも体の中のフィラリアが消えることはありませんでした。

ある日帰宅すると、ププは小屋から体を半分出した状態で、泡を吹きながら痙攣していました。

昨日までいっぱい手作りのご飯も食べて元気に散歩も行っていました。

急いで病院に連れて行きましたが、もう為すすべはなく。

家に連れて帰って片時も離れませんでした。

意識もほとんどなく自分で体を動かせなかったので定期的に体の向きを変え、シリンジで水をあげ、足をマッサージし、考えれる事は全てしました。

痙攣を起こしてから2日後、苦しむこともなく、眠るように息を引き取りました。

ありがとう、ありがとう、と何度も声をかけました。

同じくらい、ごめんね、とも言いました。

そして私の住む地域の動物の火葬は、合同火葬で、火葬後は共同墓地に入らなければなりませんでした。

犬であろうと他の動物を嫌っていたププでしたので、それは受け入れれませんでした。

そこでネットで調べると、火葬できる装置のついた車で自宅まで来てくれて葬儀を行ってくれる業者さんを見つけました。

早速依頼しました。

とても丁寧に対応してくれました。

般若心経を唱えてくださり、お花も備えてくださり、ご焼香もしました。

大きなハイエースの中に立派な火葬装置があり、自宅は田舎で周辺に家もあまりなかったので、自宅前の静かなところで火葬していただきました。

火葬中は車の上から多少煙は出ましたが気になるような匂いもなく、空に向かって登って行く煙を見ながら、大好きだったププを思い出すことができました。

火葬後は家族みんなで骨揚げもして、綺麗な骨壷に入れてくれ、今でもずっと家族と一緒にいます。

30歳男愛猫を訪問ペット葬儀会社にて火葬 死を前向きに

北海道在住の愛猫家です。

2019年3月に亡くなった猫を含めると、7匹を我が家に迎え入れました。

それぞれ飼育した期間は違います。

猫は私にとって身近な存在で、さかのぼれば幼稚園のころからずっと家にいました。

25年ほど猫と暮らしていたことになります。

現在、私は両親と三人で暮らしており、姉二人は結婚して離れた場所に住み、また90歳を超えた祖母は老人ホームにいます。

その猫が我が家に住むこととなったのは、12年前です。

2番目の姉が仕事の都合上遠方に行く際に、当時姉が飼っていた猫を迎えました。

その時点で猫は2歳でした。

アビシニアンとミックスとの混血で、鳴き声がアビシニアンの特徴ともいえる「鈴を転がしたように」コロコロと鳴き、よく芸をし覚える猫でした。

その猫のおばあさんは20歳を超える長寿だったので、家族全員は飼い始めた当初から「遺伝的なことを考えると相当長生きするだろう」と高をくくっていたのですが、そうはいきませんでした。

どんどんと腰が引けたように歩くようになったのです。

様子を見ていてどう考えても状態がいつもとは違ってきていたので、動物病院に連れて行きました。

そうすると見つかった時には手遅れといわれるような、ガンにかかっていたのです。

その状態になる二週間前までいつも通りご飯は食べていましたし、食器棚の上に登って家族を見下ろしていました。

ですがみるみるうちに、腹部が引っ込み歩くこともままならなくなっていきました。

動物病院のお医者さんに「延命治療をすることもできるけど、どのみち長くは持ちませんよ」と言われましたが延命治療をしてもらいました。

ですが治療後4日で同じように歩けなくなり、また弱っていきました。

その時ずっと猫は苦しそうで、次第にもがくようになっていったのでせめて楽になってほしいと延命治療をやめ看取ることにしました。

動けなくなっていく猫を見ていた私はどこか冷めていたというか、今思えば「死」というものから逃げていたのかもしれません。

人間ってなんて勝手なんだろう、自分の都合で生き物を飼いまるで死ぬということさえもコントロールしている、そのようなことばかり考えていました。

そして死の日は訪れます。

両親は祖母の様子をみに老人ホームへ行っていたので、私一人で看取ることとなりました。

必死に立ち上がり、歩こうとしてそれでも無理でゼーゼーと呼吸しはじめました。

ずっと撫ぜて、撫ぜていましたが涙は溜まる一方で流れはしませんでした。

今まで飼った猫たちはみんな外へ出て帰らなくなり、死ぬということそのものに直面せずに大切な存在を失いました。

ですが今度は絶対に避けられない死への直面であり、きれいごとでは済まされないものごととの対峙で、愛猫の死をむかえなければなりませんでした。

そうして痛みにもがき、最期に二度、鳴き声にならないような鳴き声を出して呼吸をやめました。

その後ペットの訪問火葬をしてくれる会社をインターネットで探して、来てもらうことになりました。

実際死の瞬間に立ち会った時よりも、自分の口から「猫が死んでしまった」と言うことのほうが辛く、死を認めなくてはならないので家族や葬儀会社に電話をする時が非常に辛かったです。

火葬するまえ身体はすっかり固まっていました。

一緒に遊んだねこじゃらしを棺に入れましたが当然反応はあるはずもなかったです。

ペットロスという言葉がありますが、正直そんなことあるはずないと思っていました。

ですがここにはありました。

ガンが全身に転移していたため、火葬時間は長かったと葬儀会社の人は言っていました。

それがなお苦しめていたと思うと辛かったです。

12年の歳月があったのでこの猫との間に後悔はありません。

ですが自分自身のなかに後悔はあります。

それは一か月程経ったあと、ペットショップの猫を買おうと思ったことです。

今まで飼った猫はみな流れものでした。

命に値段はつけられるはずはないのに、ましてや必ず必要としてくれる存在のある血統書のついた猫を買おうとしたことが私の悔いる点でしょう。

アドバイスがあるとしたら、また何かしら愛情を注げられる動物を飼ってほしい。

現在我が家では身寄りのなくなり保護された、いわゆる保護猫二匹と生活しています。

大切に育てた一匹の猫が亡くなったために、二匹の猫の命が助かった。

私はそう思います。

人間はペットの生き死にをコントロール出来るのかもしれない。

ですがそれゆえに命の重さを責任を持って考えて、大切にしなければなりません。

それは命を預けられた身なのかもしれません。

また、一度愛情を注げた人ならきっと別の存在も大切にできるはずです。

そう思うことによって、助けられる命があるなら別の猫を飼うことに罪悪感を感じる必要はないと思います。

私の祖母は今でも口癖のように「猫は元気か?」と言います。

祖母の言う「猫」はもう亡くなった猫のことです。

祖母はその14歳だった猫と命の期限について、冗談交じりでしたがライバル視していました。

ライバルがいなくなれば、きっと祖母も落ち込むはずです。

祖母の中ではあの猫はまだ、元気に走り回っているでしょう。

そして私は命を繋いでくれる歴代の猫に感謝したいです。

41歳男性、愛犬が安らかに眠って貰うためにお葬式を挙げました

私は今、現在41歳の会社員なのですが以前に犬を一匹飼っていました。

元々はその犬との出会いは近所の人から貰ったものでした。

その近所の人が犬をたくさん飼っており、いつも散歩しているところを私と遭遇し、そしていつのまにか仲良くなり、そして犬をその中から一匹貰うことにしたのでした。

本来、私は正直犬や猫といった動物は苦手な方だったのですが、毎日その犬たちと出会っているうちに好きになっていた自分がいました。

ですので、私も是非一匹飼ってみたいと思うようになり譲り受けたのでした。

そして、それからは毎日私も犬との生活が始まり楽しく幸せに過ごすことが出来ました。

飼い始めた最初のころはなかなか上手にいくことが出来ませんでしたが、日を追うごとに徐々になれていき私も一人の犬を飼う人間へと変わっていきました。

食事にしてもただ餌をあげるのではなく、犬の健康管理なども考えて用意するようになっていったのでした。

また、散歩にしてもただ連れていくのではなく犬の気分も考慮して、時には普段は行かないような散歩道や場所に行きリフレッシュさせたりもしていました。

また、その為犬も喜んでくれていたのか尻尾を振ってよく遊んでくれました。

また、ある時には車に乗せて山や海へとドライブに連れていくこともありました。

犬にとっては山や海などは私よりも新鮮に感じるみたいでとても楽しみながらも緊張している様子が伺えたりもしました。

ですので、そんな時には言葉さえ解りませんが私がその緊張などをほぐすためにわざと気をまぎらわすようなことをしたりもしました。

そして、そんな日がついに終わってしまったのでした。

私の犬は最後は病気にこそなりませんでしたが、最後は年を取り老衰として死んでしまったのでした。

私は悲しくてしかたありませんでした。

ですので、私にとっては家族のようなものだったのでお葬式をあげようと思い挙げたのです。

安らかに眠って欲しいと願い供養したのでした。

本当に寂しい悲しい出来事でした。

33歳 男 ちゅん 市の火葬場 苦しかった

現在33歳の独身男性です。

約6年前に愛犬をなくしました。

出会いは、友人が諸事情で犬を飼うことが困難になってしまい、私のところに転がり込んできました。

名前はちゅんと申します。

うちに来た当時2歳のヨークシャーテリア。

きゃんきゃん常に泣いていて散歩をするときも、ご飯を食べる時も、誰かが家に遊びに来る時も常に吠えていました。

きっと、臆病者で小さいながらに吠えていたんだろうと思います。

散歩にいくとき大きな犬とすれ違う時の声の大きさは大きな犬に負けていませんでした。

そんなちゅんの調子が悪くなったのは亡くなる3か月まえのこと。

普段と同じようにご飯を与えてもなかなか食べてくれませんでした。

動物病院に通いましたが、ご飯が食べれなくなって3か月後に原因不明でなくなりました。

そのときは、何とも言えない気持ちになりました。

家族を失ったのと同じくらいの悲しさが襲ってきました。

なぜもっと、早く気付いてあげられなかったのだろうという気持ちが常にありました。

亡くなってすぐに火葬して埋葬してもらいましたが、墓をたてることはありませんでした。

ちゅん譲り受けた友人にその旨を伝えようとしましたがそれはできませんでした。

なぜならば、彼からちゅんを譲り受けたとき彼は末期のがんで僕にその旨を知らせた後に亡くなってしまったからです。

久しく彼の墓参りにいけていなかったのでちゅんがそのきっかけを与えてくれたんだなと思い、彼の墓に行きちゅんが亡くなったことを報告しました。

墓に花を手向けようと花をもっていきましたが、すでに新しい花が手向けられていました。

そこには、偶然にも友人の元恋人がいました。

その人とは共通の知り合いでもあったのでこのタイミングで偶然にも一緒になることに驚きをかくせませんでした。

ちゅんが亡くなったことを彼女に告げると2人して泣きました。

ちゅんとの思い出と友人との思い出が一気にこみあげてきて人目をはばからずにワンワンと泣いた秋空の夕方。

つらい時、悲しい時は泣いたらいいと思います。

61歳女 地元のペット霊園 お骨を持ち帰ってきて良かったのかな?

我が家のミニチュア・シュナウザーは、幼かった子供達にせがまれて飼った仔でした。

子育てと共に生きて、15歳でしたが、もう少し長く生きれたのかもしれません。

大晦日の深夜は、近くの商業施設でカウントダウンをして新年を迎えるのが家族の恒例で大晦日の深夜いつも通りに車で出かけました。

犬は、お留守番でケージに入れないでホットカーペットを通電して出かけました。

ホットカーペットは防水機能付きでカバーもかけてあり、電灯も付けって危なくないようにして出かけました。

カウントダウンをして楽しい気分で帰って来たら、犬はテレビ台のガラス戸に首を挟まれて横たわっていました。

子供達が小さい時はガラス戸にチャイルドロックをしていましたが子供も大きくなり外していました。

まさかこんな風に首が挟まってしまうなんて思ってもいませんでした。

いつもなら家族がいる時間にいなかったから家中を探し回ったのかも知れません。

涙で前が見えませんでした。

お正月気分は吹っ飛び一晩中、犬をマッサージしました。

朝方、少し動けるまで回復しました。

お正月に獣医さんはやっていないし、こんな状態なら安楽死を勧められそうで一生懸命マッサージして身体の位置を変え、温めて看病しました。

少しずつ水やご飯も食べれるようなりましたが歩くスピードや反応は極端に遅くなり急に老犬になってしまいました。

そんな状態でも半年程頑張って生きてくれましたが、だんだんと食べてくれなくなり最後は水しか飲めなくなり痩せ細って亡くなってしまいました。

お葬式は、昔からある地元のペット霊園で行いました。

お値段も手頃な霊園は、1年間個別に納骨して自由にお参り出来て、その後、他のワンちゃん達と合葬するというシステムがあるのですが、どうしても手元に置いておきたくて今もお骨は我が家にあります。

子育ての中、共に駆け抜けてきた犬なので、子供と同じでどうしても置いてこれませんでした。

あの時、テレビ台のガラス戸にロックをかけていればもう少し長生きしただろうと悔やまれます。

そして長くウチに置いてある愛犬のお骨を将来どうすれば良いかなと考える事があります。

あの時は気が動転していて置いてこれませんでしたが、最終的に合葬も良いのかもと思う事があります。

なのに愛犬の好物の芋ようかんをお供えしてあげる時はちょっと嬉しかったりします。

31歳女性 愛犬を亡くし近所のお寺でお葬式を行った 儀式によ

30代の女性です。

中学生の時から実家で16年間飼っていた犬を1年前の冬に亡くしました。

すでに結婚して実家から出ていたものの、住んでる場所から近かったために犬にはしょっちゅう会いに行っていました。

私は一人っ子で両親が共働きでいつも帰りが遅かったため、いつも寂しい思いをしていたこともあり、私が両親にお願いして買ってもらった犬でした。

犬種はパピヨンで、大人になっても小柄で、でもすごくパワフルで、この世で一番かわいい犬です。

犬が来てくれてからは、私にとてもなついてくれて愛してくれて可愛くて仕方なくて、犬とは思わず人間の弟のように扱っていました。

(オスでした)犬が来るまで生き物に対して心から愛おしいという気持ちを持つことがなかったので、自分にこういう気持ちがあるのだと言うことをにびっくりした記憶があります。

2年ほど前から高齢になった関係でやせ細ってしまい、目も白く濁り、食欲が少なくなり、散歩もあまり出なくなってしまいました。

亡くなる数ヶ月前からは認知症も始まってて、耳もあまり聞こえないようで私が呼んでもそばに来てくれる事は無くなりました。

それでも弟は弟なのでただただ老いた姿も可愛かったです。

かなり弱っていたので心のどこかで亡くなる覚悟はしていたのですが、犬が亡くなった際私は妊娠中で、我が子と犬が遊ぶ姿を見るのをいつも夢見ていたので、亡くなったと両親から聞いた時は全く信じられませんでした。

