ハムスター、ラットがなくなってペットロスになった体験談

目次

「ハムスターのジルが僕と友人を繋いでいる」

 もう10年以上前の話になりますが、僕の家では「ハムスター」を飼っておりました。

「ハムスター」の名前は「ジル」これは、自分がテレビゲームのバイオハザードシリーズが大好きで、バイオ3の主人公の女性の名前の「ジル・バレンタイン」から取ったのです。

「ジル」は、ホームセンターのホーマックで売られていたのです。

「ジル」と運命的に目が合った僕は、「ジル」即決で買って家で飼うことになりました。

「ジル」と居た時間は4年と長い様で短い期間でした。

 「ジル」の最後は、本当に穏やかで安らかに眠る様に逝きました。

なんかこう、微笑んでいる様な感じな表情でした。

「ジル」のあの可愛い手が最後に僕の手に触って、「ありがとうね」を伝えたのだと思います。

 今でも鮮明に覚えています。

これは飼い主だからこそわかるのです。

本当に家族の一員だったので、とても辛かったです。

精神安定剤(デパス)を飲むくらい、精神の方も病んでしまっていました。

立ち直るのにとても時間がかかったと思います。

 ところが、世の中には心のない方というのはいるもので、知人や友人に「たかがペットだろ?」や「そんな落ち込むなよ。

また買えばいいじゃないか。

いくらでも買えるだろ」なんて言われたときは、笑顔で「まぁまぁ^^」なんてかわしていましたが、正直な話「はらわたが煮えくり返る」程の憤りを感じておりました。

やっぱり、第三者(赤の他人)からしたら「わからない痛みなんだよな」と感じた事も覚えております。

 ところがその友人も年をとり、ペットを飼いペットが亡くなったのです。

彼は犬を飼っておりました。

「ごめん。

お前の辛さ今なんとなくわかったよ。

ハムスターの「ジル」と、俺の飼い犬の〇〇に感謝だな。

昔、ひどい事言ったよな。

ごめんな。

飲みに行こうぜ!^^」と言われて、二人で飲みに行ったこと。

因みにこの友人とは今でも友達付き合いがある大切な友達です。

 ペットは人間関係も良好にしてくれる部分があるかもしれませんね。

動物というのは本当にかけがえのない大切な生き物だと思います。

不注意でいなくなったハムスター 後悔する前にペットを飼う意味を知ってください

私が昔飼っていた動物は、ハムスターです。

実家のほうで飼っていた大切な家族でした。

ハムスターは亡くなったのではなく、いなくなってしまったのです。

全部私の不注意のせいでした。

私の姉とともに、ハムスターを外で一緒に遊ぼうとした時です。

姉も小学生でしたので、ハムスターを私に預けたつもりで、家の中に入って行ってしまいました。

そして私もハムスターの傍を少し離れてしまい、目を離してしまったのです。

そうしてほかのことに夢中になっていた間に、ハムスターがいなくなってしまったのです。

姉にハムスターはどこに行ったのかと言われ気づいたのですが、もう遅かったのです。

その日は家の庭中を探して、近所も探しました。

ハムスターは狭いところに行く習性があるので、もしかしたらマンホールの中とか、下水道に落ちてしまったのかもしれません。

もうどこに行ってしまったのかはわかりませんが、それを想像すると申し訳なさがこみ上げてきます。

今後悔しても遅いかもしれませんが、もっと注意していればと思っています。

それ以降、小動物を見ると、ハムスターのことを思い出してしまい、かわいそうなことをしたなと思い出してしまうのです。

もう動物を飼うには、責任感が強くなければ、飼うべきではないと思います。

当時の私は子供だったからと言って、命を扱うという責任を放棄していたと感じます。

かわいいというだけで、動物を飼うべきではないのです。

最後まで責任を持てる覚悟が備わっていないと、ペットを飼うべきではないと思います。

手から落ちて亡くなったハムスター 罪悪感からお墓にも近づけない

ジャンガリアンハムスターを飼ってました。

名前はクッキー飼っていたのは小学生の頃でカゴから出して遊んでいました。

床からたったまま手に乗せていました。

手が小さかったことと、クッキーがいきなり動きまわりとてもびっくりした当時の私は手からクッキーを落としてしまいました。

あの時の事は今でも忘れられません。

慌てた私はすぐに座ってクッキーを抱えました。

ちゃんと歩くことが出来ていたのでホッとしていました。

しかしその夜、お母さんがクッキーの様子がおかしいとみたところ足が腫れていて、足の力が入らないのか歩けなくなってました。

そして死んでしまいました。

すごく泣きました。

すごく後悔しました。

なんでたったまま手に乗せたのか?
病院につれてかなかったのか?

