ファミコンのかわりに買ってもらったおとなしい愛犬の死。早く病院につれていかなかったことを後悔。

私が小学校3年生頃はファミコンブームの先駆けで友達は次々と持つようになりましたが、私は買ってもらえませんでした。
その次に買いたかったのはペットでしたが、値段が高いのでダメ元で親にお願いしたところ、意外なことに反対されなくすんなりと買ってもらえました。
その時期は、丁度クリスマスの前の週と記憶に残っていますね。
その後、最寄りのペットショップに行きましたが、仔犬の値段が凄く高いのにはビックリしてしまいました。
その中でも、国産犬は外国産と比べると比較的安く初めての飼育なので、純潔種ではなく雑種を選ぶことにしました。
それを選んだ理由は、柴犬などは茶色系の毛色が多いですが、その雑種は毛色が白色で珍しい感じがしたからです。
購入してから、自宅に戻り大じっくりと観察しましたが、おとなしいイメージでしたね。
初めての散歩デビューは、2か月を過ぎてからでしたが、大人しい性格のせいか、オドオドしながら歩いていたのは記憶に残っています。
また、無駄吠えもしないで、他人が来てもあまり警戒心を見せませんでしたね。
特に尻尾を横に振りながらじゃれ合う姿は愛嬌がありました。
ところが、飼い始めてから8か月のとある日エサを与えようと犬小屋に行ったところ、いつもより元気がなく様子がおかしいのです。
しかも、大好きなエサも殆ど口にしません。
次の日も同じような症状が続いたので、体調が改善しなければ翌日に病院に連れて行くことにしました。
小屋の中でずっとうずくったままで、その時もエサも殆ど口にしませんでした。
次の朝に様子を見に行くと、力尽きて息が絶えていたのです。
その姿を見た時はあまりにもショックで、思わず涙が出てしまいました。周辺には何度も吐いた跡があったので、もがき苦しんでいたんだろうなと思っています。
もう一日早く病院に連れて行けば、助かっていたかもしれません。
それを思い出すと、なぜその時に病院に連れていなかったのか後悔していますね。
親も仕事が忙しくて、病院に連れて行く時間がなかったと言ってました。
僅か8か月の命でしたので、命の大切さについても犬を飼うことを通して痛感しました。
やはり、家族の一員であったため、ペットを失ったあとしばらくは意気消沈しましたが、生きることについて改めて考えさせられました。
命は有限なので、ペットを飼う時は覚悟を持って後て後悔しないような世話の仕方をしたいですね。

親友ハムスターの死で温度管理を後悔。言葉は優しいが顔は私を少しバカにしていた。

去年、私の唯一の親友とも言っていい、ひつじが亡くなりました。

ひつじは濃いグレーの毛をしたジャンガリアンハムスターです。2年前、21歳の寒い冬の日に出会いました。

田舎の大きなディスカウントショップの一角にあるペットショップにひつじはいました。

そのペットショップには、産まれたばかりの小さなハムスターが沢山いて、微笑ましい気持ちで覗いていると、一匹だけ、やたらと大きな体をして、ボロボロの虫かごに入れられ、激安の価格をつけられ、丸まって寝ているハムスターを見つけました。彼ががひつじです。

