11年間一緒に暮らした金魚

忘れもしない1998年11月3日、私は東京都内の祭りで金魚掬いを行い、8匹の金魚と出会いました。8匹の内7匹はエアレーションの付け忘れで死なせてしまいましたが、残る1匹は他の7匹からいじめを受けていたので他の水槽に隔離しており、その水槽ではきちんとエアレーションを付けていたので無事に生きていました。

いじめを受けていたその金魚は内臓が見えるほど体がぼろぼろで片目が外傷によって白く濁っていたのですが、きちんと世話をした結果外傷が治り、最終的に11年生きました。

2009年の初夏の頃、その金魚はどこか様子がおかしかったのです。お腹が張っているので腸炎か何かかと思ったのですが、数日様子を見ている間に息を引き取りました。

最後の2、3年間は学校生活で忙しく、餌やりも1週間に1度まとめて食べさせるなどどこか投げやりになっていました。水槽掃除も3ヶ月に1回しか行っていませんでした。そんないい加減な私をあの子は黙って見守ってくれました。もっと丁寧に育てていればもっと長生きしたのかもしれないと、後悔しました。

命ある者はいつか死に行くと割り切っていたのですが、あの子が死んでから1週間ほど、夜中に目が覚めることがありました。しかし私が死んだあの子を埋葬した庭のある場所に草の芽が出たのを見て、あの子が私の怠慢な飼育を許してくれたのだと勝手に思うようにしました。

もしペットを喪って辛い思いをしているなら、どこかで「飼っていたペットが自分を許してくれた」と思うのが良いでしょう。もし私があの子とどこかでまた会えるなら「お前は幸せだったか?」と質問したいと思います。

共食いの末に亡くなった鯉たち。今も残る後悔と疑問と想い。

小学校の頃、自宅で鯉を7匹飼っていました。

最初はお祭りで金魚すくいと同じような出店で鯉のつかみ取りで3匹飼い始めました。
大きいオスが2匹、メスが一匹。1年後、メスが4匹の子どもを産みました。

鯉は本来水槽で飼うべきではないのですが我が家には庭があまりおおきくなかったため、水槽で飼っていました。あまりに大きくなりすぎて大きな水槽が2つ必要になってしまいました。

それから3年の間、毎日エサやりをし、1週間ごとに水槽の清掃をしていました。
鯉は池や川で生きていることからあまりきれいな水ではなくても生きていけるイメージがありますが実は綺麗好きで、我が家ではカルキ抜きをした水道水にろ過した雨水を混ぜたものを水槽に入れていました。
藻草なども入れ、食べ残ししたエサはこまめにすくい取るなどの工夫していました。

我が家の鯉たちが一番好きだったエサは青魚を焼いたものです。
小骨を丁寧にすり潰したものをあげていました。今思えば、これが良くなかったのだと思います。

最初の三匹を飼い始めて4年がたった、年末。
当時の鉄道で半日かかる親戚の家にお正月を過ごしに家を空けることになりました。
7匹の鯉は連れていけないので、年末年始の3日間分のエサを水槽に入れていえをでました。
今までも2日ぐらいは家を空けたことがあり、その間に鯉たちはエサを分け合っていたので大丈夫だと思っていました。

そして、年が明けて帰宅したその日家で見たのは2つあるうちの水槽の最初につかみ取った大きいオスの一匹がいる水槽。
同じ水槽にあと、2匹いたはずなのに浮いていたのは鯉の骨でした。
1匹だけいた鯉もところどころ鱗がはがれていたりと怪我をしていました。
お腹が空いた鯉たちは共食いしはじめたのでしょう。弱肉強食の世界で体格の大きな鯉が生き残ったというわけです。生き残った1匹も怪我が原因でそのあとすぐに死んでしまいました。
もう片方の水槽では比較的体格が小さな鯉たちだったため、4匹いても共食いすることなくエサで3日間乗り切ってくれました。

鯉たちにひもじい思いをさせて申し訳なく思うと同時に4年も一緒に育ってきた仲間を食べるなんてと驚きを隠せませんでした。

もちろん鯉にも様々な葛藤があったと思います。
それでもお互いをつつきあい、殺さなければ殺されるという恐怖があったのでしょう。
そんな動物、自然界での弱肉強食の摂理を目の当たりにし当時小学生だった私はショックと後悔をしばらく引きずりました。

もう少し、多くエサをあげていれば… もう1日早く家に帰っていれば…
そんな思いがありました。

それから20年。
私は鯉が死んでしまって以来ペットを飼っていません。
もちろんペット同士の共食いなんてそうそうないことだとはわかっていますが、
それでも当時小学生だった私は自分の責任感のなさ、危機管理能力のなさに絶望しました。
そんな私がまたペットを飼ってもいいのか悩んでいます。
私の不注意で大切なペットが苦しむのはもう嫌です。

もし、あの時共食いされたした鯉たちと話すことができたなら。
鯉たちは何をいうのでしょうか。

エサを十分においていかなかった私を責めるのでしょうか。
それとも私を慰めてくれるのでしょうか。

無知で行動が遅い飼い主でごめんね。金魚を亡くしてから知ったいろいろなこと。

私は両親と姉の4人家族で、幼い頃は、小さな団地に住んでいたので、母からペットを飼うことは禁止されていました。
そのため、幼い頃からの夢はペットをかうことでした。

成人し、姉と2人暮らしを始めてすぐにペットショップに行き、本当はワンちゃんやネコちゃんを飼いたかったのですが、ペットショップで見つけた金魚に心を奪われ、金魚を飼うことになりました。
金魚は、ピンポン玉のような形で、唇が赤かったので「リップ」と名付け、毎日水槽の中を楽しそうに泳ぐ姿を見て、ほんとうに飼ってよかったなと思っていました。