とても残酷なことをしました。

命は大切です。

小学生の私でもすごくわかっていたことでした。

ですがその頃は小学生で、危ないとかの危機管理が出来てなかったのです。

お墓をつくりました。

泣きながら謝りました。

許さないかもしれませんが謝ることしか出来ません。

クッキーはとても元気なハムスターで
よくゲージを脱走しては、クローゼットの中に自分の巣を作ってました。

ヒマワリの種を口いっぱい頬張り、巣へと運んでました。

もう1匹ハムスターがいて、おんなじジャンガリアンハムスターでよくケンカしてました。

ハムスター同士の喧嘩は激しく、ケガをしょっちゅうしてました。

クッキーが死んだあと、ゲージがとても寂しくもう1匹のハムスターはなんとなく寂しがってる様に見えました。

ゲージを見るたびに自分のしてしまったことを思い出しました。

お墓も罪悪感から近寄り難くなり、
ずっと避けていました。

あれから何年もたちましたが忘れる事は出来ません。

ペットは家族です。

クッキーにしてしまったことを一生忘れないでつぐないにはなりませんが小さな命、大きな命を大切にしていきたいと思います。

亡くなったハムスターに感謝できるまで いまはここまで生きたことがすごい!と思える

私は小さい頃にハムスターを飼っていました。

アニメ「とっとこハム太郎」を見て育った世代でもあり、ハムスターを飼うのは夢でした。

14歳の時の誕生日に私の家にゴールデンハムスターがやって来て、名前は「まる」です。

まるは他のハムスターに比べると太っていて、大きくてとても可愛かったです。

あまりすばしっこくもなかったので、よく部屋中を歩かせたりして一緒に遊んでいました。

食べることも大好きで、一番好きなのはヤングコーンです。

ハムスターの寿命は2年ほどと言われていて、私は時が経つにつれてどんどん私に懐いてくるまるとのお別れが嫌で嫌でたまりませんでした。

まるは、なんと3年も生きて、最後は結膜炎に苦しめられながら息を引き取りました。

病院に通いながら様子を見ていたので、突然の死ではありませんでしたが、まるの身体は本当に冷たく、硬くなっていて辛かったです。

こんなに長く命を全うして、私に懐いてくれたまるには感謝してもしきれませんが、さすがに亡くなった直後は悲しみで泣きじゃくっていました。

学校も休んだ覚えがあります。

ただ、写真を見返して見ると、本当にまるが私にもたらしてくれた幸せは最上級なもので、ここまで生きたことがすごい!と思うようになりました。

まるは今、動物のお墓に眠っています。

また、まるの毛を少しいただいて、お守りとして8年経った今でも大切に持っています。

あなたが大切に育てて来たペットなら、必ずいつかありがとうと思える日がきます。

悲しいのは当たり前なので、悲しくなるほど愛を持った自分を誇りに思いましょう。

あの時行かなければ~ハムスターの事故~

その子は私が人生で初めて飼った自分のペットでした。

ゴールデンハムスターの男の子で名前を「ハム太」と言いました。

毎日、お部屋を掃除する事。

お世話を最後までする事を両親と約束して飼ってもらったのは、小学生の頃でした。

私は、毎日学校から走って帰るようになりました。

早くハム太に会いたかったからです。

毎日、お部屋をお散歩させました。

毎日、小屋を綺麗に掃除しました。

毎日、ハム太に声をかけました。

小さな小さなハム太の温かさを今でも覚えています。

そんな時、ピアノの発表会がありました。

私は最初は出ない事に決めていましたが、直前で参加する事にしました。

でも、何故か胸がモヤモヤしていました。

当日、とても行きたくない気持ちになりました。

ピアノは好きだったのに自分でも不思議でした。

発表会を終え、家に帰ってきて言葉を失いました。

ハム太が小屋と金網の間に頭が挟まり冷たくなっていたのです。

私は、その時の記憶を無くしてしまいました。

あまりにショックだったのです。

ピアノの発表会で家に誰もいなくなり、ハム太は脱走しようとしたのでしょう。

隙間に挟まり、窒息してしまったのです。

私はそれから何度も何度も、発表会に行った事を悔いました。

もし、家にいたらハム太が例え挟まってもきっと鳴いて私に助けを求めたはずなのです。

そして、死なずに済んだのです。

ハム太は桜の木の下に埋葬しました。

25年経った今でも、春になると私はハム太に会いに行っています。

また君に触れたいよ。

短命ながらも多くの思い出を残してくれたハムスターの死 泣くのも隠れなければいけないのかと思った

わが家では犬を飼っていたのですが、子どもがハムスターも飼いたいと言い出しました。

何度も言うのでペットショップに連れて行きました。

行く前に飼いたいと言っていたのとは違って白いロングヘアーの子に一目ぼれし、私もかわいいと思い購入しました。

子どもの発想でロングヘアーの「ロング」と名付けました。

初めは人を怖がっていたのですが徐々に慣れて手からおやつをもらったりするようになりました。

子どもは約束通りに餌やりやトイレの掃除などをして、学校から帰ってきてロングと遊ぶのを楽しみにしていました。

私も日中何気ない様子を見てはかわいさが増していきました。

暑い夏も空調に気を付けて育て、夏バテもしていないようでしたが、秋口になんとなく元気が無いように感じ始めました。

ハムスターの飼育が初めてだったので、活動量が減ることもあるのかと思っていたのですが、明らかに動きが鈍ってきました。

子どもも気が付いて心配したので、ペットクリニックに連れて行きました。

ハムスターの場合は体が小さいのでいろんな検査がかえって負担になるとのことで、エコー検査程度で診断してもらったのですが、おそらく先天的に内臓が弱かったようだとのことでした。

水分排出のための薬をもらって帰り、スポイトで飲ませることしかできませんでした。

結局は数日後に死んでしまったのですが、直前に私が気付き、子どもたちと見守りながらお別れしました。

目の前で死んでしまったこともあり、しばらくはふとした時に涙が出るような毎日でした。

さらに、子どもが学校から帰ってきては悲しそうな顔をするのも心に響きました。

夫や子どもの友だちなどは、どうせハムスターは短命なのだし、その子とも1年も暮らしていないのにそんなに泣くなんてと言われましたが、そう言われることも理解できず、泣くのも隠れなければいけないのかと思いました。

子どももずっと元気がなかったので、思い切って新しいハムスターを飼うことにしました。

またお世話を始めてことで私も元気になり、前の子を亡くした悲しみから救われた思いでした。

もちろん最初のロングには短いながらたくさんの思い出を残してもらって感謝しています。

学生時代に飼っていたハムスター、たった3年という短い時間でしたが今でも家族同然の大切な存在です

これは今から10年以上は前の話なのですが、当時私が飼っていたハムスターが寿命で亡くなってしまいました。

そのハムスターの名前はマロで約3年という短い時間でしたが、家族同然に思っていたので亡くなってしまった時は本当に悲しかったです。

実はマロを買い始める前に弟が学校のクラスで飼っていたハムスターを自宅で引き取って飼っていたのですが、残念ながらそのハムスターは1年ちょっとで亡くなってしまいました。

正直その時も悲しくてもうペットは買わないと思っていたのですが、またハムスターを飼いたいという気持ちが強くなってきたのでペットショップに見に行くことにしました。

マロと出会ったのはそのペットショップだったのですが、同じゲージの中にたくさんいたハムスターの中でも何となくマロとだけは何となく目が合った感じがしました。

運命と言ったら大袈裟ですがその瞬間にあのハムスターがいいと直感的に思ったので決めました。

マロを飼い始めてからは毎日がとても楽しくて、ただ見ているだけで幸せな気持ちになれました。

そんな日々はあっという間に過ぎていき、2年半ほど経つ頃には飼い始めた頃と比べてマロはボーッとしていることが多くなったように感じました。

マロとの別れが来たのはそれから少し経ち飼い始めたから約3年になった時で、朝何気なく様子を見たらとても辛そうな様子でした。

すぐに動物病院に連れていきましたが、どうにもならずマロはそのまま亡くなってしまいました。

ハムスターが寿命があまり長くないことは知っていたので覚悟していましたが、本当にあっという間の日々だったので短すぎるという気持ちが強くありました。

心の底から大切に思っていて家族と言っても過言ではなかったので、心にポッカリと穴が空いた感じがして、とても悲しい気持ちになりました。

あの人懐っこくて可愛かったマロにはもう会えないんだと思うと辛い気持ちでいっぱいで、一人になった時にふと泣きたくなることもありました。

マロが亡くなってからはしばらく食欲が無くなってしまい、2~3kgは体重が落ちてしまいました。

またこうなると分かっていたらもっとマロと一緒にいたのになど、考えれば考えるほど後悔する気持ちがありました。

特に一人でいるとそういう気持ちになってしまうので、自宅で自主勉強をしたくても全く手につかない日々が続きました。

現在は10年以上経過していることもあって立ち直っていますが、ふとした瞬間にマロのことを思い出すと何とも言えない気持ちになります。

10年以上経ってもそんな感じなので今後もそこは変わらないと思いますが、こういった悲しさも含めてマロと過ごした約3年間はとてもかけがえのないものだったのだと思います。

他人から見たら変なのかもしれませんが私にとってはあの頃も今もマロは大切な家族なので、あの子との思い出と共に今後も頑張っていきたいと考えています。

「ハムスターの寿命は短いからね」という周囲の言葉が辛かった

一人暮らしで忙しくしている私は、ペットなど飼う余裕はありませんでした。

実家では幼いころから犬を飼っていたため、自身では飼わなくても・・という気持ちもあったと思います。

そんな時、職場の上司から「オスメスだと思ってないで飼ってたハムスターが実はオスメスで、気が付いた時には子供がたくさん生まれてた!」と、なんとも興味深い話を聞き、「誰かよかったら子供をもらってくれないか?」とのことだったのです。

私は一瞬迷ったものの、「ほしいです!ぜひ、育てたいです」と声をかけました。

それからその子が家にくるのはあっという間でした。

上司がすぐに虫かごに入れて職場まで大事に運んできてくれ、私の方もゲージや部屋に入れる木くずやご飯(ひまわりの種)などはネットですぐ手に入りましたし、準備万端で迎えたのです。

連れて帰ったその日はハムちゃんも疲れてたのか、ぐっすり眠っていました。

その時の寝顔は今でも忘れられません。

それから早くも二年ぐらいたったある日、真冬でその日もとても寒い日でした。

いつも通り仕事を終え帰り着き、ハムちゃんに「ただいま」と声を掛けると、いつもならゲージを噛んだり、寝てても眩しそうに目を開けたり・・何かしら「おかえり」のアクションを起こしてくれるのに、何もないのです。

横になってビクともしないのです。

それどころか、寝ているときにわずかに動くはずの体が全く動いていない。

うそだ!そう思い急いでゲージから出しました。

体が硬いし冷たい・・でも生きてた!聞こえるのかどうかもわからないハムちゃんに必死に声をかけました。

寒くないようにバスタオルに包みました。

とても苦しそうに息をしています。

亡くなってはいなかった、でもどうしたらいいかわからない。

すぐに携帯でハムスターも診てくれそうな救急の動物病院に電話をかけたら診てくれるとのこと、出る準備をしていましたが、タオルに包まれてるハムちゃんに声をかけ出ようとしたとき、今まで聞いたことのない長い鳴き声を最後に亡くなってしまいました。

本当に悲しかったです。

二年という短い命、また私たちの毎日でしたがずっと忘れることはないし、「ハムスターの寿命は短いからね」という周囲の言葉が当時は辛かったです。

自分がもっとこうしてたら、ああしていたらもう少し長く生きられたかもしれない・・や、一人暮らしで忙しくして家に少ししかいなくてかわいそうだったとか。

色々考えました。

でも一つ、死に目に立ちあえたことは「待っててくれた」と思いました。

ちゃんとわかってくれていた。

どんなに小さくても、寿命が短くても、私のこともちゃんと見てくれていたと。

皆さんそうだと思いますが、愛するペットと過ごす日々は寿命なんか関係なくかけがえのない日々です。

私はこの子の命を経て、命に重さはないと考えています。

どんな寿命でも、どんな体の大きさでも命と過ごした時間は尊いです。

2年で亡くなったハムスター、亡くなってから毎日仏壇にお供えをしています

初めて飼ったペットは小学校6年生のころに飼ったハムスターでした。

ハムスターは
ジャンガリアンというとても小さなハムスターを飼いました。

本当にかわいくてジャンガリアンはゴールデンハムスターほどなつかないと聞いていたのですがとてもなついてくれて、自宅に帰るといつも部屋の外に出てきてくれていてとても可愛くて大好きでした。