なんだかかわいそうになり、というより、その時期家族との問題を抱えていて家に帰れず一人ぼっちだった自分と重なり、その場でひつじを買いました。

それから2年間、彼とは親友でした。
身体は小さいし、食べるものも違うけれど、私の唯一の理解者でした。

その彼が、去年この世を去りました。
出会ったのと同じ、雪の降る寒い日でした。
その日の朝までは元気だったのに、夜覗くと、丸まり、冷たくなっていました。

もうちょっと温度管理をきちんとすればよかった、や、発見が早ければ、などの後悔が頭をすごいスピードで巡り、それから涙が次々と溢れました。

こんなことならもっともっと遊んで、もっともっとたくさんの話をして、大好物を用意して、少しだけ豪華なご飯を用意したのに。

寒かったかな、ごめんね、とひつじを抱き上げると、信じられないくらい軽くなっていました。魂が抜けたのだと思いました。

次の日はアルバイトで、行きたくなかったけれど目を腫らして行きました。

職場の人にそのことを言うと、
「残念だね」と言ってはくれるものの、顔には「ハムスターが死んだくらいで」の文字が明らかに貼り付けてありました。

誰に話しても、そうでした。
少し馬鹿にしたみたいにみんな、「悲しいね」と笑うのです。

身体は小さいけど、言葉は通じないけど、たまねぎ食べられないし、美味しくなさそうなペレットを美味しそうに食べるけど、違うところだらけだけど、

彼と私はたしかに親友で、心が通っていました。

その親友を失ったのは、誰にわかってもらわなくても、身を裂くような思いです。

人間だから、とか、動物だから、とか、目の色がちがうだとか肌の色が違うだとか、言葉が違うから、だとか、

そんなことは魂のレベルでは関係のないことなんだと、ひつじは教えてくれました。

ひつじは、わたしに、世界に優しくあることを教えてくれました。

ありがとう、ひつじ。
あたたかい場所でゆっくり眠ってね。

食が細くなり亡くなったウサギ。もっと早く病院に行っていれば後悔。

クリスマスのプレゼントとして、ウサギを飼いはじめました。以前から、ウサギが飼ってみたいという私の言葉に、夫がペットショップにネザーランドドワーフを取り寄せてもらってクリスマスプレゼントとして我が家にやった来ました。

クリスマスだったので、なまえは「クリス」。家では「くーちゃん」と読んでいました。

くーちゃんは、我が家に来てもうすぐ7年になるときに亡くなりました。亡くなる少し前から食が細くなり、ゲージの隅でじっとしていることが多くなりました。近くの動物病院に連れて行くとウサギはあまり詳しくないので、小動物専門の動物病院に行くように言われました。

小動物専門の病院に連れていくと、くーちゃんのお腹にくーちゃんの毛がたくさん詰まっているといわれました。
病院でもらった薬を飲ませ、食事もペレットをふやかしたものを少しづつ食べさせていました。

少しづつ回復していました。食事の前に薬を飲ませようと抱っこしたとき、小さな声で鳴いたので、くーちゃん、お薬飲むよと声をかけたのですがぐったりして、動きません。状況が呑み込めず、声をかけて体をさすりました。でも、反応がありませんでした。

しばらく泣いていました。夫に、くーちゃんのことを連絡しました。

食が細くなった時、すぐ病院に連れて行ったら、小動物専門の動物病院に最初から連れて行っていたらと、後悔しています。くーちゃんが無くなって暫くの間は私も食欲がない日が続きました。

ペットといっても、私たち夫婦には子供がいないのでくーちゃんはとても大切な存在でした。

ペットが亡くなることはとても辛い経験です。辛く感じるのは、ペットへの愛情の深さだと思っています。くーちゃんに私はありがとうと伝えたいです。くーちんと一緒に過ごせた時間は私たち夫婦の宝物です。

肺に水がたまり苦しみながらなくなった愛犬。飼うんじゃなかったと後悔もするも出会いに感謝。

一人っ子で寂しくしている私に、父が犬を飼ってもいいよと言ってくれた時、本当に嬉しかったです。小学校3年生の時でした。マルチーズでとても元気な男の子です。私は嬉しくて毎日愛犬ブルーと散歩に行き、一緒に寝ました。

弟ができたと思って本当に嬉しかったですね。学生時代辛い時、苦しい時はブルーを抱きしめると勇気が出てきて明日も頑張ろうって思えました。ブルーにはたくさんの元気をもらいました。

でも、年を取り最期は肺に水がたまりとても苦しんで亡くなりました。苦しんでいるブルーを見て、私は眠れずにずっと起きていました。

ブルーの苦しんでいる姿を見て、こんなに辛い思いをする日が来るなら犬なんて飼うんじゃなかったと思いましたが、ブルーが亡くなってから二年経ち、少しずつ辛い気持ちが薄くなってきて、やはりブルーに出会えたことは人生でとても幸せなことだったと思えるようになっています。

