愛犬と最期に一緒に居られなかったことを夢に見るほど後悔

5年前に我が家の愛犬が亡くなりました。ハナという名前の女の子で、シーズーの血が入った白くてふわふわして可愛い犬でした。

彼女の具合が悪くなったのは丁度わたしが大学に入学したころからでした。彼女はまだ10歳でした。

ハナがなんだか食欲がないとは聞いていたのですが、わたしは入学と同時に一人暮らしを始めており毎日が忙しかったのでそれほど心配していませんでした。

あまりに調子が悪そうなので病院に連れて行くつもりだと親から聞いた時もわたしは特に心配せず、自分から連絡することはありませんでした。

次に母親から電話がかかってきたとき、彼女は泣いていました。ハナは癌にかかっているというのです。詳しく検査をしなければ良性か悪性かは分からないものの、癌という病名はわたしたちに大きなショックを与えました。

癌は悪性でした。そこからはハナが死んでしまうまであっという間でした。癌はすぐに彼女を蝕んでいきました。癌が分かってから半年もしないうちに彼女は死んでしまいました。

わたしは8月の夏休みに実家に帰り、ハナとたくさん触れ合いました。彼女はとても元気そうで、両親も「あなたが帰ってきたからハナも元気になったみたいだ」と喜びました。わたしもその光景を楽観的に受け入れ、二週間程度で大学に戻りました。

ハナが死んだのはわたしが戻った一週間後でした。もうしばらく実家に滞在しておけばよかったと今でも後悔しています。しかもどうしても大学でしなければいけない用事があったため、彼女の葬儀に参加することも出来ませんでした。

今でも夢に見るほど後悔しています。大事な家族の最期の瞬間に立ち会えなかったというこの記憶はわたしの中から一生消えることが無いのだと思います。

愛犬の死から湧き出る感情。もっと可愛がってあげてたらよかったと。

愛犬のさくらは16年間一緒でした
彼女は飼い主が見つからないと保健所に行く事になっていた子で私の父が可哀想だと思い引き取りました
私は当時6歳で一人っ子でした
ですので彼女が家に来たとき私に妹ができたと思いました
さくらは賢い子でどんなに起こっても噛まず知らない人が家に来たら吠えるという番犬もしてくれました
さくらは水が苦手てお風呂に入らされるのをとても嫌がっていました
お風呂にいれるといつも暴れて言うことを聞きませんでした
私が悲しいとき彼女はそばに寄り添ってくれました
まるで私の心がわかるように私の膝に頭をおいて一緒にいてくれました
本当にとても大切な家族でした

ですが半年前癌で倒れ亡くなってしまいました
正直最初は違和感しかありませんでした
犬小屋を見ればいつもいたさくらが何処にもいなくて心にぽっかりと穴が開き
亡くなった事を思い出して涙が出るという毎日の繰り返しでした
夢にも出て来て愛犬一緒に楽しく遊ぶ夢を見た後目が覚めて現実に戻ったとき悲しみと吐き気が同時に襲ってきました
気分転換に外に出ても
飼い主さんが犬を散歩しているところを見て愛犬の事を思いだし心が不安定になることがとても多かったです
生きていた頃はなんにも思わなかったのに亡くなったとき初めてさくらの有り難さや大切さをかんじました
彼女は自分の心の大半をしめていたのだと
もっと遊んであげれば良かったもっと大切にしてあげれば良かった
私といて彼女は良かったのだろうか彼女は幸せだったのだろうか
そんな気持ちがいつも駆け巡ります
仕事中も真剣に取り組まなければいけないのに彼女の事を思いだし心が不安定になることが多く普段ならしないミスもしてしまうことがありました
今は大分落ち着きましたがそれでも時々思い出して涙を流す事があります
新しい子を買えばこのペットロスから解放されるのだろうかと思いました
しかしあの子と別れてから死というものが怖くなりもし別のペットを買ったとしても結局死を見届けなければならないそうなるとまた辛いことになる
そう思うとペットを飼うことができません
まだ私は当時立ち直ってはいませんですが出来るだけ気持ちを変えたいと思い趣味を作ることにしました
軽いランニングですが少しだけ心がすっきりするので私と同じような悩んでいる人はやってみる事をオススメします

ガンで1年後に亡くなった愛犬の死から命の尊さを知った。

私は現在、大学4年生です。
小学6年生の冬まで、愛犬と楽しい日々を過ごしておりました。

その時点で愛犬は13歳で、犬の年齢からしたら高齢ではありますが、癌が見つかるまでは比較的元気に過ごしておりました。

癌が発覚してから約1年、あっという間に時は流れ、愛犬は家族全員に看取られながら天国へ旅立ちました。癌ではあったものの、愛犬はとても強い子でした。苦しむ様子はあまり見せず、最後は眠るように旅立って行ったのを今でも覚えております。

