愛猫が腎臓病でなくなり持病が悪化退職し自宅療養中。会えたなら「楽しかった」と伝えたい。

愛猫が亡くなって苦しんだ体験談
我が家に愛猫の「うり」がやってきたのは、私が高校1年生の夏前のことでした。気の強い雌猫で、先住の1歳年上の雄猫に初対面でシャーっと威圧していました。
その後は私たちが目を離した隙に箸を口内に刺して床が血まみれになっていたり、3階の庭から地上に転落して脳震盪を起こしたりとひやひやする出来事ばかりでした。幸い大事には至らなかったけれどとてもやんちゃな猫でした。
そんなうりが体調を大きく崩したのは去年の夏前のことでした。おしっこの匂いが強くなったり、うんちやおしっこをトイレ以外の場所でしてしまったり、家の外で迷子になってしまったりしました。また食べるのが大好きなうりが食欲不振になったのもこの頃でした。
対策としてフードを替えたり、おかゆを作ったりしましたが、良くならず。病院嫌いなうりを病院に連れて行く決意をしました。
いつもの病院だと先生に嫌がられると思い、自宅近くの動物病院に連れて行きました。すると、うりの様子が一変して病院の先生に甘えていました。こんなことならもっと早くこの病院に連れて行けばよかった…と思いました。
検査の結果、腎臓病の末期でした。水分補給の為の点滴をしてもらい、「今日が山場です。」と言われました。家に帰ってからも水分補給をしましたが、嘔吐やお漏らしを繰り返すうり。その姿を見るのがだんだん辛くなり、疲れて、うりに「お膝に来る?」と言うと嬉しそうに膝に乗り、膝から降りた直後にお漏らしをしていました。その後もよく頑張ってくれましたが、病院に行った翌々日の午前3時に亡くなりました。
うりの死後、私はそのショックと持病の薬を飲めなくなったことによる病気の再発で2度入院し、仕事を退職しました。現在はだいぶ良くなりましたが、自宅で療養中です。
もし、うりとまた会えることがあったら、「我が家に来てくれてありがとう。最期は苦しかったと思うけどよく頑張ったね。毎日楽しかったよ。」と伝えたいです。
最後まで読んで下さりありがとうございました。

近所のアイドルだった愛猫。白血病でなくなり、悲しみでペットロスに。虹の橋をみて3ヵ月後回復。

我が家では、小さい頃から猫を飼っていました。命をお金で買うなということで、ペットショップで購入するのは、祖父が大反対だったので、捨て猫や子猫が生まれたらもらってきて育てていました。家に、動物がいると、少しでも明るくなるんですね。子供とも、また違う感じで。
我が家の愛猫は、本当に人懐こい猫でした。完全室内飼いではなく、捨て猫だったので、外にも出すようにしていました。近所の人が「今日も遊びに来てたよ」って言ってくれるくらいの猫でしたので、近所でもアイドル的な動物でした。
猫に、白血病があることは知りませんでした。ワクチンを打っていれば、大丈夫だと病気にならないと思っていたんですけど、そうではなかったのです。嘔吐をしていたので、動物病院に連れて行くと、白血病でした。人間ですと、化学療法や移植などで、寛解までいけるレベルですけど、猫は別物です。輸血などをするとかの処置は出来ますけど、人間ほどではありません。自然治癒もありえるらしいのですけど、我が家の猫は、病には勝てませんでした。発病から二年目で他界しました。
猫って、こっそりと飼い主に死ぬ姿を見せないで死ぬと言うじゃないですか?我が家の猫も、そんな感じで、家の端の方に行き、そっと他界しました。猫の本能、希望じゃないですけど、抱っこしながら天国に送ることも考えましたけど、それじゃない方が良いのかなと思いました。
けど、それがいけなかったのか、ペットロスになってしまって、時間を見つけては、お墓に行き、大号泣。本当は、飼い主の胸に抱かれながら逝きたかったのではないかという後悔を続けていました。食欲もなくなり、それまで使っていた猫ちゃんのグッズが捨てられないで、タオルとかもたまに洗って、元の場所に戻してとやっていました。
そんな時に、友人から「虹の橋」という詩を見せてもらい、友人からも天国で穏やかに暮らしているから、飼い主が泣いていてはダメだと言われて、すぐに回復はしませんでしたけど、3か月くらいでペットロスから立ち直ることが出来ました。
言葉で意思疎通が出来ないからこそ、難しいなと思いました。