不注意でいなくなったハムスター。後悔する前にペットを飼う意味を知ってください

私が昔飼っていた動物は、ハムスターです。
実家のほうで飼っていた大切な家族でした。
ハムスターは亡くなったのではなく、いなくなってしまったのです。
全部私の不注意のせいでした。私の姉とともに、ハムスターを外で一緒に遊ぼうとした時です。
姉も小学生でしたので、ハムスターを私に預けたつもりで、家の中に入って行ってしまいました。
そして私もハムスターの傍を少し離れてしまい、目を離してしまったのです。そうしてほかのことに夢中になっていた間に、ハムスターがいなくなってしまったのです。
姉にハムスターはどこに行ったのかと言われ気づいたのですが、もう遅かったのです。
その日は家の庭中を探して、近所も探しました。
ハムスターは狭いところに行く習性があるので、もしかしたらマンホールの中とか、下水道に落ちてしまったのかもしれません。
もうどこに行ってしまったのかはわかりませんが、それを想像すると申し訳なさがこみ上げてきます。
今後悔しても遅いかもしれませんが、もっと注意していればと思っています。
それ以降、小動物を見ると、ハムスターのことを思い出してしまい、かわいそうなことをしたなと思い出してしまうのです。
もう動物を飼うには、責任感が強くなければ、飼うべきではないと思います。
当時の私は子供だったからと言って、命を扱うという責任を放棄していたと感じます。
かわいいというだけで、動物を飼うべきではないのです。最後まで責任を持てる覚悟が備わっていないと、ペットを飼うべきではないと思います。

20数年すごした猫。居なくなって初めて分かった存在感

 私が初めてそのペットの猫と出会ったのは、私が十代の頃でした。まだ子猫の時にうちの家にやってきました。親戚が自分の家では飼えないからという理由で連れてきたのがきっかけでした。家にやってきてから数日の間は、近寄っては逃げられるという繰り返しの毎日でした。近寄らなくても、家の中をあっちこっち逃げ回るという状態でした。いきなり知らない家に連れてこられたのですから無理もなかったと思います。
 このように近寄っていくとすぐに逃げてしまうという状態だったので、食べ物をわかるようにペットの近くに置いて様子を見てみると何とか食事だけは食べてくれました。その時は、ホッとしたのを憶えています。その後は、月日が経つごとに徐々に慣れていき、私が家の中を移動するとすぐに後ろから付いてくるまで懐いてくれるようになりました。この頃からはもう家にペットがいるのが当たり前の状態になり、ペットが家の中で見かけないと気になってしまう、という感じになりました。
 ペットは家族と一緒だとよく言います。確かにその通りだと思いました。
 それから二十年近く経って年老いて老猫になってくると動きは鈍くなり、食も細くなっていき、若くて元気な時よりも色々な面で気を遣うようになりました。飼っている当時にもあったのかもしれませんが、今ではペット関連の書籍や情報が溢れています。
 最近、ネット上でペットとの接し方についての記事を偶然見かけました。その記事を読んで当時のことを思い出し、”あの時は良いと思っていろいろとやっていたけどペットはこう感じていたんだな”と後悔をする時もあります。ペットがいる時は、居るのが当たり前でしばしば煩わしささえ感じる時もありました。
 ある日突然いなくなってそれっきりで、今は写真が残っているだけです。家に来て二十数年たったある日の事でした。確かに、居なくなって暫らくは悲しい気持ちで一杯でした。でも、残った写真を眺めているとそこから楽しい記憶が溢れ出てきます。
 居る時は何も感じなかったけれど、居なくなって、単なるペットじゃなくてやっぱり大切な家族の一員だったんだなと、その存在の大きさを改めて感じました。しかし、一番の想いは『うちの家に来てくれてありがとう』でしょう。

すこしそばを離れた瞬間。野良猫に襲われ姿を消したインコ。自分のせいだと激しく後悔。

ピーちゃんがいなくなったあの冬。
インコのピーちゃんは初めて我が家にきたペットでした。アパート住まいだったため、犬や猫は飼えず、ずっとペットが欲しいと願っていました。その願いが届いたのか従妹が飼っていたインコを譲り受けることになりました。

我が家はひとたびにぎやかになりました。何年も大切に育てていた時、遠くにいる祖父母の家に遊びに行くことになり、ピーちゃんも一緒に連れていくことになりました。祖父母の家はとても広かったので外の庭に鳥かごを出してあげたりお世話をしていました。
我が家は狭かったのでピーちゃんも外の世界でのびのび過ごしているようでたくさん鳴いていました。

