もう猫との別れを経験したくない。でも消えそうな命に手を差し伸べるのも悪くないかも。

10年程前になりますが、実家で16年共に暮らして来た愛猫を看取りました。
私が幼少期の頃、親の知人が連れてきた捨てられたオスの子猫を引き取ることになりました。はじめは慣れない動物に抱っこするのも怖かった記憶がありますが、いつのまにか大切な弟のような存在になっていました。
元気な頃は一緒に走り回って遊び、兄弟のように共に育った愛猫と私。こんな幸せな日々がいつまでも続けばいいなと、そう願っていました。
月日は流れ愛猫の白髪混じりになった毛に、ごわついた触り心地に、あまり動かなくなった身体に、老いを感じるようになりました。段々と別れの時が近づいていることは理解していましたが、なぜかこのままずっと一緒に居られるような、そんな気持ちでいました。
そんなある日急に元気がなくなり、病院へつれていくと、獣医からもう長くないことを知らされました。”どんなにつらくても最後まで沢山愛情を与え、絶対に息を引き取る瞬間まで、誰かがあの子の瞳に映るよう、近くにいてあげよう”家族でそう決めました。
亡くなる当日、すでに息も荒く動けなくなっていたはずなのに、その日は朝からのそのそと体を引きずり、仕事へ行く父の見送りをし、その後も他の家族一人一人にすり寄って来てくれました。今までありがとう、ありがとう、そう言ってくれているようでした。
ペットとの別れは非常に耐え難いもので、もうこれで最後にしよう、そんな気持ちになる方が多いと思います。実際に私自身もそうでしたが、結婚してから偶然にもまた子猫を拾いました。”猫は毛皮を変えてまた飼い主の元へ戻ってくる”という話を聞きます。もしかしてあの子が帰ってきたのかな?そんなことを考えながら、また新しい家族に沢山の愛情を注いでいます。ガリガリにやせ細っていた身体はすっかり大きくたくましくなり、今も元気に駆け回って遊んでいます。
なくなる命もあれば救える命もあります。別れを恐れて塞ぎ込んでいる方がいるとしたら、勇気を出してまた一歩踏み出し、その消えそうな命に手を差し伸べて頂けるといいなと願います。

悲しそうなハムスターの顔。ゲージもみるのがつらく家事も手がつかなかった。

5年ほど前、娘が高校生のころ、季節は冬の終わり、ペットショップをのぞいていたら、コーヒー色の体をした、目のとても大きいオスのハムスターがいたので、強く印象に残り、飼うことにしました。ケージや、回転車や、かじり棒、藁、えさ、全てを揃えて、自宅に大切に連れて帰りました。毎日、毎日、えさやり、水の取り換え、外に出して一緒に遊びました。しばらくしたころでしょうか。少し、変だなと感じるようになりました。餌をあげる時に、そばには来るのですが、微妙にずれたところに座っているのです。声をかけると、そちらのほうに移動してきます。どうやら、目が見えなかったのです。しかし、耳は相当良いようで、遠くからでも、足音を聞き分けます。夫が近づいたときは知らぬ顔ですが、娘や私が近づいたときは飛んできます。ハムスターの健康状態は耳を見ると良いとネットからの情報を得て、我が家のハムスターを見てみると、レタスのような形態でした。何らかの障害があったのでしょう。一生懸命、聞こえる音だけを頼りに生きていたのです。私や、娘が来ると嬉しそうに走って近づいてくる黒く大きなあの目がいじらしくてなりません。あまり、長い命ではないのだろうということが、想像できました。この子が生きている間は少しでも遊んであげようと暇を見つけては室内ですが、外に出してあげました。ハムスターはなつかないと聞いていましたが、私たちの声によく反応し、側で、毎日毎日、くるくる走り回り遊んでいました。じゃれてくるようなそぶりもありました。その年の冬、毛布やパネルヒーターも設置していましたが、やはり、寒かったのか、亡くなりました。学校にいる娘に連絡をしたら、泣きながら早退してきました。亡くなる少し前、急に水の吸い口に長い時間口を付け、しばらくすると、悲しそうな眼をして、じっとしていた姿がいまでも忘れられません。使っていたケージや、回転車、かじり棒、見たくないです。あの子の亡骸は我が家の庭の片隅にガーゼで寒くないように包みそっと埋めてあげました。娘はしばらく学校に行けず、私は家事も手につきませんでした。でも、あの子は、私たちと出会えて少しでも幸せだったかなあと折にふれて考えることで気持ちを癒すことにしています。

