私の決断は間違っていたのかもと今でも自分を責めてしまいます。

私が26歳の時、友達のお家で飼われていた、フェレットの「くう」ちゃん。遊びに行くたびに可愛くって触らせてもらっていました。ある日、友達が妊娠し、病院でフェレットとの生活がNGだと言われたそうです。

実家でフェレットを飼っていた経験がある私は、一緒に暮らしていた彼に引き取り育てる許可をもらいました。

新しく家族となったくうは可愛くてお利口な女の子。仕事から帰り、ケージの中で幸せそうにしている姿が私の幸せでした。毎日ケージから出し、遊びました。時折ポテトチップスの袋を引きずって行こうとしたりとやんちゃな一面もありました。

友達の家で約3年暮らし、私の家族になって2年。フェレットの寿命が短いのも覚悟の上でした。そんな時、病気になりました。急に発作みたいになって倒れたりしました。病院に行き調べたところ「転換」だと、心臓も弱っていると。ただ、フェレットの病気は前例が少ないため、出来ることはないと言われました。

他の、病院も当たりましたが、田舎のためかどの病院も同じかもしくは、診る事が出来ないと。。私に出来ることはないのか、何かしてあげられないのか苦しみました。それでも、一生懸命対応してくれる病院と話会いながら、生活をしていました。

仕事に行くのが不安になり、寝るのが怖くなり。毎日くうの事を考えては泣き、何も出来ない自分が悔しく無力だと何度も攻めました。

仕事は、続けましたが遅刻・早退をたびたびさせてもらっていました。会社では、「そんなことで」とか「仕事だよ」とか言われましたが、「あなたたちに私の気持ちはわからない」耐えました。2ヶ月くらいで、容態は急変しました。1日の転換の回数も増え、御飯も食べない。もうだめかもしれない…そんな風に思ってしまいました。病院に相談し、朝預けて仕事帰りに迎えに来る日々が始まりました。

ICUに入れてもらって、栄養剤の点滴を打ってもらったり…。そんな日が2週間ほど続き、ある日の夜中亡くなりました。最後に発作が起こり、私の膝の上であまり苦しまず逝きました。

ありがとう。病院じゃなくて私の腕の中で最期を過ごしてくれて。ごめんね。何もしてあげられなくて。そんな思いで、くうを抱いたまま5時間ほど経っていました。何を考えていたかは思い出せません。「無」だったと思います。

まず、仕事を休みたいと会社に連絡をして休ませてもらいました。が、ペットでしょ、長く休まないでねと言われました。ペットではなく、家族です。大事な娘なのに。と思いました。

そして病院に電話をして、「今日からの治療は必要ありません」と状況を説明しました。病院の先生は、もし出来る事なら解剖させてほしいと。私は、悩みましたが解剖してもらいました。最後、亡くなった原因もわかりました。でも、何よりこれから大事な家族が私と同じようにならないように、医療の役に立ちたい、くうの生きていた意味を残したいと思いました。

でも、間違っていたかもしれないと13年たった今も後悔しています。くう・・・本当は嫌だったよね。ごめんね。もう一度会うことが出来たら抱きしめたい。聞くことが出来るなら、幸せだったか聞きたい。伝えることが出来るなら、大好きだよと伝えたい。

当分涙が止まらず、車の運転も泣きながら通勤しました。
会社でも、時々トイレに駆け込むほどきっかけもなく泣けてきました。休みは外に出ず、くうの使っていたケージの近くで過ごしました。「ペットの話はしないで」と何度も思いました。今でも命日には大好きだったお菓子をお供えして、お話します。

もうこんな悲しい思いをするならペットは飼わない。そう思いました。悲しくてもう無理だと思いましたが、くうが出会いの大切さや、一緒に過ごす幸せを教えてくれたことも思い出せるようになりました。あれから13年今は、猫との生活をしています。

私が選んだフェレットとの最後の過ごし方に後悔はない。

今年の春、5年間飼っていたフェレットのエクアが亡くなりました。
エクアを飼ったきっかけは、先に飼っていたフェレットのココアが1匹で寂しいかと思いフェレットの購入を検討していました。

エクアはペットショップの中でも成長している状態で、噛み癖があり、身体も病気がちと言われ売れ残りのフェレットでした。
この子が売れ残り差し処分されると思うと可哀そうでお迎えすることにしました。

お迎えしてからは、躾の為に手を噛まれ痛い思いをしたり、風邪を引いて救急病院に連れていくこともありました。手がかかる子ではありましたが、愛情をいっぱい注いで飼っているうちに噛み癖も治り、身体も強くなり元気で優しい子になりました。
長く生きないと思っていたエクアが5年も生きてくれた事は、とても嬉しかったです。

最後は突然でした。
元気だったエクアが亡くなる1週間ぐらい前から力が弱くなり毛が抜けだしました。
病院に連れて行くことも検討しましたが、高齢のフェレットが外出することは体力的に大変で病院に連れて行っても寿命が近い。
そして病院に行ってつらい治療に耐えられるか、延命することによって辛い思いをするのではないかと思い病院には連れて行きませんでした。

病院に連れて行かないことに決め、自宅で看病することにしました。
だんだん体力が無くなり最後には自分でご飯を食べることも、水を飲むこともできなくなっていました。
ちょうど会社が連休で3時間に1回抱きながら栄養剤や水を口に運んであげました。

最後は静かに息を引き取りました。
覚悟はしていたものの5年間一緒に過ごした時間は幸せで涙が止まりませんでした。
今でも病院に連れて行くべきだったのかなと考える事がありますが、寿命と体力的なことを考えると自宅で一緒の時間を過ごせて良かったのかなと思っています。

フェレットの死で知る悲しみ。精神の安定とともに心の支えに。

小学校の頃、家族で休日にペットショップに行きそこのショップで私がある一匹のフェレットに一目惚れしてしまい、飼う事になりました。名前はチミー。チミーはケージから出してあげると元気よく家じゅうを走り回ったりするとても活発な男の子でした。
ある日の夜の事です。いつもなら音を立てるとすぐに反応するチミーですが、その時は名前を呼んでもケージの中のハンモックから全く動きませんでした。初めこそ寝ているのかなと思いましたが、ゲージを開けてあげても、顔をあげる事もありませんでした。呼吸はしていましたが、とても弱弱しかったです。
私はチミーを胸に抱いて、いそいで母親のところへ向かいました。チミーの首は全く力が入っておらず、だらりと生生しく垂れていたのを今でも思い出します。
母親は撫でいてあげてと、優しい声で言っていました。私は泣きじゃくりながら、チミーが良くなることを願いながら撫でましたが、少しして私の腕の中でチミーは天国へ行きました。
それまでペットを飼ったことがなかった私は、初めて動物の死を目の前で体験し、とてもショックを受けました。泣きつかれて寝た翌日、学校へ行きそして帰って来たときに、空のケージを見て、もうチミーはこの世にいないんだと強く実感したのを覚えています。
数日はとても悲しい日々でしたが、時間とともに徐々に私の精神は安定していきました。
亡くなった事はとても悲しいけれど、チミーと過ごした楽しい思い出、チミーの可愛い姿は私の心にいつまでも残っています。
チミー。あの頃一緒に遊んでくれてありがとう。