リップを飼って半年ほど過ぎた頃に、リップに友達を、と思い、もう一匹、新しく金魚を飼い、頭に赤い丸い模様があったので、「日の丸」と名付けました。

日の丸と一緒に暮らすようになって2~3日たったある日、朝起きたら姉が「リップの様子がおかしい」と言いました。
ふと水槽をみると、リップが白いモヤモヤに包まれていました。
でも、元気そうに泳いでる。
日の丸は普段と変わらずに元気そうに泳いでる。
姉はその日、仕事の帰りが遅かったため、仕事の帰りが早い私にリップを病院に連れていくように言いました。
その時点では、大したことないことだと思っていました。

その日の仕事の休憩中になにげなくスマホで「金魚 白いモヤモヤ」と検索すると、白雲病という病気で場合によっては死んでしまう病気だと知り、居ても立っても居られなくなりました。
不安で心配なまま、仕事帰りにペットショップに寄り、店員さんに状況を説明するとすぐにお薬(水の中に入れる粉のようなものでした)をもらいました。

急いで家に帰り、水槽を見ると、リップはぷかぷかと浮いていました。
日の丸を見ると、バシャバシャと溺れているような様子だったので、泣きながら薬を水の中に入れました。
薬で色が青く変わる水槽の中で、私が見たのは、ぷかぷかと浮いているリップと日の丸でした。
溺れているように見えたのは、浄水の下に日の丸がいたから動いているように見えただけで、実際にはもう、亡くなっていたのです。

私はその場で崩れ落ち、声もでないような状況で姉に電話しました。
姉は仕事中でしたが、すぐに電話に出てくれて、姉も泣いていました。

朝の時点で、どうにかしてあげられなかったのか。
仕事を休んだり遅刻してでも、病院や薬をもらいに行けば、助かったのではないか。
そんな後悔ばかりしてしまいます。

また、原因は、新しい金魚を何も考えずに水槽に入れたことでした。
無知だったのです。
何も考えずにした私たちの行動が2匹を亡くす原因になってしまったのです。

もう10年以上前のことですが、あの時の気持ちは今でも忘れられません。

だけど、後悔してもリップと日の丸は戻ってこないので、ふと思い出した時には目を瞑り、元気そうに泳ぐリップと日の丸を想像して、安らかにと心で呟いています。

七夕がくるたび思い出す。ストレスから救ってくれた熱帯魚の死。魚だって息子のような存在だった。

犬や猫などのペットが飼えないところに住んでいるため、時々ペットショップに動物を見に行くことがあります。

今から9年前私は地元のペットショップで色々な動物を見ていました。

すると、熱帯魚などが販売されているコーナーにベタという魚がいました。小さな瓶に入っていて、どれも美しかったのですが、その中でもライヤーテールという青い魚が特にきれいで魅了されてしまい、魚なら飼えると思ったので、すぐに店員さんを呼びその魚を飼うことにしました。

寿命は2年ほどだと調べて知りましたが、その当時は魚だからとあまり気にしていませんでした。

しかし、私が飼った魚は魚とは思えないほど人懐っこく、私が水槽の側を歩くとついてくるように水槽の中を泳いだり、遠くから魚に向かって手を振ると近づいてきたりといつしか愛着が湧いてきました。

その魚はオスだったので、ベタオと名付けました。ベタオを飼い始めた時、私は私生活で色々とあり振り返れば人生でかなり苦労をしていた時期でした。

毎日のように悩み、そのせいで食欲も落ちていき思うように眠れなくなりました。家にはベタオがいたのでおかげで心が癒される時間を持つことができました。

ベタオを飼って二年目を迎えようとしていたある冬の夜、雪が降り気温が下がり、そのせいでベタオは意識を失い水槽の下に沈んだまま動かなくなり、気が動転した私はベタオと叫びながら水槽を叩いたところ意識が戻りましたが、それ以降ベタオは人間で言うと寝たきりのような横たわった状態になり、エサを食べる時だけ泳いで水槽の上まで上がるという日々が数ヵ月続きました。

ある日からベタオはエサを残すようになり、それから数日経った7月7日、あの日は七夕でした。朝から雨が降り私は朝まで起きていてベタオの様子を見に行ってから寝ようと水槽に近づいたら、ベタオはこちらを向いて何かを言っているように感じました。

エサを最近食べていないから私は心配でいて、横たわるベタオの姿を見つめていたら何と小さなひれを片側だけ持ち上げて手をひらひらと私に手を振るように動かしてきました。

もう大丈夫だから早く寝なよって言われているように感じて、私は何か嫌な予感がしたけれど眠気がすごくてそのまま寝てしまいました。

起きてすぐにベタオの水槽に行ってみたら、ベタオは向こう側に顔を向けて動かなくなっていました。

その日は七夕だというのに夜もずっと雨が降っていて、とても悲しい夜でした。

犬や猫ではなく他の人からしたらたかが魚かもしれません、しかし自分にとっては息子のような大切な存在でした。

今でも七夕が来るとベタオの事を思い出します。