愛犬の死にあっけらかんとした家族。兄の暴言へのいきどおりは消えない。

5年前に愛犬コロが亡くなりました。病気ではありませんでした。15歳だったので長生きをしてくれたと思っています。
私が中学生の時に兄が友人からのもらってきて飼うことになりました。兄ははじめのだけ面倒を見ていましたが、半年経つと散歩にも連れて行かず私が面倒を見るようになりました。
天気の良い日は広い公園に行き思いっきり走らせたり、天候の悪い日でもカッパを着させて散歩に行っとりと、いつも一緒にいました。
友人や兄弟とは違った特別な存在でした。私が悲しんでいると、私の側によってきて顔を摺り寄せてくるコロが可愛くて愛おしくて仕方ありませんでした。私の気持ちを察してくれる唯一無二の存在でした。
私が大学生になって実家を出るとコロに会えない寂しさからホームシックにもなったほどです。帰省をすると、コロが私のところに駆け寄ってきてくれて甘えてきました。私の帰りを待っていてくれたようで、とても嬉しかったです。
就職は地元でしましたので、またコロと一緒に暮らせるようになりました。
しかし、コロがだんだんと弱ってきたのです。犬の寿命は人間より短く自分より先に亡くなることは分かっていましたが、弱っていくコロが可愛そうで見ていられませんでした。
一緒に散歩に行ったことや、一緒にベットで寝ていたことなどコロとの思い出が走馬灯のように蘇りました。
コロが亡くなってから、しばらくは何も手につかなくなりました。
家族はあっけらかんとしていて私が悲しんでいる様子を見て「犬が死んだぐらいでオーバーだな」と兄からは言われました。
その一言は、5年経った今でも忘れられません。

もう猫との別れを経験したくない。でも消えそうな命に手を差し伸べるのも悪くないかも。

10年程前になりますが、実家で16年共に暮らして来た愛猫を看取りました。
私が幼少期の頃、親の知人が連れてきた捨てられたオスの子猫を引き取ることになりました。はじめは慣れない動物に抱っこするのも怖かった記憶がありますが、いつのまにか大切な弟のような存在になっていました。
元気な頃は一緒に走り回って遊び、兄弟のように共に育った愛猫と私。こんな幸せな日々がいつまでも続けばいいなと、そう願っていました。
月日は流れ愛猫の白髪混じりになった毛に、ごわついた触り心地に、あまり動かなくなった身体に、老いを感じるようになりました。段々と別れの時が近づいていることは理解していましたが、なぜかこのままずっと一緒に居られるような、そんな気持ちでいました。
そんなある日急に元気がなくなり、病院へつれていくと、獣医からもう長くないことを知らされました。”どんなにつらくても最後まで沢山愛情を与え、絶対に息を引き取る瞬間まで、誰かがあの子の瞳に映るよう、近くにいてあげよう”家族でそう決めました。
亡くなる当日、すでに息も荒く動けなくなっていたはずなのに、その日は朝からのそのそと体を引きずり、仕事へ行く父の見送りをし、その後も他の家族一人一人にすり寄って来てくれました。今までありがとう、ありがとう、そう言ってくれているようでした。
ペットとの別れは非常に耐え難いもので、もうこれで最後にしよう、そんな気持ちになる方が多いと思います。実際に私自身もそうでしたが、結婚してから偶然にもまた子猫を拾いました。”猫は毛皮を変えてまた飼い主の元へ戻ってくる”という話を聞きます。もしかしてあの子が帰ってきたのかな?そんなことを考えながら、また新しい家族に沢山の愛情を注いでいます。ガリガリにやせ細っていた身体はすっかり大きくたくましくなり、今も元気に駆け回って遊んでいます。
なくなる命もあれば救える命もあります。別れを恐れて塞ぎ込んでいる方がいるとしたら、勇気を出してまた一歩踏み出し、その消えそうな命に手を差し伸べて頂けるといいなと願います。