ジャンガリアンハムスターの寿命は2年くらいと聞いていたのですが、1年目は何の病気もなく元気でした。

2年目になって初めて怪我をしました。

ある日起きてみると、足を引きずっていてびっくりしました。

慌てて病院に連れて行って、薬をもらいました。

遊び場所に台を色々置くのをやめて平らな状態にするようにお医者様に言われました。

高齢になってくると遊び場に沢山の段差を作るのは怪我の原因になるみたいです。

平らな状態にして薬をあげていたらだんだんと良くなりました。

せっかく治ったのですが、それから2ヶ月後にまた今度は目の病気になってしまい、目やにがひどく出ていて病院に連れていきました。

高齢になると色々な病気にかかりやすくなるみたいです。

また薬をもらって治りました。

それからは元気に過ごしていたのですが、ある日突然目が覚めたら足を引きずっていて、動きがおかしくそのまま息を引き取ってしまいました。

本当に悲しくて悲しくてずっと泣いていました。

ペット葬儀をして供養をしてあげました。

それからは毎日仏壇にお供えをしています。

沢山素敵な思い出をくれた大切なペットです。

病気に伏した私を元気にしてくれたハムスターの突然の死、悲しい気持ちはなかなか癒えません

2016年頃、私は自律神経を壊し体調のすぐれない毎日を送っていました。

睡眠に障害を抱え寝つけない、寝汗で頻繁に中途覚醒してしまう、日中はひどい眠気から来る集中力の低下、さらには頑固な便秘など様々な病状のものです。

病院にはかかりましたし処方薬も規則的に服用しましたが改善は見られず次第に生活そのものが苦でしかないように感じ始めました。

その様な状況の中、インターネットでグルーミングと言うものを知りました。

大まかに言うと、恋人やペットとスキンシップをとることで精神的な安定を図るというものです。

以前からハムスターを飼いたいと思いながらも生き物の購入への違和感に今一歩が踏み出せずモヤモヤしていましたが、このグルーミングを知り、思い切ってペットショップへ足を運びました。

そこで出会ったジャンガリアンハムスターのあまりの可愛らしさに目を奪われその場で購入し自宅で同居することになりました。

臆病な性格のハムスターのため、家に来てから一週間ほどはあまり手をかけすぎずに環境に慣れてもらいました。

その間インターネットの情報や図書館にあるペット関係の書物などをもとにハムスターの性質や人間との関係などを調べ徐々に触れ合う機会も増えてきました。

いま思えばこの時点で、ハムスターに関する情報を得ようとして失われていた集中力が蘇ってきていたように感じます。

何度も噛まれ、そのたびに流血しましたが、ようやく私の手の上でエサを食べてくれたり、呼びかけたらハウスから顔を出してくれたり、時にはあぐらをかいた私の足の上でくつろぐようになってくれました。

小さな背を親指で撫でたり、手のひらでおいしそうにヒマワリの種を食べたりしているハムスターを見ていると気持ちが穏やかになり、いつからかグルーミングの効果を感じるようになりました。

ホームセンターに行けばハムスターの飼育用品やエサなどを見てみたり、100均にいけばハムスターのハウスに使えるものは無いか探してみたり、要件になくても色んな場所でハムスターの事を考えていました。

こうやって次第に自律神経の病状が和らいでいき、復活まではいかずとも気持ちも身体も少しづつ楽になっていきました。

ハムスターを家に招いて半年を過ぎた頃のある日の朝、本当に突然でした。

突然何の前触れもなくハムスターは冷たく、硬くなっていました。

本当にショックでショックで。

涙こそ出なかったものの何度もハムスターの名前を呼んで、死の前兆に気付けなかったことを悔やみました。

ハムスターの亡骸をよく観察し、再びインターネットや書物などで死因を調べましたが、病気の兆候はなくストレスが原因なのだろうと結論付けました。

この日以来、現在でもペットは飼っていませんし、病状も完治していません。

決して広くないハウスに入れられ、人間の都合で生かされたあのハムスターは幸せだったのかと何度も自問しますが、やはり幸せだったとは思えません。

もちろん粗末な飼育はしていませんし、過度な触れ合いは控えていました。

それでも家に迎えてたった半年、生後7ヶ月で死んでしまったハムスターは飼い主である私をどう思うのか。

悲しい気持ちはなかなか癒えません。

しかしあの頃、ハムスターは確実に私を癒やしてくれましたし、自律神経の不具合にも好影響を与えてくれました。

ペットの死は辛く苦しいものですが、私を癒やしてくれたあのハムスターのことを忘れることはありません。

突然死したジャンガリアンハムスター、ほんのり暖かい小さな体 何か起きたのか理解できない感覚を鮮明に覚えている

小学生の時、買っていたジャンガリアンハムスターが突然死んでしまいました。

寿命が短い生き物なのは承知していたものの、本当に突然死んでしまったので何が起きたのか理解できない感覚があったのを鮮明に覚えています。

名前はクッキーでした。

知り合いからもらってきたハムスターで、我が家で一年半くらい一緒に過ごしました。

学校から帰ってくると、餌をあげたり世話をするのがとても楽しみでした。

私にとっては初めての『自分のペット』で、犬や猫が飼えない環境下にあって最大の癒しであり、大切な存在でした。

ハムスターは意思疎通ができないと言われていますが、それでも可愛がり一緒に遊び、多くの時間を一緒に過ごしてきました。

何回も脱走されたりカーペットをかじられたり、手の上に粗相をされたりしましたが、それでも仲良く暮らしてきました。

ところがある休日の朝、私が目がさめるとクッキーはすでに動かなくなっていて、死んでしまったということを悟りました。

突然のことでした。

昨日まで元気に走り回っていたというのに、本当に突然その生命が絶たれてしまったことがショックで、まだほのかに暖かかったその小さい体を手のひらに乗せて大泣きしました。

もっとしてあげられることはなかったのか、何か私が悪いことをしたのだろうか…今となっては全てわからないことですが、今でも思い出して胸がきゅっとすることがあります。

意思を表明することが出来ない『ペット』という存在だからこそ、いなくなってしまった後に後悔することがあるのだと思います。

それから生き物を飼うことは避けていますが、また何かペットを迎え入れるときには、後悔のないように日々を過ごしていきたと感じています。

2年3ヶ月共に過ごしてくれた、小さくても大きな存在だった我が家の亡くなったペットの体験談

私には以前ジャンガリアンハムスターのペットが一匹いました。

家族みんなで大切にお世話して過ごしていた大切なペットでした。

小さいですし、犬や猫のように分かりやすく懐く感じでもないので、もしかすると一般的にはそこまで愛情深く執着しないと思われるかもしれませんが、私は全然そんなことはありませんでした。

以前にコーギーという種類の犬を飼っていた経験もあるのですが、そのときと同じくらい家族の一員だと感じれる存在でした。

毎日、「しっかりエサ食べたかな?」「温度調節は大丈夫かな?」なんて、子どもと一緒にお世話をしていました。

飼いはじめた当初は警戒心からか私の手を噛むこともあったのですが、時間と共にいつからか噛むこともなくなり、「私に慣れたのかな?」なんて、より愛情が芽生えました。

慣れてからの性格は、無邪気で人を恐がらない感じで、意外にも人の手が好きな仔だったと思います。

因みにですが、飼う前に、インターネットやペットショップでジャンガリアンハムスターの寿命が約2年ほどということは学んでいましたので、その辺もしっかり理解して飼っていました。

ですが、飼いはじめてから2年経った頃、そろそろ弱ってくるのかな?と日々注意深く見ていましたが、心配な気持ちを忘れさせるくらい意外に元気なままでしたので毎日「長生きしろよ」なんて言いながらエサをあげていました。

(笑)
しかしながら事態が変わったのはそれから3ヶ月後でした。

その頃私がお仕事の都合で3日ほど自宅を留守にする日があったのですが、3日目、私が自宅への帰宅途中家族から何度か携帯に着信が入っていました。

何も考えずに折り返してみると、家族から「○○(ペットの名前)死んじゃったんだ」という何だか実感が全くわかない報告を聞きました。

私はその瞬間から頭が真っ白になり、気付くと涙が出ていました。

しかもペットが亡くなったのは私が家を留守にしたその日(3日前)の夕方だったそうです。

いつものように何気なくペットを見ていた娘(当時小学生)が寝たまま動かないペットに気付き、何か変だと家族に伝えたようです。

私は急いで帰宅し、ペットの姿を確認しました。

(それでも実感がなかったです。

)
その日の夜中、涙が止まらない状態で私はペットに「一緒に過ごしてくれてありがとう」と伝え、お別れをしました。

その後、数日間は何をしていてもまだハムスターはゲージにいるような気がして、正直辛かったです。

なかなか消えない『喪失感』に「ペット(家族)がいなくなるというのは、こういうことなのか」と人生で初めての感情を学ばせてもらいました。

心がしっかりと受け入れて、亡くなった事実を整理出来るようになるまでには1ヶ月半ほど掛かったと思います。

今こうして思い返しても感謝の気持ちがいっぱいです。

今現在、そのハムスター専用ゲージには実は新たな家族になったジャンガリアンハムスターがいます。

亡くなったペットの分も愛情を注げるように共に過ごしています。

なかなか上手く書けないものですが、そんな感じで、私と家族が2年と3ヶ月生活を共に過ごした、今でも大切に思える存在のペットのお話でした。

あ、私の末っ子が「○○(ペットの名前)どこ行ったの?」と聞いてきましたが、まだ『死』というものが理解出来る年齢ではなかったので「お星様になったんだよ!」と伝えました。