急いで実家に駆けつけると、そこには穏やかな顔をした、でも冷たくて、硬くて、全く動かない弟がいました。

両親はお葬式をしようとすぐ言いましたが、私はとにかく犬と離れたくなくてその日は遺体を抱っこして寝ました。

でもやはり次の日から異臭がしてきました。

お葬式が必要なのはわかってました。

そこで私は現実を受け止めるために、過去に撮った数千枚、数万枚の彼の写真を整理することにしました。

彼が私たちと一緒に楽しく生き抜いたということを確認したかったのかもしれません。

結局、親が予約した近所のお寺でとても丁寧に火葬と骨上げをやってもらいました。

しっかりと儀式をしたことで、心の整理もついた気がしました。

お寺でお墓を建てるのも良いですが、そばに感じたい方はおうちに骨を持って帰ってもいいかもしれません。

我が家では焼いてもらった後骨は持ち帰って、リビングに飾ってます。

実家に帰るたびに「ただいま」と声をかけます。

今でも、玄関まで吠えながら迎えにきてくれるような気がしてます。

愛犬の死と幼いながらの感情を振り返って

 私は都内の大学に通う学生です。

私の愛犬についてお話ししたいと思います。

私の家は常に動物に囲まれていました。

それは犬や猫、ハムスターから小鳥まで様々でした。

両親が非常に動物好きというのが大きかったです。

幼かった私にとっては動物と一緒にいるのが当たり前の日常でした。

私が小学1年生の当時、家には年をとった犬1匹と我が家に迎えたばかりの猫1匹がいました。

犬の名をサンと言いました。

サンは私が小学校に通い始めて間もなくの頃に天に旅立ちました。

サンとの出会いは私が生まれた瞬間からでした。

私が生まれる前、犬好きな父がペットショップで一目惚れし母に内緒で家に連れてきたのが最初でした。

そのため、私が物心ついた時からサンはよぼよぼのおじいちゃん犬でした。

動きはとても老犬らしくぎこちなく、またトイレなども決められた場所でするのがどうにも苦手で部屋の真ん中で漏らしてしまうこともたくさんありました。

子供というのは非常に正直で、私はそんなサンをあまり好きになれませんでした。

サンよりも、新しく我が家に来たばっかりの猫の方に愛情を注いでいたように思います。

サンの晩年は、ゲージの中からあまり出ることができないほどに弱ってしまいました。

母はそんなサンの面倒を一生懸命に見ていましたが、ある朝別れは突然来てしまいました。

私がそれに気づいたのは、早朝に母が慌てたような震えたような声で私をリビングに呼んだからです。

駆けつけるとゲージの中には横たわって動かなくなっているサンと深い悲しみに暮れありがとう、ありがとうとサンに語りかけている母の姿がありました。

私も冷たくなっているサンの体をさすりサンとの別れに立ち会いました。

ただ、当時の私には生き物との別れが初めてのことであり、悲しみというより困惑という気持ちの方が強かったように思います。

初めての生命の死と立ち会った瞬間、私にはことの大きさが理解できず今思えばサンにとって冷たい態度をとってしまったかもしれません。

感謝の気持ちを伝えることができなかった、それが後悔として今に残っています。

葬儀は仕事で行くことのできなかった母に変わり、当時別居していた父と私の2人で行いました。

葬儀場に向かうタクシーの中、ダンボールに入ったサンを抱えて窓の遠く先を静かに見ていた父の姿が非常に印象に残っています。

結果的に両親は離婚しましたが、サンは両親2人を繋いでいた架け橋のような存在だったのかもしれません。

サンの骨を2人で2つの骨壷におさめ、父が片方を持って帰りました。

今も父と母のもとでサンは安らかにしています。

その出来事から私は命について学びました。

生き物というのは永遠の存在ではなく死が約束された存在。

いつかは必ずその時が来てしまします。

ペットといえど同じ時を重ねていけば家族のような存在になります。

一瞬一瞬を大事にしてたくさんの愛情を注ぎたくさんの思い出を残してください。

26歳男、実家にいた時の兎、これからの愛猫

私は今一人暮らしをしている26歳の男性である。

実家を出る前に一度飼っていたペットが天国に行ってしまったことがある。

ワラビーという名前のウサギであった。

種類はアメリカンファジーロップイヤーという毛が非常に長く耳の垂れた子で今まで私が目にしてきたウサギとは全く異なる容姿であった。

確か生後半年くらいに我が家に来た子だったから亡くなった2歳というのはウサギの中でもかなり早死に該当すると思う。

私はその頃ワラビーに対して可愛らしいなという感情くらいしか持ち合わせていなく、死を知った瞬間の時の情景などの記憶を今は思い出すことが出来ない。

母親の意思で飼いだした子だったので母親は家族の中の誰よりもワラビーに対して愛情を持っていただろうと思われる。

夜中ゲージの中で少し暴れまわり力尽きて永遠の眠りに落ちるという過程だったらしい。

葬式は隣の市内にある小さなペット葬儀屋だった。

もちろん来客は私たちの家族しかいなく、空気も非常に重いモノだった。

家族は非常に悲しんでおり、父親と私を除く、母親、弟、妹は焼却前には涙を強く流していたと記憶している。

正直なところ私はワラビーが死んだということにそこまでの悲観的な感情を抱くことが出来なかったのである。

母親はその後ペットロスから鬱症状が出始めてしまい家族間の生活にも色々な歪みが生じ始めた。

家族でペットを飼っている方たちにはよくある事だが子供が大きくなり親の言うこともすんなり無条件で首を縦にふることもなくなり自分の意思を持ち、一人の人間となる。

そこに寂しさ、虚しさを抱えた親がペットを飼い足りない部分を埋めてもらう。

そんなケースの一つだったと今なら理解できて、フリでもよかったから私も悲しむべきだったなと強く後悔しているし、その後、母親を支えるべきだったよなとも感じている。

私は一人暮らしをすると同時に実家から猫を一匹連れてきた。

ミャーさんと言うとても大人しい男の子だ。

声を発する時はいつも不満があるような鳴き声で急いでいる時など少しイラっとするときもあるが決して怒らないと決めている。

もしかしたらミャーさんが亡くなった時、私は涙を流さないのかもしれない。

けど1日1日を大切に丁寧に過ごす事がとても大事な事なんだと言うことをこの記事の作成中に深く感じることになった。

20歳女 愛犬を区の施設で葬式してお墓へ 穏やか

私は2人の男の子の母であり、三匹の犬達の飼い主です。

昔から動物が好きで特に犬は大好きです。

実家にも現在2匹います。

私が結婚する前に実家で飼っていたラッキーというパグとテリアのミックスのワンちゃんの話をしたいと思います。

出会いは私が保育園の時です。

友人の家で遊んでいるとふと友人の母から私の母は犬を飼ってみないか、と言われ私は犬が大好きなので母にお願いして買うことにしました。

この子はブリーダーから譲り受けた子で私が初めて飼った犬でした。

可愛くてしょうがない反面、飼うのは初めてなのでなにもかも手探りでした。

散歩は父と一緒に土日に行き、餌やりは母と朝晩やっていました。

ですが、同時は犬を飼うことに知識があまりなく避妊手術をしてなかったこともあり、子宮の病気になり、手術をし、その他にも小さな病気をし手術をしてました。

ただ年を取ってきて15歳になってから、急に体調が急変してきました。

私も出来るだけ一緒にいるようにしていましたが、その日父と母に見守られて眠るように亡くなりました。

私の一番の後悔はその時に旅行に行っており、一緒に居てあげられなかったこと、最後を見届けてあげられなかったことです。

また、もっともっとちゃんとした知識をもっていたら長生きできたのではないか、もっと一緒にいられたのではないかと今でも後悔しています。

両親から亡くなったことを聞き、次の日帰宅すると冷たくなっていました。

私たちは区で行なっている場所で供養を行い、ラッキーは虹の橋を渡りました。

今ラッキーの灰は先にお墓の中に入っています。

父から聞くとラッキーは最後までよたよたした足で自分の力でトイレに行こうとしていたようです。

がんばったね。

いまでも思い出しては泣いてしまうこともあります。

わたしから言えるのは、今、一緒にいれる時間を大事に楽しく過ごしてください、
犬は必ずあなたより先に行ってしまいます。

なので、それまでたくさん思い出を作って大事にしてください。

犬はただのペットではありません、血のかよう大事な家族です。

64歳女性長い闘病生活での愛猫との分かれ ペット専門葬儀社落ちつく

はじめまして。

ペットは猫になります。

私の実家で行われた、愛猫の葬儀の事になります。

葬儀は2年前ほどに前なると思います。

母が5~6年前に野良猫の子猫を拾ってきたのが、その猫との出会いにな
ります。

拾ってきて、何かのはずみで、怪我をしたため、病院へ連れて行きました。

そこでの、血液検査の結果、猫によくある、感染症の病気で、猫白血病でした。

この病気は、感染病で、野良猫であれば、高い確率で、感染している場合が多いです。

ですので、野良猫を拾って、飼おうと思うなら、まず、病院で、血液検査等をして、なんらかの、感染症にかかっていないかを、調べなければいけません。

そのうえで、まだ、感染していなければ、ワクチンを打って、感染を予防することが、できます。

あいにく、もう、我が家の愛猫は、感染していたため、治療することになりました。

それは、長い、長い、闘病生活になりました。

一時は良くなったかと、おもいきや、また、悪くなるの繰り返しでした。

そんなこんなで、5~6年の闘病生活で、最後は
延命治療になっていました。

猫ちゃんも、苦しそうな、日々でした。

もう、先がないとわかり、苦しみを楽にする為、病院での安楽死という、選択肢もありました。

が母たちは、奇跡が起こるかもしれないと、断固として、安楽死は拒否していました。

私は、どちらかというと、もう、これ以上苦しむのは、かわいそうすぎるため、安楽死をしてあげるべきだと、思いましたが、母達は、奇跡を信じていた為、この、選択はありませんでした。

もう、治る見込みもなく、治療費ばかりかかってしまうのに、それでも、安楽死はさせず、ひたすら、奇跡を信じて、懸命に看病する、母達の凄さを、感じました。

愛猫がいよいよ、食事もとれなくなり、もう、時間の問題という状態になりました。

当初は、亡くなった場合は、自分たちで、直接、火葬場へ、運ぶという予定でしたが、火葬場までは、だいぶ、距離もあり、さすがに、ここ数ヶ月の看病疲れや、心労を考えると、何かしてあげなければ、と思い、ペット専門の葬儀社を、タウンページで、探しました。

今、便利なことに24時間対応のところが、多くありました。

遺骨を持ち帰るのと、帰らないのと、料金が大きくかわりました。

母達は、遺骨は別にいらないということ、でしたので、遺体の引き取り、火葬で、業者に予約依頼をしました。

亡くなったら、時間を問わず、電話をすれば、すぐに、30分以内には、遺体の引き取りに伺うという、流れでした。

愛猫は、朝方、旅立っていきました。

すぐ、葬儀会社へ電話しました。

早朝でしたが、ほんとうに、30分位で、きていただきました。

母達曰く、葬儀社の方がとても、印象の良い対応をして、いただいたということです。

こういう時の、葬儀社の方の言葉に、救われたと言っていました。

 後悔していること、これは、わかれるのですが、やはり、こんなに、苦しませるのではなく、安楽死をさせてあげる、べきだったということです。

愛猫も看病する側も苦しみすぎて、しまった為です。

 みているかたへアドバイス
     猫は、猫特有の病気があります。

その中で、猫白血病、と猫エイズがあります。

両方とも、ワクチンがありますので、感染する前に、絶対、ワクチンをしてあげてください。

そうしないと、もし、発病してしまいましたら、猫も飼い主も、苦しいおもいをします。

経済面でも、いろいろな面で、大変な思いをしますので。

44歳女 大切な猫をペット霊園で永代供養、どうか天国で幸せに

40代主婦です。

これは私が学生時代の話、もう20年以上前の話ですが、当時家族と暮らしていた家の横に、空き地がありました。

夜、そこから子猫と思しき鳴き声がずっと聞こえていました。

私の家では、少し前に事故で猫を亡くしており、その猫も捨て猫だったので「もう悲しい思いをしたくない」「猫を拾うのはやめよう」と思っていました。

が、翌朝心配になって覗きに行った母が、まだ生まれて日が浅い、汚れた子猫を見つけ、いてもたってもいられなくなり、家に連れ帰ったのが、彼との出会いです。

夜中かなり大きな声で鳴いていたので、もう少し大きな猫を想像していましたが思いのほか小さく、怪我をしたのか汚れた体を拭くと血がついていました。

大きな声は「拾ってくれ!」という彼の強いアピールだったのだと思います。

その後数年一緒に暮らしましたが、大人しかった前の猫とは違い、かなり野性的な猫でした。

前の猫はあまり外に出ることもなく、家の日の当たる窓際でゴロゴロしているような猫でしたが、彼は窓を開けろと言わんばかりに窓の金具をガリガリして、一度外に出るとお腹がすくまで戻ってこない、縄張り争いで頭から血を流して戻る事もよくあった、そんな猫でした。

病気にかかり、病院に通うようになり、弱っていく姿を見ると、元気な時とのあまりの違いに悲しくなりました。

亡くなる数日前、家を出たあと戻ってこなくなりました。

もうこのまま戻ってこないのかも…と思っていた矢先、ひょっこり顔を出し、このところ食欲がなく充分に食べられなかった食事を、ちょこっと口にしだしました。

今思えば最後の晩餐だったのかもしれません。

死に際を見せないと言われる猫ですが、最後に戻ってきてくれことには、本当に感謝です。

その後様子が変わり、病院に駆け込みましたが、移動の車の中で、私が抱いた腕の中で、もうすでに息はなくなっていました。

今彼は、その前に飼っていた猫と同じお墓にいます。

当時の家からわりと近い山の麓にペット霊園があり、そこで家族葬と火葬、永代供養をお願いしました。

あれから随分時が経ち、私は結婚してその地を離れていますが、両親はまだ当時の家に暮らしており、帰省のたびに彼らを思い出しています。

32歳 女性 最愛のデグーに負担を強いていた内容について

私の家では、高原地域に生息するデグーを3年前から飼っておおりました。

飼った当初は、ハムスターと違い手の上に乗ってくれたり懐いてくれるデグーに大満足でありました。

しかし、私達が済んでいる場所は非常に僻地で海に囲まれた地域でありましたので、長期帰省する際には、お互いの実家にデグーをゲージごと乗せて、お互いの実家に帰省すると言う形でデグーにつきましては、非常にストレスがかかることをしてしまいました。

デグーに気を使うような形でサービスエリアでは、必ず、ドライバーが一人残って、空調を利かすような形で温度管理を怠らないようにしました。

しかし、妻の実家で一度驚くべきことがありまして、妻の実家では、猫を2匹飼っているのですが、その2匹の猫がそれぞれ、家の中でも歩き回るし、外にも出ると言う形で、非常にどこでも行く猫でありました。

デグーにつきましては、涼しい納屋で、休んでもらうような形で、納屋の奥にクーラーをかけるような形で、特に高原の生物でありますので、涼しい場所に元々生息していることから、夏場についての温度管理だけは慎重にするように心掛けました。

しかし、ある晩に、妻のお母さんが、納屋に物を取りに行った際に、猫がデグーを凝視するような形で、ゲージの真近くでデグーを凝視していたのです。

デグーについては、警戒音を発するような形で、聞いたことのないような声を発していたと言うことで、妻のお母さんはすぐにデグーを家の中に移動させてくれました。

毎年、そのようなことが続き、やはり、デグーにもストレスが溜まっていたのでしょうか?満足にゲージの外にも出してあげることが中々できず、今年の夏に横に倒れ込むような形で目を閉じた状態で伸び切って硬直しているデグーに思わず涙してしまう形でありました。

埋葬としましては、僻地でありますので、ペット葬等はなく、家族で専用のお墓となります、安置ベッドをティッシュペーパーの箱で簡易的に作りまして、そこにベッドとなりますティッシュペーパーを敷き詰めて、更にティッシュのお布団をかけてあげるような形で、1日は、一緒に過ごしました。

その後は、近くに埋葬する形で、デグーを見送りました。

64歳女性 愛犬をペット霊園でお葬式 ありがとう

シニア女性です。

今は夫と二人暮らしです。

子供と3人アパート暮らしから、今の家に移った頃あの子と出会いました。

そこは郊外の繁殖センターでしたが、繁殖センターと言いながら、ゲージにいたのはその子だけでした。

痩せっぽちで毛並みも良いとは言えない茶色いシェルティでした。

予約もせずに行ったのでしょうがないとは思ったものの、帰ろかとしていたら、当時小学校2年生の息子が私の手を握りもそもそとしているのです。

「どうしたの?この子がいいの?」と尋ねたら、「うん」。

家に連れて帰ると、それはそれはキュートなお嬢ちゃんでした。

お目目が特に可愛かった。

寂しがりやで、少しでも人の気配がなくなると「クンクン」と泣いている子でした。

その子の成長は、息子の思春期への成長と同じ時間を過ごすことになります。

小学校時代はよく息子と3人で散歩をしました。

レジ袋にちり紙を入れて、息子もウンチをちゃんと拾いました。

よく思い出すのは道路に雪が残っている冬のことです。

その頃息子は九九を習ったばかりで毎日練習でしたが、散歩の時にも私も一緒に九九を口にしながら歩いたのを覚えています。

とても幸せなひと時でした。

息子は一人っ子なので、兄弟がいないせいか、いつの間にか自分のことを「おにいちゃん」とその子に向かって話しかけるようになりました。

本当に中のいい二人でした。

学校で嫌なことがあって塞いている息子に体の一部をくっつけて、いつまでもそばにいてくれていました。

息子が中学に入ってすぐ、部活でのいじめで息子は学校を休みがちになったり、気持ちが不安定になったりしました。

その延長戦で、ものを投げたり、壊したり大きな声を上げることもありました。

同じ頃、夫もまた精神的に荒れていました。

主に仕事のことなのでしょうけれども「面白くない!」「黙れ!」などと怒鳴り散らし、壁を蹴って穴を開けたり、ものを投げてガラスを割ったりと散々な状態でした。

その場に息子はいないことが多かったのですが、一番の被害者はもしかしてこの子だったのかもしれません。

怯えた様子で私に寄り付いてくることが多かったです。

嵐がすぎると嘘のように穏やかそうに見える人になる夫ではありましたが、私もこの子も心の中にある恐怖や怯えなどは拭い去ることはできませんでした。

家庭内はというより、夫を入れた家庭は「家庭」とは言えない状態でした。

そうこうしながらも、息子は大学受験を終え、1000キロも離れたところにある大学に行くことになりました。

そのころは震災のあった時期で、鉄道は動いていない状態でしたので早朝の長距離バスに息子を送っていき、自宅に戻った頃には夜が明けていました。

家の中を探してもいつもの自分のベットにその子がいません。

探し回ると、主がいなくなった息子の部屋に東の窓から日が差し床を照らしていました。

そこにその子はポツンと丸まっていました。

大好きな「にいちゃん」がいなくなったのがわかったのだと思います。

その頃には心臓が弱くなっているのを感じました。

散歩に連れて行っても歩きたがらず、抱っこをせがむこともありました。

でもバカな飼い主はまさか死が近いことなど考えもしませんでした。

ある時、夫が急に医者に連れて行くと言いだしました。

私たちは小さな会社を経営しており、その経営状態は常に危うい状態でした。

常に金は不足し、そのため息子にも遠くの国公立大学に行ってもらったのでした。

そんなこともあり、その子に医療費をかけることも控えめにしてしまっていました。

ギリギリになって医者に連れて行っても、もはやあとは見送るだけなんでしょう。

私にはわかりました。

でも夫は、入院入院と訴えていましたが、お医者さんの態度には「自宅で見送ったほうがこの子の幸せになるのでは」というのが見受けられたし、私もそうだったのでそのまま抱っこして家に帰ってきました。

その頃にはチアノーゼも見られるようになっていました。

その晩、私が寝ている部屋にその子がよろよろとやってきました。

寝ている私の周りをぐるぐると回り始めたのです。

心臓が苦しそうでした。

ハアハアと息をしているその子を横にならせようとしたのですが、横になるのが返って辛いようでしたので、起きてこたつに入り、しばらくの間その子を抱っこして心臓に圧迫がないようにしていました。

そこに私の悪魔が訪れて、「そろそろ寝ない?」とその子をいつもの寝床に連れていき、私もそのまま寝てしまいました。

それはその子なりの別れの挨拶だったのかもしれません。

翌日も、夫は医者に連れて行こうと言い張りました。

そういう時の夫はだだこね状態みたいになるので、その通りにするしかありませんでした。

医者の対応は同じでした。

自宅に戻ると夫は仕事に出ていきました。

ソファにその子を寝かせ対面式のキッチンで洗い物を始めたら、その子は起き上がって私を見つめたと思ったら、ソファからおり、そのまま気を失いまhした。

びっくりして近寄ると体は力が抜けふにゃりとした感じでした。

名前を呼びかけるとふっと、力が少し入ったようでちょっと起き上がりましたが、またいっとき命が遠のきはじめ、体の力が抜け力尽きようとしましたが、再度名前を呼び、体をさすると再び目を開けました。