ペットを飼ったことのない会社の人達や友人からは、「また他の犬を飼えばいいでしょ」と言われます。ブルーは家族なんです。物が壊れたから別の物を買えば良い、ではないんです。信じられません。ブルーと違う犬を飼ったとしても、傷は癒えない、楽にはならないと思いました。

ブルーが亡くなって一年ぐらいは外でどの種類の犬でも見ると苦しくなり、目を背けました。ブルーのことを思い出しては涙が出ました。でも日にち薬のおかげで気持ちが軽くなってきており、もう少ししたら猫を飼おうかなと思っています。

やはり犬を飼うのは苦しいんです。でもまたペットとの素敵な日々を過ごしたい、家族のように愛したい、癒されたいという気持ちが大きくなってきています。新しいペットを飼ったとしても、ブルーのことは絶対に忘れません。

苦しみながらなくなった愛犬。安楽死をえらんだほうがよかったのか自問自答。

4年前に愛犬を亡くしました。

もう18歳だったので、亡くなる1年前から認知症のような症状が始まり、最後の方は、ほとんど寝たきりの状態になりました。

寝たきりの状態はかなり長く続きました。足をバタバタさせたり、夜中に苦しそうに鳴いたりして、こちらもどうしていいかわからず、ただ膝に抱いて撫でてやることしか出来ませんでした。見ているのもせつなく、あまりにも可哀そうだったので、獣医さんに相談すると、「安楽死」という選択肢もある、というようなことを言われ、とてもショックで傷つきました。

その時は、「まだ生きているのに、飼い主の勝手で死を選ぶなんて」と思い、そんな発言をした獣医さんを恨んだりしました。

結局、安定剤、睡眠薬や痛み止めなどで、なんとか症状を抑えながら、けれど、次第にその薬もあまり効かなくなって、愛犬は苦しみながら、亡くなってしまいました。

愛犬が亡くなった後は、とても悲しくて、仕事や家事も手につかない状態が長く続きました。他の犬が散歩をしているのを見ると、自然と愛犬を思い出し、涙が出ました。テレビなどで犬の特集をしていると、愛犬を思い出すので、極力見ないようにしていました。

あれから4年経ちます。時々、写真を眺めては、愛犬のことを思い出します。そして、私たちの選択が正しかったのかどうか、自問自答しています。

あの頃は、「安楽死」なんてとても考えられず、獣医さんを恨んだりしました。けれど、結局、私たちの選択は、愛犬を最期まで苦しませてしまいました。「本当は、獣医さんが正しかったのではないか?私たちは自分たちのエゴで、愛犬を苦しませたのではないか?」答えはわかりませんが、そんなことを考えると、今でも涙があふれてきます。

やせ細ってなくなった愛猫。思い出すたびに夢をみるたびにせつなくなる。

小学校2年生のときに、ヒマラヤンの猫を飼いました。家の中で飼っていたのですが、いつも、家から出ようとしていてとても可愛がっていました。それから12年が過ぎて、死んでしまいました。朝、起きてみると、母親がヒマラヤンの猫を抱えて泣いていました。

そんな日がいつかは、やってくると知ってはいたのですが、いざやってくると何が何だかわからず、すぐに受け入れることはできませんでした。家族が一人いなくなってしまったような思いです。それから、1週間くらいは食事が喉を通らなくなるくらいショックで打ちひしがれてしまいました。

その時、思ったのは、ヒマラヤンの猫がどんどんとやせ細って弱っていくのを思い出しました。もう死ぬときが近づいていた前兆だったのかもしれません。それから、死ぬ直前に上げたバターをぺろぺろと舐めているのを思い出しました。死ぬ最後に食べたバターは美味しかったかなと思い、また、せつなくなってしまいました。