その時の愛犬が、私にとっての初めてのペットであり、その愛犬を沢山可愛がっていたこと相まって、命の大切さ、儚さを知りました。これは、自分自身の手でペットを育てていなければ知り得ないことであると私は思っております。

やはり、命でありますので、人間のみならず、どの生き物にも必ず死という現実が待ち受けています。しかし、これを乗り越えることで、命の重み、儚さ、悲しみ、全てを体験し、理解することで、新しい自分になれると私は思っております。

現在、私は自分でお金を出し、新しいペットのウサギを育てております。
朝起きて、頭を撫でて抱っこをし、ご飯をあげて、小屋の掃除をし、一緒に遊び、夜も共に寝るというサイクルが出来上がり、ペットとの生活が私自身の生活の一部となっております。余談ではありますが、私のスマートフォンの写真一覧がペットの写真で埋まるほどです。

やはり、自分のペットはとても可愛いものです。愛でることで、その可愛さは増すでしょう。しかし、先程も述べました通り、どの生き物にも必ず死が待ち受けております。これを乗り越えることで、命の儚さ、そして命の重みを知ることが出来るはずです。これは、人生にとって必要不可欠なことであると私は自負しております。

ガンがみつかり旅行の直前に亡くなった愛犬。旅行にいかなければよかったんじゃないかと後悔。

小学1年生の時、愛犬のバーディーは私の家に来ました。
クリスマスにやってきたバーディーは、私にとって最高のクリスマスプレゼントでした。

とっても頭がよく、スポーツ万能で人の感情をとても読み取ってくれる甘えん坊な子で
どこへ行くにも一緒でした。

私とバーディーは一緒に成長しました。

私が大学生の時、バーディーに癌が見つかりました。

癌が分かったのは夏で、目の上にポコッと小さなできものが出来ていたので
私は外に出て蚊に刺されたのだろうと思い、掻いてあげようとしたところ
いつもだったら気持ちよさそうにするのに、その時は痛そうにかばうような仕草をし
不思議に思ったのが癌発見のきっかけでした。

脳に癌があるとのことで、摘出するのは難しいとのことでした。

私は、急な出来事にとても悲しくなり何日も泣き続けました。

残された時間を大切に過ごそうと努めましたが、だんだんと元気がなくなっていく
バーディーを見るのはとてもつらいことでした。

バーディーが亡くなった日、私は前々から大学の友達と旅行の予約をしていました。
旅行へ行こうとした直前バーディーは亡くなりました。

「最後まで良い子だったね。みんなが揃っているときを選んで亡くなったんだね」
と母親は言い、私は正直言うと全然旅行に行く気になれず
ドタキャンにはなってしまうけど、断ろうかと考えました。
しかし母親は、「予約していたんだから旅行に行っておいで」と私に言い
私は旅行に行くことを決めました。
旅行中も涙をこらえるのが大変だったのを覚えています。

今になっては、旅行に行かなくてもよかったんじゃないか
とか、癌で痛くて鳴き声を上げてるときにもっと寄り添ってあげたかった
とか、後悔はたくさんあります。

亡くなった後は、喪失感でいっぱいでした。
帰宅したとき迎えてくれる気がする
バーディーがよくいた下駄箱の下から出てくる気がする
など、まだバーディーがいる気がして、亡くなったのを信じたくなくて苦しかったです。

時間が経つにつれ、苦しさはだんだんと癒えてきましたが
三十路手前になった今でも
実家に帰るとバーディーが出迎えてくれるような気がするときや
夢に出てくることが未だにあります。