今でも子どもからは「○○はお星様になったんだよね!」と言います。

(笑)
それと、(今の仔には申し訳ないのですが)家族揃って亡くなった仔の名前と新たに家族になったジャンガリアンの名前を言い間違えます。

(笑)
以上です。

大晦日冷たくなっていたジャンガリアンハムスター 寿命は2年と聞いても後悔してしまう

昔一匹のハムスターを飼っていました。

オスのジャンガリアンハムスターでした。

ちょうど2000年の大晦日、家族で大晦日を過ごし、21世紀を迎えてから休みました。

休む際には「今年もよろしく」とハムスターに声をかけました。

とても寒い夜で、外は大雪でした。

翌朝起床後、家族に新年を挨拶等を行い、
一段落後にハムスターのゲージを見ると
横たわり既に冷たく、硬くなっていました。

新世紀の元旦から言葉を失いました。

雪が降る中ハムスターを埋めに行きましたが、
戻ってきても涙が止まらず、2~3日はずっと泣いていたことを覚えています。

その後実家を離れることになりましたが
帰省にした際には必ず墓参りに何年も通っていました。

墓参りはずっと家族には黙って通っていましたが、
そこはさすがに親です。

こっそり通っていることはばれていました。

働き出し、帰省すること頻度も減っていきなかなか墓参りにもいけなくなったあるとき
「もういいんじゃない」と家族に言われたをきっかけに
ある種強迫観念に駆られたように通っていた墓参りをやめましたが
その後も彼が使っていた餌皿だけは捨てられずにずっととってありました。

飼いはじめてちょうど2年ほどで、一般的にハムスターの寿命も2年と言われているので「もう寿命だったんだよ」と家族は言ってくれていましたが、
本当に寿命だったのだろうか?
あの寒い夜、寒さに耐えられなかったのではないだろうか?
なぜ暖房をつけておかなかったのか?
自分は精一杯彼の世話をしていたんだろうか?
暖かくしておけばあの日死ぬこともなかったのではないか?
と今でもたまに考えますし、悔います。

愛情を注いだぶん辛くなったハムスターの死、今もペットを飼う気がしない

小学6年生のころに、ハムスターを飼っていました。

友人が飼っているのを見て、その愛らしい姿にとても心惹かれ、親の反対がありましたが、世話は自分が見るから!と説き伏せ無事に飼うことができました。

正直、ハムスターと意思疎通を図ることは難しい..というか出来ていなかったと思います。

しかし、私は出来る限りハムスターに愛情を注いでいました。

名前はちび太です。

小さいのでちび太。

小学生が考え付く微笑ましいネーミングだったな。

と今は思っています。

さて、ちび太との思い出ですがバスケットのカバンの中にちび太を入れて、近所の公園の芝生で思い切り遊ばせたり(楽しんでいたかは不明ですが…)、小さなオケを買ってきて、時々お風呂に入れたりしていました。

世話をするのが面倒だと思ったことはありませんでした。

ひとつひとつの仕草が愛くるしくて、私が放ってしまったらこの子はどうなってしまうのだろうと思うと、世話をせずにはいられませんでした。

冬場は、鳥の巣を買ってきてあげました。

そうすると、鳥の巣の中にティッシュなどを運び入れて、自分の寝床を作るんです。

ちび太も鳥の巣が暖かくて快適なのが分かったんでしょうね。

藁の巣の中で寝るハムスターの姿はとっても可愛らしいものでした。

ちび太は私が中学生2年生の冬ごろまで生きていました。

ハムスターの寿命は2-3年と聞いたことがありますが、ちび太は3年半も生きることが出来たので、寿命が全うできたのかな?と思っています。

しかし、それでも最後の別れの日は30年経った今でも忘れられません。

手の中で必死に温めてもどんどん冷えてゆく体。

水や餌も口にしなくなります。

最後はブルブルっと震えて息を引き取りました。

寿命だったのだと割り切ろうとしても、私の中ではちび太との別れが辛すぎて、それからペットは一切飼っていません。

愛情を注げば注ぐほど別れが辛いなんて…矛盾していますよね。

立ち直っていないわけではありませんが、この先も一生ペットを飼うことはないかなあと思っています。

子供とともに育てていたハムスター、短い時間でも愛情をかけていたので割り切れず

わが家では何匹かのペットを飼っていますが、それぞれに私たちなりの愛情を掛けて育てています。

過ごした長さやかかわり方で愛着度合いも多少は違いますが、小さい動物だから、育てた期間が短いから情が移らなかったということはありません。

子どもが熱望したハムスターをわが家に迎えました。

「自分で面倒見る」と子どもは言うものの、日々のお世話に関してはやはり親の私が気を付けることも多く、扱い方にも慣れるとやはりかわいく思えてくるものです。

ハムスターは犬のように吠えたりしない分、気を付けて見守ることがお世話の第一歩です。

生後1か月くらいの子が次第に成長して私たちにも慣れて手に乗ってきたりするようになり、子どもが学校から帰って一緒に遊んだりするのが楽しみでした。

ハムスターは元々2~3年しか生きないとは言われていたのですが、その子は生後1年もしないうちに死んでしまいました。

このところ動きが緩慢だなと思って気を付けていたのですが、初めてのことで冬支度かと思ったりしていると、ある日明らかに弱った様子でしたので子どもも希望したので動物病院に連れて行きました。

ハムスターは小さいのでレントゲンや麻酔などが負担になるためにできる検査や治療もあまりないとのことでしたが、排せつを促す薬を処方してもらって家でスポイトで飲ませたりしました。

あまり有効ではなかったかもしれませんが、できる限りのことはしてあげたということが子どもの精神的な面を考えても良かったと思います。

その数日後に私の手の中で息を引き取りました。

子どもと共に泣きながら体をさすってさよならして、庭にお墓を作りました。

それから何日も、子どもが学校から帰って来ると、今までのようについ部屋の隅のハムスターのハウスの有ったところへ行こうとして「あ…居ないんだ」と涙を浮かべる様子に私も涙が出ていました。

あまり関わらなかった家族からは、「何年もいたわけじゃないんだし、どうせ長生きはしない動物だからね」などと言われましたが、私と子どもは短い時間でも愛情を掛けてお世話をしたので、簡単に割り切ることはできませんでした。

二人で思い出を話し合ったりして、何とか次第に悲しみが癒えて行きました。

ペットとの別れは悲しいものですが、それでも一緒に過ごす時間は大切な思い出になります。

ジャンガリアンハムスターが癌でなくなってから、涙ぐんだり精神が不安定な状態が続いた

私がペットであるジャンガリアンハムスターと出会った経緯は、偶然訪れたペットショップで特価になっていたことがきっかけでした。

そのまま売れ残ってしまえば、ともすれば爬虫類のエサにされてしまうような運命になるその子を見ていてどうしても飼いたいと思ってしまい、一目惚れして、そのまま我が家にお迎えすることになりました。

そこからその子との日々がはじまり、毎日温野菜やゆでたまご・ヨーグルト・鶏ささみ肉といったタンパク源から水分・カルシウムといったバランスの良い食事、衛生的な住環境(ホームセンターでアクリルのケースを購入し、オリジナルのケージに改良しました。

)を維持して約3年が経過していたときのことでした。

亡くなった経緯は、その半年前ほどに左頬袋のあたりがぷっくり腫れていることに気づき病院に連れて行ったときにはときすでに遅し、末期の悪性リンパ腫であることがわかったことでした。

時期としては、すでに3歳を超えていたこともあり、外科的手術をするには小さいハムスターでは麻酔に耐えられるかといった問題もあり、獣医師の言うとおり内科的な投薬療法を取り入れることになりました。

その時の心情としては、よく言われている高齢ハムスターの口の中は怪我をしやすいということを失念して、にぼしを与えてしまったときに、それが傷口となって、炎症を起こして異形成・リンパ腫となってしまったのではないかと自分を悔いたことでした。

そこからなんとか生きながらえてはいたものの、なくなる前日までごはんを食べてくれていたことを今でも覚えています。

ペットが亡くなってからの体調の変化としては、仕事が手につかなくなり、睡眠不足になりました。

そして、ペットロス症候群となり、何をするのも億劫になり、一人でぼーっとして過ごし、時折涙を流すような日々が続きました。

私にとって本当の子どものような子であったので、まるで自分の生活からごっそりと大切なものが抜け落ちてしまい、生き甲斐を失ってしまったような状態に陥ってしまいました。