何日か過ごしたある日、縁側で座ってピーちゃんを眺め、少しそばを離れたときです。ガチャガチャガターンとものすごい大きな音がなりました。

何事かと表に出ると、野良猫がピーちゃんのかごを襲っていたのです。かごは地面に落ちてしまい、扉は開き・・。あの元気なピーちゃんの姿は見る影もありませんでした。野良猫を探そうと走っておいかけましたが追いつけず、ピーちゃんが食べられてしまったのかもしれない、痛い思いをしているかもしれない、いや、もしかしたらどこか近くの木に逃げたのかもしれないと様々な思いがあふれ出ながらあちこち走り回りました。

ピーちゃんは見つからずに鳥かごだけがもぬけの殻となっているのをみるといたたまれない思いになりました。
あんな小さなからだで、猫に襲われてしまっては怖くて怖くてたまらなかったはずです。痛かったかもしれない。私が縁側から離れなければ、猫を追い払ってやれたかもしれない、自分の責任だと胸のうちがざわざわするのがわかりました。

怖い思いさせてしまってごめんね、守ってあげたかった。

高齢になっていた愛猫が姿を見せなくなってから4年。もう亡くなったのかと…なんともいえない感情に。

私は10年前、黒猫を飼っていました。名前はチビ。私の母が母の友人から貰ってきた猫で、その時チビは2歳くらいでした。名前の由来は、小柄な猫で可愛いという理由でした。

チビは雑種で、よく外にいつのまにか出て行っては、いつのまにか帰ってくる猫でした。私が帰ってきた時、家から2、3匹の猫と出て行く姿にはよく驚かされたものです。

家の玄関を開ける時に一緒に家の中に入って、一緒に帰ってきたような感じになったり、寝ている時にお腹の上に乗ってきたり、共に暮らしているって感じて、とても可愛い猫でした。

そんな自由で癒しをくれるチビが、あまり元気がないと感じてきたのはチビが10歳くらいの時でした。ずっと大人しいし、あまり餌は食べないし、病院に連れて行くことにしました。

しかし、獣医さんからは特に病気はしてないけれど、高齢期に入って疲れやすくなっているのかも、とのことでした。その事を聞いてから私は、チビの死を意識し始めるようになりました。

家に帰ってすり寄ってくるチビ。私はチビに対して、いつも家にいる家族だけでなく、いつかいなくなってしまう家族とも思うようになり、可愛さだけでなく、悲しさも感じる日々になりました。

それから2年後の夏、チビがいなくなりました。よく外に遊びに行く猫でしたが、必ず3日以内には帰って来たのに、何日経っても帰ってこない。

探しても見つからず、野良猫たちも来なくなり、私は気が気じゃありませんでした。単純に出て行ったとは考えられませんでした。それならとっくの昔にいなくなっているはず。

そんな時、母から猫は死期が近づくと死体を見せないようにいなくなると聞きました。それを聞いた私はチビの生死が分からなくて、どうしていいか途方に暮れました。

あれから4年、私の中でチビは死んだのだと思うようになりましたが、その死に目には会えませんでした。悲しいと思っていても、いやもしかしたら・・・という気持ちもあり、何とも言えない感情がずっとある日々を過ごしています。

兄の押し付けで世話をしていた子犬が突然の行方不明に。ブラシに残された茶色い巻き毛に後悔と涙がこぼれる。

子供の頃私は動物が好きではありませんでした。それは記憶には無い話なのですが、物心がつく前に近所の犬に噛まれたことがあるという恐怖体験が尾を引いているのかもしれません。

そんな私は打って変わって兄は活発で生き物全体が大好きというのですから、同じ環境でも人間は持っている資質が違い過ぎるということになるのでしょう。

現在は違いますが、以前我が家は借家の一軒家に住んでいましたから、ペット禁止が罷り通る今のぎすぎすした世相とは違って大らかなように子供心にも感じていました。

我が家は豊かではなく、家の中の物があれこれと消えだすと何らかの異変が起こっていることに直結するということです。それを敏感に感じ取った母がやんわりと兄を問い質しました。

その疑惑の目が私に向けられることが無かったのは、やはり普段からの親の視線と言えるでしょうね。案の定兄は隠し事をしていました。近所の同学年の友人達と犬をこっそりと隠して飼っているというのです。

