「ハムスターのジルが僕と友人を繋いでいる」

 もう10年以上前の話になりますが、僕の家では「ハムスター」を飼っておりました。「ハムスター」の名前は「ジル」これは、自分がテレビゲームのバイオハザードシリーズが大好きで、バイオ3の主人公の女性の名前の「ジル・バレンタイン」から取ったのです。

「ジル」は、ホームセンターのホーマックで売られていたのです。「ジル」と運命的に目が合った僕は、「ジル」即決で買って家で飼うことになりました。「ジル」と居た時間は4年と長い様で短い期間でした。

 「ジル」の最後は、本当に穏やかで安らかに眠る様に逝きました。なんかこう、微笑んでいる様な感じな表情でした。「ジル」のあの可愛い手が最後に僕の手に触って、「ありがとうね」を伝えたのだと思います。
 今でも鮮明に覚えています。これは飼い主だからこそわかるのです。本当に家族の一員だったので、とても辛かったです。精神安定剤(デパス)を飲むくらい、精神の方も病んでしまっていました。立ち直るのにとても時間がかかったと思います。

 ところが、世の中には心のない方というのはいるもので、知人や友人に「たかがペットだろ?」や「そんな落ち込むなよ。また買えばいいじゃないか。いくらでも買えるだろ。」なんて言われたときは、笑顔で「まぁまぁ^^」なんてかわしていましたが、正直な話「はらわたが煮えくり返る」程の憤りを感じておりました。やっぱり、第三者(赤の他人)からしたら「わからない痛みなんだよな」と感じた事も覚えております。

 ところがその友人も年をとり、ペットを飼いペットが亡くなったのです。彼は犬を飼っておりました。「ごめん。お前の辛さ今なんとなくわかったよ。ハムスターの「ジル」と、俺の飼い犬の●●に感謝だな。昔、ひどい事言ったよな。ごめんな。飲みに行こうぜ!^^」と言われて、二人で飲みに行ったこと。因みにこの友人とは今でも友達付き合いがある大切な友達です。

 ペットは人間関係も良好にしてくれる部分があるかもしれませんね。動物というのは本当にかけがえのない大切な生き物だと思います。

不注意でいなくなったハムスター。後悔する前にペットを飼う意味を知ってください

私が昔飼っていた動物は、ハムスターです。
実家のほうで飼っていた大切な家族でした。
ハムスターは亡くなったのではなく、いなくなってしまったのです。
全部私の不注意のせいでした。私の姉とともに、ハムスターを外で一緒に遊ぼうとした時です。
姉も小学生でしたので、ハムスターを私に預けたつもりで、家の中に入って行ってしまいました。
そして私もハムスターの傍を少し離れてしまい、目を離してしまったのです。そうしてほかのことに夢中になっていた間に、ハムスターがいなくなってしまったのです。
姉にハムスターはどこに行ったのかと言われ気づいたのですが、もう遅かったのです。
その日は家の庭中を探して、近所も探しました。
ハムスターは狭いところに行く習性があるので、もしかしたらマンホールの中とか、下水道に落ちてしまったのかもしれません。
もうどこに行ってしまったのかはわかりませんが、それを想像すると申し訳なさがこみ上げてきます。
今後悔しても遅いかもしれませんが、もっと注意していればと思っています。
それ以降、小動物を見ると、ハムスターのことを思い出してしまい、かわいそうなことをしたなと思い出してしまうのです。
もう動物を飼うには、責任感が強くなければ、飼うべきではないと思います。
当時の私は子供だったからと言って、命を扱うという責任を放棄していたと感じます。
かわいいというだけで、動物を飼うべきではないのです。最後まで責任を持てる覚悟が備わっていないと、ペットを飼うべきではないと思います。

手から落ちて亡くなったハムスター。罪悪感からお墓にも近づけない。

ジャンガリアンハムスターを飼ってました。
名前はクッキー飼っていたのは小学生の頃でカゴから出して遊んでいました。

床からたったまま手に乗せていました。

手が小さかったことと、クッキーがいきなり動きまわりとてもびっくりした当時の私は手からクッキーを落としてしまいました。

あの時の事は今でも忘れられません。

慌てた私はすぐに座ってクッキーを抱えました。ちゃんと歩くことが出来ていたのでホッとしていました。

しかしその夜、お母さんがクッキーの様子がおかしいとみたところ足が腫れていて、足の力が入らないのか歩けなくなってました。

そして死んでしまいました。
すごく泣きました。

すごく後悔しました。
なんでたったまま手に乗せたのか?
病院につれてかなかったのか?