足元に抱いて名前を呼び続けると、じっと私の目を見ていました。

瞳孔が少しずつ大きくなるのがわかりました。

そして私の目を見続けながら、その子は召されました。

そのあとは体を拭き、タオルケットに包み、周りに花をあしらって、葬儀の準備や予約をして、息子の帰りと夫の帰りを待ちました。

葬儀の予約をとり、翌日火葬の前に冷たくなったその子の頬に、私の頬を寄せました。

息子も同じようにしました。

後悔はあります。

医者にもっと早く連れて行けばよかったとか、家庭内の問題をこの子の命にも影響を及ぼしてしまったのではないかとか。

でも、息子も私も楽しかったたくさんの思い出があります。

今でも彼女はそばにいます。

冷たいかもしれませんが、まずはいきている人間です。

ペットはその次の対応になってしまうのはやむを得ないと思っています。

それでも、彼女は家族でした。

ありがとう。

35歳男 ゼブラウツボのお葬式をしてもらい、感動しました

ウチの会社の社長が、ある日突然会社の玄関に縦1m、横3m、高さ1mの巨大水槽を買いました。

海が好きなので海を常に身近に感じたい、とのことで熱帯魚やイソギンチャクなどを大量に飼い始めました。

その中でも一番身体が大きくて長い、白黒しましま模様のゼブラウツボがいました。

体はデカイのにとても臆病でいつも水槽の隅の方に居て、餌を食べる時にだけ顔を出してくれるとてもかわいいヤツでした。

ある日水槽を見ていると、小さな魚たちがゼブラウツボを虐め始めました。

身体をアチコチ突かれてみるみるウチにキレイなしましま模様が無くなっていきました。

それを見かねてウチの社員は、囲いを作ってあげて避難させてあげてたのですが、小さな魚たちはその囲いを通り抜けて虐めます。

それから約2年、いろいろと対策をしましたが、ゼブラウツボはもっと臆病になってしまい、ある日の朝に亡くなってしまいました。

見た目はちょっと怖いのですが、目がとてもキレイでだんだんかわいく見えていたので、亡くなった日はとても悲しくなりました。

そんな自分を客観的に見ても愛情を持って育てていたんだ、と思いました。

熱帯魚はとてもデリケートな生き物なので、水質や水温などが安定していないとスグに体調を壊し、亡くなってしまいます。

今まで何匹もお亡くなりになったのを見てきましたが、このゼブラウツボだけはお葬式をしてあげようと、とういうことになり、会社の経費でペット専用のお葬式をしてあげることにしました。

プライベートでペットを飼ったことがなかったので、ペットのお葬式ってどんな感じなんだろう?と思ってましたが、人間と同じ形式でした。

お坊さんも、親身に故人(ゼブラウツボ)のことを聞いてくれて、慰めてくれて、ホントに良いお葬式になりました。

後日、水槽にはもうゼブラウツボはいませんでしたが、時々水槽の隅っこに隠れているのではないか?と思い、思わず覗いてしまうことがあります。

30歳女愛犬とペット葬儀専門場でお別れ、後悔は何もない

私は現在30歳のシングルマザーです。

子どもは4歳の娘が一人います。

お葬式をしたのはフレンチブルドッグの「バロン」という名前でした。

バロンは私が高校生の時、両親がフレンチブルドッグのブリーダーの所で購入し、飼い始めました。

バロンの両親はどちらも血統書付きで、ペットショップで見かけるフレンチブルドッグとは比べものにならない位、筋肉質でした。

子犬でありながら腕も足も引き締まっていて、迫力がありました。

小さい頃はやんちゃで、犬に慣れていない私は飛び付かれ、怖くて泣きそうになったこともあります。

でも、一緒に過ごす日を重ねていくうちに、バロンを家族の一員と思えるようになりました。

きっかけは私の鬱病でした。

高校に通うことが出来ず、一日中ベッドの上で寝込む私の様子を、バロンが度々みに来てくれるのです。

度々、私のベッドに潜り込み、身体をピッタリ付けて一緒に眠ることもありました。

精神的にドン底だった私はバロンに癒され、少しずつ前向きに病気と向き合えるようになりました。

そして、数年後、私は結婚。

その頃には、抗うつ剤無しでも生活が出来るくらい回復していました。

当たり前ですが、バロンはだいぶおじいちゃんに・・・。

結婚後も、たまにバロンに会いたくて実家に帰りました。

そしてバロンに元気をもらいました。

やがて、私はお腹に新しい命を授かりました。

バロンと子供を会わせることがとても待ち遠しかったです。

しかし、臨月間近になった頃、母から電話がありました。

「バロンがそろそろだから、会いに来てあげて」と。

急いで駆けつけると、バロンは痩せ細って、フラフラしていました。

もう、走り回ったり、飛びついて来たり、一緒にベッドでゴロゴロしたり出来ないんだ、と思って涙が出ました。

私は数日続けてバロンに会いに行きました。

会う度、命の火が消えようとしているのが分かって辛かったです。

そして、数日後バロンは眠るように亡くなりました。

バロンのお葬式をあげることは、家族全員一致で賛成でした。

「ペット」を超えて「大切な家族」だったからです。

バロンのお葬式は、人間のお葬式とほとんど同じ流れでした。

棺桶の中で冷たくなって眠るバロンに花を手向け、見送る時は涙が止まりませんでした。

「ありがとう」と何度言っても足りません。

バロンのお骨はお墓に納めず、今も実家に置いてあります。

お腹にいた娘は4歳になり、バロンのお骨の前に摘んだ花を飾ったり、お話したり、家族の一員だと思っているようです。

お葬式が出来たことは本当に良かったです。

ペットも家族の一員・・・もし、大切な家族の終わりの日が来たら、ぜひ、お葬式をして、たくさん「ありがとう」を伝えてあげて下さい。

43歳女、愛猫を近所のペット霊園でお葬式をあげ気持ちの整理がつく

北海道在住の43歳の女です。

現在は夫と猫1匹と暮らしています。

今の猫と暮らす前に、推定15歳で亡くなったオス猫を飼っていました。

そのオス猫との出会いは、当時住んでいた賃貸アパートの階段で夫が拾ってきたのです。

まだほんの子猫でした。

ほぼ迷いなく一緒に暮らすことになり、10年以上もの間、病気らしい病気もなく穏やかな日々を過ごしていました。

飼い主なら一度は思う、「この子はものすごく長生きをするのでは?」とも思っていました。

しかし、14歳を迎えた頃から徐々に痩せていき、病院に連れて行ったところ、腎臓病であることが判明しました。

しかも治療をしても余命半年程と言われ、そこで初めて現実を突きつけられた気分でした。

そう遠くはない未来に確実にお別れすること。

治療はどのような形で行うものなのか。

費用の負担はどの位かかるのか。

不安だらけで泣いてばかりいました。

ペットを飼っている他の方の助言をもらいながら、いい動物病院を紹介してもらい、親切な獣医さんの許、自宅で点滴をしていくという選択をしました。

私と夫2人がかりで点滴をするのですが、慣れるまでは本当に大変でした。

嫌がる猫を夫がなだめすかして抱き、私が針を刺してそのまま注入していきました。

ほとんど祈る気持ちで。

最期の方は毎日行っていました。

そして、いよいよその時がきて。

今日か明日かという期間が1週間程あったのですが、その時には点滴を止めて、ただただ見守るしかありませんでした。

お葬式は近所のペット霊園で行いました。

緑豊かなのどかな場所で、川も流れており、その日はとても天気がよく、風が気持ちよかったのを覚えています。

お骨になるのを待つ間、施設の中の待合室ではなく、外で青空と煙を見上げていました。

なぜか2人ともやり切ったような、節目をつけたような気分でした。

私達が悲しいながらも、どこかその日の青空のようにすっきりとしていたのは、多分看病していた半年で十分なお別れの覚悟をしていたからだと思います。

徐々に悪くなっていく数値、増える点滴の頻度、その節目ごとに一段と覚悟を深め、生きている瞬間を味わえたのだと思っています。

ですから、後悔というものも実はありません。

あるのは、感謝だけです。

今ペットと暮らしている方は、今生きているこの瞬間を大切にしてください。

あなたがペットといて楽しいのであれば、ペットの方も楽しんでいますよ。

44歳女性 愛猫を動物霊園で見送っていただき愛猫に感謝の気持ちです

私は今まで、5匹の猫や1匹の犬を見送ってきました。

いつも送り出すときは、寂しい気持ちでいっぱいですが、それ以上に多くの物をペットは与えてくれました。

現在も、2匹の猫と1匹の犬を飼っています。

今年、ビビちんが突然なくなりました。

ビビちんは、今飼っている2匹の猫の子供になります。

ビビちんは、とっても臆病で、でも人懐っこく、ご飯が終わるといつも撫でてと頭をすり寄せてきました。

もともと、腎臓が悪く、一時は死の淵を彷徨うくらい弱っていましたが、食事療法により、みるみる体重も増え、最近では、病気だってこと忘れるくらい元気になっていました。

そんな日はある日突然、やってきました。

前日までいつも通りご飯をたくさん食べていたのに、今日はご飯にも来なくなって、部屋の隅の方で丸くうずくまっていました。

翌日、病院に連れて行き、先生に見ていただきましたが、原因は分からず、そのまま入院することになりました。

先生からは今夜がヤマだと思うと言われ、懸命に生きようとしているビビちん。

「頑張れビビちん」
翌日、病院から連絡があり、ビビちんはお星様になりました。

7歳でした。

早すぎる死と、無力な自分に涙が止まりませんでした。

なんでもっと異変に早く気づいてあげられなかったのだろう。

ダンボールにビビちんを入れ、家に連れて帰りました。

玄関で、3匹の家族が待っていて、犬のらんまるは、ビビちんが帰ってきたと思ってたようで、嬉しそうに出迎えていました。

でも動かないビビちんを見て不思議そうな表情をしていました。

動かなくなったビビちんの最後のお別れに、動物霊園に連れて行きました。

私が利用した動物霊園は、きちんと葬儀場があり、お花も用意されていて、簡単ではありますが、儀式的なこともしてくれます。

「今まで一緒に過ごしてくれてありがとう」
「今まで楽しい思い出をたくさんありがとう」
このように形にしたことで、感謝の気持ちで見送ることができました。

死んでしまったペットのお見送り方法はいろいろありますが、自治体では、専門業者を案内しています。

2度ほど利用したことがありますが、家の前で引き渡し、そのままどうなったのか分からないこともあって、ちゃんとお別れができなかった気持ちが残ってしまいました。

できるなら最後まできちんとお見送りしたい気持ちがあり、私は、最後のお別れに動物霊園を選びました。

病院で紹介していただいた動物霊園は、共同での埋葬になりますが、再び訪れた時は、きちんとお参りする場所もあり、定期的にお坊さんがお経をあげて祀ってくれます。

また、お墓を作りたい方には、お墓も作ることができます。

費用は、専門業者にお願いするよりも、少し高いですが、気持ちの整理もつきますし、今まで一緒に過ごしてきた大切な家族をお見送りするには、動物霊園をお勧めいたします。

23歳女 愛犬を埼玉県内のマイペットセレモニー まだ悲しいです

私は都内で会社員として働いています。

実は今年の新入社員で社会に出てまだ4ヶ月弱です。

私が飼っていたのはチワワです。

きっかけは、小学一年生の頃、祖父と東京タワーへ遊びに行った際に、手のひらサイズのチワワのぬいぐるみを買ってもらったことです。

まだ幼くて私は知らなかった事ですが、祖父はその時すでに癌に侵されており、東京タワーへ行った一年程後に亡くなりました。

祖父が亡くなった少し後に、チワワのぬいぐるみで遊んでる私を見て、東京タワーへ行ったにも関わらず、なぜチワワのぬいぐるみなんだと両親が笑いながら私に言うと、本物のチワワ見に行く?とペットショップへ。

その日のうちにチワワを連れて帰ってきました。

小学2年生の頃です。

当時チワワは本当に小さくて、父親の手に収まるくらいだった記憶があります。

私は妹が2人いるので、誰がチワワを抱っこするかでよく喧嘩したり、離れたくなくて学校をズル休みしようとしたり本当に可愛くて可愛くて仕方なかったのです。

そのうち中学生になると部活が忙しくなった私は、お散歩にも連れて行かなくなり、高校生の頃は部活のためほとんどチワワとは遊ぶことがなかったです。

それでも部活や大学受験の勉強で塾から帰った後に、寄ってきてくれるチワワにたくさん癒されました。

大学に入学してからは、なんとなくチワワの行動が遅くなったように感じましたが、まだまだ大丈夫と思い、特別一緒にいる時間や遊ぶ時間を設けずにいました。

私の頭ではチワワの平均寿命は16年程だし、うちのチワワは確実に長生きするからまだまだ大丈夫だろうと思っていました。

しかし、ちょうど今年の頭、大学を卒業する少し前に亡くなってしまいました。

社会人になったら可愛い服買ってあげるねと話していた矢先。

その頃は卒業論文が忙しく発表会まで切羽詰まっており正直亡くなる前の3ヶ月はほとんどチワワと遊んでいませんでした。

落ち込んだまま社会人になり、疲れた時に癒してくれるチワワがもういない現実に未だに涙が出ます。

父の意向でお葬式をあげ納骨をしたものの、まだまだ家族の傷は癒えません。

お葬式はお別れの儀式ですので、自分の愛するペットのためにも行うことをお勧めしますが、お葬式をして供養をしても飼い主の傷が癒えないのは当たり前です。

だから、ゆっくり思い出に浸って、いつか良い思い出に変えられたらなと思っています。

無理に元気を出そう、気を紛らわそうとせず、悲しみに向き合って時間が解決するのを待っても良いのではないかと考えております。

28歳女 愛猫を馴染みの動物霊園で 心の整理が出来た

出会いは私が高校生の頃。

駅の駐輪場へ歩いていると、うずくまっている女性がいました。

具合が悪いのかと思い「大丈夫ですか?」と声をかけると、女性の膝の上には猫がいました。

「動けなくなっちゃって」と笑う女性に肩の力が抜け、2人でどうしようかと話し合いました。

結果、親とも話し合いとりあえず私の家で保護をし、里親を探そうという話にまとまりました。

里親はすぐに見つかりました。

私です(笑)

お世辞にも可愛いと言えない風貌をしていた彼ですが、それは栄養失調やストレスが原因だったようで
ガリガリだった身体もすぐにふくふくに、吊り上がった目もまんまるに変化しました。

私は彼が大好きでした。

猫と虫が大嫌いで、でも人間は大好きだった彼が、大好きでした。

彼が我が家へ来てから11年目の秋の事でした。

今日は残業がなくてよかったな、なんて思いながらスマホを見ると、母から電話がたくさん、メールが1通届いていました。

彼が亡くなった知らせでした。

会社の前で突然、世界が終わったように目の前が真っ暗になりました。

嘘だ、まさか、そんな思いで帰宅すると、いつもの寝床で彼が横になっていました。

私はあまり、人前で泣きません。

家族の前でもそうです。

ペットを亡くしたのは今回が初めてではありません。

しかし、彼は私の猫でした。

はじめて、私が責任を持つ猫でした。

声を上げて泣きました。

何故かこの子だけは死なないなんて馬鹿なことを本気で信じていました。

当時、仕事が忙しく、あまり遊んであげることが出来ませんでした。

彼に掛けた最後の言葉は「行ってくるね」でした。

私が彼に、最後に「大好きだよ」と言葉にしたのはいつだったでしょうか。

いつだってそばにいることが当たり前だったので写真もあまり撮っていませんでした。

写真も、動画も、なんだって記録として取っておけばよかったと今でも後悔しています。

我が家へ来てくれた動物たちは皆、動物霊園でお葬式をします。

彼も、翌日の早朝に予約を入れ、お葬式を上げました。

「この子がいた日常を懐かしんでください。

ああ、この子がうちに来てくれてよかったなあと、思い出してあげてください。

この子が来てくれたおかげで、私たちは幸せな毎日を過ごすことが出来た。

ありがとう、と、感謝してあげてください」
そう、お坊さんはおっしゃいました。

悲しんでばかりだった私は、彼への感謝を忘れてしまっていたのです。

その言葉のおかげで、少しだけ目の前が明るくなりました。

いなくなって初めて分かることがあります。

どんな些細な事だって、「ああしてあげればよかった」と後悔するものです。

それは仕方のない事だと思います。

ですがこれだけは常に伝えてあげてください。

「君のことが大好きだよ」って、撫でながら言ってあげてください。

それできっと、ひとつだけですが後悔が減ります。

動物に対してでも、言葉ってきっと大切なんです。

44歳男愛犬を公営の火葬場した結果自分なりに出来たかな?