いつもその子のことを思い出しては、涙ぐんで目頭が熱くなるような、情緒不安定な精神状態が続きました。

同じく悲しみにくれている人がいれば、とにかくその子のことでやり残した・失敗したということがあっても、それはその子は許してくれていると思うことです。

ありがとうと言ってくれていると思うことで、互いの共有した時間は幸せだったということをあらためて実感することができると思います。

私は、現在の状況としてまた違うペットを飼うところまで立ち直ることができました。

もし、なくなったペットと会えたら、私は飼い主として合格だったかどうか、もしも話ができたら、どういうことが聞けるか、そういうことを想像しながら、また再びどこかで会えるといいなと思いつつ、いつまでもその子のことを忘れないでいるということを心に決めています。

ハムスターの死やネコの飼育で動物の命と向き合う重みをしる 引き取った瞬間から生と死に向き合うことが大事

私が初めてペットを飼ったのは小学一年生の時のゴールデンハムスターでした。

当時からハムスターがだいすきだった私のために父はホームセンターで二匹のゴールデンハムスターを飼ってきました。

大きくて茶色と白の色がくっきりとはいった可愛いハムスターでした。

しかし、三日後に急に二匹とも死んでしまいました。

幼かった私は原因も分からず、動物とはこんなにすぐ死んでしまうのかと死の意味もわからず茫然としていました。

私の兄は泣き明かしてふとんにこもりっぱなしでした。

私はどんなハムスターでどんな仔だったかもわからずに、お別れしてしまいました。

今思い返すと、動物とはいつ死ぬかわからないということをしっかり理解できていなかったのだと思います。

だからこそ、引き取った瞬間から動物の生と死に向き合うことだ大事だと思うのです。

私は最近ねこを飼っています。

しかし、引き取った次の日に具合悪くなり、病院に駆け込むとFIPの可能性があるという診断を受け「もって一か月です」という診断をされました。

幸い、誤診で、今も元気に生きていますが、ハムスターやネコの飼育経験から、飼い主は引き取った瞬間に動物の命と向き合うのだということをつきつけられました。

がんなどでゆっくり見遅れる場合もありますが急に命を落とす場合もあります。

だからこそ、毎日大切にペットと楽しい時間を過ごしていくことが大事なのではないかと思います。

大切なペットをなくしたとき、悲しみに暮れてつらくなることがたくさんあると思います。

けれど、私は短い間ですが、やわらかいハムスターの背中をなでで、ひまわりのたねをおそるおそる手であげて、食べてる姿を見て、、どんな小さな小さな命でも大切にしてきた思い出とともに過ごせば、時間は経つかもしれませんがきっと悲しみが去っていくと思います。

今、私は飼いネコが元気で走りまわっていることに感謝しながら毎日楽しく過ごしています。

ハムスター同士のケンカで死を経験 小学低学年ながらに無知で後悔

小学校2年生のときに、買っていたハムスターのマロとチロが死にました。

かなり、衝撃的でつらかったのですが、ハムスターはお互いで喧嘩をして死んでしまいました。

当時、飼うことになったとき、私や兄弟はあまりペットに興味がなかったのですが、父親が気まぐれで、ハムスターを飼おうと言い始めました。

父親は動物好きというイメージはなかったので、本当に興味本位で言ったのだと思います。

正直、最初はよく分からなくて、親に言われるがままに、兄弟でエサやりや水の交換、ゲージの掃除などを担当していました。

でも、日数が経つにつれてだんだん愛着がわいてきて、かわいくなりました。

マロとチロも、最初より大きくなって、自分たちの顔を覚えたのか、近づいてくるようになったので、またそれもかわいかったです。

たまに、掃除のときなどに脱走してテレビの下などにいなくなってしまうのですが、救出後はかなり安心したのも良い思い出です。

自分たちは、かなりかわいがって育てていましたが、マロとチロに子供が生まれたあと、お互いで喧嘩をして、傷つけあって死んでしまいました。

あとから調べたら、本当は出産後に家を分けてあげないといけなかったのに、自分らは何も知らずそのまま飼っていました。

とても衝撃的だったし、小学校低学年なのに、自分たちの無知さでこの子達が死んでしまったと考えると、すごく辛かったです。

ペットは、勿論愛情をもって育てるのは当然ですが、しっかりした知識の元で育てていかないといけないと心から思いました。

これからは、自分の子供がペットを飼いたいという番かも知れません。

そのときは、自分の父親のように無責任に飼うようなことはせず、一緒にその動物について学びながら、家族の一員としてペットを飼いたいな、と考えています。

大好きだったハムスターの死 遊んであげなかったことを後悔 思い出すだけで涙があふれる

私が高校に入学した年の夏休みのことでした。

当時飼っていたハムスターのハム助がいきなり元気が無くなってしまいました。

ハム助と出会って一緒に住んでから1年がちょうど経ったくらいの出来事でした。

最初は夏バテかな?って暑い日が続いていたので思っていたのですがそれが長く続くと心配になるわけですよ。

なのでハムスターに詳しい友達に見てもらおうと思って、学校の友達に相談したところ、見てもらえることになったのでその日程の約束をしました。

ですがハム助はその日まで生きれることができず死んでしまいました。

いきなりこんな別れが来るとは思ってもいなかったので心の準備もできていなかったので涙が不思議と流れませんでした。

ですがただただ胸が苦しかったです。

ハム助は、出会った時から元気で家族に笑顔を持ってきてくれた。

家族にとってかけがえのない存在でした。

そんなハム助が死んでしまって、庭に埋めてあげた時も全然実感がわきませんでした。

後悔していることといえば、学校終わりに友達と遊んでから夜遅くに帰ってハム助とあまり遊んであげれなかったこと。

でもその少ないハム助との遊んだ時間は鮮明に覚えています。

そのことを思い出していたら次第に自然と涙が出ていました。

少なかったハム助との時間ではありましたが、幸せな時間だったと今なら胸を張っていえます。

ペットとの別れは悲しいですが、幸せの時間を思い出して見ましょう。

少しはきっと楽になるでしょう。

大好きだったハムスター また買えばいいといわれるも代わりなんていない

去年の冬に、2年間私を癒やしてくれたハムスターのキャンディが亡くなりました。

ペットショップで見て一目惚れをしたのをきっかけに、その日のうちに店員さんに取り置きをしていただいて飼うことになりました。

ハムスターは懐く子と懐かない子の差があり、以前買っていたハムスターは手をケージに入れるだけで噛みに来る子だったので世話が大変でしたが、キャンディは飼ってすぐに慣れてくれました。

名前を呼ぶと、くりくりの目を輝かせて走り寄って来たり、手のひらでおやつを食べて眠ってしまったりと、人懐っこい性格でとても可愛かったです。

去年の秋頃から、おがくずに血が点々と付くようになりました。

どこか怪我をしているのかとキャンディを手に乗せて確認しましたが、どこにも異常がなく原因が分かりませんでした。

何か病気かもしれないと思い、動物病院に連れて行きました。

キャンディは大人しく診察を受けてくれましたが、診察が終わったあと、怖かったのかぶるぶると小刻みに震えていました。

先生は、子宮系の病気にかかっているようだと告げました。

ハムスターは小さいので、レントゲンを取ったり手術することが難しいので、薬で治療することになりました。

1週間薬を飲ませても、変わらず血が付いていたので再び病院に行きました。

薬の配合を変えてもらい、また1週間飲ませましたが、それでも血は止まりませんでした。

それから何度か病院に通いましたが、1か月ぐらいしてキャンディは息を引き取りました。

空になったケージを見てはキャンディがいないのを再確認して、ものすごく辛かったです。

ハムスターなんかまた買えばいいと家族に言われましたが、キャンディの代わりはいません。

たった一匹のかけがえない命を、もし次にまた飼うとしたらその時も大切にお世話してあげたいと思います。

風邪でなくなったハムスター 後悔で自分を責め、キャベツやニンジンを見ても泣けた 8年後の今はいい思い出に

8年前、当時好きだった人の勧めで私は初めてハムスターを飼い始めました。

幼い頃に金魚やカニは飼った事があったのですが、かなりの期間が空きペットを飼うのは久しぶりです。

ハムスターはかわいいし好きな人とこれから共通の話ができる!という動機だったので、一緒に住んでいる両親は私が責任を持って飼えるのか不安だったみたいです。

しかし、いざ飼い始めたら思ってたよりすごく小さくて繊細で。

この子の命は私にかかっている、私がしっかりしなくては!と思い、家にいる時間にはずっと様子を眺めていたりキャベツやニンジンを自分の手から食べさせてあげたりしていました。