とても残酷なことをしました。
命は大切です。小学生の私でもすごくわかっていたことでした。

ですがその頃は小学生で、危ないとかの危機管理が出来てなかったのです。

お墓をつくりました。

泣きながら謝りました。
許さないかもしれませんが謝ることしか出来ません。

クッキーはとても元気なハムスターで
よくゲージを脱走しては、クローゼットの中に自分の巣を作ってました。

ヒマワリの種を口いっぱい頬張り、巣へと運んでました。

もう1匹ハムスターがいて、おんなじジャンガリアンハムスターでよくケンカしてました。

ハムスター同士の喧嘩は激しく、ケガをしょっちゅうしてました。

クッキーが死んだあと、ゲージがとても寂しくもう1匹のハムスターはなんとなく寂しがってる様に見えました。

ゲージを見るたびに自分のしてしまったことを思い出しました。

お墓も罪悪感から近寄り難くなり、
ずっと避けていました。

あれから何年もたちましたが忘れる事は出来ません。
ペットは家族です。

クッキーにしてしまったことを一生忘れないでつぐないにはなりませんが小さな命、大きな命を大切にしていきたいと思います。

亡くなったハムスターに感謝できるまで。。いまはここまで生きたことがすごい!と思える。

私は小さい頃にハムスターを飼っていました。アニメ「とっとこハム太郎」を見て育った世代でもあり、ハムスターを飼うのは夢でした。14歳の時の誕生日に私の家にゴールデンハムスターがやって来て、名前は「まる」です。まるは他のハムスターに比べると太っていて、大きくてとても可愛かったです。あまりすばしっこくもなかったので、よく部屋中を歩かせたりして一緒に遊んでいました。食べることも大好きで、一番好きなのはヤングコーンです。ハムスターの寿命は2年ほどと言われていて、私は時が経つにつれてどんどん私に懐いてくるまるとのお別れが嫌で嫌でたまりませんでした。まるは、なんと3年も生きて、最後は結膜炎に苦しめられながら息を引き取りました。病院に通いながら様子を見ていたので、突然の死ではありませんでしたが、まるの身体は本当に冷たく、硬くなっていて辛かったです。こんなに長く命を全うして、私に懐いてくれたまるには感謝してもしきれませんが、さすがに亡くなった直後は悲しみで泣きじゃくっていました。学校も休んだ覚えがあります。ただ、写真を見返して見ると、本当にまるが私にもたらしてくれた幸せは最上級なもので、ここまで生きたことがすごい!と思うようになりました。まるは今、動物のお墓に眠っています。また、まるの毛を少しいただいて、お守りとして8年経った今でも大切に持っています。あなたが大切に育てて来たペットなら、必ずいつかありがとうと思える日がきます。悲しいのは当たり前なので、悲しくなるほど愛を持った自分を誇りに思いましょう。