現在は、引っ越して、引っ越し先の庭にヒマラヤンの猫の骨を埋めました。その埋めたところには、木を植えて育てています。その木は良く育っています。

今でも、よくそのヒマラヤンの猫の事を思い出します。夢の中で会ったこともあります。夢の中で会うとなんだかとても懐かしい気分になりました。

ヒマラヤンの猫は、よくいたずらをするいたずらっこでした。だから、余計いなくなると、その穴は、大きく空いてしまった気分です。でも、一緒に過ごせて本当に幸せでした。

腎臓の働きが悪く亡くなった愛犬。人間とおなじものを与えたことに後悔。

 今から20年くらい前、母と二人で入った喫茶店の斜め前にペットショップがあり、母も私も「動物でも見て癒やされよう!!」なんて軽い気持ちで入ったその店にチロがいました。それがチロとの出会い。
 生後4ヶ月のチワワで狭い檻の中から私たちを食い入るように見つめてきた。
「かわいい~」を連発していると、お店の方が「抱きます?」なんていうものだから、ついつい抱いてしまった。もう本当に可愛くて私はつい勢いで飼ってしまいました。
 それからというもの、寝るのも起きるのも一緒。ご飯を食べるのも膝の上。家族中がチロのとりこになりました。
 飛行機に乗って北海道までも旅行した。
 一緒に生活をしていると、やっぱりどうしてもだめなところがあって、チロは人間の食べるものをとても欲しがりました。そこは、私たち人間がしつけとして、人間の食べるものをあげなければよかったのですが、ついつい与えてしまい、結果チロを太らせることになってしまいました。
 獣医さんにも注意され、何とかダイエットしようとがんばりはしたけれど、成果はそれほど出ませんでした。
 やがて私は嫁にいきました。アパートは動物禁止でしたので、実家においてでました。
毎日散歩をしに帰ったりもしました。亡くなるその日まで・・・
 その夜、母親から電話がかかってきて「チロの様子が変だから今から病院に連れて行く、姉ちゃんも来て!!」
 私は着の身着のままで車を運転し、母親が駆けつけている病院へと急ぎました。しかし駆けつけた時にはすでに亡くなっていました。
 母の話では病院に着く200メートルくらい手前で亡くなっていたそうです。
その日散歩の時チロを抱き上げたとき何となく身体全体がむくんでいるような感触がしました。腎臓の働きがよくなかったようです。
 やはり人間の食べる、動物にとっての濃い味が、チロの腎臓に負担をかけてしまっていたのだなと後悔してもしきれませんでした。
 実家に帰るとしっぽを振って走って迎えてくれたチロ。実家の風景はなんら変わらないのにそこにチロの姿が見当たらない・・・
 チロがいないことがどうしても信じられませんでした。母も父も相当つらがっていました。
今、実家には「なんな」というチワワがいます。今年で12歳を迎えました。
 チロの教訓をいかし、1日でも長生きしてもらおうと両親も頑張っております。

卵詰まりで亡くなったインコ。相棒は泣き叫んで探しまわる。その後新しい仔をお迎え。

2017年の8月に、手乗りセキセイインコのメスを5年足らずの若さで、卵詰まりが原因で亡くしたことがあります。前日には大好きなミカンを私の手から美味しそうに食べて、直前まで自分の名前をしゃべりながら元気に室内を飛び回っていたのにです。ちょうど運悪く日曜日で病院がお休みだったので、ペットヒーターで室内をあったかくして自ら産んでくれることを願ったのにダメで、翌朝9時には病院に行き、すぐに診てもらって詰まった卵を取り出して縫ってもらったので一安心したのですが、帰り道のバスの中で一声あげて亡くなってしまい、体温が奪われて死後硬直が始まって冷たくなるインコを触り、泣きながらお墓を作って土に埋めた経験があります。
 卵詰まりは時間の経過と共に死亡率が高くなるメス特有の病気で、発症から約18時間程度で病院に行ったのにこの結果です。排泄期間が奪われるため、腎不全を起こすそうです。卵詰まりを気にしたインコが嘴でつついてしまうのを止められず、時間の経過と共に食欲不振になって元気がなくなり、翌朝は呼吸が荒いインコの症状の悪化を目前で見たのが今でも頭から離れないです。平均寿命が8年と言われているだけショックも大きいです。
 残されたもう1羽のインコが数日間、泣き叫んで相棒を探す姿が可哀そうだったので、それから2か月後に新たなインコをお迎えしています。インコの栄養剤のネクトンSも購入し、できるだけインコが長生きできるようにより配慮しています。
 