私が仕事で家にいない時間には母がお世話をしてくれました。

飼う前はハムスターが苦手だった母もすっかり気持ちが変わり、私以上にはしゃぎながら遊んでいました。

この子のおかげで私は癒されて好きな人との会話も弾み母も今までより明るくなって、本当に毎日が楽しくて充実した日々を過ごしていました。

ところが、そんな楽しい生活が1年程続いたある日。

いつもよりキャベツやニンジンを食べない。

水を飲む回数が多い。

毎日ずっと見てきていた私にはすぐに分かるような異変でした。

翌日には痩せてきてしまい、3日目の朝には背中の皮膚がたるむまで痩せ細ってしまいました。

今日は仕事でどうしても病院に行けない、明日の休みには連れて行かなきゃ!そう思い心配と焦りでその日は仕事中も夜寝る時も不安で仕方がありませんでした。

そして翌日。

なかなか小屋から出てこないので、心配になってドキドキしながら姿を覗いてみたら仰向けの姿で亡くなっていました。

普段ほとんど泣かない私がその瞬間涙が溢れて止まらなくなり、その後も母と2人でずっと泣きました。

原因は風邪でした。

冬だったので部屋のエアコンはつねに付けていたりハムスター用のヒーターも使っていたのですが、それだけでは足りず寒くて風邪を引いてしまったようでした。

私がもっとハムスターの勉強をして知識を付けていれば。

私がもっと早くこの子の異変に気が付けば。

私がもっと早くこの子を病院に連れて行けば。

そんな後悔が次から次へと出てきて、しばらくの間は自分を責めてしまいました。

しかし、ずっと悲しむままではこの子との思い出が悲しい出来事になってしまい、思い出したくなくなってしまうのではないか。

そうなってしまうのは絶対に嫌だと思い、なんとか気持ちを切り替えるようにしました。

時間はかかりましたがそれからは一緒に撮った写真も見られるようになり、母もキャベツやニンジンを見ても泣かなくなりました。

好きだった人とは付き合えて結局は別れてしまったけど、ハムスターを飼うキッカケをくれてありがとう!この子と出会わせてくれてありがとう!と思いました。

あれから8年。

もちろん今も思い出します。

でも悲しかった思い出ではなくて、楽しくて癒してもらった思い出を。

親友ハムスターの死で温度管理を後悔 言葉は優しいが顔は私を少しバカにしていた

去年、私の唯一の親友とも言っていい、ひつじが亡くなりました。

ひつじは濃いグレーの毛をしたジャンガリアンハムスターです。

2年前、21歳の寒い冬の日に出会いました。

田舎の大きなディスカウントショップの一角にあるペットショップにひつじはいました。

そのペットショップには、産まれたばかりの小さなハムスターが沢山いて、微笑ましい気持ちで覗いていると、一匹だけ、やたらと大きな体をして、ボロボロの虫かごに入れられ、激安の価格をつけられ、丸まって寝ているハムスターを見つけました。

彼ががひつじです。

なんだかかわいそうになり、というより、その時期家族との問題を抱えていて家に帰れず一人ぼっちだった自分と重なり、その場でひつじを買いました。

それから2年間、彼とは親友でした。

身体は小さいし、食べるものも違うけれど、私の唯一の理解者でした。

その彼が、去年この世を去りました。

出会ったのと同じ、雪の降る寒い日でした。

その日の朝までは元気だったのに、夜覗くと、丸まり、冷たくなっていました。

もうちょっと温度管理をきちんとすればよかった、や、発見が早ければ、などの後悔が頭をすごいスピードで巡り、それから涙が次々と溢れました。

こんなことならもっともっと遊んで、もっともっとたくさんの話をして、大好物を用意して、少しだけ豪華なご飯を用意したのに。

寒かったかな、ごめんね、とひつじを抱き上げると、信じられないくらい軽くなっていました。

魂が抜けたのだと思いました。

次の日はアルバイトで、行きたくなかったけれど目を腫らして行きました。

職場の人にそのことを言うと、
「残念だね」と言ってはくれるものの、顔には「ハムスターが死んだくらいで」の文字が明らかに貼り付けてありました。

誰に話しても、そうでした。

少し馬鹿にしたみたいにみんな、「悲しいね」と笑うのです。

身体は小さいけど、言葉は通じないけど、たまねぎ食べられないし、美味しくなさそうなペレットを美味しそうに食べるけど、違うところだらけだけど、

彼と私はたしかに親友で、心が通っていました。

その親友を失ったのは、誰にわかってもらわなくても、身を裂くような思いです。

人間だから、とか、動物だから、とか、目の色がちがうだとか肌の色が違うだとか、言葉が違うから、だとか、

そんなことは魂のレベルでは関係のないことなんだと、ひつじは教えてくれました。

ひつじは、わたしに、世界に優しくあることを教えてくれました。

ありがとう、ひつじ。

あたたかい場所でゆっくり眠ってね。

悲しそうなハムスターの顔 ゲージもみるのがつらく家事も手がつかなかった

5年ほど前、娘が高校生のころ、季節は冬の終わり、ペットショップをのぞいていたら、コーヒー色の体をした、目のとても大きいオスのハムスターがいたので、強く印象に残り、飼うことにしました。

ケージや、回転車や、かじり棒、藁、えさ、全てを揃えて、自宅に大切に連れて帰りました。

毎日、毎日、えさやり、水の取り換え、外に出して一緒に遊びました。

しばらくしたころでしょうか。

少し、変だなと感じるようになりました。

餌をあげる時に、そばには来るのですが、微妙にずれたところに座っているのです。

声をかけると、そちらのほうに移動してきます。

どうやら、目が見えなかったのです。

しかし、耳は相当良いようで、遠くからでも、足音を聞き分けます。

夫が近づいたときは知らぬ顔ですが、娘や私が近づいたときは飛んできます。

ハムスターの健康状態は耳を見ると良いとネットからの情報を得て、我が家のハムスターを見てみると、レタスのような形態でした。

何らかの障害があったのでしょう。

一生懸命、聞こえる音だけを頼りに生きていたのです。

私や、娘が来ると嬉しそうに走って近づいてくる黒く大きなあの目がいじらしくてなりません。

あまり、長い命ではないのだろうということが、想像できました。

この子が生きている間は少しでも遊んであげようと暇を見つけては室内ですが、外に出してあげました。

ハムスターはなつかないと聞いていましたが、私たちの声によく反応し、側で、毎日毎日、くるくる走り回り遊んでいました。

じゃれてくるようなそぶりもありました。

その年の冬、毛布やパネルヒーターも設置していましたが、やはり、寒かったのか、亡くなりました。

学校にいる娘に連絡をしたら、泣きながら早退してきました。

亡くなる少し前、急に水の吸い口に長い時間口を付け、しばらくすると、悲しそうな眼をして、じっとしていた姿がいまでも忘れられません。

使っていたケージや、回転車、かじり棒、見たくないです。

あの子の亡骸は我が家の庭の片隅にガーゼで寒くないように包みそっと埋めてあげました。

娘はしばらく学校に行けず、私は家事も手につきませんでした。

でも、あの子は、私たちと出会えて少しでも幸せだったかなあと折にふれて考えることで気持ちを癒すことにしています。

中学生時代、一生懸命世話をしたハムスター 弔いのひまわりの種は自己満足?

小学校6年生の時、ハム太郎をたまたま観たきっかけでハムスターに興味を持ち、兄弟が過去に飼っていたゲージを譲ってくれたたため、お小遣いを貯めてえさ代などの目途が立ち、親から許可をもらいペットショップで出逢いました。

たくさんの種類の中からひと際小さいハムスターがずっとこっちを見ているような気がして直感で我が家に来ることになりました。木をずっとカリカリするのでカリ介と名付けて家族で溺愛していました。

中学生でしたが、お小遣いのほとんどをカリ介のおもちゃやおやつにお金を使って友達はカリ介より優先順位がしたでした。

我が家に来てから2年半、冬に巣の中で亡くなっているのを見つけた時は悲しい、寂しいという言葉では表せない気持ちが込みあげてきました。その日は土曜日だったので家族でどう弔ってあげようか相談をし、庭の梅の木の下に埋めてあげることにしました。

大好きだったえさと敷き藁を入れて巣と同じような環境にして弔いました。それでも、空のゲージを見るととても悲しく片付けることもまたできませんでした。

とてももう一回飼う気分にはなれず、数週間はとても落ち込んでいました。ある日、母が気遣ってくれてカリ介のお墓にひまわりを植えてくれ、すごくそれが私には温かく感じました。