あの時行かなければ~ハムスターの事故~

その子は私が人生で初めて飼った自分のペットでした。
ゴールデンハムスターの男の子で名前を「ハム太」と言いました。

毎日、お部屋を掃除する事。お世話を最後までする事を両親と約束して飼ってもらったのは、小学生の頃でした。

私は、毎日学校から走って帰るようになりました。
早くハム太に会いたかったからです。

毎日、お部屋をお散歩させました。
毎日、小屋を綺麗に掃除しました。
毎日、ハム太に声をかけました。

小さな小さなハム太の温かさを今でも覚えています。

そんな時、ピアノの発表会がありました。
私は最初は出ない事に決めていましたが、直前で参加する事にしました。

でも、何故か胸がモヤモヤしていました。
当日、とても行きたくない気持ちになりました。

ピアノは好きだったのに自分でも不思議でした。

発表会を終え、家に帰ってきて言葉を失いました。

ハム太が小屋と金網の間に頭が挟まり冷たくなっていたのです。

私は、その時の記憶を無くしてしまいました。
あまりにショックだったのです。

ピアノの発表会で家に誰もいなくなり、ハム太は脱走しようとしたのでしょう。

隙間に挟まり、窒息してしまったのです。

私はそれから何度も何度も、発表会に行った事を悔いました。
もし、家にいたらハム太が例え挟まってもきっと鳴いて私に助けを求めたはずなのです。

そして、死なずに済んだのです。

ハム太は桜の木の下に埋葬しました。
25年経った今でも、春になると私はハム太に会いに行っています。

また君に触れたいよ。

短命ながらも多くの思い出を残してくれたハムスターの死。泣くのも隠れなければいけないのかと思った。

わが家では犬を飼っていたのですが、子どもがハムスターも飼いたいと言い出しました。
何度も言うのでペットショップに連れて行きました。行く前に飼いたいと言っていたのとは違って白いロングヘアーの子に一目ぼれし、私もかわいいと思い購入しました。
子どもの発想でロングヘアーの「ロング」と名付けました。初めは人を怖がっていたのですが徐々に慣れて手からおやつをもらったりするようになりました。
子どもは約束通りに餌やりやトイレの掃除などをして、学校から帰ってきてロングと遊ぶのを楽しみにしていました。
私も日中何気ない様子を見てはかわいさが増していきました。
暑い夏も空調に気を付けて育て、夏バテもしていないようでしたが、秋口になんとなく元気が無いように感じ始めました。
ハムスターの飼育が初めてだったので、活動量が減ることもあるのかと思っていたのですが、明らかに動きが鈍ってきました。
子どもも気が付いて心配したので、ペットクリニックに連れて行きました。
ハムスターの場合は体が小さいのでいろんな検査がかえって負担になるとのことで、エコー検査程度で診断してもらったのですが、おそらく先天的に内臓が弱かったようだとのことでした。
水分排出のための薬をもらって帰り、スポイトで飲ませることしかできませんでした。
結局は数日後に死んでしまったのですが、直前に私が気付き、子どもたちと見守りながらお別れしました。
目の前で死んでしまったこともあり、しばらくはふとした時に涙が出るような毎日でした。さらに、子どもが学校から帰ってきては悲しそうな顔をするのも心に響きました。
夫や子どもの友だちなどは、どうせハムスターは短命なのだし、その子とも1年も暮らしていないのにそんなに泣くなんてと言われましたが、そう言われることも理解できず、泣くのも隠れなければいけないのかと思いました。
子どももずっと元気がなかったので、思い切って新しいハムスターを飼うことにしました。
またお世話を始めてことで私も元気になり、前の子を亡くした悲しみから救われた思いでした。
もちろん最初のロングには短いながらたくさんの思い出を残してもらって感謝しています。

学生時代に飼っていたハムスター。たった3年という短い時間でしたが今でも家族同然の大切な存在です。

これは今から10年以上は前の話なのですが、当時私が飼っていたハムスターが寿命で亡くなってしまいました。そのハムスターの名前はマロで約3年という短い時間でしたが、家族同然に思っていたので亡くなってしまった時は本当に悲しかったです。

実はマロを買い始める前に弟が学校のクラスで飼っていたハムスターを自宅で引き取って飼っていたのですが、残念ながらそのハムスターは1年ちょっとで亡くなってしまいました。正直その時も悲しくてもうペットは買わないと思っていたのですが、またハムスターを飼いたいという気持ちが強くなってきたのでペットショップに見に行くことにしました。

マロと出会ったのはそのペットショップだったのですが、同じゲージの中にたくさんいたハムスターの中でも何となくマロとだけは何となく目が合った感じがしました。運命と言ったら大袈裟ですがその瞬間にあのハムスターがいいと直感的に思ったので決めました。

マロを飼い始めてからは毎日がとても楽しくて、ただ見ているだけで幸せな気持ちになれました。そんな日々はあっという間に過ぎていき、2年半ほど経つ頃には飼い始めた頃と比べてマロはボーッとしていることが多くなったように感じました。マロとの別れが来たのはそれから少し経ち飼い始めたから約3年になった時で、朝何気なく様子を見たらとても辛そうな様子でした。すぐに動物病院に連れていきましたが、どうにもならずマロはそのまま亡くなってしまいました。

ハムスターが寿命があまり長くないことは知っていたので覚悟していましたが、本当にあっという間の日々だったので短すぎるという気持ちが強くありました。心の底から大切に思っていて家族と言っても過言ではなかったので、心にポッカリと穴が空いた感じがして、とても悲しい気持ちになりました。あの人懐っこくて可愛かったマロにはもう会えないんだと思うと辛い気持ちでいっぱいで、一人になった時にふと泣きたくなることもありました。