ペットが死んだくらいで休むな!担任の暴言に傷つく。大事な家族なのに…

 ペットという言葉はあまり使いたくありません。
 本当に家族の一員でした。

 丈(オスの犬)とであったのは、小学校6年生でした。近所で生まれた子犬を父が引き取ってきたので、我が家で飼うことになりました。最初は、エサやりや散歩、掃除などが面倒でした。しかし、遊んであげると尻尾を振りながら近づいてくる姿に愛着が出てきました。中学生になると毎日のように散歩で、家のすぐそばの河川敷を走りました。

 毎日、一緒にいると本当の家族のようでした。しかし、高校3年生の夏に丈は交通事故で死んでしまいました。本当に辛かったです。家族も全員、悲しみで辛い思いをしていました。特に、丈をつれてきた父は明らかに脱力し、1週間は大好きなお酒を一口も飲みませんでした。

 私もとても辛く、学校を3日ほど休みたいと思いました。決してサボりたいという気持ちではなくて、丈の葬儀や埋葬をして弔いたい気持ちでした。家族も葬儀や埋葬について賛成をしてくれました。父は、丈との最後のお別れだからということで、会社に有給を申請し、休みを取ってくれました。私も学校に丈が死んで葬儀をする旨を伝えました。そうすると学校の担任から驚くことを言われました。担任の先生はペットが死んだくらいで休むなと高圧的に電話を切りました。

 ペットが死ぬということは、家族がいなくなるのと同じくらい辛い体験です。ペットを飼ったことのない人は分からないかもしれません。しかし、その悲しみを想像して、悲しんでいる人をさらに悲しむようなことを言わないことが大切です。

泣き顔は夫にみせず、実家の犬の仏前で夫が泣いてくれたことで気持ちが落ち着いた

実家に私が学生の頃に弟がもらってきた犬が居ました。
結婚で家を出てたまに帰省すると大喜びして甘えてくる子で、私が住まいに戻る時には拗ねてそっぽを向いたりと、私を好きでいてくれる気持ちが伝わってかわいいものでした。
ミックス犬で大きな病気をしたことも無く8歳になったのですが、急に太り始めたのが気になってはいました。
ある朝実家の母からの電話でその子が死んだことを聞かされました。
いつものように早起きの母が庭の草むしりに出ると、いつもはまとわりついてくるのにその時は犬小屋から出てこなかったそうです。
「年寄りになって寝ていたいのかな。」と気に留めずに草むしりを始めた母ですが、しばらくして気になるので様子を見に入ったら目を閉じて息をしていなかったのだそうです。
体が弱って命が終わりそうだったのに、母が来る朝まで外の犬小屋で待っていて、顔を見て安心してさよならしたんだと思います。
私はすぐに実家へ向かいました。
ペット霊園の方が、「娘さんが来るなら火葬はしばらく待ちましょう。」と言ってくれ、実家の庭で体に保冷材などを当てて寝かされていました。
普通に寝ているようにしか見えずに信じられない気持ちでした。
ペット霊園で火葬してもらい「小さな壺に入っちゃったね。」と言い連れて帰りました。
私は住まいに戻ったのですが、気持ちは割り切ったつもりだったのにいきなり涙が出ることが続きました。
犬を飼ったことのない夫には分からないだろうと思い、泣き顔は見られないようにしました。
お風呂で一人声を殺して泣きました。
車を運転中にも急に涙がこぼれることなどもあり、気持ちの不安定な状態がしばらく続きました。
2週間ほどして夫と実家へ行ったときに、仏壇に置かれた小さな骨壺を前に夫が泣いてくれたので、私の気持ちも受け入れてもらえているのだと思い、それを境に落ち着いてきました。
親族や友人ではなくてペットでも大切な存在なのだから、悲しくなるのは当然です。
誰かに気持ちを分かってもらえると気持ちが楽になるのだと思います。