それだけ私にとっては大切な存在でした。
バーディーにはとても感謝しています。

家の前でうずくまっていた愛犬。ガンの手術に成功したはずが突然の危篤状態で翌日息を引き取る。悲しみが一気に押しよせる。

うちの愛犬のミニチュアダックスフンドの「チャコ」が、今年と10月に亡くなりました。出会いは10年ほど前でした。ある日、うちの家の玄関の軒下で、うずくまっていました。そこで、警察に連れて行きましたが、飼い主は見つかりませんでした。半年が過ぎ、うちで引き取ることになりました。野良犬とは思えず、誰かが、捨てて捨て犬となっていたのだと家族、全員が思っていました。年齢もわかりませんでした。もちろん、名前もわかりまえせんでした。そこで、名前をつけることとなり、毛並みが茶色だったため、「チャコ」と名付けました。「チャコ」は、捨て犬とは思えないほど、人懐っこい犬でした。基本的には、祖母以外は、働きに出ているため、祖母といっしょに平日はすごし、家に帰ってくると、「くーん、くーん」ないて、おねだりしてくる犬でした。「チャコ」は、犬用のドッグフードを食べず、人間が食べているのを見て、食事を欲しがりました。しかし、体には悪いようで、アレルギーがでて、とてもかゆがりました。それでも、人間が食べるものを「くーん、くーん」と、ないてほしがりました。しかし、だんだん目が悪くなり、目ではだれか判断できずようになり、匂いで誰かを判断するようになりました。それでも、人懐っこく、来客をもてなし、みんなから、褒められるような犬でした。しかし、今年に入りお腹にしこりができはじめて、一か所のみならず、複数か所できたため、動物病院に連れて行くと、癌だといわれ、手術しないといけないといわれました。しかし、老犬だったため、麻酔ができるかをまず、調べられました。そこで、麻酔に耐えられると、獣医にいわれ、癌の手術をしました。手術は成功して、入院してから、帰れると獣医にいわれ、帰って安堵していたら夕方動物病院から、電話がかかり、「チャコ」が、危篤状態になり、自然呼吸が出来なくなったと言われました。そして翌日、息を引きとりました。火葬して、骨となりました。むなしさや悲しみなど、いっぺんにおそってきました。それでも、受け入れないといけないと、思いました。生あるものは、死も直結するということを身にしみました。

父が長期入院になり寂しそうにしていた愛犬。父が他界し8年後。愛犬も老衰。天国で再会できればいいなと…。

ペットは家族と一緒。いつも一緒に生活してました。
私が高卒で会社に就職が決まり、一段落した頃に、妹が結婚しました。父親は大反対でしたが、何度も挨拶に来て父親を説得した結果です。その後、妹がいなくなり、しょんぼりしていた父親を見て、ペットを買ってあげようと思いつきました。大型犬より中型犬の方がいいな、と思いブリーダーから直接買いました。犬種はシェットランドシープドック(通称シェルティ)にしました。まだ産まれて1ケ月程しか経ってないイヌです。早速家に持ち帰ってプレゼントすると父親と母親も一緒に喜んでくれました。名前は父親が”ジャック”と名づけました。
妹が結婚し3人家族から、ジャックを入れてまた4人家族に戻ったんです。父親は溺愛し、何度も何度もチュウをしてあやしておりました。それから順調に育ち二年がたつと、家は二階建てなんですが、朝僕が起きる頃になると、母親が私を起こしに行ってきてと言うと、ダッシュして二階に上がってきて私の顔をペロペロ舐めて起こしにきました。お散歩も毎日行っていました。餌は普通のドックフードです。特別なものは与えてなかったです。警戒心が強いイヌなので、近くで物音がすると、すぐ吠えます。
ある日、父親が朝から晩酌をしてかなり酔っ払ってからジャックと一緒に散歩に出掛けたのですが、公園で焼酎を飲みそのまま公園で寝て、リードを離しジャックが逃げてしまいました。家族総出でさがしましたが、ジャックは見つからず…諦めかけていたその日の晩、ジャックはなんと自力で家に帰って来たんです。嬉しくて泣きそうになりました。
その数年後、父親が病気になり長期入院しました。父のいない家にジャックはお留守番。私と母親が家に帰って来てもなんだか物足りなさそうな感じでした。ご主人様はやっぱり父親だったんですね。その後父は癌で苦しんだ末に他界しました。この先、父親はずっとジャックに会うことは叶いませんでした。
ジャックは母親と私で面倒を見てました。そして8年が経ち、ジャックも衰弱しきっていき、先日他界しました。悲しい思いも沢山味わいましたが、天国で父と再開できたかな、二人で仲良くしてればいいなーと私と母親は思っています。

ジャンガリアンハムスターが癌でなくなってから、涙ぐんだり精神が不安定な状態が続いた。

私がペットであるジャンガリアンハムスターと出会った経緯は、偶然訪れたペットショップで特価になっていたことがきっかけでした。そのまま売れ残ってしまえば、ともすれば爬虫類のエサにされてしまうような運命になるその子を見ていてどうしても飼いたいと思ってしまい、一目惚れして、そのまま我が家にお迎えすることになりました。

そこからその子との日々がはじまり、毎日温野菜やゆでたまご・ヨーグルト・鶏ささみ肉といったタンパク源から水分・カルシウムといったバランスの良い食事、衛生的な住環境(ホームセンターでアクリルのケースを購入し、オリジナルのケージに改良しました。)を維持して約3年が経過していたときのことでした。

亡くなった経緯は、その半年前ほどに左頬袋のあたりがぷっくり腫れていることに気づき病院に連れて行ったときにはときすでに遅し、末期の悪性リンパ腫であることがわかったことでした。