兄はこのグル―プのリーダー格であり、お互いに仲が良かったので親に隠れて何かを共同でしでかすという、反抗期の共通した思いがあったのかもしれません。

私もその一団の片隅に置かせてもらうこともありましたが、就学前の数年の年齢差はとても大きく、ついて行くのに精一杯といったありさまでしたから、悪事とも義挙とも言いかねるこの秘め事に私が加担出来なかったのはある意味当然でした。当事者達の親も加わっての相談が成された結果、我が家で子犬を引き取ることとなりました。

もう誰憚ることなく堂々と犬が飼えることがよほど嬉しかったらしく、兄は実に意気揚々としていました。対する私は遠からず課される重い責任を押し付けられる予感で頭は一杯でした。兄は熱しやすく冷めやすい性格でしたので、この新しい生きたおもちゃに飽きるとその後始末をやらされるであろうことは明白でしたから。

この外れて欲しい予感はすぐに現実となりました。友達連中が犬と一緒に遊んでいる時は主人面するものの彼らが家に帰ると面倒の一切合財を私がやらされることになったのです。嫌で仕方がありませんでしたが理不尽なげんこつを食らわされるか犬の世話かの二択ではほかの選択肢があろうはずは無いのです。

幸いその子はとても人懐っこい賢い犬でしたから、世話がおろそかになりがちでも私の後を追って歩く日常でした。まだ私の犬嫌いは克服されていませんでしたので、特にかわいいとも思えずに遠巻きにして世話を細々と続けていたのです。しかし来た時も突然なら姿を消したのも何の前触れもありませんでした。

その子犬は卒然と行方が分からなくなり、二度と帰って来ることは無かったのです。この時ばかりは私も兄もその仲間達も真剣に周囲を探し回りましたが、何の手がかりも?めないまま日が過ぎて行ったのです。それでもいつ帰って来てもいいようにとしばらくの間は餌も寝床もきれいに整えて待っていました。あれだけブラシをするのが嫌だったのにいざ姿が消えてしまうと後悔だけが残りました。もっと優しくしてあげるべきだったと。ブラシに残った茶色の毛が、あの子が生きていた証だったと分かった時には涙がこぼれ落ちて来ました。

子供の間の噂話も時には真実が含まれていて、どこかの犬が車にはね殺されたという事実を知らされるころには、それがうちの子だったということは疑いようのないことだと確信しました。そのチビと名付けられた子犬はこの世に一枚の写真を残すことなく私達の前から消え去りました。死を確認したわけではありませんが、あらゆることから考えてももう生きてはいないことがわかるとやはり悲しくてしがたがありませんでした。

主の居なくなった粗末な箱と散歩用のひもを見つめるたびに自分の心の狭さを痛感させられましたよ。ごめんな、チビ。再び犬が飼えるようになったのなら、心の中のあの子によく似た子犬を選んで今度は思いっきり幸せにしてあげたい。それが私の贖罪ですから。

出会いから15年首輪を引きちぎって逃げ出した愛犬。3日後用水路で変わり果てた姿に。首輪を新しくしなかったことに後悔。

寒い寒い曇り空の冬の日でした。小学校からの帰り道、畑の真ん中でプルプルと震えている子犬がいました。

つぶらな黒い瞳と人懐っこい口元、頼りなく震えるその小さな生き物をこのままにしておけないと思い、両手に抱えて家に連れて帰りました。

家は一軒家でしたが、ペットを飼うことに良い顔をしなかった両親に、「自分でちゃんと世話をするから」と頼み込んで、なんとかその小さな生き物を家に迎え入れることができました。