マロが亡くなってからはしばらく食欲が無くなってしまい、2~3kgは体重が落ちてしまいました。またこうなると分かっていたらもっとマロと一緒にいたのになど、考えれば考えるほど後悔する気持ちがありました。特に一人でいるとそういう気持ちになってしまうので、自宅で自主勉強をしたくても全く手につかない日々が続きました。

現在は10年以上経過していることもあって立ち直っていますが、ふとした瞬間にマロのことを思い出すと何とも言えない気持ちになります。10年以上経ってもそんな感じなので今後もそこは変わらないと思いますが、こういった悲しさも含めてマロと過ごした約3年間はとてもかけがえのないものだったのだと思います。他人から見たら変なのかもしれませんが私にとってはあの頃も今もマロは大切な家族なので、あの子との思い出と共に今後も頑張っていきたいと考えています。

「ハムスターの寿命は短いからね」という周囲の言葉が辛かった。。。

一人暮らしで忙しくしている私は、ペットなど飼う余裕はありませんでした。実家では幼いころから犬を飼っていたため、自身では飼わなくても・・という気持ちもあったと思います。
そんな時、職場の上司から「オスメスだと思ってないで飼ってたハムスターが実はオスメスで、気が付いた時には子供がたくさん生まれてた!」と、なんとも興味深い話を聞き、「誰かよかったら子供をもらってくれないか?」とのことだったのです。私は一瞬迷ったものの、「ほしいです!ぜひ、育てたいです。」と声をかけました。
それからその子が家にくるのはあっという間でした。上司がすぐに虫かごに入れて職場まで大事に運んできてくれ、私の方もゲージや部屋に入れる木くずやご飯(ひまわりの種)などはネットですぐ手に入りましたし、準備万端で迎えたのです。
連れて帰ったその日はハムちゃんも疲れてたのか、ぐっすり眠っていました。その時の寝顔は今でも忘れられません。
それから早くも二年ぐらいたったある日、真冬でその日もとても寒い日でした。
いつも通り仕事を終え帰り着き、ハムちゃんに「ただいま。」と声を掛けると、いつもならゲージを噛んだり、寝てても眩しそうに目を開けたり・・何かしら「おかえり。」のアクションを起こしてくれるのに、何もないのです。
横になってビクともしないのです。それどころか、寝ているときにわずかに動くはずの体が全く動いていない。
うそだ!そう思い急いでゲージから出しました。体が硬いし冷たい・・でも生きてた!聞こえるのかどうかもわからないハムちゃんに必死に声をかけました。
寒くないようにバスタオルに包みました。とても苦しそうに息をしています。亡くなってはいなかった、でもどうしたらいいかわからない。
すぐに携帯でハムスターも診てくれそうな救急の動物病院に電話をかけたら診てくれるとのこと、出る準備をしていましたが、タオルに包まれてるハムちゃんに声をかけ出ようとしたとき、今まで聞いたことのない長い鳴き声を最後に亡くなってしまいました。本当に悲しかったです。
二年という短い命、また私たちの毎日でしたがずっと忘れることはないし、「ハムスターの寿命は短いからね。」という周囲の言葉が当時は辛かったです。
自分がもっとこうしてたら、ああしていたらもう少し長く生きられたかもしれない・・や、一人暮らしで忙しくして家に少ししかいなくてかわいそうだったとか。色々考えました。
でも一つ、死に目に立ちあえたことは「待っててくれた」と思いました。ちゃんとわかってくれていた。どんなに小さくても、寿命が短くても、私のこともちゃんと見てくれていたと。
皆さんそうだと思いますが、愛するペットと過ごす日々は寿命なんか関係なくかけがえのない日々です。
私はこの子の命を経て、命に重さはないと考えています。どんな寿命でも、どんな体の大きさでも命と過ごした時間は尊いです。