時期としては、すでに3歳を超えていたこともあり、外科的手術をするには小さいハムスターでは麻酔に耐えられるかといった問題もあり、獣医師の言うとおり内科的な投薬療法を取り入れることになりました。

その時の心情としては、よく言われている高齢ハムスターの口の中は怪我をしやすいということを失念して、にぼしを与えてしまったときに、それが傷口となって、炎症を起こして異形成・リンパ腫となってしまったのではないかと自分を悔いたことでした。

そこからなんとか生きながらえてはいたものの、なくなる前日までごはんを食べてくれていたことを今でも覚えています。

ペットが亡くなってからの体調の変化としては、仕事が手につかなくなり、睡眠不足になりました。そして、ペットロス症候群となり、何をするのも億劫になり、一人でぼーっとして過ごし、時折涙を流すような日々が続きました。

私にとって本当の子どものような子であったので、まるで自分の生活からごっそりと大切なものが抜け落ちてしまい、生き甲斐を失ってしまったような状態に陥ってしまいました。いつもその子のことを思い出しては、涙ぐんで目頭が熱くなるような、情緒不安定な精神状態が続きました。

同じく悲しみにくれている人がいれば、とにかくその子のことでやり残した・失敗したということがあっても、それはその子は許してくれていると思うことです。ありがとうと言ってくれていると思うことで、互いの共有した時間は幸せだったということをあらためて実感することができると思います。

私は、現在の状況としてまた違うペットを飼うところまで立ち直ることができました。

もし、なくなったペットと会えたら、私は飼い主として合格だったかどうか、もしも話ができたら、どういうことが聞けるか、そういうことを想像しながら、また再びどこかで会えるといいなと思いつつ、いつまでもその子のことを忘れないでいるということを心に決めています。

癌でなくなった愛犬。定期的に病院につれていけばと後悔

愛犬ライアンと出会ったのはもう今から20年以上前の話です。それでも私の脳裏にはライアンが亡くなる寸前までの様子が鮮明に残っており、時々、夢の中にも今でも出てきます。
私との出会いは、隣人が飼っていたワンコが子犬を産んだからです。
その子犬達が私の実家へ遊びに来るようになったのです。その中でも特に愛想が良く懐いていたのが、後に我が家の愛犬になるライアンです。
ライアンは癌で亡くなっています。私がまだ若過ぎたこともあるのですが、病院に連れて行った時には手の施しがなかったのです。
愛犬になってから11年目のことです。まだ若いと思っていたので、多少体調を崩しても次の日には回復していたことが多く、まさか癌になっているとは考えられなかったのです。
ちょっと食欲が減っていたのと、細身になったことなどで、調子が悪いのが続いていると思い動物病院へ連れて行ったのですが、先ほども話したように遅すぎたのです。
手の施しようがないので、日に日に動けなくなっていきます。血便も出るし、口から吐くしで、いつ亡くなってもおかしくない状態になっていきます。ついにその時が来たのが、私が学校から戻ってきた夕方です。家族に見守れながら静かに息を引き取ったのです。凄く悲しみが襲ってきたのですが、本当の悲しみは亡くなってから5年以上先です。
亡くなってから5年すると私は後悔をしだします。どうしてもっと定期的に動物病院へ連れて行かなかったのか、どうして調子が悪そうな時にもっと寄り添ってやれなかったのかなど、私が飼いたいと最初に言い出したので、凄く責任を感じたのです。
他の家族はそれほど悲しみにくれてなかったですが、私は周りの様子を見ると余計に悲しみが溢れてくるのです。これは今でもです。
私がもっときちんと愛犬の健康管理をしていれば、もっと長生きできたと思うからです。
ペットロスという言葉がありますが、私の場合はそれとは別です。悲しみよりも後悔ばかりだからです。亡くなってから5年後から今まで、夢の中でどうして私がきちんとした体調管理をライアンの為にしてやれなかったのかという後悔をしている夢を見るのです。
愛犬ライアンはとても人懐っこい性格で、しかし知らない場所は怖がる臆病者でもあったように思います。
もし、私と同じような悲しみにくれている人がいるならば、いつでも供養できるような環境を作ることです。
私は大人になってからですが、自分でお墓を作り、いつでも愛犬ライアンに感謝の気持ちと懺悔の気持ちを言えるようにしたのです。
それ以来、少し私の気持ちは落ち着いたような気がします。私にも寿命がありますから、いつの日か天国で愛犬ライアンと会える日を楽しみにしています。
その時には、私の気持ちを面と向かって話したいです。そして、愛犬のやって欲しかったことをあの世で思う存分にしてあげたいと考えています。