犬猫などペットの葬儀の体験談

64歳女性 愛犬をペット霊園でお葬式 ありがとう

シニア女性です。

今は夫と二人暮らしです。

子供と3人アパート暮らしから、今の家に移った頃あの子と出会いました。

そこは郊外の繁殖センターでしたが、繁殖センターと言いながら、ゲージにいたのはその子だけでした。

痩せっぽちで毛並みも良いとは言えない茶色いシェルティでした。

予約もせずに行ったのでしょうがないとは思ったものの、帰ろかとしていたら、当時小学校2年生の息子が私の手を握りもそもそとしているのです。

「どうしたの?この子がいいの?」と尋ねたら、「うん」。

家に連れて帰ると、それはそれはキュートなお嬢ちゃんでした。

お目目が特に可愛かった。

寂しがりやで、少しでも人の気配がなくなると「クンクン」と泣いている子でした。

その子の成長は、息子の思春期への成長と同じ時間を過ごすことになります。

小学校時代はよく息子と3人で散歩をしました。

レジ袋にちり紙を入れて、息子もウンチをちゃんと拾いました。

よく思い出すのは道路に雪が残っている冬のことです。

その頃息子は九九を習ったばかりで毎日練習でしたが、散歩の時にも私も一緒に九九を口にしながら歩いたのを覚えています。

とても幸せなひと時でした。

息子は一人っ子なので、兄弟がいないせいか、いつの間にか自分のことを「おにいちゃん」とその子に向かって話しかけるようになりました。

本当に中のいい二人でした。

学校で嫌なことがあって塞いている息子に体の一部をくっつけて、いつまでもそばにいてくれていました。

息子が中学に入ってすぐ、部活でのいじめで息子は学校を休みがちになったり、気持ちが不安定になったりしました。

その延長戦で、ものを投げたり、壊したり大きな声を上げることもありました。

同じ頃、夫もまた精神的に荒れていました。

主に仕事のことなのでしょうけれども「面白くない!」「黙れ!」などと怒鳴り散らし、壁を蹴って穴を開けたり、ものを投げてガラスを割ったりと散々な状態でした。

その場に息子はいないことが多かったのですが、一番の被害者はもしかしてこの子だったのかもしれません。

怯えた様子で私に寄り付いてくることが多かったです。

嵐がすぎると嘘のように穏やかそうに見える人になる夫ではありましたが、私もこの子も心の中にある恐怖や怯えなどは拭い去ることはできませんでした。

家庭内はというより、夫を入れた家庭は「家庭」とは言えない状態でした。

そうこうしながらも、息子は大学受験を終え、1000キロも離れたところにある大学に行くことになりました。

そのころは震災のあった時期で、鉄道は動いていない状態でしたので早朝の長距離バスに息子を送っていき、自宅に戻った頃には夜が明けていました。

家の中を探してもいつもの自分のベットにその子がいません。

探し回ると、主がいなくなった息子の部屋に東の窓から日が差し床を照らしていました。

そこにその子はポツンと丸まっていました。

大好きな「にいちゃん」がいなくなったのがわかったのだと思います。

その頃には心臓が弱くなっているのを感じました。

散歩に連れて行っても歩きたがらず、抱っこをせがむこともありました。

でもバカな飼い主はまさか死が近いことなど考えもしませんでした。

ある時、夫が急に医者に連れて行くと言いだしました。

私たちは小さな会社を経営しており、その経営状態は常に危うい状態でした。

常に金は不足し、そのため息子にも遠くの国公立大学に行ってもらったのでした。

そんなこともあり、その子に医療費をかけることも控えめにしてしまっていました。

ギリギリになって医者に連れて行っても、もはやあとは見送るだけなんでしょう。

私にはわかりました。

でも夫は、入院入院と訴えていましたが、お医者さんの態度には「自宅で見送ったほうがこの子の幸せになるのでは」というのが見受けられたし、私もそうだったのでそのまま抱っこして家に帰ってきました。

その頃にはチアノーゼも見られるようになっていました。

その晩、私が寝ている部屋にその子がよろよろとやってきました。

寝ている私の周りをぐるぐると回り始めたのです。

心臓が苦しそうでした。

ハアハアと息をしているその子を横にならせようとしたのですが、横になるのが返って辛いようでしたので、起きてこたつに入り、しばらくの間その子を抱っこして心臓に圧迫がないようにしていました。

そこに私の悪魔が訪れて、「そろそろ寝ない?」とその子をいつもの寝床に連れていき、私もそのまま寝てしまいました。

それはその子なりの別れの挨拶だったのかもしれません。

翌日も、夫は医者に連れて行こうと言い張りました。

そういう時の夫はだだこね状態みたいになるので、その通りにするしかありませんでした。

医者の対応は同じでした。

自宅に戻ると夫は仕事に出ていきました。

ソファにその子を寝かせ対面式のキッチンで洗い物を始めたら、その子は起き上がって私を見つめたと思ったら、ソファからおり、そのまま気を失いまhした。

びっくりして近寄ると体は力が抜けふにゃりとした感じでした。

名前を呼びかけるとふっと、力が少し入ったようでちょっと起き上がりましたが、またいっとき命が遠のきはじめ、体の力が抜け力尽きようとしましたが、再度名前を呼び、体をさすると再び目を開けました。

足元に抱いて名前を呼び続けると、じっと私の目を見ていました。

瞳孔が少しずつ大きくなるのがわかりました。

そして私の目を見続けながら、その子は召されました。

そのあとは体を拭き、タオルケットに包み、周りに花をあしらって、葬儀の準備や予約をして、息子の帰りと夫の帰りを待ちました。

葬儀の予約をとり、翌日火葬の前に冷たくなったその子の頬に、私の頬を寄せました。

息子も同じようにしました。

後悔はあります。

医者にもっと早く連れて行けばよかったとか、家庭内の問題をこの子の命にも影響を及ぼしてしまったのではないかとか。

でも、息子も私も楽しかったたくさんの思い出があります。

今でも彼女はそばにいます。

冷たいかもしれませんが、まずはいきている人間です。

ペットはその次の対応になってしまうのはやむを得ないと思っています。

それでも、彼女は家族でした。

ありがとう。