野良猫を保護したものストレスで病気に。私が死なせたんじゃないかと後悔

昨年の1月に保護していた雄猫のジェイ君を亡くしました。
正直に言ってしまえは私が死なせてしまったと思っています。

前の年の秋に野良猫だったジェイ君を保護し
地域猫として外で過ごせるよう去勢手術をしていただきました。

保護した当初、家の中で過ごせるなら家猫にしたいと思ってトレーニングをし始めたのですがやはり生粋の野良ちゃん。

野性味あふれる子で抱っこは勿論触ることも出来なかったジェイ君。せっせとお世話をしてコミュニケーションを図ろうとあれこれ試行錯誤しましたが彼が人間に心を開いてくれることは有りませんでした。

そしてこの家猫トレーニングが彼に重大な病気にかからせてしまう原因だったとは当時は思ってもみなかったのです。
狭い家の中で過ごすのは自由気ままに生きてきた彼に大変な負担を強いていたようです。

そのストレスが元で尿路結石が出来、私が気づくのが遅かったせいで獣医さんに見て頂いた時には血尿が出るほど進行してしまっていました。

獣医さんに適切な処置をして頂きほっとしたのもつかの間
翌日の夜、食事も水も取らずに息を引き取りました。

病気の発覚からあっという間に天国へ行ってしまったジェイ君。まだ生まれて2年も経たない若い猫を私が死なせてしまったのです。

あれからずっとジェイ君の病状からすると彼はとても苦しかったんじゃないか?何か私に訴えていたんじゃないか?おせっかいにも自由な猫を人間が勝手に保護したんじゃないか。と後悔してもしきれません。この苦しみを私はずっと忘れてはいけないと思っています。

病気もないのに突然の愛犬との別れ。受け入れれずに反省の毎日。ありがとうと伝えたい

我が家の愛犬でトイプードルのモカとの出会いはショッピングセンターのペットショップでした。愛くるしくゲージの中で愛嬌を振りまいていた可愛い子犬でした。
長女がモカを見てすぐにこのトイプードル飼ってみたい言い出して、結局、その日のうちに飼うことを決定しました。
お店で可愛い箱に入れられて我が家にやって来た時のことは未だに鮮明に覚えています。すぐに我が家に慣れて、無邪気に室内を駆け回っていました。
そんなモカが亡くなったのは昨年12月末でした。特に病気をしていた訳ではなく、前日までは元気に走り回っていたのですが、昼間に突然、ゲージの中で横たわり、苦しみ始めました。
すぐに、近くの動物病院に連れて行きましたが、すでに亡くなっていました。
先生によるとごく稀に突然死で亡くなる飼い犬がいることを知りました。心臓か脳が原因だと説明を受けましたが、突然の死を受け入れることが出来ませんでした。
 自宅に連れて帰り、家族で手を合わせて成仏をしっかり祈ってあげました。翌日にはペット葬儀社にお願いして、火葬してもらいペット霊園のお墓に入れてもらいました。
 家族が嬉しい時、悲しい時、いろんな場面を共に過ごしてきました。会社の人間関係で深く悩んでいた時も、会社から帰ると何もかも分かっているみたいに、ずっと私に寄り添ってくれて慰めてくれました。そんな優しいモカは家族にとってアイドルでした。
 あまりペットを飼った経験が無い方には気持ちはわからないと思いますが、10年ほど一緒に生活すると家族同然で、私は精神的に参ってしまい会社も2日程休みました。
 今でも脳裏に元気なモカが思い出され、辛い毎日を過ごしています。「もっと、いろんなことをしてあげたら良かった」と反省の毎日です。
 もし、モカともう一度会えるなら、しっかり抱きしめてあげて、「ありがとう」って伝えたいです。