30代独身だった頃仕事上のふとした出会いから犬を飼うことになりました。

それは同僚の一人が転勤となり、移動先で犬を飼えないことが理由で、いわゆる里親を探していたことを耳にしたのです。

ある意味仕事上で信頼しあえる仲であったため欲しいの一言に二つ返事でOKとトントン拍子に話は進み引っ越し当日受取に行きはじめてのご対面。

理想と現実の違いと言うか犬への理想としてダックスやチワワもしくはフレンチブルと高価な犬を飼うことを理想としていた、自分の理想とは違い譲っていただいた犬はシーズー犬、結果から言えばいい出会いでした。

飼い主に似るを絵に書いたような一人と一匹の関係、お互いにきのみきのままお互いの時間尊重しあったような関係。

それが良かったのかわるかったのか?思い出となる写真の少なさ、もっといろんなところへ連れていってあげたかった、いろんな美味しいものを食べさせてあげたかった、そんないろいろな思い出を写真にのこしてあげれなかったことが後悔です。

ペットを飼った生活の中でブリーダーの方との出会いもあり、長生きした結果訪れる死に対しても、人並みには対処できたのではないかと自分なりに評価しています。

葬儀に関してもそんなブリーダーの方のお手伝いもあり公営の火葬場にて無事に旅立たせてあげれたことに感謝です。

しかしながら、やはり後悔は写真の少なさ、毎日共に行動しないにしても日本には四季があるように季節季節の変化があるように、自分に興味のない飼い主だから余計に飼い犬の変かにも気付けづにいたのかな?と人同士以外にも自分にも興味を持たなきゃと勉強させられたペット飼育でありました。

やはり手軽さから今のペット事情として散歩の際にスマホで手軽に写真で表情をとらえることが出来るわけだから、ちょっとした思い出も逃さずシャッターチャンスととらえる様行動が変わった気がします。

一つでも多くの思い出を記録することをおすすめいたします。

42歳女性突然の別れ 病院で紹介してもらった愛犬霊園で葬儀 命は大

私は現在42歳の主婦です。

実家で飼っていた愛犬の話です。

私が14歳の時に我が家へ来てくれた愛犬インディ。

父が動物愛護センターから引き取り飼うことになりました。

甲斐犬とシェトランドシープの間の子ミックス犬です。

愛護センターでは私を僕を見て~!っとアピールするワンちゃんがいる中で、インディは隅っこの方で丸まり大人しくしていた様です。

そんなインディが父と目が合い父はこの子だ! と怯えている様なインディを抱えすぐに決めて我が家へ連れて来てくれました。

当時私は思春期で親との会話も少ない時期。

初めてインディが来てくれた時は驚きと可愛い!久々に素直に喜んだ記憶があります。

インディは男の子です。

男の子とは思えないほどお顔が優しく癒し系です。

インディと言う名前は母が名づけました。

映画インディジョーンズ3のシーンで主人公の名前は犬から取ったんだよと微笑ましい物語です。

それからは日常に命を大事にしていく事を学べた日々でした。

中学生、高校生、大学生の頃も可愛いがってお世話が大変で嫌だと愚痴っていた時もありました。

その都度両親は命を大事にすることを教えてくれていました。

私が社会人になって彼氏が出来てうちへ連れて来るとインディはヤキモチを妬き来るな~っと彼氏に吠えていた時もありましたね。

そして…。

12年の月日が流れまだ寒い3月。

我が家は家族全員、フルタイムの仕事でなかなか家にいれる時が少なくなっていました。

たまたま私がいつも休みではない平日火曜日。

インディは普通に横になっているように見えていました。

ご飯だよ~と声をかけるといつも元気に駆け寄るのですが、インディは横になったままでした。

どうしたの~?元気ないのかな?とヨシヨシさながらお腹を触るといつもの感触ではありませでした。

腹水が溜まりボールの様な固くなったお腹でした。

驚き冷静でいれなくなりインディ!病院!
抱えようとした時尿が出るようにジャーっと肛門から水が流れ出てきました。

そして病院に連れて行きましたがそのまま逝ってしまいました…。

心の準備なんて全くなかったので両親に泣きながら電話をし次の日は近くの動物の葬儀をしてくれる所に頼みました。

火葬後、お腹のある一部分だけ黒く燃えない箇所がありました。

おそらく癌だったのではと伝えられました。

本当に悲しみでしばらく心が塞ぎお話が出来ないインディにもっと寄り添う事が出来たのではないかと何度も考えました。

今は娘がいてこれから犬を飼う事がありましたら私は娘に命の尊さと寄り添いながら一緒に暮らせたらと思っています。

29歳女・ハムスターを隣市のペット霊園でお葬式をし、区切りがついた

こんにちは。

29歳、既婚、事務職の女です。

子どもはいませんが主人とふたり、仲良く過ごしています。

私たちが初めてお迎えしたペットは、キンクマハムスターの女の子でした。

春の季節にお迎えしたから、名前は「はる」ちゃん。

家に来たときはとても小さかったはるちゃんはみるみる大きくなって、活発で好奇心旺盛なおてんば娘になりました。

その割にビビりなところがあって、とってもかわいい子でした。

そして、絶対に人の手を噛むことをしませんでした。

当時、私は精神病を患っていました。

症状は酷く会社も休職状態、毎週のように通院していました。

そんな私を癒してくれて、復職できるまでに回復させてくれたのは紛れもなくはるちゃんでした。

はるちゃんは小さいけれど、私の中で何より大きな、大切な存在でした。

ある日、はるちゃんの左目の上に傷があることに気づきました。

血は止まっているようですが、深い傷のようです。

いったいどこで?いつ?
狼狽しましたがその日は夜遅く、翌日に動物病院に連れて行くことにしました。

病院へ連れて行ってから一週間で、はるちゃんはお空へ昇っていってしまいました。

目の傷にバイ菌が入り、化膿して感染症にかかったのかもと先生は仰っていました。

一週間、毎日のように通院し、投薬したり傷口に処置をしてもらったり、点滴をしてもらいましたが、助かりませんでした。

はるちゃんが息を引き取るまで、私と主人は傍で見守っていました。

はるちゃんは息を引き取る間際、手を伸ばしたのです。

私ははるちゃんの手をそっと指で触りました。

それからすぐ、はるちゃんは息を引き取ってしまいました。

悲しくて苦しくて、それでも私は泣き崩れることはしませんでした。

すぐにはるちゃんのお葬式の準備にかかったのです。

亡くなったのは早朝でしたが、今日中に行わなくてはいけないと思い、悲しみより先に体が動きました。

ペットのお葬式は生まれて初めてのことでした。

とりあえず、ネットで今日中に葬式を執り行ってくれて、自宅からそんなに離れていない霊園を検索し、連絡を取りました。

霊園の方は快く応じて下さいました。

ハムスターならばティッシュ箱などを利用して安置する方が多いと教えて頂き、火葬できるものやできないものも教えて頂きました。

教わった通り、ティッシュ箱にやわらかいタオルを敷き、はるちゃんを寝かせます。

はるちゃんが好きなごはん、おやつ、私たちの写真を一緒に入れました。

それから、霊園に行く途中の花屋さんで、はるちゃんに似合いそうなお花を買い、はるちゃんの周りに敷き詰めました。

ペット霊園に着くと、スタッフの方から葬儀、火葬、供養の説明がありました。

私たちは個別火葬、つまりほかのペットと一緒に火葬することはせず、はるちゃん単体で火葬してもらうことにしました。

お骨は後日、自宅へと持ち帰ることにしました。

葬式は私と主人二人だけで、お経を読んでもらい、ご焼香をしました。

ここでようやく、はるちゃんが死んだことの悲しさが波のように押し寄せてきました。

涙が止まりませんでした。

火葬の前に、はるちゃんの姿を見せてもらいます。

花の中で眠るはるちゃんを見て、嗚咽しました。

はるちゃんを焼かないで。

いなくならないで。

そんな思いでいっぱいでした。

はるちゃん、ありがとう、おやすみ。

そんな言葉をかけることしかできませんでした。

帰りの車の中でも、私は泣いてばかりでした。

家に帰ると余計にはるちゃんがいないことの喪失感がすごく、家の中がとてもさびしく感じました。

私が、もっと早くケガに気づいてあげられていたら。

ケガをしないようにもっと気をつけていたら。

もっと治療に専念できたんじゃないか、もっとできることがあったんじゃないか、投薬も処置もはるちゃんにとっては痛くてつらかっただろうから、そんなことしないほうがよかったんじゃないか、私は治療のためにひどいことをしていたんじゃないか……。

もっといろんなごはんを食べさせてあげればよかった。

もっといっぱい遊ばせたかった。

後悔ばかりでした。

胸が痛くて苦しくて、涙が止まりません。

それからしばらくは、仕事が終わってもすぐに家に帰らない日が続きました。

はるちゃんのいない家に、帰りたくなかったからです。

お骨を受け取りに行く日、また主人とふたりで霊園を訪れました。

白いカバーがかかった小さな骨壺。

これがはるちゃん?なんだか信じられませんでした。

でも、家の中にはるちゃんが帰ってきてくれたんだと思うと、少しだけ安心したようにも感じます。

それから毎日、出勤前にははるちゃんに声をかけています。

仕事から帰れば、ただいま、と声をかけます。

今でも、はるちゃんは私たちにとってかけがえのない存在です。

ハムスターの寿命が短いことはわかっていました。

でも、一年にも満たなかったはるちゃんの命は短すぎました。

今振り返っても、それは私のせいなのではないかと自責の念に駆られます。

きっとずっと、変わらず後悔し続けるんだと思います。

でも、後悔とは別で、お葬式自体はやってよかったと思っています。

子どもの頃はハムスターが死んだら裏山に埋葬していましたが、今ではそれなりの都会に住んでいるのでそんなわけにはいきません。

火葬したことでお骨を持ち帰ることができ、はるちゃんはずっと家の中にいてくれます。

葬式は人間の自己満足かもしれません。

でも、そうでもしないと気持ちに整理がつきません。

区切りもつきません。

自己満足でいいと思います。

私は自己満足です。

大切なはるちゃんを、しっかりした霊園で人間と同じような葬式をしてあげたかったのです。

はるちゃんはまるで、私たち夫婦の子供のような存在でしたから。

今後、はるちゃんの黒位牌を作成してもらい、仏壇もきちんとしたものを購入する予定です。

やるからにはそこまできちんとやりたいのです。

骨壺の前にははるちゃんの写真が飾ってあります。

写真の中のはるちゃんは、幸せそうに眠っています。

同じように今、安らかに眠ってくれていたら。

後悔ばかりの私ですが、心のどこかでそんなふうに思っています。

はるちゃん、ありがとう。

大好きだよ。

はるちゃんはずっと、私の大切な子だよ。

骨壺が目に入る度、そんな言葉が自然と胸に浮かびます。

33歳男 親戚宅の柴犬を寺で葬式した時、別れで気分は悲しかった

 私は、33歳の男性です。

私は実家の近くに親戚がいて、私は高い頻度でその親戚宅に伺っていて、その親戚宅にいる中型犬の柴犬と良く遊んでいました。

仮名でJとします。

今回は、そのJが亡くなって葬式をした時のことを書きます。

 私と上記のJの出会いは、そのJを親戚宅が友人から貰ってきた時、私もちょうど親戚宅にいたので、その時に出会いました。

そのJは貰われてきた時には5歳ぐらいでした。

しかし、親戚宅の人々、時々遊びに行く私にもなついてくれました。

そのJは、普段は、家の外の親戚宅の日曜大工が得意な方が作った犬小屋に住み、
親戚宅を強盗などから守る番犬としても活躍していました。

また、Jは、人々からもらった遊び道具や、散歩中に拾ったものを、J自身の犬小屋のあたりの土を掘って、そこにそれらを入れて、土を持って隠すという癖がありました。

その癖は、何のためにやっているのか、親戚宅、私も良く分かりませんでしたが、その行動が可愛らしいので、みんなから可愛がられていました。

 そのようなJも、15歳くらいの時に亡くなりました。

親戚宅の人々、私もとても悲しい気持ちになりました。

その後、Jに対して、親戚宅方は葬式をやることを決意しました。

葬式をやる場所を調べ、親戚宅方の家の近くの曹洞宗に属する禅寺が犬の葬式をやっているということを知り、そこで葬式をすることにしました。

葬式の内容は、まずお坊さんがJのためにお経を読んでくれ、次にそのお寺内にある火葬場でJを火葬するというものです。

それに、納得した親戚宅方は、私もJの葬式に誘ってくれ、その葬式の日を迎えました。

親戚宅方は、Jの死体をタオルのようなものを何枚も使って包み、車で、親戚宅方の家の近くの曹洞宗に属する禅寺に運びました。

 Jが目的地の寺の祭壇の上に運ばれ、参加者である親戚宅の方々、私がそこに集合すると、お坊さんがお経を唱え始めました。

そして、そのお経が終わると、お坊さんはJを火葬場へ運び、火をつけ、火葬しました。

私は、火葬場の煙突から煙が出ているのを見て、あの煙がJだと思うと悲しい気持ちになりました。

 私は本当に後悔していることがあります。

それは、私は、お坊さんがJのためにお経を唱え始めた時、そのお経があまりにも可笑しかったので、笑いをこらえきれず、声に出して笑ってしまい、さらにそれが、親戚宅の私と同年代の人にも伝染してしまい、数人でお経を聞いている間、笑いが止まらなくなってしまったことです。

葬儀後の、食事会で親戚宅のおじさんから、そのことについて不謹慎だという理由でとても怒られました。

そして、私は怒られて当然だし、最低なことをしたと後悔しています。

 葬儀中のお坊さんのお経は聞きなれていないと、面白く聞こえてしまい、笑ってしまうかもしれないという危険性があります。

そこで、もし笑ってしまうと、お坊さん、他の参加者の皆様、何より死んでしまったペットに、大変失礼なことになります。

だから、お経に絶対に笑わないという自信が無いのならば、軽い気持ちでペットの葬式には参加しない方が良いかもしれないと思います。

20代最後 愛犬の最期、出張火葬をお願いしてみた結果

筆者は現在30代前半です。

ペット葬儀をしたのは数年前20代後半、当時は産後間もなく育児に奮闘していたときでした。

愛犬との出会いは成人してすぐに知り合いからの紹介でした。

遠方に引っ越しするにあたって連れて行けないということで里親を探していたところでした。

ペット葬儀を執り行うきっかけは病気で苦しい思いをして亡くなったので早く安らかに眠りについてくれることを願う意味と現実的な問題で当時の住まいは嫁ぎ先だったので迷惑をかけられないためでした。

亡くなったのは初夏で既に暑かった記憶があります。

すぐにペット霊園へ「出張火葬」をお願いしました。

電話して数日内で予約が取れました。

遺体を火葬車内に設置されている火葬台に乗せ、燃やしても無害で燃えやすい物を少量一緒に供えました。

お花、好きだったおやつ、気に入っていた私のTシャツを持っていってもらうことにしました。

火葬車の扉が閉まる瞬間、生前の姿が目に浮かび愛犬の一生の短さと楽しかった日々や後悔を思い出しました。

火葬は1時間前後で終わり、骨壷へと納骨しました。

その時に火葬の担当者の方がどの部位かを丁寧に説明してくれました。

亡くなる数ヶ月前、末期の肺水腫と判明しました。

手術は100万以上の費用がかかり、その手術ができる病院も近くにはありませんでした。

当時はペット保険も存在しておらず、延命処置として毎日の薬が欠かせなくなりました。

病気の関係から興奮させたり過度な運動ができないため、遊んであげることもできませんでした。

早くから変化に敏感になり、気づいてあげられたらもっと長生きできただろうなと今も悔しいです。

数年前よりもペットは家族と同等であることが当たり前な時代になりました。

葬儀がこうでなければならないということはなく、飼い主さんの思いや葬いの気持ちが大切だと思います。

別れのときを見守り、思い出を振り返るという意味でもペット葬儀をして本当に良かったと思います。

12才オス ネット検索→自宅葬儀 葬儀はしてもらえてよかった

初めて迎えた犬でした。

可愛い可愛いコーギー犬です。

現在高価なコーギーは20万前後に見受けられますが、うちの愛犬は7万円でした。

それが逆にとてもとても愛らしくいじらしく思えます。

とにかく全く初めての経験でしたし、特に下調べもせず、一番近い市街地のペットショップに向かいました。

その最初に入ったペットショップで、最初に見せてもらったのが、愛犬でした。

ものすごく人懐こく、目を輝かせて笑顔のように見える顔と嬉しさを目一杯表現した体で、一心にアピール(?)していました。

それを見ただけで、一目惚れをした犬でした。

そんな愛犬にも、高齢になると病魔が襲ってきました。

かかりつけの病院で数値が異常なので専門の病院に行くように勧められました。

ですが、本人はいたって元気なのです。

とても信じられなかったですし、実感など全く湧きませんでした。

だからと言って通院しないで万が一があったら、それこそ後悔してもしきれないことなので、専門病院での治療が始まりました。

病名はリンパ腫でした。

数値がおかしいと言われてから、2ヶ月持ちませんでした。

あんなに元気だった愛犬が2ヶ月足らずでこの世を去りました。

展開が早すぎます。

とても感情が追いつけるスピードではありません。

本気で信じられないのです。

最期は病院内でしたが、最後まで諦めずに病院での処置をお願いしていて正解だったのか、家に一緒に帰ってきて看取ってあげたらよかったのか、それはもう一生つきまとう問いだと思います。

2ヶ月足らずでしたので、その日も病院で処置をしてもらったら、元気になって一緒に帰宅出来るものだとしか思っていませんでした。

病気の知識が皆無で、思った以上に深刻だったことに最期まで気づかなかったことが最大の後悔です。

ある程度分かっていればもっともっと、やること、出来ることがあったと思います。

ですが、もし分かっていたとしても、早すぎました。

アドバイスなど、とんでもないですが、
自分自身も多分にもれずそうなのですが、命あるものは必ず終わりが来ます。

うちの愛犬はずっとうちに居るものだと思ってましたが、やはり最期がきました。

ですので、愛情はどうか惜しまず、目一杯与えて欲しいです。

表現を出し惜しみせず前面に押し出して欲しいです。

過剰なくらいでも良いと思います。

後悔を軽減する自分のためでもあります。

ですが、何をやっても後悔は出てくるとも思います。

ですので、楽しかった思い出で笑えることが出来るように、たくさんの良い思い出を作ってください!!!