2年で亡くなったハムスター。亡くなってから毎日仏壇にお供えをしています。

初めて飼ったペットは小学校6年生のころに飼ったハムスターでした。ハムスターは
ジャンガリアンというとても小さなハムスターを飼いました。
本当にかわいくてジャンガリアンはゴールデンハムスターほどなつかないと聞いていたのですがとてもなついてくれて、自宅に帰るといつも部屋の外に出てきてくれていてとても可愛くて大好きでした。
ジャンガリアンハムスターの寿命は2年くらいと聞いていたのですが、1年目は何の病気もなく元気でした。
2年目になって初めて怪我をしました。ある日起きてみると、足を引きずっていてびっくりしました。
慌てて病院に連れて行って、薬をもらいました。遊び場所に台を色々置くのをやめて平らな状態にするようにお医者様に言われました。高齢になってくると遊び場に沢山の段差を作るのは怪我の原因になるみたいです。
平らな状態にして薬をあげていたらだんだんと良くなりました。せっかく治ったのですが、それから2ヶ月後にまた今度は目の病気になってしまい、目やにがひどく出ていて病院に連れていきました。高齢になると色々な病気にかかりやすくなるみたいです。また薬をもらって治りました。それからは元気に過ごしていたのですが、ある日突然目が覚めたら足を引きずっていて、動きがおかしくそのまま息を引き取ってしまいました。本当に悲しくて悲しくてずっと泣いていました。ペット葬儀をして供養をしてあげました。それからは毎日仏壇にお供えをしています。
沢山素敵な思い出をくれた大切なペットです。

病気に伏した私を元気にしてくれたハムスターの突然の死。悲しい気持ちはなかなか癒えません。

2016年頃、私は自律神経を壊し体調のすぐれない毎日を送っていました。
睡眠に障害を抱え寝つけない、寝汗で頻繁に中途覚醒してしまう、日中はひどい眠気から来る集中力の低下、さらには頑固な便秘など様々な病状のものです。
病院にはかかりましたし処方薬も規則的に服用しましたが改善は見られず次第に生活そのものが苦でしかないように感じ始めました。
その様な状況の中、インターネットでグルーミングと言うものを知りました。
大まかに言うと、恋人やペットとスキンシップをとることで精神的な安定を図るというものです。
以前からハムスターを飼いたいと思いながらも生き物の購入への違和感に今一歩が踏み出せずモヤモヤしていましたが、このグルーミングを知り、思い切ってペットショップへ足を運びました。
そこで出会ったジャンガリアンハムスターのあまりの可愛らしさに目を奪われその場で購入し自宅で同居することになりました。
臆病な性格のハムスターのため、家に来てから一週間ほどはあまり手をかけすぎずに環境に慣れてもらいました。
その間インターネットの情報や図書館にあるペット関係の書物などをもとにハムスターの性質や人間との関係などを調べ徐々に触れ合う機会も増えてきました。
いま思えばこの時点で、ハムスターに関する情報を得ようとして失われていた集中力が蘇ってきていたように感じます。
何度も噛まれ、そのたびに流血しましたが、ようやく私の手の上でエサを食べてくれたり、呼びかけたらハウスから顔を出してくれたり、時にはあぐらをかいた私の足の上でくつろぐようになってくれました。
小さな背を親指で撫でたり、手のひらでおいしそうにヒマワリの種を食べたりしているハムスターを見ていると気持ちが穏やかになり、いつからかグルーミングの効果を感じるようになりました。
ホームセンターに行けばハムスターの飼育用品やエサなどを見てみたり、100均にいけばハムスターのハウスに使えるものは無いか探してみたり、要件になくても色んな場所でハムスターの事を考えていました。
こうやって次第に自律神経の病状が和らいでいき、復活まではいかずとも気持ちも身体も少しづつ楽になっていきました。
ハムスターを家に招いて半年を過ぎた頃のある日の朝、本当に突然でした。突然何の前触れもなくハムスターは冷たく、硬くなっていました。
本当にショックでショックで。涙こそ出なかったものの何度もハムスターの名前を呼んで、死の前兆に気付けなかったことを悔やみました。
ハムスターの亡骸をよく観察し、再びインターネットや書物などで死因を調べましたが、病気の兆候はなくストレスが原因なのだろうと結論付けました。
この日以来、現在でもペットは飼っていませんし、病状も完治していません。
決して広くないハウスに入れられ、人間の都合で生かされたあのハムスターは幸せだったのかと何度も自問しますが、やはり幸せだったとは思えません。
もちろん粗末な飼育はしていませんし、過度な触れ合いは控えていました。
それでも家に迎えてたった半年、生後7ヶ月で死んでしまったハムスターは飼い主である私をどう思うのか。
悲しい気持ちはなかなか癒えません。
しかしあの頃、ハムスターは確実に私を癒やしてくれましたし、自律神経の不具合にも好影響を与えてくれました。
ペットの死は辛く苦しいものですが、私を癒やしてくれたあのハムスターのことを忘れることはありません。