犬猫などペットの葬儀の体験談

26歳男、実家にいた時の兎、これからの愛猫

私は今一人暮らしをしている26歳の男性である。

実家を出る前に一度飼っていたペットが天国に行ってしまったことがある。

ワラビーという名前のウサギであった。

種類はアメリカンファジーロップイヤーという毛が非常に長く耳の垂れた子で今まで私が目にしてきたウサギとは全く異なる容姿であった。

確か生後半年くらいに我が家に来た子だったから亡くなった2歳というのはウサギの中でもかなり早死に該当すると思う。

私はその頃ワラビーに対して可愛らしいなという感情くらいしか持ち合わせていなく、死を知った瞬間の時の情景などの記憶を今は思い出すことが出来ない。

母親の意思で飼いだした子だったので母親は家族の中の誰よりもワラビーに対して愛情を持っていただろうと思われる。

夜中ゲージの中で少し暴れまわり力尽きて永遠の眠りに落ちるという過程だったらしい。

葬式は隣の市内にある小さなペット葬儀屋だった。

もちろん来客は私たちの家族しかいなく、空気も非常に重いモノだった。

家族は非常に悲しんでおり、父親と私を除く、母親、弟、妹は焼却前には涙を強く流していたと記憶している。

正直なところ私はワラビーが死んだということにそこまでの悲観的な感情を抱くことが出来なかったのである。

母親はその後ペットロスから鬱症状が出始めてしまい家族間の生活にも色々な歪みが生じ始めた。

家族でペットを飼っている方たちにはよくある事だが子供が大きくなり親の言うこともすんなり無条件で首を縦にふることもなくなり自分の意思を持ち、一人の人間となる。

そこに寂しさ、虚しさを抱えた親がペットを飼い足りない部分を埋めてもらう。

そんなケースの一つだったと今なら理解できて、フリでもよかったから私も悲しむべきだったなと強く後悔しているし、その後、母親を支えるべきだったよなとも感じている。

私は一人暮らしをすると同時に実家から猫を一匹連れてきた。

ミャーさんと言うとても大人しい男の子だ。

声を発する時はいつも不満があるような鳴き声で急いでいる時など少しイラっとするときもあるが決して怒らないと決めている。

もしかしたらミャーさんが亡くなった時、私は涙を流さないのかもしれない。

けど1日1日を大切に丁寧に過ごす事がとても大事な事なんだと言うことをこの記事の作成中に深く感じることになった。