56歳 実家の桜の木の下に埋葬しました

私の家のわんこのことを書きます。

犬種は、ヨークシャーテリア、名前は、レオン享年12歳でした。

3ヶ月からうちにいたので、12年間一緒に過ごしました。

亡くなったのは、今年の3月。

まだまだ、ペットロスだと思います。

なくなる10ヶ月前くらいから、ヘルニアになり、トイレも大変でした。

立っておしっこができないので、トイレの要求があるとお腹を支えて立たせてあげて、おしっこさせていましたし、ウンチは、ウンチする姿勢が取れないので、なかなか大変でした。

コンドロイチンと病院からの薬で3ヶ月程度で完治。

しかし、また、その3ヶ月後、今度は、チアノーゼで顔色がおかしくなり、速攻で病院についれていきました。

肺に水が溜まって呼吸困難になり、かなり危険な状態で入院しました。

手術をすることなく、薬と酸素室で1週間で退院しました。

レンタルで酸素補給できる機械を借りて、マスクをさせ呼吸が楽なようにしてあげました。

食事も今までのようなドッグフードは、ほとんど口にしないので、鳥のささみをボイルし、あとは、液体のいなばのちゅーるでなんとか食事をしました。

この時は、結構大変で、目を話すとマスクを自分で外してしまうので、寝るときも3時間おきに私自身も起きて、わんこのマスクが外れていれば、口に装着して寝るという状態が続きました。

そんな状態が2週間続きました。

いつものようにマスクのチェックをと見に行ったら、もう、息をしていなく、おしっことウンチを大量に出したまま逝ってしまっていました。

その姿を見たときには、びっくりしたというよりは、「どうしよう!」という感情だけで、何も考えられずに1時間呆然としていました。

その後、遺体をどうするかを考えたのですが、焼いてしまうのは、すごく抵抗がありました。

ちょうど、妻が実家に戻っていたので、すぐに連絡し、状況を話すと、彼女も焼くのは可愛そうだと言い、彼女の実家の庭に埋葬することになりました。

ダンボールの中にビニールを敷き、氷をいれて、その上にわんこをおきました。

まだ、体が暖かかったのを今も覚えています。

その暖かさの感触は、多分、一生、忘れないでしょう。

そこから車で妻の実家に向かい、人間と同じように一晩家で家族に線香をたいてもらい過ごしました。

翌日、桜の木のしたに穴を掘り、そこに埋葬しました。

ここがレオンのお墓だとわかるように義母がお花も植えてもらいました。

もう、亡くなってから5ヶ月が経過しますが、いまだに亡くなっているレオンの声が時々聞こえてきて、まあ、幻聴なんですが、その都度、泣いている状態です。

散歩をしている他のわんこを見てもうちのレオンが一番可愛いと思ってしまって、次のわんこを飼おうという気持ちにはなれません。

友人からは、新しい子を飼えば悲しさは薄くなると言われていますが、まだまだ、時間がかかりそうです。

40歳男性、ゴールデンレトリバーを近くのペット葬儀屋で満足

兵庫県在住の40歳 男性です。

ゴールデンレトリバーの男の子を飼っていました。

18歳からゴールデンを飼って10年くらい前に亡くなりました。

青春時代と自分の父が先に亡くなったので彼の存在に助けられ生きてこれたような気がします。

亡くなってからペット葬が出来るところを探したのでバタバタでした。

彼にガンが見つかった時に色々と探しておけばよかったのですが、彼が死ぬという事を受け入れたくなかったのかな、と今思い返すとそんな気がします。

・その時の心情
彼の死が本当に悲しく涙と鼻水でドロドロになっていました。

死後硬直が始まる前にと葬儀屋さんに氷を注文してもらって次の日の葬儀に備えました。

後悔している事はやはり、生きている間に「こんな事が出来たのにしてやれなかった。

もっとこうしていれば」という後悔が出てきます。

人間の死の時も思う同じことを感じます。

それだけ、私たちは彼を人間と同じように愛していたからだと思います。

特にガンで余命3ケ月、というように宣告されてからは
毎日一緒にいてる時間があったわけでその間に写真を撮ったり遊んだり話しかけたり、いろんなことをしておけばよかったとやはり後悔します。

体力もあまりなかったのでずっと話しかけたりするともちろん疲れるからずっとはダメだとは思いますが、母も私もゲームが好きだったのですがその時間を彼の為に使っておけばよかったと後悔します。

食事についても料理を始めたので犬が食べてはいけないものはもちろん抑えつつ、彼の為に料理を作ってやればよかったなと思います。

タマネギ、ニラ、ニンニク等は中毒になるので与えてはいけません。

一度我々が餃子を作って焼く前に出かけた時に彼が生の餃子のもとをペロッと食べてしまったことがあって帰宅後急いで戻させえた事がありました。

あれは本当にどきっとしました。

後悔がないように。

可愛がってあげて下さい。

病院受診も定期的に行ってください、余命の通告が遅れると心の準備も遅れます。

後亡くなった後、悲しみを抑えずに思いっきり泣いてあげてください。

そして時間が経ち、ペットの死を受け入れて「あの子がいてくれてよかったな。

天国にいるとしてあの子が天国で心配しない様にいつまでも泣いていては…また笑顔で生きよう」そう思えるようにしてあげてください。

49歳女性 愛犬桃ちゃんをお寺でお葬式 供養できてよかった

犬猫大好きな49歳女性です。

私は以前2匹の犬と1匹の猫を同時に飼っていました。

みんな性格が違うのでとても大変でしたがそれ以上に楽しかったです。

ある日、雑種のメスの犬、桃ちゃんが亡くなりました。

雑種でしたがとても大きくて15㎏位でした。

晩年は腹水が溜まってしまう病気で毎週病院でお腹に注射をさして4?程の腹水を抜いてもらってました。

桃ちゃんはよく頑張ってくれました。

真冬の寒い夜中に最後の力を振り絞って大きな声でないてくれました。

病気で1年程鳴き声を出す事はありませんでしたので、あぁ、これが最後なんだとわかりました。

とても悲しかったです。

桃ちゃんが亡くなって私達家族も泣き止んでからタオルで体中を綺麗に拭いてあげました。

それから両親と私とで小さな子供用の新しい布団に横たえさせロウソクと線香を焚き緑の葉っぱで水を汲んで桃ちゃんの口元を湿らせてあげました。

その晩は一緒に寝ました。

(実際には悲しすぎて眠れませんでしたが)
翌朝、行きつけの病院に電話をして今までのお礼と初めての事だったのでどこのお寺に連れて行けば良いのかを尋ねました。

そしてあるお寺を教えて頂きお寺に連絡をしました。

お葬式の前に2つ選択でき、霊柩車と棺桶をお寺で用意してもらい迎えにきてもらうか、それとも自分で箱を用意しお寺まで連れていくかでした。

私達は自分たちで連れていく方を選びました。

桃ちゃんは大きいので箱を探すのは難しかったですがちょうど大きくて分厚い、新しい段ボールを持っている会社が近くにあったのでそれを分けて頂きました。

そこに毛布を敷き詰め桃ちゃんを寝かせました。

花屋に行き箱(棺桶)に入れる花をたくさん買ってきました。

桃ちゃんは大きいけどとても大人しい女の子だったので白いユリとピンクのカーネーションを選びました。

泣きながら花を選んでいたら花屋のおばちゃんが心配して尋ねてきたので、愛犬が亡くなったのでと説明したら、カサブランカを数本お供えにと下さいました。

桃ちゃんをお花で囲みお寺に連れて行くとちょっとした手続きがあり順番待ちをしていると、3人のお坊様がきて下さり本堂の仏様の前で立派にお経をあげて下さいました。

火葬も2つ選択でき、一匹だけで火葬するか他の子たちと何匹かで共同火葬をするかでしたので桃ちゃんだけで火葬してもらうことにしました。

火葬が終わるとお骨を拾わせて頂き小さな骨壺に納めて家に持って帰りました。

その後、初七日、14日、21日・・・とお寺から法事の連絡がお手紙で届きましたがうちは1周忌と3回忌の法事だけお寺に出向いてお願いをしました。

ペットも家族の一員なのできちんと供養ができてよかったと思います。

中にはペットブームを利用した悪質なペットの葬式業者があると聞きます。

なので、私は病院や経験者の人にきいて、ちゃんとしたお寺で供養するのがいいと思います。

27歳女 実家近くのペット霊園にて 悲しい気持ちでしたが、、

2019年3月に愛犬を亡くしました。

15歳の大往生。

やや大型犬よりの体格だったので、その割には長生きをしてくれたんじゃないかなと思います。

出会いは私が小学生の頃。

父からやっとの思いで犬を飼う許可をもらうことができ、ネットで里親を探し、某県まで家族でお迎えに行ったのをよく覚えています。

12月か1月か、私が住んでいる地域では珍しく雪が降っていました。

里親さんのお家へおじゃまするとお母さんの芝犬は1匹。

お宅には5、6匹の小さなわんちゃんが。

1匹1匹説明してもらい、私がこの仔!と選びました。

それから約16年。

育て方が悪かったのか家族以外には懐かず、私はナメられていたのかよく噛まれることも多く、わんちゃんの可愛い印象とは大違いでした。

それでも帰宅するとふてぶてとした顔をしながら尻尾を振って迎えてくれるこの仔を愛さずにはいられませんでした。

事態が急変したのは2018年ごろです。

メニエール病でした。

その瞬間に愛犬の老いを実感しました。

その頃には実家から少し離れたところで生活していたのですが、母からの連絡で飛んでいったのを覚えています。

それから長い闘病生活が始まります。

あれだけ長く行っていた散歩も家の前だけ。

食事も取るときと取らない時が激しくなっていきました。

丸々と太っていた体が少しずつ少しずつ細くなりこんなに小さかったかなーと感じていました。

それから約1年後、彼は亡くなりました。

母の手の中でなんと排便しながらだそうです。

なんだか彼らしいなーと感じながら沢山泣きました。

それからは近くのペット葬儀屋を探し、夜に家族でお別れです。

棺を選び、彼の周りに大好きだったお菓子をたーくさん並べました。

不謹慎でしたがこれが最後だと思い、眠っているような彼の写真を何枚か取ったのを覚えています。

火葬が済んだあと、みんなでお骨拾いをしました。

全て拾えるそうだったので家族総出で小さな骨まで全て拾いあげて今でも保管しています。

私は今でも彼を恋しく思い涙が止まらないことがあります。

しかし母から大往生だったこと、介護が大変だったこと、老衰だったことをきく度にこれでよかったんだと自分に言い聞かせれるようになりました。

結局親に甘えて最後になんにもしてあげられなかったことが悔しくてたまりません。

それでも時は過ぎ、犬の次は孫か!と忙しなく動いている両親をみていると頃合いをみて亡くなってくれたのか?と思ってしまって、彼に手を合わせることしかできません。

彼の笑顔の写真をみながらまた再会できることを願って、実家へ寄る際は必ずただいま、小次郎くんと声をかけています。

60歳男性 雑種犬をベット霊園にお願いし、きちんと対応してもらった

25年前に家を建ててから、ずっと犬を飼っています。

その間、4頭の犬を見送ってきました。

今回はその中で、2番目に見送った「ロッキー」について書いてみます。

ロッキーは私が飼い始めたのではありません。

もともとは家内の実家の母親が、保健所からもらってきた犬でした。

もらってきたときはまだ2週間ぐらいだったようで、義母がスポイトでミルクを与えて何とか持ちこたえ成長していきました。

「ロッキー」という名前は義母が付けました。

当時、私の自宅で飼っていた犬が「アポロ」だったので、それに絡めたものです。

ただ、ロッキーはメスでしたが、義母はよく判らなかったみたいです。

ロッキーが成犬になってしばらくしてから、義母が交通事故で亡くなりました。

そして、一人暮らしとなった義父を私が引き取り、ロッキーもわが家の一員となったのです。

やがて、ロッキーが衰弱していきました。

実家でずっと屋外で買われていたロッキーですが、フィラリアの予防をしていなかったらしく、10歳を過ぎたあたりで症状が出て、あっけなく逝ってしまいました。

ロッキーが亡くなったのは土曜日か日曜日、休日だったと思います。

平日であれば市の斎場に亡骸を持っていくと処分してくれます。

先に見送った「アポロ」はそこでお願いして、我々も満足していました。

でも、それができませんでした。

ちょっと探してみると、自宅から車で20分ほどのところに「ペット葬儀」をしてくれるという場所があるらしく、そこに電話し、お願いすることにしました。

葬儀代は市の斎場とは比べものにならない高額でしたが、やむを得ないと決断しました。

行ってみると、そこはちょっとして林の中にあり、わりと以前から細々と営んでいるような施設でした。

どこにでもいるような、やせ形の中年のおじさんが対応してくれました。

私と家内は、最初は不安でしたが、それなりにきちんと対応してくれて、ロッキーをちゃんと見送ることができました。

今も思い返せば、あの時、ちょっと高かったけど、あそこに連れて行ってやって良かったと思っています。

35歳女性、ペットを民間の霊園で葬式と火葬をして心の整理をした

15年ほど前に、父が知り合いから小型犬のミニチュア・ピンシャーをもらってきました。

ペットを飼いたいとずっと考えていたので、嬉しくて仕方がありませんでした。

とても可愛らしい顔立ちをしているだけでなく、仕草も行動も可愛いので家族全員が夢中になりました。

寝るときは一緒のベッドで眠りましたし、近場であれば車にも乗せていきます。

家族の一員として可愛がっていたペットですが、人間よりも犬は寿命が短いという運命は避けられません。

定期的に動物病院で検査を受けて、体調が悪いときは治療を受けていましたが、16歳の誕生日を迎えたときには獣医師からもうすぐ寿命を全うすることになるでしょうと宣告されました。

悲しいけれど、最後まで見守ってあげることが家族の役割だと考えて、ずっと最後までそばにいました。

最後は眠るように息を引き取り、家族全員で号泣をしました。

その後、このままにはしておけないのでどうしようかということになりました。

市営の火葬場ではペットも対応をしてくれますが、他のペットとも合同火葬になるので骨は拾えないということがわかりました。

骨も絶対拾って供養することは家族の意見で一致していたので、民間のペット供養と霊園を運営している会社に依頼することにしました。

自宅までペットを迎えにきてくれることもできましたが、車で25分ほどのところに動物霊園があり、さらに小型犬なので自分たちで運ぶことにしました。

車で到着すると、霊園のスタッフがすでに準備をしてくれていて、専用のベッドに小型犬を寝かせました。

愛犬を囲んで霊園が依頼をしたお坊さんにお経を読んでもらった後、火葬場が霊園の中に併設されているので、最後のお別れをしてくださいと言われました。

愛犬が生前に気に入っていたおやつやおもちゃを入れて、全員で体から頭をなででお別れをいいました。

火葬にするまでの時間は2時間ほどかかったので、霊園内の待合室で待っておき、終わったら遺骨を拾わせてもらいました。

頭蓋骨がそのままの形で残っていましたし、足や手の骨も1つ残らず持ってきた骨壺に入れて自宅に持ち帰りました。

霊園なので供養もしてもらえますが、まだ心の整理ができないので当分はそのまま手元供養をしようと考えています。

49歳女 ネコをお寺で供養して気持ちが軽くなった

40代女性です。

3年前家族の一員だったネコを病気で亡くしました。

ネコがかかりやすい腎臓の病気でした。

約16年一緒にいてくれたので老衰も関係していますが、最後はネコがかかりやすい病気で助けることが出来ず今も後悔しています。

当時家庭内のもめ事で私は神経が疲弊していました。

ネコは高齢ではあったけれど病気の兆候は見られず寝てばかり居るのは年齢のためだろうと軽く考えていたのです。

あのときもっとネコの状態をよく見て様子がおかしいと思ったとき病院へ連れて行っていたらもう少し私たちと一緒にいてくれたのかもしれません。

丸一日私は後悔と悲しみで体が動かず亡くなったネコと一緒に居ました。

ネコはたしかに息がないのだけど寝ているようにも見えて。

これから葬式をするというのに私はネコを火葬することをためらっていました。

どうにかしてこの子と一緒に入れないかと。

現実的にはそんなことは無理。

きちんと葬式をして供養することが最善なんだと家族に諭されて翌日ペット供養できるお寺へ。

娘と母と私でネコを見送りましたが、ネコを前に住職がお経を唱えているとき私の隣に座っていた娘が横をしばらく見ていたことが気になりました。

その後すぐに火葬になったので私たち3人はお寺の中を散策したのですが、その時娘が「お焼香の時指でつまむ砂みたいなものが私の横でふわっと浮かんでてそれに気づいて見てたらスッと下に落ちたんだよ」と言ったのです。

私が横を見ている娘が気になったあのとき娘はそれを見ていたんですね・・・。

母も私もその現象に気づきませんでした。

娘には霊感が少しだけあるのかもしれません。

娘が生まれる前から居たネコで娘と大の仲良しでしたから最後にお別れを言いに来たのでしょう。

魂は絶対に存在します。

体という器がなくなっても魂は存在します。

ネコの葬式は順調に進み私たちは心の整理が出来ました。

不思議なことがあった葬式でしたがきちんと供養できて良かったです。

66歳;女 愛犬チロを亡くし葬儀を済ませた今も会いたい気持ちが募る

私は60代半ばの女性です。

我が家の愛犬:チロ(男の子)を亡くして、かれこれ今年で10年の月日が過ぎました。

 チロとの出会いは某ペットショップ。

両親と私の三人家族の中に、チロが加わったのは平成4年の春。

その当時、試練とも言えるいろんな出来事が我が家で起こり、その苦難を何とか癒したいとの思いで、ペットショップにワンちゃんを求めて母と出向いたのです。

当初は、スピッツを、と考えていたのですが、なんとそのスピッツの隣のケージで小刻みに震えていたのが、生後半年のマルチーズ(後のチロ)でした。

その姿に母と私は迷わず買い求め、父の待つ我が家へと一目散。

父に報告したかったことがあったのです。

それは、なんと、その子と父の誕生日が一緒だったこと!! なんと不思議な巡り合わせだったことか!
我が家に来るべくして《この子》は来たのです。

 《チロ》と名付けたこの子は、それ以来、我が家のアイドルであり、 長男的存在でした。

ペットショップ
で母が最初に抱き上げた事もあってか、誰よりも母に懐いていました。

ワンちゃんは順位をつけるとよく言われますが、まさに我がチロも例に漏れず・・・  母が外出から帰って来る気配を感じると、すかさず玄関までお迎えに。

私が帰宅するとドアの向こうから走ってくる足音が途中で止まり・・(≫≪)『Oh my チロ!』と何度思ったことか・・(トホホホホ・・(≫≪)

 お散歩は専ら母の日課に。

『チロ、ドライブ!』というと、喜び遺産でグルグル走り回っていたチロ。

ドライブの際は、窓から半身を乗り出して風邪を体一杯に浴びていたチロ。

時には左折するタイミングで
勢い余って道路に落ちてしまったことも・・? 後続車が無かったことでまさに九死に一生を得! ある時は誤って川に転落し、運よく近くにいた青年に助けられたことも・・?