その日からはひまわりが大きく育つようにそしてその種が眠っているカリ介にも見えるようにとひまわりを大切に育てました。

もし今、カリ介に会えるとしたら大好きなひまわりの種を沢山あげて幸せだったか聞きたいです。

やりきれない

ハムスターに部屋散歩をさせ始めたらあっという間に行方不明になってしまった。ベランダに出てはまずいのでサッシを閉めて部屋中ひっくり返して床に耳をあてて探し回った。

足音も何かを齧る音も聞こえない。ひまわりの種を撒いておびきよせようとしても食べた形跡が現れない。

結果、閉じたサッシに挟まれて冷たくなっていた。全く気づかなかった。
丁寧に飼育してはいたが所詮遊びで飼い始めただけだった。

けれどちょろちょろ動き回る姿や手の上でひまわりの種を食べる姿を思い出すと想像以上に胸が痛い。

こんなに感情移入していたなんて自分でも意外だった。
痛かったよな。ごめんな。

小さくて短いネズミ達のこと

私は昨年、大事に飼っていたペットを4匹亡くしました。
飼っていたペットというのは小さくて丸くてフワフワなネズミです。

私の飼っていた子達は、前の飼い主が動物の毛に反応するアレルギーが出てしまい飼えなくなったのを譲り受けたものでした。

私はこのネズミ達の種類が本当に大好きで、今までに2回多頭飼いをしたことがあります。かわいい仕草や恐がりだけど人懐っこい性格、ちょっとゆるい所が大好きなのです。

ネズミの寿命は大体2年くらいで、2年しか一緒に居られない子達ですが、一匹一匹個性があって一生懸命に生きてくれました。

ネズミのために私が用意することが出来る最高の環境を整えたつもりでした。ふかふかのチモシーの床材、新鮮な水、健康に配慮しながら楽しめるエサ、自分で作ったネズミが隠れたり運動したり、齧ったり遊べたりする木製のアスレチック。

でもどんなに大切に飼っていても、命が燃えるスピードは早く止めることは出来ませんでした。加えてネズミは病気になりやすく、そして小さいので動物病院へ行ってもほとんど治療が出来なかったのです。

4匹のうちのAちゃんは、頭に腫瘍ができて死にました。土曜の夜に起こった事だったので動物病院に連れて行ってやれず後悔しています。

Bちゃんはお尻からの出血が止まらず、抗生剤をスポイトであげるもそれ以上の治療が出来ず死にました。アスレチックに染みた血がBちゃんの苦しみが感じられて辛かったです。

Cちゃんは癌がお尻にできて死にました。動物病院ではガンの切除ができず、日に日にお尻の腫瘍が大きくなりCちゃんが弱っていくのに何も出来ない自分が悔しかったです。Cちゃんは最後痛みのため暴れて、1時間半ほど私の手の中で苦しんで死にました。

DちゃんはABCちゃんを見守る優しい子でした。私が指で毛を撫でてやるとお返しに指を自分の歯でこちょこちょと毛繕いしてくれる子でした。Cちゃんの葬儀の出発前、Dちゃんに言ってくるよと挨拶したらDちゃんは虫の息でそのまま手の中で冷たくなりました。

ネズミが亡くなって、今でも私の心にぽっかり空いているような気がします。手のひらを見ればぽってりとした丸い小さな重みが居るような気がして名前を呼んでしまいます。

他の人はたかがネズミ位で悲しむなんてと理解を示してくれません。

確かに小さくて短い命でしたがあの子達は私の中でとても大切なものでした。
もっと一緒に居てくれたらなぁと思いますが、叶わない願いです。
たとえ一瞬でも私と居てくれて本当に感謝しています。

可愛いハムスターとのお別れ

犬や猫は飼うことができないマンション住まいですが小動物を飼ってみたいと思っていて
ハムスターをペットショップに見に行きました。ペットショップでとても可愛いハムスターに出会い
この子を育てたいと思いました。
小さな小さなハムスターは、寿命が2年程と聞いていたので別れが早く来ることは頭にあったのですが、
毎日楽しく過ごしているとそんな事も忘れてしまいます。
飼い始めて1年くらいしてちょっと肥満傾向になりました。肥満から部屋の中で転んだのか足を引きずっていて心配になって病院に連れていきました。それからダイエット食をすすめられてダイエットさせました。
少し痩せてきて怪我も治ったころに、今度は目の病気になってしまいました。こちらも病院でもらった目薬をさしていたら治ってきました。それからしばらくは元気だったのですが、1年半した冬の日に元気がなくなっているなと感じました。そこから急に体を動かすことが減りました。もうおばあちゃんになっているし仕方ないと先生に言われました。そしてとうとうお別れの日が来てしまいました。前日までご飯もちゃんと食べていたのにいきなりけいれんのような状態になってそのまま動かなくなってしまいました。最期を見れたのは良かったのかもしれませんがその光景が頭に残ってしまい悲しくて数日は泣いていました。お葬式をしてあげるためにペット葬儀を依頼しました。そしてきちんと骨上げもして仏壇を用意しました。毎日仏壇に手を合わせています。本当にありがとうという気持ちがいっぱいです。
もしペットを亡くされて悲しまれているならペット葬儀を利用してみてください。気持ちを穏やかにできます。

シマリスとの突然の別れに家族全員で泣いた

うちにシマリスがやってきたのは、2年前。旦那が人からもらってきました。
ハムスターはペットとしてなじみがあるけど、シマリスって…ペットとして家で飼うものなの?と、私はあっけにとられて、どうしていくんだろうという気持ちでした。
子供が3人いるので、旦那は子どもたちに動物を飼うことでいろいろ学んでほしいという考えでした。
今まで、金魚とかは飼ったことあるけど、小動物ははじめてでした。
生態もわからず、何を食べるのかもわからず、そこからのスタートでした。
手に乗って、ヨシヨシするようなことはできず、逃げ回るばかり。ハムスターと全然違う…逃げてしまったら、冷蔵庫の裏、洗濯機の裏…なかなか捕まえられない。
最初はそんな状態でした。でも飼っていくうちに、エサをあげれば近よってくるし、食べているときは触れるし、リスって本当にほっぺにエサを満タンに詰め込んだり、どこかの下に隠したり。
本当にかわいいなと思うようになりました。家族の一員になっていました。
しかし、別れは突然やってきました。一日に一回、ゲージか出して部屋に放すのですが、部屋の中に出ているときに、事故で物の下敷きになってしまい、おそらく内蔵破裂で、亡くなってしまいました。
病気などではなく、突然の別れだったので、気持ちの整理ができず、日常の中での突然で…悲しさがものすごくて、家族全員で泣きました。別れがこんなに悲しいとは…ペットとの別れがこんなにつらいとは…。
本当に家族だったんだと実感しました。

脱走を防ぐための対策で亡くなったホワイトスノーをみて、はげしく後悔した

高校生の頃どうしてもペットが欲しくてハムスターを番いで飼うことになりました。

小学生の頃からペットを飼いたいと両親に懇願してましたが、なかなか承諾を得ることができなくて、、、、
それが引っ越しを期に初めて許可され、嬉しかったのを覚えています。

家族でペットショップへ行ってホワイトスノーのオスとジャンガリアンのメスを飼いました。
毎日ゲージを覗くのが楽しみでした。
私には弟がいて、当時は中学生でしたがゲージの掃除に水替え餌やり全てやってくれていました。
清潔なゲージで心地よかったと思います。

それくらい我が家にとってペットは新鮮で可愛くて癒やしの存在だったのです。

最初のうち二匹はかなり激しい喧嘩をしていたので心配でしたが無事7~8匹赤ちゃんを産んでくれました。
ジャンガリアンがおっぱいをあげる姿はお母さんらしくて好きだったのでよく覚えています。

冬になると脱走してしまい、コタツで発見!なんてこともありました。
きっと寒かったんでしょうね。
ハムスター用のコタツをセットしゲージを固定させ脱走は防げるようになりました。
しかし数日してまたもやハムスターが脱走してしまいました。

唯一ゲージに残っていたホワイトスノーは亡くなっていました。
寒くて冬を超えれなかったようです。
ゲージを固定した自分たちを責めたのを思い出します。
小さな命が自分のせいで亡くなってしまったのか、、、そう思うと胸が苦しくて切なくて
二度と帰ってこない時間を巻き戻したいとさえ思いました。

小学生の頃ペットを飼うことを承諾してくれなかった両親の気持ちが今になって分かります。

どんなペットでも大切な家族で失った傷が癒えるまでかなりの時間が必要になります。

今でもハムスター飼いたいな
そう思うこともありますが私はまだ飼えません。

病院で受け入れてもらえないエキゾチックアニマル 受け入れてもらえたら少しは変わっていたのではないかといまだに思う

6年前から モルモットの雄と雌の2匹を買っていました。

ちょうど1年前に雄が、急に様子がおかしくなりました。

怖がりで、引っ込み思案でしたが名前を呼べば出てきて、おやつのおねだりに鳴くようにもなり、うれしい時は嬉しそうに鳴く、おとなしい雄のモルモットでした。

モルモット自体の寿命5年から10年なのですが、病気になっても、なかなか動物病院では受け入れてもらえないのが現実です。

特に田舎の動物病院は、犬猫に限られていたり、大型犬の受け入れも厳しいと聞きました。
都会でも、小動物を受け入れてくれる病院はなかなかありません。

特にモルモットは繊細な動物で『エキゾチックアニマル』と言われて、医療処置、検査でショック死などの可能性が高いため、受け入れてもらえません。

飼う前からそれを覚悟して飼っていましたが、老衰ではなく、明らかに何らかの病気の発症だったように思います。

変な呼吸音、食欲不振、尿の臭いや色、下痢、軟便と次々に症状が変わりました。

生まれつきかどうかわかりませんが、うまく鳴けない声が出ない鼻腔奇形があったようで普通の呼吸でも少し音がしてたのですが、それとは違う呼吸音変わり、明らかな様子の変化に付っきりの看病になりました。