出したごはんをなんでもモリモリ食べて、お皿まできれいに舐めるので、「ペロ」と名付けてかわいがりました。

ペロが亡くなったのは、出会いから15年目のことでした。ペロは外飼いにしていたのですが、年季が入ってゆるくなった首輪を引きちぎって、逃げ出したのです。

今までこんなことはありませんでした。ペロがいないことに気づいて、必死になって探しました。

ペロがいなくなって3日後、家から100メートル離れた用水の側で、冷たくなっている姿を見つけました。

泣きました。そして自分を責めました。どうして首輪をもっとちゃんと確認しておかなかったのだろうか。

家が汚れるからと外飼いにせず、家の中に入れていてあげれば、こんなことにはならなかったのじゃないか。

ペロはもっと、自由になりたかったのだろうか。うちでの暮らしは、楽しかったのだろうか。

ペロが亡くなっているのを見つけたのも、寒い寒い曇り空の冬の日でした。

私は底冷えする冬の曇り空の日には、ペロと出会った日の事・ペロが冷たくなっているのを見つけた日のことを、どうしても思い出してしまいます。

あれから8年経ったのですが、今もまだ大切なものを失うことが怖くて、ペットを飼うことが出来ません。

庭で飼っていて突然いなくなった愛ウサギ。悲しいより放心状態。15年たった今も帰ってくることはない。室内で飼っていればと後悔。

小学2年生のから飼い始めた、ウサギのオレンジと、クロがいました。
出会いは両親が知り合いから貰い受けたところからです。
それまで、ペットを飼ったことが無かったため、その当時は大喜びで毎日のように餌をやるなど、世話をしていました。
しかし、小学生だった当時の私は、習い事をいくつかしていたため、
いつからかお世話をすることが少なくなってしましました。
それでも休みの日には、近くの河原へ行き、クローバーを食べさせてあげたり、姉と一緒に遊んであげたり、見ているだけでも、非常に癒される存在でした。
そんなある日、飼い始めてから6年目に、オレンジに子供が出来ました。
11羽生まれましたが、生まれた後の保護の仕方が両親共々分からず、結局生き残ったのは、
2羽でした。子供の名前は、シロと、ボラ。(クロと反対の名前、魚のボラに似ていたため)
そううち、クロ6か月したところで、原因は不明ですが、亡くなってしまいました。
ボラはすくすくと育ち、私の仲のいい友人に引き取ってもらうことになりました。

そんな、オレンジとクロとの別れは突然でした。
飼い始めてから3年経ったある日の朝、2羽はいなくなっていたのです。
なぜいなくなったのか、答えはすぐにみつかりました。
庭には何かに追いかけられたような足跡が付いていました。
私の家の近くは山があったので、両親はきっとイタチが持って逃げたんだ。と。

私は、悲しいというより、放心状態でした。
亡骸があれば現実を受け止めることができますが、何も残っていないといつか帰ってくるのではないか、
と期待している自分がしました。15年経った今でも帰ってくることはありません。

室内で飼っていたら…
もっと可愛がってあげていたら、と今でも思います。

後悔ばかりでしたが、その後は友人に引き取ってもらった、ボラを可愛がって
いました。
その後ペットは飼っていませんが、家族同様のペットを飼うことで、
命の尊さを知りました。

次出会う命があれば、オレンジ、クロ以上に可愛がってあげようと心に秘めています。

行方不明になった愛犬。似た犬を見ると20年たってもまだ目で追いかけてしまう。

中学校3年の秋、ちょうど高校受験の準備が本格的に始まる頃に、私が物心ついた時から12年間一緒に過ごした愛犬のシロが急にいなくなりました。

我が家は田舎の一軒家で庭が広いこともあり、外で飼っていたのですが、夜以外はシロを鎖でつなぐことはなく自由に過ごさせていました。人懐っこく、近所の人にも可愛がられる人気者の犬でした。
そんなシロがある日いつものように家の周りを散歩中に急にいなくなったのです。

私達家族はみんなで一生懸命に探しましたが一週間経ってもシロが帰ってくることはなかったのです。
近所の人の心配してくれ、一緒に探してくれましたがやはり見つかりませんでした。

そんな時、家向かいに住む当時100歳近いおじいさんが、
犬も死期が近いといなくことがまれにあるから、きっとシロもそれでいなくなったんだよと教えてくれました。

確かに、シロは人懐っこいお調子者ではありましたが、同時に警戒心が強く、危ないものには近づかないというバランスの良さも持ち合わせている賢い犬でした。
そしてこの田舎の環境では、もし事故等であれば、近所の人が見かけているでしょうし、全く消息が不明というのはとても不思議でした。

シロの亡骸もない状態で、突然の別れとなってしまったことに心の準備が追い付かず、とても悲しかったです。
家族はそのうち、しょうがない、シロはきっとどこかで安らかに眠って自然に帰っていったんだと前向きに考え始めていましたが、私はシロに会いたい想いでどうしても現実と向き合うことができませんでした。

20年近く経った今、あの時生きていたとしても、今は生きているわけがないシロですが、道端で似た犬を見かけると今でも無意識にシロを思い出す日々です。