犬猫などペットの葬儀の体験談

30歳女、犬の火葬を斎場でしてもらった後悔

私は30歳の女性です。

小学生の頃から雑種犬を飼っていました。

名前はコロと言います。

コロとは、地域誌に掲載されている『貰ってください』の欄がきっかけで出会いました。

名前を考えているうちに、父母が勝手に「コロ、コロ」と呼びだしたので名前がコロに決まりましたが、今思えば、小さくコロコロした姿はコロにぴったりだったと思います。

うちに来てひと月も経たないときのことでした。

私は小学4年生で、奈良に旅行に行っていました。

夏休みで、8月のはじめだったと記憶しています。

私が旅行から帰ると、家に来たばかりのコロが、左の後ろ脚を引きずって歩いているのです。

散歩をしているときに、排水溝に足を引っかけて骨折したと両親は言っていました。

当然、すぐに動物病院にも連れて行きました。

ひと月の間で、両親にとってもコロは家族当然の存在になっていたからです。

しかし、動物病院での対応は、『これくらいの子犬の骨折は、よくある事で、骨が柔らかいからすぐに治る。

何もしなくても良い』ということでした。

そんなわけないだろう、と私は憤り、子どもながらに、医者に不信感を抱いたのですが、その時の怒りを、もっと表に出して、他の医者に診てもらうなりすれば良かったと今では後悔しています。

それが、コロの死因に繋がったのですから。

骨を折ってから、コロは、ずっと左の後ろ脚を庇うような、不思議な歩き方が癖になってしまいました。

怪我が治ってもその歩き方だけは治りませんでした。

コロは散歩が大好きで、決まった時間になると散歩に連れていってくれ、と言うように吠え始め、私が犬好きの友達と一緒に散歩をしました。

早く早く、と急ぐようにリードを引っ張るコロの後ろ姿を、今でも時々思い出します。

その後ろ姿はやはり、元気があっても、片足を庇うようないびつな後ろ姿なのでした。

思い出すたびに後悔します。

どうして、私はコロと過ごした12年のうちに、そのいびつさを取り除く努力をしなかったのかと、機会は何度でもあったし、たとえ小学4年生ではわからなくても、12年も一緒に居たら、少し考えればわかることだったのに、なぜ、考えなかったのか、コロはいつも笑っているような顔をしていたから、私は甘えていたのかもしれません。

笑っているように見えたあの顔の下で、コロは痛みに耐えていたのかもしれません。

それを思うと、自分の情けなさで泣きたくなります。

コロと生活して12年経ち、あれほど大好きだった散歩を、急に嫌がるようになり、いつもリードを引っ張って走り出しそうだった歩みは、急に衰え始めてしまいました。

年齢も犬の12歳といえばおじいさんですから、そういうものなのかな、と思いつつも心配で動物病院に連れていくと、加齢以外にも、コロの命の火を消そうとするものが、身体の中に潜んでいることが判明したのです。

それが、うちにやってきてひと月の骨折でした。

骨折した部位が加齢に伴い脆くなり、そこからばい菌が入り込み、身体を苦しめているのだというのです。

食事もほとんど取れなくなり、9月26日の夜、コロはその一生を終えました。

私たちにとってコロは家族そのものであったので、斎場で火葬する、というのは当たり前に思いついたことでした。

私はその頃、もう成人しており、弟と一緒に、地元の斎場でお願いして、コロを火葬してもらいました。

私と弟は喪服で向かいましたが、ペット用の火葬場というのは、ゴミ焼却炉のような場所で、担当の方も、私の職場について尋ねてきたり、共通の知り合いの話を突然する等、とても家族を気遣うようなことを言ってはくれず、どうしてこんなところで火葬したのか、家族でひっそり、土に埋めてあげれば良かったと悲しんだものです。

参考:合同で火葬の問題点
しかし、葬式、という行為は正しい選択だと思いました。

焼き場から、違うルートで家を帰るとき、自分が知る、葬式のルールに則っていると、コロが本当に死んでしまったという事実を認め、受け入れることができました。

遺灰は庭に埋め、そこは今も空き地になっています。

もし、ペットの死に直面する可能性を少しでも考えた方は、参考になるかどうかわかりませんが、喪服を着て、誰かと葬式の形式を取ることが、心に一時のけじめをつける方法として有効であるとお伝えいたします。

ですが、何よりペットの体調の変化には、すぐに対応してください。

一時のけじめをつけることができても、やはり、私はコロの思い出を辿るとき、あのいびつな後ろ姿に罪悪感を感じてしまいます。