 チロとの思い出は尽きません。

そんなチロが10年前に心臓発作を起こし・・。

必死で母と心臓組成マッサージを施して、一旦は事なきを得たのですが、相次いでその大事な母が今度は急に血圧が上がり、倒れ、救急病院へ・・。

検査の結果、心臓バイパス手術を緊急で行うことになったその時、本当に時を同じくしてチロの様態が悪化し、行きつけの動物病院へ・・? 母も手術前だという中での出来事に私はパニックになってしまいました・・。

しかし、必死の介護も虚しくチロは動物病院で、治療を受けながら私の腕の中で息を引き取りました・・。

その直前、私に振り向いたチロの瞳は何か言いたそうにジッと見つめて・・。

『チロ!』!!  そしてチロは逝ってしまったのです。

17歳8ケ月の日々でした。

主治医は『ここまで長生き出来たのは、本当にご家族が可愛がっていた証拠ですね。

大往生ですよ。

』と声をかけて下さいました。

 その後、母の心臓バイパス手術も大成功に終わり・・。

でも、チロがいない・・。

もしかしたら、チロは
母の代わりに逝ってしまったのかも知れないと・・。

そう思っても、どれほど涙を流したことか!! ペットのメモリアルホールの方に泣きながら電話をかけ、チロを迎えに来てもらい、葬儀を行って頂きました。

退院後、母とともに祥月命日の日には、チロの大好物の食べ物を持って会いに行きました。

何度も何度も・・。

 今もチロの可愛い写真を日当たりのよい窓辺に飾っています。

チロ! 大好きなチロ! 今でも、これからも、ずっと一緒だよ! キミの大好きなお母さんもキミのお陰で長生きしているよ! もうすぐ90歳を迎える母と共に、チロとの日々を思い出しながら、あの懐かしい散歩道を今日も歩いてきました。

27歳女性 愛猫をペット霊園にて埋葬 安らかに眠ってほしい

私は小さい頃から猫が大好きで、幼少期のクリスマスにはサンタさんに毎年「猫が欲しい」とお願いしていた。

伯母の友人が真っ白の猫を飼っていた為、白い猫に憧れていた。

サンタさんからの手紙には「猫は連れてくる途中で逃げてしまった」といったような事が書いていて、なかなか願いは叶わなかった。

しかしサンタの存在を信じなくなってきた小学1年生の秋頃、我が家に1匹の猫がやってきた。

毛色は白と黒が混ざっていて、お腹が白、背中からしっぽまでが黒、しっぽの先が白で顔は真ん中分けの髪型のような模様をしていた。

真っ白の猫に憧れていた私は、母に「白じゃない」と文句を言ったが、母は一言「この猫が一番白の面積があったの」
まだ子猫で「ぴーぴー」鳴いていたので、名前をぴーちゃんと名付けた。

とても可愛くて毎日触ったり、構ったりしていたが、子供のスキンシップがぴーちゃんにとっては迷惑だったようですっかり嫌われてしまった。

あまり猫が好きではなく、自ら触ろうとしない母にべったり懐き、どこに行くにも母の後ろをついてまわるような猫だった。

高校を卒業して2年目の春ごろ、13歳になったぴーちゃんの様子がおかしくなった。

毛並みがしわしわになって心なしか元気がない。

肌も黄色く感じたので、母に動物病院に連れて行ってもらった。

肝臓が悪くなっているらしく、また痴呆も始まっているとのことでトイレの場所も忘れてしまった。

自分の妹のような存在に思っていたのでとてもショックだった。

病院で注射の道具をもらい、家で毎日注射をした。

ゲージの中に布団を置いたが嫌がり、いつも母と寝ている布団で寝たがった。

日に日に弱っていくぴーちゃんを見て、もう長くないんだな…と悟った。

そして2011年6月13日、仕事のお昼休みに自宅に戻ると、静かに息を引き取ったぴーちゃんがいた。

それから隣町のペット霊園に電話し、お葬式をした。

個人のお墓も作れるようだったが、一匹で寂しくないようにと沢山の仲間と一緒のお墓を選び埋葬した。

しばらくはショックで仕事が手につかなかった。

ついつい欲しがる度に人間のおかしを与えてしまったことを後悔した。

肝臓が悪くならず、もう少し長生きしたかもしれない。

ペットはどうしても人間より先に亡くなってしまう。

限られた時間の中、精一杯愛情を注いであげて、ペットにとって幸せだったと思える生涯を送らせてあげなければならない。

30歳女、犬の火葬を斎場でしてもらった後悔

私は30歳の女性です。

小学生の頃から雑種犬を飼っていました。

名前はコロと言います。

コロとは、地域誌に掲載されている『貰ってください』の欄がきっかけで出会いました。

名前を考えているうちに、父母が勝手に「コロ、コロ」と呼びだしたので名前がコロに決まりましたが、今思えば、小さくコロコロした姿はコロにぴったりだったと思います。

うちに来てひと月も経たないときのことでした。

私は小学4年生で、奈良に旅行に行っていました。

夏休みで、8月のはじめだったと記憶しています。

私が旅行から帰ると、家に来たばかりのコロが、左の後ろ脚を引きずって歩いているのです。

散歩をしているときに、排水溝に足を引っかけて骨折したと両親は言っていました。

当然、すぐに動物病院にも連れて行きました。

ひと月の間で、両親にとってもコロは家族当然の存在になっていたからです。

しかし、動物病院での対応は、『これくらいの子犬の骨折は、よくある事で、骨が柔らかいからすぐに治る。

何もしなくても良い』ということでした。

そんなわけないだろう、と私は憤り、子どもながらに、医者に不信感を抱いたのですが、その時の怒りを、もっと表に出して、他の医者に診てもらうなりすれば良かったと今では後悔しています。

それが、コロの死因に繋がったのですから。

骨を折ってから、コロは、ずっと左の後ろ脚を庇うような、不思議な歩き方が癖になってしまいました。

怪我が治ってもその歩き方だけは治りませんでした。

コロは散歩が大好きで、決まった時間になると散歩に連れていってくれ、と言うように吠え始め、私が犬好きの友達と一緒に散歩をしました。

早く早く、と急ぐようにリードを引っ張るコロの後ろ姿を、今でも時々思い出します。

その後ろ姿はやはり、元気があっても、片足を庇うようないびつな後ろ姿なのでした。

思い出すたびに後悔します。

どうして、私はコロと過ごした12年のうちに、そのいびつさを取り除く努力をしなかったのかと、機会は何度でもあったし、たとえ小学4年生ではわからなくても、12年も一緒に居たら、少し考えればわかることだったのに、なぜ、考えなかったのか、コロはいつも笑っているような顔をしていたから、私は甘えていたのかもしれません。

笑っているように見えたあの顔の下で、コロは痛みに耐えていたのかもしれません。

それを思うと、自分の情けなさで泣きたくなります。

コロと生活して12年経ち、あれほど大好きだった散歩を、急に嫌がるようになり、いつもリードを引っ張って走り出しそうだった歩みは、急に衰え始めてしまいました。

年齢も犬の12歳といえばおじいさんですから、そういうものなのかな、と思いつつも心配で動物病院に連れていくと、加齢以外にも、コロの命の火を消そうとするものが、身体の中に潜んでいることが判明したのです。

それが、うちにやってきてひと月の骨折でした。

骨折した部位が加齢に伴い脆くなり、そこからばい菌が入り込み、身体を苦しめているのだというのです。

食事もほとんど取れなくなり、9月26日の夜、コロはその一生を終えました。

私たちにとってコロは家族そのものであったので、斎場で火葬する、というのは当たり前に思いついたことでした。

私はその頃、もう成人しており、弟と一緒に、地元の斎場でお願いして、コロを火葬してもらいました。

私と弟は喪服で向かいましたが、ペット用の火葬場というのは、ゴミ焼却炉のような場所で、担当の方も、私の職場について尋ねてきたり、共通の知り合いの話を突然する等、とても家族を気遣うようなことを言ってはくれず、どうしてこんなところで火葬したのか、家族でひっそり、土に埋めてあげれば良かったと悲しんだものです。

参考:合同で火葬の問題点
しかし、葬式、という行為は正しい選択だと思いました。

焼き場から、違うルートで家を帰るとき、自分が知る、葬式のルールに則っていると、コロが本当に死んでしまったという事実を認め、受け入れることができました。

遺灰は庭に埋め、そこは今も空き地になっています。

もし、ペットの死に直面する可能性を少しでも考えた方は、参考になるかどうかわかりませんが、喪服を着て、誰かと葬式の形式を取ることが、心に一時のけじめをつける方法として有効であるとお伝えいたします。

ですが、何よりペットの体調の変化には、すぐに対応してください。

一時のけじめをつけることができても、やはり、私はコロの思い出を辿るとき、あのいびつな後ろ姿に罪悪感を感じてしまいます。

60歳男性ペット専用葬儀業者に個別火葬を依頼し対応に感謝しています

 横浜在住の60歳になる男性です。

3年ほど前に16歳になったパピヨンの葬式を経験しています。

その当時の心境と今の心境について語りたいと思います。

 亡くなる前は食欲もなく、横たわっていたばかりでしたので、ある程度覚悟は決めていました。

さすがに葬式のことは考えたくなかったのでしたが、息も粗くなっていて苦しさも感じられたので複雑な気持ちでした。

会社から帰宅したときは、すでに息絶えていましたが、体はまだ体温が感じられました。

 何かの本で膠着するとよくないので、そっと足をまげて起きました。

舌がでたままでしたが、そのままにしていました。

 しばらくすると妻が帰宅しましたが、葬式のことは頭になかったので、とりあえずコンビニで大量の保冷剤を入手し、段ボールに犬をいれて保管することにしました。

 さすがにこのままでは成仏できないと思い、翌日ネットで動物の葬式をしてくれる業者をさがすことにしました。

隣の区で車で葬式ができるところが見つかったので、電話をしたところ、当日の夕方来てもらえることになりました。

玄関にバンのような専用の葬式車を横付けして、お経を唱え、車に装備された火葬器に遺体をいれ、1時間ほどで骨になりました。

 その間はこれでこの世からいなくなると思えて、涙がでてきました。

その後骨壺にいれてくれたので、しばらく神棚で保管することにしました。

ただ写真を一緒にお供えしたので、なかなか悲しみが癒えることはありませんでした。

そして初七日に庭に骨壺から出して、埋めることにしました。

近くに埋葬したかったからです。

 その後3年ほどたちましたが、ペット専門の火葬を自宅の前でおこなったのは正解だと思っています。

理由は人間と同じ様式で業者の人が丁寧に遺体を扱ってくれたのと、焼かれた骨をみて、生前は丈夫だったでしょうといってもらえたからです。

さらに16年生きたことは珍しいとも言っていました。

 その時の感情はいまでも覚えていますが、悲しみよりは長生きしてくれたことへの感謝の気持ちのほうが大きいです。

 ペットの葬式を考えている人は、個別火葬でお骨上げありのコースを選択することをお勧めします。

多少価格が高くなりますが、いつまでもいい思い出として残ります。

葬儀をしてくれた方は、生前の様子や、どんな性格の子だったのか、何が好きだったのか、など沢山聞いてくれました

一人暮らしをして初めて飼った子を病気で亡くしました。

病院で最後を看取って、先生に教えて頂きペット火葬をしてくれる所へ伺いました。

費用は、3万円くらいでした。

この金額が安いのか高いのかはわかりませんが、内容を考えると満足のいく値段です。

内容としては、お花と一緒に火葬してもらい、お骨を拾い、お経を読み上げてくださいました。

火葬してもらうだけなのかと思っていたので、ちゃんと供養?してくださるのには驚きました。

私にとって、かけがえのない家族だったので、大切に扱って頂いて本当に嬉しかったです。

火葬中は、仲のいい友達が来てくれ話をしていたので、そんなに待った気はしませんでした。

大体1時間くらいだったと思います。

お骨を拾う時に、「病気だと思えないくらいしっかりした骨をされてますね。

走るのが好きだったのかな?しっかり生きていた証拠ですね。

」と声をかけてくださり、生前の姿を思い浮かべ泣いてしまいました。

葬儀をしてくれた方は、生前の様子や、どんな性格の子だったのか、何が好きだったのか、など沢山聞いてくれました。

涙ながらも話す事で、ちゃんとお別れが出来たのだと思います。

ペット葬は初めてだったので、どういうものなのかわからず、とても不安でしたが、実際には全ての葬儀の内容を、私の目の前でやってくださったので、安心して見送ることが出来ました。

火葬の際のお花の配置も一緒に考えてくれ、お別れする時間もちゃんと作ってくれました。

飼い主の事をしっかりと考えてくれているのだと思います。

お骨入れも人間と同様のようなしっかりしたものでした。

希望すれば、お骨の預かりも出きるとの事でしたが、私は側に置いておきたかったので、持ち帰りにしました。

帰りにはお札とお塩も渡して頂きました。

他の業者の方がどうなのかはわかりませんが、生前の様子を聞いてくれたり、お別れの時間をしっかり作ってくれるのは、本当に嬉しかったので、時間を急かしてくるところはやめた方がいいと思います。

他人からすれば、ただのペットかもしれませんが、飼い主にとっては、大事な家族の一員です。

家族を大切にしてくれる葬儀業者さんが一番だと思います。

この業者さんでは引き取り手のないペットなどの火葬も請け負っているそうで、その意味でも信頼できる方だと感じました

状況としては、当時13歳で犬としては高齢ではあるのものの、病院の検査でも異常はなく、まだまだ長生きしてくれると思っていた矢先でした。

夕方ごろ、ぐったりしているので大至急病院に連れて行ったら、突然死と診断されました。

ペットの火葬場については、獣医師が病院内にパンフレットを用意していて、処置が終わった後に教えてくれました。

この獣医師の一家とは、先代の犬も含めて20年以上付き合いがあり、信頼できる方でした。

ペットのお葬式に関しては、業者も良心的な方からそうでない方まで様々だと思うので、火葬場選びの際は、信頼できる獣医師などの口コミがあればそちらを頼ると安心だと思います。

葬式費用は姉が出したので詳しく覚えてはいませんが、5万円前後だったと思います。

場所は、自宅から車で15分ほどの場所で、火葬場とペット霊園を兼ねた施設でした。

お葬式は家族のみで行いました。

ここの火葬場の業者さんは良心的で、火葬の際にペット霊園の紹介をされることはありませんでした。

おそらく、ペットとの突然の別れにショックを受けている家族が多いので、現段階でお墓の話など持ちだされても、受け入れられないだろう…という配慮だったのだと思います。

この業者さんでは引き取り手のないペットなどの火葬も請け負っているそうで、その意味でも信頼できる方だと感じました。

段ボール製の棺桶には、普段使っていたおもちゃや服、リード、あとはお花をたくさん入れて、人間と変わらない感じで送り出しました。

火葬すれば骨はバラバラになると思うのですが、こちらの業者さんはどの部位の骨であったかが分かるように、骨格標本のように形を整えてから、家族に見せてくれました。

その際、最後のチャンスだからと、写真を撮らせてくれたのですが、これは一長一短の配慮かと思います。

骨の写真は見るたび悲しい日のことを思いだしますし、だからと言って、カメラのメモリーから削除することもできないからです。

とはいえ、骨の写真を撮っておきたい家族もいると思うので、有り難い配慮だと思います。

死後、動くことがなくなり、冷たくなったペットの姿を見ているのは辛かったですし、数日できちんと火葬してもらい、すっきりと気持ちの整理がついて、良かったと感じました。

責任持って合同火葬をしてから提携の霊園に埋葬してくれるプランなども人気です

以前なら大切で家族同様に感じていたペットが亡くなった場合には、保健所に連絡をして引き取りに来てもらい、そのまま他の動物と一緒に焼却されるのが一般的でした。

人と違ってペットなどの小動物に関しましては法律がなく法整備が不自由な為に、業者などに任せる場合も多いです。

自治体によっては認可制である程度の基準を設定している場合もありますが、誰でも開業出来るのが現状で様々なトラブルもあります。

中には火葬費用を浮かせる為に、回収したペットの遺骸を不法廃棄していた悲しいケースなどもあります。

最近は大切なペットをきちんと供養してあげたいと思っている人が増えていて、小さな葬儀と呼ばれるペット葬儀が様々なメディアなどでも取り上げられています。

私も半年前にいろいろな葬儀業者を探して、長年一緒に過ごしていたペット葬儀を行いました。

葬儀業者によっては多少の違いがありますが、人の葬儀とはあまり変わらなく、きちんと供養する事を優先にして葬儀を行いました。

とは言っても規模的なものはコンパクトで、部屋もこじんまりしていて、家族だけでの小さな葬儀ですが、僧侶を読んで読経も行なって頂きお焼香やお見送りも行いました。

その後も火葬や収骨からペット霊園での納骨までも当然ながら行なっています。

ペット葬儀は費用によっては様々なプランがあり、最近はあまり高額な費用をかけずに、葬儀業者が自宅までペットを迎えにきてくれます。

それから責任持って合同火葬をしてから提携の霊園に埋葬してくれるプランなども人気です。

きちんとした葬儀ですと30万円程度の費用がかかりますが、合同火葬ですと5万円程度で済みますので、安心してペットの供養を任せる事が出来ます。

小動物などは自宅の庭などに埋葬する事が出来ますが、やはり大型の動物だと衛生的にも問題があり、とはいってもきちんと火葬してくれるのか不安な人達には人気です。

私の場合は、かなり本格的な葬儀となりましたが、家族全員で長年家族同様に連れ添ったペットを大切に供養してあげることに決めて良かったと思っています。

葬儀する前までは、そこまでしなくても良いのではと考えていましたが、きちんとしたお別れが出来たので満足しています。

「ちゃんと送ってあげた」という気持ちは後々、悲しみを癒す原動力にもなると思いました

ペットのお葬式をやる以前は「例ペットのお葬式は簡素なものなんだろうな」と思っていましたが、実際に愛猫のお葬式をやってみると本格的で、人間とあまり変わらなかったので驚きました。