好きな果物や野菜、餌など小さくカットし、口に近づけゆっくり食事と水分補給をさせました。2~3日続けると変な呼吸音が止まり元気に餌を食べるようになりました。

が、また急変ししんどそうに 隅っこに丸まっているようになり、尿の色が変わり始め、軟便になりました。

抱き上げると力なく自力で排泄できない状態で お腹が張っていて、股間を刺激しやっと尿や便が出る。

食事も固形は吐き出してしまうので すり潰し水で柔らかくし、米粒ぐらいにして口の中に入れて少しづつ、水も少しずつ、口に落とし飲める状態でした。

それが3日続き、4日目の朝、苦しそうな呼吸音、食事も水分も取れなくなりました。

覚悟を決めてずっと胸に抱いていました。たまに甘えるようなしぐさを見せていましたが夕方にそのまま呼吸が遠くなり死んでしまいました。

ずっと苦しそうにしていたのに、原因も何もわからないまま、痛みも何も取ってあげられないまま、苦しそうな呼吸のままだったことがすごくつらかったです。

病院で診てもらえたなら何か変わっていたのだろうかと、せめて痛みでも取り除けたのだろうか、もしかしたら延命出来ていたのだろうかと未だに考えます。

エキゾチックアニマルを飼う方々は多くが 病院で受け入れてもらえないことを嘆いていました。

少なくとも私もその一人です。

デグーの突然死 ショックで会社へ行けませんでした ゲージはいまだ捨てられず

デグーという小動物を飼っていました。一見すると大きなネズミなのですが、人に懐きやすく、芸を教えるとすぐに覚えおやつのビンの蓋をあけたりするとても賢い子でした。

そんな子が、3年ほど前の猛暑の日、クーラーをつけていたにもかかわらず、ぐったりしていることに気づきました。
夜中だったため、動物の救急外来に来ていただきお医者さんに診せたり、翌日動物病院へ行きましたが、入院した翌々日に、その子は亡くなってしまいました。本当に突然のことでした。
動物病院から電話が来たのは出勤中で、駅で大泣きしてしまい、会社へ本日出勤できない旨を連絡し、動物病院へ向かいました。原因不明の突然死でした。

まだ2~3歳ほどだったので、こんなに早いお別れになるとは思わずにとてもショックでした。

ずっと抱きしめて泣いていたのですが、ふわふわだった彼はどんどん固く冷たくなっていって、このまま抱きしめていた方が彼のためにならないと思い、その日のうちに動物霊園に連れて行き、火葬してもらいました。

使っていたゲージは未だに捨てられず、その後もまだクローゼットに一式しまってあります。

いまだに、あんなに賢くて人懐こい子は他にはいないと思っています。唯一無二の存在です。
また、SNSで写真や動画をアップしていたので、色々な人に愛された子でした。
写真を見るたびに、またあの子に会いたいと思いますが、今はまだデグーを飼う気にはなれません。彼が1番のデグーでしたから……。

でも、気持ちの整理がついて、またデグーをお迎えする機会に恵まれたなら、そのときは彼のぶんも目一杯愛してあげたいと思っています。

身内の不幸には休息をもらえるのに、ペットの場合には適応されないことに怒りを感じる

これまでに、4度ほどペットを亡くしました。
その度に限界まで落ち込み、何をするにも身体が思うように動いてくれなくなりました。

やらなきゃいけないことはあるのに、胸の真ん中に大きな穴が空いたみたいで、考えないようにすればするほど悲しくなっていくのです。

食欲がなくなり、毎回何も食べれなくなります。

もういないのに、癖でついついケージを見て声をかけそうになっては空になった中身を見て落ち込んでしまったり…。

動物の多くは人間よりもずっと短命なので、命を迎え入れるということはいつか必ず別れが来るものではあるのですが、頭では分かっていても心が追い付いてこないんですよね。

あの子は幸せだっただろうか、うちに来てよかったと思ってくれただろうか。

そんなことばかり考えて、1日の大半を過ごすなんてことがほとんとです。
人間の家族であれば「身内の不幸」で休息を戴けるけど、ペットの場合はそれが適用されず…ペットも大事な家族なのに不公平だとやり場のない怒りも感じました。

どれだけの年月が経っても、傷が完全に癒えることはないんだと思います。
でも、悲しんでばかりいるとあの子たちが安心してお空で休めないから、落ち込んで落ち込んで、限界まで落ち込んでもう涙が出てこなくなったら、ゆっくりとでも元気になるように努力してます。

悲しいけど、でもそんなに悲しいのは亡くなった子たちが私にとって何より特別だったからです。
そして、そんな優しい気持ちを私に与えてくれたあの子たちに心から感謝しています。

いつか私がこの世を離れる時が来たら、きっとまた会って今までのお話を聞かせてあげるんです。
その時は元気に散歩をして、目いっぱい遊びます。

だから、寂しくてとても悲しいけど、その時を楽しみに毎日頑張って生きてます。

アイドルだったラット 寿命が約2年なので大好物をたくさん与えていた 悲しかったがいい思い出

3年前にペットで飼っていたオスのラットの桃太郎が亡くなりました。
ラットと言うと良く分らない人も多いので言葉を変えますと、大きいネズミです。

小動物を飼おうと思い、ペットショップをハシゴしていた時にラットの桃太郎と出会いました。

もう大人になりきっていて、ケージの中でグッタリしていたのが印象的でした。

家に連れて帰ると家族にはビックリされ、受け入れてもらえるか心配でしたが我が家のアイドルになるまでに時間はさほどかかりませんでした。

特に母は家族の中でも一番可愛がっており、名付け親でもあります。

最初は長くミミズみたいな尻尾を毛嫌いしていましたが、桃太郎のことをいつもモモちゃんと呼んでいました。

とても賢くてゲージの外で散歩させていていても、気が付いたら自分でゲージの中に帰っていたことが何度もあります。

ネズミの寿命はだいたい2年程と短いのでモモには好きなものをたくさん食べさせました。

とくにトウモロコシが大好物でした。

あまり愛想は良くないモモでしたが、むやみやたらに噛みつくこともなく、優しくて大人しいネズミでした。

モモを飼い始めてから1年半程経った頃からモモの衰えが見え始めました。

毛並みがゴワゴワになり、足も動かなくなり、しんどそうに寝ている姿が見ていて辛かったです。

モモは家族が寝ている間になくなりました。

抱き上げてみると凄く軽かったので、ギリギリまで頑張って生きてたんだなって思いました。

飼い主の私よりもやはり母が一番悲しんでいました。

他にも小さなネズミを飼っていたのですが、餌をあげるときには
「あんたが一番可愛い」とボソッと言っていたり、

モモとお別れするときも、「モモちゃん行っといで」「頑張ったね」と送り出した言葉が忘れられません。

今まで家のリビングで食べ物を催促していたモモがいなくなってから家が少し寂しくなりました。

家に帰るたびに寂しい気持ちになりました。

もともとペットショップの売れ残りだったモモだったので、うちに来たことで少しは楽しい時間を過ごしてくれたのかなと思います。

その後はモモに続いて他の子も亡くなったのですが、モモと同様にうちに来てくれて楽しかったかな?と思っています。

モモと一緒にいた時間は二年程と短かったのですが、楽しい思い出が溢れてきます。

今でも少し寂しくなることもありますが、楽しかった思い出をたくさんくれたモモにありがとうと言いたいです。

最期まで一緒にいてあげたかった

飼っていたデグーが突然餌を食べなくなり、そのまま亡くなりました。
きっかけはネットの動画でしたが、懐っこい子で、指を入れれば鳴きながら嬉しそうに頭を撫でさせてくれました。
病院に行っても小動物のため対症療法しか出来ず、薬を飲ませるも弱り続ける日々。

その子のために病院に薬を貰いに、私だけで出かけた後、亡くなっていました。
帰ってくると必ず、駆け寄ってくるので、おかしいなと思い、のぞいたらもう動かなくなっていました。
お気に入りの場所で、幸せそうな死顔で。

覚悟はできていたものの、死目を看取ってあげれなかったことがずっと後悔しています。
私がいなかったから寂しいとかそんな感情は、人間のエゴなんじゃと考えながらも、数時間のすれ違いで死目を見れなかったことそれがただひたすらに悲しい。

当分もう、生き物を飼うことはないと思うけれど、悲しい思い出以上に沢山の思い出をくれた子です。