もしペットのお葬式をやったことがなく、どんな流れなのか雰囲気なのかが分からない方は人間のお葬式を思い浮かべてもらえると分かりやすいと思います。

また、こちらに手間や負担がかからないように霊園内で納骨から供養までやってもらえます。

料金は5万もかからなかったです。

肝心のお葬式では祭壇に愛猫の写真をかざってもらい、お坊さんがちゃんとお経をあげてくれました。

祭壇には写真の他にも生前好きだったオモチャやエサも置きました。

最後に棺にもそれらのものを入れ、お花を入れてあげました。

「ごく身内だけの葬儀にしよう」と家族で決めていたので、参列者は家族の他にはいません。

思い出を振り返りながら家族だけで別れをしっかりと行いたかったからです。

無理して他の人を呼ぶ必要は全くないと思いました。

ペットのお葬式を無事終えて思ったことは「ちゃんとやってあげて良かった」ということです。

最初はペットのお葬式はどこに頼んでどんな内容なのかが分からなかったので戸惑いましたが、対応してくれた全ての人たちが悲しみに寄り添うような姿勢だったので救われました。

そして「ちゃんと送ってあげた」という気持ちは後々、悲しみを癒す原動力にもなると思いました。

一連のペットのお葬式を経験してみて葬式業者を選ぶ時にひとつ注意したほうが良いと思うことがありました。

葬式業者にも色々なタイプがあって、火葬から葬儀まで同じ場所で行えるところもあれば、わざわざ火葬で移動をしいられるところもあります。

負担を減らしたいと考えるならば1つの場所で全てを行える業者を選ぶと良いと思いました。

飼い主の希望によって葬式のスタイルが変わってくるので業者選びは自分に合ったものをしっかり選ぶ必要があると思います。

写真撮影もサービスなのか、有料なのかなど細かい部分も含めて確認することが大事です

長年連れ添った愛犬を失った悲しみは、言葉には言い表せないものです。

特にも小学生の息子たちは、大きなショックを受けていました。

そんな悲しみに家族全員がくれていましたが、いつまでも悲しんでいてもいられません。

せめて最後は笑って、愛犬を見送ってあげたいと思い、県内のペット葬儀を専門に行っている業者に火葬と葬儀を依頼しました。

それほど大がかりな葬儀は望んでいませんでしたので、あくまでも簡単にということで依頼しました。

料金はだいたい3万円でした。

当日は、遺体を自分たちで業者が運営する葬祭場まで連れて行きます。

これが最後の家族旅行です。

沈痛な思いで、葬祭場に向かいます。

言葉は誰も発しません。

葬祭場では、スタッフ3人が対応してくれました。

簡単な説明を受けた後、セレモニールームのような場所で、お経をあげ10分程度のセレモニーが行われます。

火葬中は外出も可能なようですが、待っていました。

骨になった愛犬を見て、言葉を失う子どもたち。

みんな複雑な思いです。

人間と同様に、木箱に丁寧に収骨しました。

家族みんな、愛犬との暮らしを思い出し、涙を流してしまいました。

その後はペット霊園に納骨し、スタッフの皆さんも一緒に手を合わせ解散という流れです。

愛犬が亡くなってから家族全員が、しばらくはペットロスとなっていました。

葬儀を行ったことで、気持ちに一区切りを付けることができたと思っています。

また、子どもたちにとっては、命というものを考える良い機会となりました。

人間とは全く命の重みは違いますが、動物を通して命の尊さを伝えることができたと思っています。

自宅で動物の火葬をすることはできないので、何らかの業者に頼む必要があると思います。

料金等は、あいまいな点があるので、きちんと確認されることをお勧め致します。

特にも、オプション料金は千差万別です。

数珠の貸し出しでさえお金を取る業者があります。

写真撮影もサービスなのか、有料なのかなど細かい部分も含めて確認することが大事です。

骨壺の上に被せるカバーが数種類あり、好きな物を選ばせて貰えました

10歳だったメスの雑種猫が入院先の動物病院で亡くなり、病院にご紹介頂いた葬儀屋さんにお願いしました。

費用は葬儀、火葬で約2.5万円程だったと記憶しています。

葬儀前日は友人が来てくれました。

当日は主人が仕事で外せず、私一人で葬儀から火葬まで済ませました。

家まで葬儀場の担当の方が迎えに来てくれ、葬儀場まで送って下さいました。

大きなお寺に併設された一角に、動物供養専門の場所がありました。

うちの猫をきちんと祭壇に上げ、お坊さんが「可愛いお子様ですね」とお声掛けくださり、それからお経を上げてくださいました。

その後、一年間継続して供養をして頂く様お願いしました。

その代金が+3000円程だったと思います。

葬儀の後、火葬を行う為お寺から約1時間程離れた火葬場へ移動しました。

火葬が終わるまで1時間以上時間がかかる事等、しっかり説明を受けました。

骨壺の上に被せるカバーが数種類あり、好きな物を選ばせて貰えました。

女の子なので可愛らしいピンクにしました。

火葬炉は全て個別になっており、小さな建物が複数ありました。

火葬前にはしっかりとお別れの時間を取ってくれました。

火葬の間は、綺麗な待合室で待機していました。

動物用のお墓などのパンフレットが置いてありました。

火葬が終わり、自分でお骨を骨壺に入れ、先だって自分で選んだピンクのカバーに骨壺を包んで頂きました。

火葬が終わった後、最寄りの地下鉄駅まで送って頂けましたので、お骨を持って帰宅しました。

◇はじめの印象と変わった点は?
動物の葬儀なので、担当の方も簡単に事務的に済ませてしまうのでは、と危惧していましたが、供養から火葬まで終始気を使ってくださり、終始丁寧に対応して頂けました。

◇ペットの葬式をする前と後とで、心境の変化などはありましたか?
自己満足に過ぎないと思いますが、ちゃんと送ってあげられたという安心感はあります。

葬儀とは別件ですが、ピルケース状のペンダントを買い、小さなお骨を入れて保管しています。

◇火葬場や葬式業者を選ぶさいに注意したほうがいいと思う点はありますか。

火葬のみ、車で出来るような簡素なペット葬儀が主流と聞いた事もありますが、お経を上げて頂き、きちんとした葬儀を経て設備の整った火葬場で送ってあげられたのは、結果的に良かったと思っています。

満足しています。

我が家は病院で紹介して頂いたところが、ちょうど良かったと思っています。

預けた後、その子が本当に火葬されたのか、貰った遺骨が本当に自分のペットの物なのか確かめる術はありません

去年うさぎがなくなったのでお葬式をしました。

ペット葬儀というと何となく明るい部屋で大好きなおもちゃやお菓子に囲まれて…というイメージでしたが、実際私が頼んだ所は仏式の霊園で、人間と同じようにお坊さんがお経を読んでくれる所でした。

葬儀内容にも色々と種類があり、立会葬、合同葬、個別葬などがあります。

火葬車で自宅まで来てその場で葬儀をしてくれる所もあります。

私がお願いしたのは立会葬という飼い主ごとに火葬に立ち会い、収骨するという物です。

ペットを預けて他の子と一緒に火葬して貰う合同葬や、個別で火葬して貰う個別葬など、結構値段が変わってくるので悩みましたが、最後の瞬間まで一緒にいられる立会葬を選びました。

火葬が終わった後すぐに収骨できる所も決め手の一つでした。

費用はペットの大きさによって変わりますが、うちのうさぎは三万円ぐらいでした。

亡くなった次の日に電話をしましたが、割と混み合っていたので亡くなったらすぐに連絡をした方がいいと思います。

お葬式には私と両親、実家を離れた姉も駆けつけてくれて家族全員で参列しました。

初めてだと何を着ていいのかわからないと思いますが、喪服じゃなくて大丈夫です。

私は少し暗めのワンピースを選びましたが父はジーンズで参加しました。

立会葬は本当に人間と同じようなお葬式です。

火葬炉まで一緒に行き、その場でお坊さんがお経を読んでくれます。

その間、うさぎが初めてうちの家に来た時の事や、食欲がなくなって病院に駆け込んだ日の事など、うさぎと過ごした日々の思い出が蘇ってきました。

亡くなってからは寂しい、辛いという感情しかなかったので、思い出に浸れる事のできる時間は有難かったです。

火葬炉に入った瞬間は胸が痛かったけど、葬儀が終わり、外に出ると何だか一区切りがついたようでホッとしました。

悲しいけどやりきった、という安堵感とうさぎへの感謝の気持ちでいっぱいでした。

立会葬は誰もがやってあげたいと思う物ですが、葬儀屋に預けて火葬して貰うのもいいと思います。

ペットが死んだからという理由では仕事も休みずらいですし、飼い主さんの都合で決めるのが一番だと思います。

しかし中には個別といいながら合同で火葬し、適当に骨を入れる葬儀屋もあると聞きます。

預けた後、その子が本当に火葬されたのか、貰った遺骨が本当に自分のペットの物なのか確かめる術はありません。

もちろんそんな業者は中々いないと思いますが、ペットブームに乗っかった悪質な業者も増えているので、葬儀屋選びは慎重にした方がいいと思います。

余裕があれば候補を何個かあげて、実際に見に行くのもいいと思います。

園内が荒れていたり、呼んでも人が出てこないなどは注意した方がいいです。

人手不足の可能性があり、やっつけ仕事になるかもしれません。

あまりに費用が安すぎる所も要注意です。

でも飼い主さんが行きやすい所が一番です。

綺麗な場所やペットとの思い出の土地などで検討してもいいと思います。

みなさんにとって心に残るお葬式が迎えられますように…。

私の犬の場合(6キロ位)は10000円位でした

去年の10月頃に飼っていた犬が亡くなって共同ペット霊園に行きました。

今まで飼っていたペット全てそこに眠っています。

家で亡くなって入れ物が無くてダンボールを半分にしてその中に小さい布団を入れて好きだったおやつを入れて犬を入れて行きました。

葬式自体は結構簡素な感じです。

まず、電話で予約?をして何時頃に行きますと。

着いて割りとすぐに奥に通されて、受付みたいな所で自分の名前、犬の名前を書きました

よくある長い台の上にダンボールのまま置き、短いですがお経を唱えてくれました
そのあとに、どんな子だったのか、どういう生い立ちなのかとか色々話しました
こちらの気が済むまで一緒に居させてくれました

そこでの火葬はおまかせ火葬や個別火葬、家族立会い火葬と色々な火葬があります
個別火葬や家族立会い火葬は返骨や納骨ができるみたいなのですが私はおまかせ火葬で共同墓地に入れてもらいました
料金についてはペットの種類、大きさや体重で決まります
おまかせ火葬か個別火葬かでも変わります
小動物から大型犬までほぼ何でも火葬、葬式をしてくれるみたいです
私の犬の場合(6キロ位)は10000円位でした
他にも別料金で戒名だったり納骨堂に入れてくれたりと本当に人間並みの扱いだなと思いました
私が行った所は火葬炉、納骨堂、供養塔すべて完備している所で安心しました
やっぱり全部揃ってる所がいいと思います

聞いた話では適当に火葬したり、費用が他よりもかなり高いとか色々ブラックな所もあるみたいです
ホームページや実際行ってみて自分が気になった所はちゃんと聞く
後は合同供養塔や納骨堂とかの綺麗さも確認された方がいいと思います

家で動かなくなって、霊園に行って葬式をしてもらうと「あぁ・・死んじゃったんだな」と改めて思います
ペットだからと言って庭に埋めてあげたり、酷い場合はどこかに捨てるなんて言う人も居るみたいです
ですが、少しでも一緒に過ごした家族です
確かにお金は掛かりますが、家族だった者の魂の供養と考えれば決して高くは無いと思います

皆さんもペットが亡くなった時は葬式、火葬をした方がいいと私は思います

本来はあまり物品は入れてはいけないはずが、スタッフの方の心配りで

16年間飼っていた小型犬が病気で亡くなった際に、近場にできたばかりの某大手葬儀会社系列のペット専門葬儀業者に葬儀を依頼しました。

インターネットですぐに近場のペット葬儀社を検索しましたが、一番新しく綺麗だったことと、葬儀会社の運営であること、また納骨堂も併設されていて後々預けることができることが決めてとなりました。

何もわからないまま電話をすると、感じの良いスタッフの方が親身に対応して下さりました。

一晩は自宅で過ごさせてあげたかったので、その旨を伝えると、どのようにアイシングをすればいいか、連れて来るときの注意点など丁寧に教えてくださり、その時に翌日の葬儀の予約もとりました。

翌日、車で葬儀会場まで向かうと、予約時間をわかっていたからか担当のスタッフの方が表まで迎えに出てくれていて、挨拶をしてくれそれだけでとても安心したのを覚えています。

その後、思い出話を聞いてくれながら希望のスタイルを決め、予算とも相談しながら棺や骨壷、カバー等を決定していきました。

出席者は家族のみ。

葬儀は簡単なお別れ式と火葬。

納骨堂もありますが、一旦は自宅に持ち帰ることにしていました。

全て込みの金額はだいたい6万円くらいだったと記憶しています。

インターネットで検索した際に周辺の相場よりは少し高かったですが、非常に綺麗な施設で、スタッフの方も非常に親身に対応してくださったので、結果とても満足しています。

最後のお別れの時間も十分に取ってくださり、お経こそ無いもののお別れの儀式を一通り行い、写真を撮ったり言葉をかけたり、ゆっくりした時間を過ごせました。

本来はあまり物品は入れてはいけないはずが、スタッフの方の心配りでお気に入りのおもちゃなども入れさせていただきました。

特に印象的だったのは、火葬が終わり別室に呼ばれると綺麗に骨が並べられており、一つ一つの骨がどの辺りなのかを説明してくれたことです。

正直、涙涙でよく見えなかったのですがとても丁寧でしっかりお別れができた感があり感動しました。

先代の犬のお別れの際、まだペット葬儀を丁寧にやってくださる施設が周辺には無く、仕方なく公営の施設に頼んだのですが、何ともひどい施設でほとんど焼却場のような場所に愕然としたということがあり非常に悔やまれていたので、今回は絶対に綺麗で丁寧なところでやってあげたいと思っていました。

結果、希望以上の対応をしてもらい本当に良かったです。

先代犬も同じようにやってあげたかったとの想いは残りますが、今では一緒に綺麗な納骨堂に入っているので安心しています。

ペットがいる方なら、万一の際にどこに頼めばいいのか迷われると思いますが、心残りがないようにするためにもインターネット等で施設の写真や様子、価格をきちんと見て、実際に相談の電話をした際のスタッフの方の対応の丁寧さも選ぶポイントにした方がいいと思います。

他の亡くなったペットも、ダンボールやタオルにくるまれた状態で、金網の中に安置されていました

朝起きたら、ペットのフェレットが亡くなっていました。

少しすると死後硬直でフェレットの体が硬くなりました。

庭に埋めるわけにも行かず、ペットの火葬場へ運びました。

フェレットの体をタオルで巻いて、ダンボールに入れました。

火葬場に着くと、燃やす所のとなりに金網の安置する場所があり、受付でお金を支払ってから、金網の中に入れました。

火葬は一日に何回か行うらしく、他の亡くなったペットも、ダンボールやタオルにくるまれた状態で、金網の中に安置されていました。

母と父と私の3人で行きました。

フェレットは、がんが多いらしく、家で飼っていたフェレットもしこりがあり、目も開いたままで亡くなっていましたので、とてもかわいそうでした。

火葬場に持っていったあとも、心が晴れることはなく、沈んだ気持ちでした。

時間がたって、少しずつですが、火葬してあげてよかったな。

と前向きに思えるようになりました。

はじめは、ペット専用の火葬があるなんて知りませんでしたが、持ってこられている方が意外とたくさんいたので、驚きました。

火葬される時間帯は、分かっているので、帰りの車の中でペットの事を思い出しながら手を合わせました。

私はフェレットの他にも亀を飼っていましたが、その時は庭に埋めて、お墓をつくり、手を合わせただけだったので、ちゃんと火葬場に持っていき、ありがとうね、と声をかけながらお別れして火葬され、燃やされたあともちゃんと手を合わせたので、供養できたのではないかと思います。

ペットとのお別れは、とても辛く悲しいものですが、燃やされている所を実際に見届けるのか、それとも見ていられない方はお別れをしてそのまま帰るのか選ぶことができます。

悲しいですが、命あるもの死はいつか訪れるので、ペットが亡くなった場合は、きちんと火葬して、お墓に埋めて、手を合わせて、お別れしてあげたいな、と思います。

別れが辛いので、もうペットを飼うつもりはありません。

焼き上がった骨をまるで寝ているかのような状態にとても綺麗に丁寧に並べてくれていました

・お葬式の具体的な感じ
ペット霊園が、国道沿いから少し中に入った場所に
ありました。

全体的に静かな森の中にあり、ひっそりとした佇まいで
落ち着いた雰囲気でした。

お葬式の全体の感じは、厳かに行って頂きました。

・費用
個別の立会葬にして頂きました。

もう約9年前の話しですが、
当時の立会葬の費用は
\28、000-でした。

・式の内容
朝9:00頃にはその霊園に自宅からタクシーで行きました。

そこのスタッフの方が私たちを正門に出迎えてくれて、
他のペット達の眠るお墓を一緒に歩き、
事務所に案内してくれました。

事務所の中で、葬儀の方法、骨壺の種類の選択など
説明を受けました。

事務手続きを済ませてから、スタッフの方と一緒に
火葬場に行きました。

私のネコの亡骸は、自宅で綺麗な箱に毛布を入れて
その上に亡骸を寝かせて、
花屋で買って来た花束をネコの周りに散りばめて
霊園に連れて行きました。

それをスタッフの方に見せると、
綺麗な状態になっているので、そのまま火葬しましょう、
と言って下さいました。

スタッフの方と私達で手を合わせて
私のネコと最後のお別れをして、火葬が終わるのを
事務所で待っていました。

ネコの骨が崩れないように、弱火で火葬する為、
約一時間かかりました。

火葬後、スタッフの方に呼ばれて一緒にまた
火葬場に行きました。

骨になってしまった私の猫を
見たくない、と思っていましたが
焼き上がった骨をまるで寝ているかのような状態にとても綺麗に丁寧に並べてくれていました。

あまりにも綺麗だったので、
写真を撮らせてもらいました。

これが頭で、小っちゃい歯も円状に並べてくれて、
ここが肋骨で、尻尾の骨も順番に並べてあって、など
沢山説明して下さいました。

私のネコはシッポがとても短いので
シッポの骨も短くて、
歯並びも生前見ていた
可愛い歯並びで、
骨になってしまっも
一目で私のネコだとわかりました。

しばらく皆で骨を眺めた後に
骨壺にお骨を入れました。

崩れやすい部分はスタッフの方が
入れて下さり、あとは素手でお骨を
持って良いという事だったので
私も素手で骨壺にお骨を入れました。

立会葬が終わった後、
事務所に再び戻り、
スタッフの方々とお話しをしました。

母はペット霊園に納骨を、
私は自宅に連れ帰って、と意見が分かれても
スタッフの方は、私の気が済むまで一緒にいて
納骨したくなったら連れて来て下さいと
言って下さいました。

霊園のスタッフの方々には
とても良くして頂きました。

・だれが来てくれたか
私の母です。

当時、このペット霊園は、
神奈川県大和市の委託で
大和市の主にノラ猫ちゃんが
事故で亡くなったりした亡骸を
引き取って火葬をしていました。

私も職場の近くのノラ猫ちゃんが
事故で亡くなっていたので
大和市に連絡をして、
大和市経由でこの霊園の
スタッフの方に会っていました。

知人のネコちゃんが亡くなった時に、
この霊園で火葬をした時のお骨を
綺麗に並べてくれた写真を
私は見ていました。

お葬式の前後での私の心境の変化は、
特にありませんでした。

火葬場や葬式業者を選ぶ際に
気をつけるとしたら、
近所の口コミが一番わかりやすいと
思います。

私の場合は、事前にこの
ペット霊園を知っていたので
安心、信頼してお葬式をして
頂きました。

このペット霊園の名前は
「あすか」です。

とてもオススメです。

想像していたより、スタッフの方々は親切だった

費用は約2万円程度でした。

またお墓をたてるのかでかわっていきます。

私はお墓は立てず、他のペットと同じ埋葬場を選択しました。

他にもオプションが別途であり、ペットの写真をつけた小さな墓石?やキーホルダーなどありました。

人間同様、お家で仏壇を作れるようなセットもありました。

亡くなった時点で「ペット霊園」に連絡しました。

その電話応対で詳しく連れていく方法などを教えていただき、連れて行きました。

火葬場まで一緒に行き簡単なお経があげられ、お別れの言葉を伝えられるじかんが設けられて、その後火葬しました。

お骨拾いは無く、集団埋葬場に納骨されました。

場所に案内され、説明等あり終わりです。

急な出来事だったので、都合のつく家族で行いました。

ペット霊園は、行く前はもっと簡単に業務的に行われるのかと思っていました。

想像していたより、スタッフの方々は親切で何も分からない私達に優しい口調で教えてくださいました。

人間のお葬式ほどではなく、30分程度のお葬式でしたがそれでも火葬する前にきちんとお別れが伝えられたこと。

お経があがったことで気持ちの整理がすこしついたこともあり、お葬式をあげることの大切さをかんじました。

今までの思い出を思い返したり、涙が止まりませんでしたがお葬式を行えたことで悲しみに向き合えた気がしています。

人間と違い、ペットを軽視する業者もあるかもしれません。

ペットを大切な存在だったと感じていたなら、死というお別れはとても悲しく辛いものです。

きちんとお別れをする場で嫌な思いをしないように、お別れの場できちんと悲しめるように、選べるのであれば業者は選んだほうがいいと思います。

電話対応などでも感じるところがあると思いますので、まずは電話してみることをお勧めします。

金銭面の問題で盛大なお葬式は行えなかったですが、飼い主の方が納得できるお葬式であれば盛大なものでも、小さなものでも構わないと思いますが、お葬式は行ったほうが良いと思います。

小さなお仏壇を購入し、今でも家に置いています

昨年の11月に自宅で飼っていたオスのミニチュアダックスフンドのお葬式を執り行いました。

8歳9か月でした。

クッシング症候群というホルモン異常の疾患から肺炎を患い、想像していたよりもずっと早い別れに、家族全員が深い悲しみに包まれていました。

亡くなったのは深夜の1時半ごろだったので、これからどうするのか、葬儀をするにしても翌日なのでそれまでの間にご遺体をどう処置したらいいのか、全くわからない状態で近所のペット専門の葬儀屋のサイトを閲覧しました。

そこには亡くなってからのご遺体の処置の方法や、実際に葬儀を執り行う際の注意点や手順などが記載されていました。

葬儀方法にもいろいろあって、自宅まで火葬設備のある車に出張してもらう方法や、施設へ連れて行って火葬してもらう方法が選べます。

さらに施設での火葬の際は家族が立ち会う中で行われる立ち合い火葬か、業者さんに納骨までの全てをお任せする一任火葬などが選べます。

私たち家族は施設へ赴き、立ち合い火葬が良いということになり、翌日のお昼過ぎに火葬場へ亡き愛犬を乗せて出発しました。

火葬場には駐車場も完備されており、車での来場にも考慮されていました。

さらに、想像していたよりも多くの先客がおり、やはり立ち合い火葬が最も一般的ということでした。

火葬が始まる前に、しっかりとご遺体を綺麗にしていただき、小さな桐の棺に納められた状態で最後の挨拶を行いました。

火葬が完了するまでの間、私たち家族は別室へと案内され、しばらく休憩を取りました。

火葬が終わり、戻ってきたお骨を納骨する作業に入ります。

この時、私たちの行った火葬場ではお骨の一部を小さなカプセルに詰めて、ペンダントにしていただけるサービスもあるようでしたが、愛犬がまだ若かったこともあり、お骨もしっかり残っていたことから、削ってまでペンダントにするのはかわいそうということになり、すべてをそのまま骨壺に納めていただきました。

最後に支払いに関しての説明がありました。

火葬の料金は、ペットの種類や体重で変わるようですが、愛犬は小型の中では重いほうだったらしく、今回は3万弱だったかと思います。

お骨をペンダントにするサービスを頼む場合は、ペンダント代として追加で料金が加算されるようです。

現金でもカードでも可能ということでした。

私たちはカードで支払いを済ませました。

特に難しい手続きなどはなく、役所への届け出などはスタッフの方がお手伝いしてくれました。

スタッフの方々には終始ご親切にしていただいて、最後まで暖かい気持ちでお見送りをすることができました。

火葬をしたことで、改めて亡くなったことを再認識することになり、寂しい気持ちもありますが、ペットを人と同じような扱いで接してくれたことにとても安堵しています。

お骨は、ペット霊園などへ納骨することも可能ですが、我が家の場合は小さなお仏壇を購入し、今でも家に置いています。

ペットの葬儀に関してはいろいろな方法がありますが、やはり大切な家族ですから、火葬場で人と同じように火葬をしていただいて、お骨を拾ってあげる方法が残された家族にもペットにも一番優しいのではないかと思いました。

これで以上になりますが、少しでもペットを飼っている方への参考になればお思います。

ありがとうございました。

ペットの火葬もできるお寺にいって満足した

約16年間家族の一員であった猫を病気で亡くしてしまい火葬してもらいました。

初めは市の焼き場で火葬してもらおうかと思っていたんですが、決めかねていたところ母からペットの火葬もできるお寺を紹介してもらったのです。

自宅から車で30分以上かかる場所だったけど、市の焼き場に行くよりもそちらの方がしっかり供養してもらえるためお願いしました。

費用は全て込みで3万円。

事前に費用は聞いていてその金額に納得して利用しました。

ペット専用の骨壺がありとても美しい入れ物に骨壺を入れてくれます。

人間のそれと比べても何一つ見劣りしません。

火葬する前は住職がお経をあげてくれました。

時間にして15分くらいだったと思いますが充分な供養になったと感じましたよ。

住職はもちろん正装でとても厳かな雰囲気。

それまで張り詰めていた心の糸がふわっと緩んで涙が止りませんでした。

同行したのはわたしの娘とわたしの母です。

みんなその子のことが大好きだったのです。

大好きな人たちに見守られながら天国へ旅立ち幸せだったと思います。

猫特有の腎臓が悪くなる病気で亡くなったため最後は尿が出なくなりとても苦しい状態でした。

そのような思いをさせてしまって情けない思いでいっぱいでしたから、最後の最後くらい悔いが残らないようにしたかったのです。

3万円という金額が高いのか安いのかは分かりません。

でもわたしは納得しました。

現在その子の骨壺は自宅にあります。

お寺に預ける方法と自宅へ持って帰る方法が選べわたしは連れて帰りたいと思いました。

骨壺を保管する部屋を見せてもらうと本当にきれいな部屋で、ここに置いたら友達がたくさんできて寂しくないかも・・・と思いましたが、16年間も一緒に生活した子をここに置いて帰って良いのだろうか・・・と。

しばらく考えましたが火葬したその日に骨壺を持って帰りました。

その子の骨壺はリビングの1番良い場所に置いてあります。

毎日声をかけお水をあげています。

立会い個別火葬(拾骨・返骨ありがオススメできると思います

闘病の末なくなったペットの葬儀を二度利用したことがあります。

インターネットで検索をし、「立会い個別火葬」のできる業者を探しました。

「立会い個別火葬」というのは、飼い主の希望する場所(自宅以外も可)に火葬車がきて、なくなったペット一個体のみを火葬する方法です。

利用したのは民間のペットセレモニー系会社です。

24時間対応で、なくなった日の夜に電話をし、日時調整の結果翌日の夕方に来ました。

担当の方は喪服姿で、「この度はご愁傷様でした」と、とても丁寧にご挨拶してくださいました。

火葬の流れの説明や一緒に燃やしても問題ないもの(お気に入りのオヤツやお花)を受け、「準備ができたらお越しください」と、最後のお別れの時間も設けてくださいました。

お別れの後、駐車場に待機された火葬車で、火葬をしました。

業者にもよるでしょうが、火葬のスイッチボタンを私自身の手で入れました。

愛犬は2kgほどの小型犬でしたので、火葬時間は60分ほどだと思います。

火葬が終わると、お骨を持ってきてくださいました。

骨はバラバラになりつつも、頭蓋骨、頸椎、背骨…と、頭から足の先まで身体の形のままで見せてくれました。

「黒くなっているところは少し悪かったところ、色がついているのは点滴や薬の色ですね」等教えて下さり、最後まで頑張ったのだな、と知ることができました。

骨は料金内の骨壺に納骨をします。

人間と同じように箸でひろいます。

骨壺にいれるのも、足の骨から、一番上に頭蓋骨がくるように、とのことです。

最後に立派なカバーをかけてくれます。

ちなみに、一部骨壺に入れないで手元に持っておくことも可能です。

私自身、小さい爪の骨などは別にしてもらいました。

骨壺は、自分でずっと持っててもいいですし、ペット霊園に収めるのもいいと思います。

自分が死ぬ時に一緒に…という人もいるようです。

お葬式自体はトータルで2時間と少し、といったところでしょうか。

サービスとして後日、メールで送ったペットの写真を加工してオリジナルフォトフレームにいれてプレゼントくださいました。

金額は全て込みで2万3000円くらいです。

大型の動物であればあるほど金額も時間もかかるようです。

ペットの葬儀は多種多様です。

行政であれば一括して火葬しますし、民間でも立会い、拾骨、返骨の有無等でプランも金額も異なります。

飼い主の思想や事情にあわせて選択すると良いと思いますが、個人としては長年連れそり癒しをくれた家族ですから、やはり安心して手厚くお見送りしたいと思います。

また、ペットの死は「もっとこうしてあげればよかった」と飼い主が後悔することも少なくありませんから、自己満足であっても、自分が「ここまでやってあげられた」と納得した見送り方をする事は重要だと思います。

中には悪徳業者もいるようですので、ペット仲間や口コミ等を確認する事、また、わが子がきちんと火葬されたことを確認したいのであれば「立会い個別火葬(拾骨・返骨あり)」を選択されるのが良いと思います。

動物の供養を行っているお寺で葬儀をして満足した

 動物の葬儀を行っているお寺でお葬式をしました。

 自宅で看取りましたが、お世話になっている動物病院に相談をして、動物の葬儀を行っているお寺を紹介していただきました。

 段ボールに入れて、その中にお気に入りの毛布やおもちゃ、ごはんなどを入れ、お花で飾り、自宅で娘と一緒にお通夜をしました。

 翌日、紹介をされたお寺に出向きました。

 お寺では、申込書に必要事項を記載し、葬儀の種類を選びました。

個人で行うもの、合同で行うもの、お葬儀のあと、火葬をする際、個人で行うもの、合同で行うもの、その後、お骨を自分で拾う場合、そうではない場合、お骨を入れる入れ物をどうするか、そういったようなことを、自分で選択をするようになっていました。

それによって、かかる時間や、費用などが異なるようになっていました。

 うちの場合は、葬儀は合同で、また、その後の火葬は個人で、骨は拾っていただき、標準的な骨壺に入れてもらい、それを後日受け取りに行く、というスタイルにしました。

 費用は実際のところ、よく覚えていませんが、べらぼうに高かったという印象はありません。

 お寺は、人間を対象としたお寺も同じ敷地内にあるようなところであり、お坊さんもきちんとした方で、お経もきちんとあげていただきましたので、とりあえずは満足をしています。

 そのお寺のホームページを拝見すると、移動車で火葬をしてくれる業者もあるようですが、そういった業者は悪徳業者が多く、お勧めできない、と記載されていました。

そういう業者があること自体を知りませんでしたが、大切な家族ですので、きちんとした形でお葬儀をしてやりたい、と思っていましたので、今回のお寺でお葬儀ができたことは満足をしてます。

 葬儀への参列は、本来ならば、娘と私のつもりでしたが、娘は仕事が休めず、結局私一人で参列しました。

 私は喪服で参列しましたが、合同葬であったので、他の方もいらっしゃり、その方々は、平服でした。

 お葬儀をすることにより、きっと残されたものの自己満足なのでしょうけれど、きちんとお別れができた、と思えます。

 その後も人間と同じように、期日ごとの法要をそのお寺でしました。

また、骨壺も四十九日が終わったら、合同のお墓に埋葬していただきました。

 概ね満足をしています。

ペット葬は業者さんの人柄が大事

私は個人でペット用葬儀を営んでいる業者を利用しました。

我が家では、ペットが病気でもう先が長くないと悟った時に、事前にいくつかの葬儀業者さんを調べ、直接出向いていろいろ話を聞きました。

その中で、その業者さんの人となりを見て、この人ならというのを決めていました。

なので、いざ連絡したときも覚えていてくれて、父が入院した旨を伝えると、火葬場の空き状況を調べてくれて、すぐに日時を提案してきてくれました。

迅速に対応してくれて、とても助かりました。

その業者さんは、火葬の手配、火葬までの亡骸保管、火葬後も遺骨を預かって、定期的に供養してくれるところでした。

ペットが亡くなった日に、一番かわいがっていた父が入院していたため、退院の日まで亡骸を預かってくれました。

ちょうどペットを亡くしたご家庭が多く、忙しかったようですが、家庭の事情を考慮して、親切に対応してくれました。

この業者さんは自身も可愛がっていたペットを亡くしたときの経験から、遺族の心情を察してくれていて、とても感じが良かったです。

初めは亡骸をいれる箱が白い段ボールだったのですが、あとから1万円の桐の箱に変えました。

そのとき、とてもきれいな供花をくれました。

火葬当日、この業者さんは火葬する直前まで、業務的な感じを一切出さず、とても親切に対応してくれました。

家族同然であったため、悲しみはとても深かったのですが、感じのいい業者さんでよかったとつくづく思いました。

1周忌は、この業者さんのオフィス兼遺骨安置所での合同供養に参加し、他のペットたちと一緒に供養してもらいました。

お骨は未だ自宅保管ですが、気持ちの整理がついたときは、こちらに預け、定期的に供養したいと思います。

その供養に参列するためにも通いやすいところがいいと思います。

こちらが我が家から車で10分程度のところにありますので、いつでも行きやすいというのは業者選びのひとつのポイントではと思います。

・家から近い
・業者さんの人となり
を重視で選ぶことをオススメします。

流れ作業的な犬の葬式にショックを受けた

お願いしたところにもよると思うのですが、結構業務的というか、はい次、はい次。

って感じがしたので、正直ペットへの想いを馳せることもなく、言われることも台本を読んだような言葉ばかりだったため、「こんなもんか」っていう印象を受けたのを覚えています。

もう少し、うちの子に敬意を払ってくれと言いたかったです。

費用は、5万ほどでした。

体を洗い、お布団に寝かせる。

撮影と火葬と。

といった内容で、担当の方が来ました。

うちの愛犬に対しての想いをもう少しくんでほしい。

と思いました。

はじめて利用したので、こちらの期待値も高かったかもしれませんが、ちょっと期待はずれだった。

という印象でした。

正直、対応によるかと思います。

なので、流れ作業で業務的にされるのであれば、自分でコーディネートして、自分なりの想いを込めた葬儀をしてあげればよかったな、という心境になりました。

サイトで良いことばかり書いてある業者や、「なになにNO.1」とか「なんとか申請取得してます」とか、そういう文句ばかり書いてあるサイトはあまり信用できないと思ったので、やっぱり実際に利用した方が、対応が本当に良かった!ていう方に紹介してもらったところが信用できる。

と思いました。

あと、オプションのような多種多様な対応をしてもらえるか?どうか?が大事だな、と思います。

ちょっとわがままかもしれませんが、やっぱり、家族なので愛犬への想いってみなさんそれぞれ違うと思います。

その想いを柔軟に対応できるようなオプションがある業者さんが良いな、と思いました。

あと、事前の確認もフォームやチェックボタンに入れるだけ。

というような作業が多いところは信用があまりできないから、直接の打ち合わせか、それかせめて電話での心ある対応をしてくれるところを選ぶことを他の方へはお勧めしたいです。

あと、偏見かもしれないですが、来てくれる担当者さんは、若い方でも「私も愛犬を亡くしましたのでお気持ちはわかります」ぐらいの方の方があたたかさを感じます。

こっちは、子供を亡くしたと思ってるので。

※この記事はhttps://baocaotaichinh.info/を運営されていたマヤさんから譲渡していただきました。